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人と豚と高級食材
皆さんは、“トリュフ”という食材をご存知だろうか?
日本名で西洋松露(せいようしょうろ)。子嚢菌門セイヨウショウロ科セイヨウショウロ属に属するキノコの総称であり、ヨーロッパに古来より伝わる高級食材である。
形は石のような芋のような、一見すると食材とは到底思えない姿だ。その色合いは黒または白が一般的で、オークと呼ばれる樹木の根に沿い土の中で発生する。
樹木を宿主として土の中に発生するこの奇妙なキノコは、非常に西洋人の心を惹き付けた。というのも、濃厚にして香ばしい香りは新鮮な物ならばすぐに室内を満たし、精力剤じみた効能は西洋人の気性とマッチし、その希少性のお陰で宝石のように見えたのだろう。
もっとも、現在ではしっかりと栽培が可能となっており、大量生産する事も可能である。それでも高級食材として扱われているのは、トリュフを大量生産する事によって価格が下がる事を懸念する農家の思惑があったり無かったりするのだが、それは今回の話には関係がないので割愛する。
さて、このように人々から賞賛され有り難がられているトリュフであるが、その収穫方法はご存知だろうか?
トリュフは、樹木の根に寄生し、それも土の中に生える物である。
よって、人の目に止まる事はない。その姿は草と土によって覆い隠され、収穫しようと思えば木の根本を掘り返す以外にないのである。
しかし、樹木の根本を当てずっぽうに掘り起こしていて見つけられるような物ではなく、下手をすれば樹木を腐らせ、枯らせてしまう可能性も十分にある。そうした可能性を考えれば無闇に掘り返す事など出来ず、慎重に慎重を喫した行動を余儀なくされるだろう。
‥‥‥‥が、そんな不安要素を知性と悪知恵で克服してしまうのが人間だ。
人間は古来より家畜を飼育し、利用する事で安定した食材を手にしてきた。彼等の能力は人間のそれを遙かに凌駕し、時には予想外の成果も上げてくれる事がある。
ぶひぶひぶひぶひ。トリュフ園から、今日も元気な豚の声が聞こえてくる。
何処までも並ぶ広大なトリュフ園。オークの木が何千本、何万本と並ぶ森の中を、何頭もの雌豚が闊歩する。
ぶひぶひぶひぶひ。雌豚は地面から湧き上がる雄の匂いに惹き付けられ、土を掘り起こして匂いの元へと鼻を鳴らしながら蹄を汚す。樹木が並ぶ広大な土地から、トリュフがある場所だけを目当てに土を掘り返すのだ。
トリュフに含まれる化合物には、豚の雄が発する性フェロモンと似たような性質を持つ物がある。それが雌豚を惹き付け、人間には到底発見できないトリュフを容易に掘り起こさせるのである。
訓練さえすれば犬でも同じような行動が出来るのだが、如何せん、犬は教育に時間が掛かり、躾るために専門の人間が必要になる。その為、トリュフの収穫には、古来より雌の豚を引き連れて森に入る事が多かった。
ぶひぶひぶひぶひ。雌豚が元気に土を掘り起こし、そしてトリュフを発見する。
ぱくっ。そして躊躇うことなく、一般人では到底手出しの出来ない高級食材を口にする。
「ぬわぁぁぁあ!! おまっ、食べるんじゃねぇ!!」
「ぶひぶひぶひぶひ!!」
豚に縄を括り付けていた人間が悲鳴を上げる。しかしそんな事はお構いなしに、豚は飼い主が求めていたトリュフを一心不乱に噛み砕き頬張り飲み下していく。
ぎりぎりぎりぎり。飼い主が縄を引っ張るが、豚の全身は筋肉の塊だ。特にその背筋は、大の人間を容易に持ち上げ、投げ飛ばしてしまうほどである。
「ぶひぃ!」
「ぬわーー!!」
そして今日も一人、豚の体当たりを喰らった人間が倒れ込む。
雌だろうと飼われていようと、やはり豚は豚。元々は猪であっただけあって、その力は生物として到底敵わない次元にある。
ぶひぶひぶひぶひ。トリュフを一心不乱に貪り喰らう雌豚は、どことなく勝ち誇っているようでもあった‥‥‥‥
まぁ、そのような事情、日本で暮らす限りは関わり合いになる事はない。
何しろ、日本ではトリュフを栽培する畑も森も存在しない。トリュフを高級食材として有り難がってはいるが、しかしそれでも、日本人には馴染みのない食材である。大量に樹木を植え、土地を使ってまで手にしたい食材ではなかったのだ。
が、それでも、とある研究所ではそのトリュフに目を付けていた。
一般人では到底食卓に並べる事の出来ない高級食材。それを豚に食べられてしまった時の落胆は、無関係な者でも察するにあまりある。例えるならば、目の前で給料袋を盗まれた心情だろうか。あまりの悲惨さに、言葉も出ない。
犬を使えば済む話なのだろうが、それでももし、人間が、犬も豚も使わずにトリュフを発見できたとしたらどうだろうか‥‥‥‥?
