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<東京怪談ノベル(シングル)>


アリス・カラメル・ティーパーティー

 街にはたくさんのカフェが溢れている。砂糖細工のようなスイーツや何種類もの美味しい紅茶。
 今日、三島・玲奈達『アリス姫』がやって来たのは、そういったお店の1つだ。洒落たスイーツを提供するそのお店が、この頃の彼女達のお気に入りなのだけれど。

(うわぁ‥‥)

 その光景に玲奈は思わず顔をしかめる。
 この頃は男子の間にも、スイーツを楽しむ面々が居るという事は彼女も知っていた。玲奈だって仲間と入ったお店でそういう男子を見かけた事もあるけれど。
 だがしかし、せっかく楽しみに入ったお店が見渡す限りスイーツ男子に埋め尽くされていて、空席がどこにもないとはどういう事か!

「ちょっと! 大の男が昼間っから無精髭にべたべたクリームつけてんじゃないわよー!」

 思わず玲奈はそう叫び、手近な男子の胸倉を掴み上げていた。グッ、とクリームまみれで苦しそうに呻く男子をフンと鼻を鳴らして睨み上げて、それからチロ、と一緒に来たアリス姫達に視線を向ける。さぁ、これでゆっくりスイーツが楽しめるよ?
 そう思った玲奈だったが、意外や意外、友人達から向けられたのは実に冷たい視線だった。半歩くらい身を引いて、うわぁ、と顔をしかめている。

「玲奈、全然姫らしくないしぃ」
「ダメ姫だよねー」
「あらあら未来王国の姫君は御転婆ですこと、オホホホホッ」
「あれでポイント稼いだつもりなのかしら」

 口々にそんな事を言いながら、玲奈に掴み上げられていた男子の周りに近付く。そうして「あら貴方もこのスイーツ好きなの?」「私達とっても気が合うわね♪」「こちらのスイーツもお勧めなのよいかが?」などと楽しくお喋りを初めてしまう。
 うそぉ、とぽつねんと取り残された玲奈は呆然とその光景を見守った。だが、クリームまみれの男子達と実に楽しそうにお喋りを始める友人達の姿は現実で。
 グッ、とこみ上げて来たものを堪えて見上げた空は、眩しい程に青い。まるでそのまま吸い込まれそうだと、目眩を覚えた玲奈はふと、カフェの客達の様子に気づき目を見張った。

(空を飛んで‥‥ううん、落ちてる!?)

 吸い込まれそうな空に、文字通り吸い込まれていく人々。慌ててカフェの入っているビルの屋上まで駆け上がってさらに辺りを見回して。
 誰も彼もが、青空の中にポチャン、ポチャンと落ちていく。その光景の中で、たった一つの異物を見つけて玲奈は目を細めた。

(チェシャ猫‥‥!)

 少し離れたビルの上にちょこんと座る、にぃと笑った猫の顔。アリス姫のお茶会に現れるのがチェシャ猫なんて、余りに出来すぎた偶然だ。
 そう思い、次の瞬間、玲奈は屋上を蹴った。あのチェシャ猫が、この怪異の原因である事は疑うべくもない。





 屋上を軽やかに渡り、或いは壁を蹴って玲奈はチェシャ猫を追った。だがチェシャ猫は、追いついたと思えばすぐに遠ざかってしまう。
 そんなチェシャ猫にまるでお菓子を投げ与えるように、空に吸い込まれなかったアリス姫達がお喋りしていた男子をひょいと抱え上げ、チェシャ猫に向かって放り投げた。その異様な光景にぎょっと目を剥いていると、しっかりしなよ、と茂枝・萌が彼女達に走りよった。
 得物を抜き、ざっくりと斬りつける。噴出す筈の鮮血は、だが真っ白な砂のようなものになって辺りに飛び散り、ザラリとアリス姫達の姿が崩れた。

「ていうか、え、砂糖?」
「あんたも気づきなよ! 本物の女子が露骨に同性を叩く訳ないよ」

 手厳しく萌に指摘され、むぅ、と唇を尖らせる玲奈だ。そんなの、とっさに解るわけないじゃない。
 胸の内にそんな不満を抱えながら、玲奈は萌と肩を並べてチェシャ猫へと追いすがった。幾つかの屋上を走り抜け、ようやく追い詰めたと思ったその瞬間、だがチェシャ猫はにぃ、と笑ってぐったりした男子を抱えたまま、空へと駆け上がっていくではないか。
 否――