犬や豚といった家畜を飼い慣らす事は容易ではなく、ただ“飼っている”だけでも莫大な費用が必要となってくる。そう言った費用も必要とせず、訓練に費やす時間も掛からない。トリュフを見つけ、そのまま食べられてしまうという事も、ない。
そんな環境こそが、トリュフ農家が欲するものだろう。
多少、非合法にして非人道的だとしても、そのような方法が生み出されれば、手にしようとする者は多いはずである。
そしてそんな金儲けの算段のために、今日もまた、一人の生け贄‥‥‥‥もとい実験体(あまり変わらないか?)が、とある研究所に呼び出された。
「あの、本当にこのままで良いんですか?」
「ええ。今回は、ちょっと暇になるかも知れないけど、我慢してくれる?」
広大な研究施設の一室で、そんなやりとりが行われている。
一人は、海原 みなもと呼ばれる女学生。もう一人は、研究員らしく白衣を着込んだ妙齢の女性である。
みなもは日常的に着込んでいる学生服から、クリーム色のワンピースのような服に着替えていた。全体的にゆったりとした作りで、全身の至る所の布が余り、服が肩からずり落ちてしまいそうだ。その為、みなもは頼りなさそうに頻繁に肩に手をやり、肩を出そうとするワンピースを押さえ付ける。
服には柄が無く、如何にも“実験のために用意されている服です”といった印象を与えてくる。
しかしみなもが案内された部屋は、そんな大人しめな服とは対照的に、何とも言えない“香り”と“感触”を持った部屋だった。
「はぁ、あたしは構いませんけど‥‥‥‥あの、本当になんの実験ですか?」
みなもは足下の“土”を指先で掬いながら、研究員に問いかけた。
案内された実験室には、一面の土が敷き詰められていた。
茶色い、適度に水分を含んだ土は、軽く踏み締められて固められている。天井は高く、目測で十メートルほどはあるだろうか? 部屋の中心には、その天井に頭をぶつけてしまうのではないかという大きな木が一本だけ生えており、空調から送られてくる心地の良い風に煽られてゆらゆらと枝葉を揺らしている。
よくよく見ると、地面には所々に雑草まで生えており、まるで森の一部をそのまま移植してきたようだった。
そんな部屋に案内されたみなもは、怪訝そうに眉を顰めるばかりである。
「これは、“閉鎖された自然の環境下に置かれた人間のストレスを計るための実験”ですよ。最近、都会に森のような自然を持ってこようという試みがあるので、検証が必要となったんです」
「ああ、聞いた事があります。森の自然って、ストレスの解消になるんでしたっけ?」
みなもは得心したとばかりに手を打ち、うんうんと頷いた。
一般的に、動植物との触れ合いは多くの人間にとってストレスの発散、解消となる事が報告されている。
特に、都会に住む者にとって、森との触れ合いなど遠出しなければ得られない。朝、森の清涼な空気に触れ合った事のある人間などほんの一握りだけだろう。
そんな人間にとって、身近な場所に森のように自然な環境が存在するというのは実にありがたく、そして喜ばしい事だ。が、そうした空間を、土地を簡単に用意できないのも都会の悲しさである。
そこで目を付けられたのが、ビルの屋上や屋内に作ってしまおうという取り組みだ。実際にビルの屋上で菜園が作られる試みは広がっており、概ね好意的に受け止められている。
「そうよ。でも、室内で自然に近い環境を作っても、所詮は人工的な場所だから‥‥‥‥かえってストレスが溜まるかも知れない。それを確かめるための実験よ」
研究員はそう言って、木の反対側を指差した。
「といっても、積極的にストレスを溜め込んで欲しいワケじゃないのよ。向こうにベンチを用意しておいたから、好きなように休んでおいて」
「はい。わかりました」
「とりあえず、時間いっぱい‥‥‥‥五時間ぐらいは閉じ込める事になるから、退屈ならお昼寝していても良いのよ?」
「いえ、流石にそれは‥‥働きに来ているんですから、眠ってなんていられませんよ」
みなもはそう言って苦笑する。
この研究所には、みなもは被験者として訪れているのだ。当然、高額な給与が約束されている。
そんな仕事の最中に眠ってしまうなど、これまで数多くの仕事をこなしてきた仕事人としてのプライドが許さない。
そんなみなもに、研究員は苦笑とも微笑みとも付かない表情を返し、口を開く。
「ふふ、これで何度目なのかしらね」
「はい?」
「こちらの話です。それより、その首輪。窮屈かと思いますが、実験の間は決して外さないで下さいね」
研究員はみなもの首に填められた赤茶色の大きな首輪を指差しながら、そう言った。
みなもの首には、赤茶色の、シンプルなデザインの首輪が填められている。
服を着替えた時に渡され、装着していた物なのだが、これがまた重く、この首輪をしているだけで多大なストレスを与えられてしまいそうだった。
「その首輪からデータが送られてくるので、それを外されると実験になりません。また、壊すような事もないようにお願いします」
「分かりました。注意しておきます」
みなもはそう答えたが、そもそもこの首輪を壊すような状況が思い浮かばない。
この首輪を壊すような状況をあえて想像するというならば‥‥‥‥この地面を思いっ切り転がり回ったり、木の上に登ったりでもしない限りは大丈夫だろう。
「でも、なんで首輪なんですか?」
「次に動物実験にも使用しますので」
人間以外の動物にも対応させるために、シンプルな首輪という形に纏めたらしい。
「では、大切に扱わなければいけませんね」
「ええ。よろしくお願いします。他には、質問はありませんか?」
無ければ、このまま部屋から退室し、実験を開始させて頂きます。研究員は、言葉にせずにそう告げていた。
研究員の回答に納得したみなもは、これ以上の疑問がないかどうかを考え、そして頷いた。
「訊きたい事は、みんな聞きました」
「良かった。では、何かありましたら声を掛けて下さい。この部屋にもスピーカーとマイクを用意しておりますので、会話は出来ますから」
丁寧にそう言うと、研究員はペコリと軽く頭を下げ、ゆっくりと部屋から出ていった。
ガチャリ、バタン。後に残されたのは、静寂に包まれた小さな森と、みなもだけ。
(それにしても、ここって本当に良い場所だなぁ)
小さくても、自然は自然だ。木が空気を清浄な物に変えているのか、それとも空調を調節してあるのか、室内の空気は森の早朝のように透き通っていて人の気配という物が感じられない。人工的に作り出した“空気”とはまた違う、味わいのある空間だった。
「眠くなんて、なれませんよ」
研究員は「眠っていても良い」と言っていたが、この空間は、むしろ眠気というものを取り払ってくれている。
冷たい空気は、まるで眠気覚ましのような役割を果たしていた。吸い込むたびに喉に、肺に、全身に酸素が行き渡るように活力が蘇る。
細胞の一つ一つに、誰かが喝を入れているかのようだ。目を覚ました細胞は足先から頭まで波のように身震いし、生まれ変わったような心地を与えてくる。