「雲?」
「階段になってる‥‥追うよ!」

 萌は勇ましく玲奈を促し、率先して雲の階段を駆け上がった。だがすでにチェシャ猫は、どこにも姿が見えない。
 ふぅ、と大きく肩で息をした。辺りには雲が立ち込めていて、視界は真っ白だ。一体どこへ、チェシャ猫と男子は消えたのだろう?

「ていうか‥‥これ、綿飴? じゃあ奥の手が使えるわ」

 じ、と雲を見ていた萌はおもむろに雲を摘んで口に放り込むと、こっくり大きく頷いた。そうして、何の事かまだイマイチわからない玲奈を他所に、さっさと本部へ連絡を始めてしまう。
 程なく通信が繋がった。本部の声に知らず、耳を傾ける玲奈をチラリと見て、萌は手身近に状況を説明する。
 了解、と通信が唸った。

『その雲はクリッター、人喰雲だ。CMを送る。雲の影響でGPSが使えない。玲奈、誘導頼む』
「了解。‥‥ところで萌、CMって何?」

 大きく頷いてからひょい、と傍らの燃えに視線を向けた玲奈に、通信を切りながら萌はこともなげに「巡航ミサイル。カーナビ付のミサイルよ」と告げた。そっかぁ、とこっくり玲奈は頷いて。

「じゃあGPSが使えなかったら‥‥えぇッ!?」
「だからあんたがやるんでしょ」

 今さらながらに状況を把握し、真っ青になった玲奈に「今さら何言ってんの」と萌は冷たい眼差しを向けた。GPSが使えなかったら当然、どこに行くか解らない。つまり、とっても危険。
 引きつりながら、それでも頷き玲奈は素早く玲奈号へと姿を変えた。落ち着け、と言い聞かせる。簡単な事だ、成層圏にプラットフォームのように浮かんで、GPSの代わりに巡航ミサイルの行き先を定めてやれば良い。
 雲をミサイルで攻撃するなんて、と思わないでもなかったけれど、人質を取られている以上猶予はなくて。

『来た!』

 玲奈はその反応を捕らえ、軌道を誘導する事に成功した。辺り一面を覆っていた綿飴の雲が、ミサイルの熱に焦がされてカラメルになる。香ばしい匂いが辺りに立ち込めて。
 そうして、隠れるものがなくなったチェシャ猫と、ぐったりした男子の姿が現れる。さて、と萌と玲奈はチェシャ猫に狙いを定めた。





「無事に終わって良かったよね」

 全てが終わり、地上に降り注いだカラメルの欠片を拾い集めて、アリス姫達は今度こそ仲良くお茶会を開いていた。もちろん砂糖菓子などではない、本物の姫達だ。
 焦がした砂糖の甘さと、ほんのり鼻腔をくすぐる苦い香り。それをそっと口に入れて目を細めて楽しんだり、或いは紅茶の中にトポンと入れてほろ苦い甘さを楽しむ姫達とスイーツ男子は、見るからに平和そうで。
 やれやれ、と玲奈と萌は顔を見合わせ、苦い笑みを交し合った。

「ん! でもやっぱり、茶菓子より華よね!」

 古き良き格言をもじりながら玲奈は勢いよく立ち上がり、華になるべく天使の翼を広げようと勢い良く服を脱いだ。もちろん下にはちゃんと水着着用済み。公衆の面前で、そんなはしたない事はしない。
 のだがしかし、水着姿でもスイーツ男子には十分に刺激的な光景だった様子。瞬く間に玲奈の姿に釘付けになり、だらん、と鼻の下を伸ばし始めたスイーツ男子の姿を見て、アリス姫達がキリリ、と厳しい視線を玲奈に向ける。
 うぁ、と玲奈はそのまま動きを止めて、抜けるような青空を見上げた。あの空とは裏腹に、玲奈の心はアリス姫達を取るかスイーツ男子を取るかで複雑だった。