‥‥‥‥さて、問題があるとすれば、そうして与えられた活力の使い方だ。
休むためのベンチは用意されていたが、みなもの暇を潰せそうな物は一切なく。あるのは一本の木と木で作られた簡易なベンチ、そして敷き詰められた土だけである。
「うーん。どうしましょう」
実験が終了するまで、五時間ほどの自由時間がある。もっとも、時計もないこの場所に居る限り時間など当てにならないのだが、その間に何もする事がない。何もしたい事がない。目も覚めてしまっているため、ベンチに横になるつもりもない。ただベンチに座っているというのも、退屈なだけだろう。
何となく座り込み、土を弄くってみる。
(あ、なんだか楽しいかも)
みなもは指先で土を掘り返し、また埋め、形を作り、絵を描き、遊び出す。
美しい指が土に汚れていくことにも構わない。土に汚れる事にも、抵抗など感じない。
ほりほりほりほり。土を掘り返し、木の根っこを探し始める。
クリーム色のワンピースが汚れていく。しかしその土の汚れを、不思議と愛おしく感じるのだった‥‥‥‥
「実に良好です。実験は怖いぐらいに順調ですよ」
研究員の一人が、嬉しそうに報告する。
みなもが入った実験室とは対照的に、みなもをモニターしている研究室は、実に現代的で機械的な作りだった。
灰色の無機質な壁に囲まれた空間には、薄暗い光を放つ電子モニターが並んでいる。
いくつものパソコンから接続されたモニターには実験室の温度や湿度、みなもの放つ微かな電磁波や、体温の変化が絶えず映し出され、記録されていく。
そんな、長居をすれば電磁波に犯され神経を病んでしまいそうな室内には、五人ほどの研究員達が居座っている。
一様にして白衣を着込み、研究者然とした姿をしている。それぞれに個性という物が感じられず、生気の感じられない姿は幽鬼を連想させる雰囲気を纏っていた。
「まぁ、あの部屋に閉じ込められれば、大抵の人間が土いじりを始めるが‥‥‥‥ふむ。良い傾向だ。このまま観察を続けてくれたまえ」
「はい。ですが、主任。あの首輪には、本当に人間を豚に変えるような力があるのでしょうか?」
研究員の一人が、今更ながらに疑問を投げかける。
この実験は、みなもに説明したような生易しい実験ではなかった。全部が全部嘘というわけではないのだが、九割以上は別件のための実験である。
みなもに渡された首輪は、長い年月を掛けて念を込められ、呪いを持つに至った首輪の模造品であり、装着した者を豚に変えてしまうという一品だった。
模造品‥‥‥‥と言うだけあり、オリジナルほどの力はない。精々が“豚によく似た性質を持つようになる”と言うだけで、姿まで豚になるというわけではない。
だが、それで良いのだ。完全に豚にしてしまっては、実験の意味がない。半端に人間を豚に変え、そして人間の理性を持ってトリュフの捜索に当たらせる。人間の知識も残るようにすれば、訓練も管理する手間もなく、トリュフの捜索に割かれる労力と被害を食い止める事が出来る。
呪いの首輪を模造する技術は、以前よりみなもを交えた実験によって確立している。この実験にさえ成功すれば、いつでも量産できると、既に準備も整えていた。
「当然だ。こちらの思うように事が進まないようなら、また別の方向から攻めてみるだけだ。そうだろう?」
研究主任の初老の男は、モニターに映し出されているみなもを見据え、真剣な表情を作っていた。
それは、土に膝を付き土遊びをしている少女を見て暗い愉悦を感じているのでもなければ、実験が順調に進んでいる事を喜ぶ顔でもない。
この実験に、自分の全てが懸かっているような‥‥‥‥そんな顔だった。とてもトリュフを効率よく発見するために、人間を雌豚に変えようと目論む人間の顔ではない。
「はい。ところで、あの、その‥‥‥‥」
「どうかしたか?」
「いえ。あの部屋に、本当にトリュフを隠したんですか?」
研究室に、奇妙な沈黙が訪れる。
今回の実験は、みなもを雌豚に変え、そしてトリュフを発見させるためにある。
みなもが豚になっても、“トリュフを発見する”という行程をこなせなければ意味がない。
その為、あの実験室には、高価なトリュフを一つ仕込んでいた。食料として市場に出回る物ではなく、土の中から掘り起こされた形をそのままにして保管された一級品だ。トリュフは、土から離されて時間が経過すると香りが消えてしまうため、実験に使うためにはどうしても一級品のトリュフが必要だったのだ。
‥‥‥‥研究主任の目が真剣その物にして険しいのは、その為である。
「私の給料三ヶ月分の、それなりに高い物が仕込まれているよ」
「しゅ、主任‥‥‥‥」
「丸々一つとなると、これが高くてな‥‥‥‥経費で落ちなかったから、私の自腹で‥‥‥‥ふふ、おかしいな。実験のためには見つけて貰わなければ困るのだが、見つけて欲しくないとも思っているよ」
しみじみと、研究主任はモニターの向こう、実験室で土を掘り返しているみなもに目を向ける。
ほりほりほりほり。一心不乱に土を掘り起こしているみなもに向ける視線には、どことなく怖い物を見るような不安が含まれている。
研究室で主任を見守る研究員達は、何とも言えない居心地の悪さを感じながら、ひたすら時が過ぎていくのを待つのだった‥‥‥‥
別室の気まずい空気などお構いなしに、みなもは一心不乱に土を掘り返し、木の根っこを探していた。
違う。違う。ここじゃない。
鼻をひくひくと動かしながら、みなもは掘り返した穴を埋めている。
慣れない作業に、みなもは言いようのない苛立たしさを感じていた。
土を掘り返す。掘り返す。ただ退屈な時間を潰すために始めた穴掘りが、今では何とも言えず楽しくて堪らない。
何となく、童心に返ったような気分だった。子供の頃、男の子達が学校や公園で穴を掘っていた事がある。落とし穴か、それとも何かを埋めるつもりだったのか、私はそんな遊びに混ざらなかったから分からない。でも、今ではそうして遊んでいた男の子達の気持ちが、何となく分かる気がした。
土の中には、何かがある。
なんでそう思うのだろうか。理解は出来ないけど、感じる事は出来る。子供が秘密基地を作って遊ぶのと同じ事で、世界の何処かには宝がある。この下にならあるのかも知れない。それっぽいから掘ってみよう。子供ながら、“何となく”で開始される遊び。そこには理屈なんてものはなくて、“そう感じるから”始められるのだ。
土の中に、何かがある。
そう感じるから、あたしは土を掘っているような気がする。理屈ではない。時間を潰すという目的も、とうの昔に忘れていた。香しい香りにつられて土を掘り起こす。こっちでもない。あっちでもない。鼻がひくひくと動いている。汚れた指が土の中へと入り込み、さくさくと土を掘り起こす。
(えーと、そう言えば‥‥)
どれぐらいの時間が経ったのだろうか。
あたしはふと、そんな事を思って手を止める。
あたしには、記憶もある。理性もある。なのにどうして、土を掘る事を止められないのだろう。何故、この鼻が嗅ぎ付ける香しい香りに惹き付けられ、手を汚してまで穴を掘っているのだろう。
(ま、良いかな?)
しかし、深く考える事なんて出来なかった。あたしは再び土を掻き分け、香りの元を探しに掛かる。
この時あたしは、自分が知らない間に豚になっていたのだ。人間としての理性も記憶も何もかもを残しながら、体は確実に変わっていた。鼻はより鋭敏に香りをかぎ分け、体は少しずつ筋肉質になっていた。お陰で土を掻き分けても疲れる事が無く、指先はいつの間にか太くなって、穴を掘る速度が飛躍的に上がっていた。
ほりほりほりほりほりほりほりほりほり。穴を掘って、掘って、少しだけ深いところに根っこを見つけて――――
「あ、これかな?」
あたしは、ようやく隠れていた秘宝を見つけたのだ。
「そこまでだ!!」
ばたん!! そこに現れたのは、見た事もない初老の男性。白衣を着込んでいるのだから、恐らくは研究員の人なのだろう。格好はこれまでに見た研究員の人達と寸分変わらないが、胸のネームプレートには“○×号研究室主任”と書かれているから、あたしが参加しているこの実験の責任者なのだろう。
でも、そんな事は気にしない。だって、ほら――――――――こんなに香しい香りを嗅がされたら、もう、なんて言うか、押さえるなんてとてもとても出来なくて‥‥‥‥
ぱくり。と、あたしは土中から出て来たそれを、躊躇うことなく囓ってしまった。
「のぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「主任! しっかりして下さい!! しゅにぃぃぃん!!!」
すぐ近くで、叫びを上げる誰かが居る。でも、あたしは気にもせず、土の中に顔を突っ込んだままでポリポリと発見した“それ”を囓っていた。
「うーん‥‥‥‥美味しくない」
生のトリュフが美味しいかどうかなど、考えるまでもない。
嗅覚は兎も角、味覚までは豚のそれにはなれないみたい。あたしはトリュフと一緒に口に含んだ土を吐き出しながら、発見したトリュフを埋め直した。
「主任! 押さえて下さい! 実験は成功したんですから!!」
「むがー! 今の感想を聞いたか!? 私の、私のトリュフをぉぉ!!」
「押さえて下さいって!! おい、精神安定剤を持ってこい!!」
どたばたと、扉の傍が騒がしい。
「むぐぅ。何事?」
しかし、一体何を騒いでいるのか、あたしには最後の最後まで分からず、研究主任の悲痛な叫びを危機ながら、キョトンと首を傾げる以外になかったのだった‥‥‥‥
Fin
●●あとがっきん●●
偶には研究員側も痛い目を見るべきだと思ったメビオス零です。
今回はこのシリーズの中では異色(?)となるコメディー風です。トリュフを探す豚の話。でも、実際にはあまり美味しくないような気も‥‥‥‥日本人の味覚の所為か、私の味覚がおかしいのか‥‥‥‥私は、トリュフよりも豚肉が食べたいですね。お肉の中では一番美味しいと信じていたりします。
トリュフの相場にはさほど詳しくはありませんが、一塊を丸まるとなると‥‥‥‥研究主任、かなりの痛手を被ったのではないでしょうか。ふふふ、これに懲りたら、みなもさんを虐めるのを止めなさい。今回のお話は、『変質』系列のお話の中ではそれなりに後の話で、しかもちょっと続いています。犬猫から人間に戻ったみなもは、記憶を操作されてそのことを忘れているという世界の話。まぁ、犬猫に変えられるような実験に付き合わされていて、ノコノコと出向くわけがありませんよね。
まぁ、そんなこんなで、今日も危険な実験に付き合わされてしまったみなもさんなのでした。この後、彼女が人間に無事に戻る事が出来たかどうかは‥‥‥‥誰も、知らない。ちゃんちゃん。
なんて言う事を言ってる間に時間になってしまいましたので(?)、いつもの一文に移らせて頂きます。
執筆のご依頼、誠にありがとう御座います。
今回の作品は、如何でしたでしょうか? 作品に対するご感想、ご叱責、ご指摘などが御座いましたら、遠慮容赦なく送って頂ければ幸いです。ご感想が貰えるだけでも励みになります。いつもファンレター、ありがとう御座います。本当にありがとう御座います。
またのご依頼を頂ければ、また全力で取り組ませて頂きますので、これからもよろしければよろしくお願いいたします(・_・)(._.)
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