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<東京怪談ノベル(シングル)>


踊る!月の怪魚


 謎の怪魚が、東京湾で捕縛された。発見時こそ海を泳いでいたが、いかなる状況下でも泳げるという珍種であることが判明。現在は都内の水族館に、IO2監視の元で保護されている。
 好事家の目に触れないよう、細心の注意を払って移送したのだが、相手はいたくご立腹。何度も水槽に体当たりして、必死の抵抗を試みる。
 その様子を心配そうに見つめる少年がいた。IO2の調査に協力を申し出た月の住人・竹取めぐる。彼は怪魚を『特朱舞鯛』だと説明した。月の海に住む珍魚で粗暴な性格だが、心を開いた相手とは仲良くでき、雄は繁殖期に求愛の舞踊をするほどの陽気さを持つらしい。めぐるは組織に対して、彼の助命を求めた。
 職員は必死の嘆願を聞くも、『観察後に殺処分』の姿勢を崩さなかった。月から雌を連れてくるわけにもいかないし、魚の暴れっぷりも尋常ではない。保護するだけでも難しいというのが本音だ。めぐるは肩を落とし、水槽に近づいてそっと語りかけた。

 「どうして地球に……」

 怪魚が落ち着きを取り戻せない気持ちもわかる。IO2の言い分もわかる。少年は苦しい立場に置かれていた。
 そんな時、『特殊部隊の訓練』という名目で、三島玲奈が怪魚の元を訪れる。彼女は資料にざっと目を通すと、めぐると同じようにIO2職員に助命を求めた。もちろん結論は変わらないが、彼女は挫けない。この魚が踊れるというのなら、調教して芸を仕込んでみると言い出した。IO2には「人間の住む世界での法を遵守し、有益な才能を持つ妖怪は殺さない」という不文律が存在する。玲奈は怪魚の持つ可能性に賭けようと思った。その熱意に押され、職員は「わかった」と頷く。そして、わずかな時間と協力を彼女に約束した。
 そのやり取りを見ためぐるは玲奈の元へ近づき、自己紹介と謝意を伝える。そして怪魚について話した。猶予を与えられたというのに、彼の表情は晴れない。

 「玲奈さん。この魚の調教は、月の住人でも難しいんです。確かに踊りますけど……」
 「ちょっと待って。またあの子が暴れだしたっ!」

 説明の最中も怪魚は暴れ狂い、ついには水槽のふたをずらし、そこからひょいっと抜け出してしまった。こんなことをすればするほど、自分の未来は暗くなる一方なのに……玲奈はめぐるを引き連れ、一目散に逃げた魚を追った。


 あの怪魚は廃工場へと逃げ込んだらしい。IO2は周辺区域の封鎖を実行すると同時に、玲奈とめぐるに最後のチャンスを与えた。
 ふたりはこれから『翼狼戦姫レナメグル』という新番組を装って敷地内に侵入。その間に怪魚の捕縛ならびに調教ができれば、助命を認めるという。用意された衣装に身を包むふたりだが、なぜかどっちも女性用……めぐるは苦い表情を見せつつも、黙ってヒロインに変身してみせた。

 「似合ってるじゃない、めぐるくん!」
 「これって、ボクも変装する必要あるんですか……?」

 玲奈は変装して任務を遂行する必要性を理解していたが、あえてすべてを語らなかった。今は怪魚の捕縛が先である。
 ふたりの戦姫はゆっくりと開かれた扉の中へと進み、かわいいポーズを決めながら高らかに名乗った。

 「雄々しき獣の正義の心!」
 「純白の翼は平和のために!」
 「我ら、翼狼戦姫レナメグルっ! いざ参る!」

 わざとらしいセリフ回しとカメラ目線を決めると、目前の怪魚を捕まえんと元気よく突進する。
 見慣れぬヒロインの登場に少し怯えた素振りを見せた怪魚だが、暴れっぷりは相変わらず。燃える配管をかいくぐり、ドラム缶の山をぴちぴちと登った。これを追うのは至難の業……玲奈はすかさず人狼化して常人を超える跳躍力を発揮したり、自慢の翼で飛翔しながら魚を追っていく。一方のめぐるは抜群の運動能力で乗り越えながら、危ない場面では月の理力を駆使して難を逃れる。この追跡劇は、まるで『翼狼戦姫レナメグル』のテーマソングに乗って踊っているようにも見えた。


  伝わらないと嘆くだけじゃ奇跡は起きない
  居場所を探して自由に飛ぼう 飛べるよ君は大丈夫
  夢を燃やして照らそう夜明け新しい朝 心に新芽を息吹かそう今は凍土に埋もれても
  天空目指す木々の様に日差しを追いかけ輝こう

  心の内に閉ざす夢 美しいけど偽者さ
  誰かと居てももどかしい思い燻ってた 希望を未来へ解き放ち奔放に生きよう
  太陽を探すのさ雲の果ての澄み切った空 銀鱗散らすトビウオの様に 鞭打つ荒波に負けないで強く生きるのさ


 ふたりと1匹、どちらも疲れを見せることなく廃工場の内外を跳ね続けた。一度は煙突を飛び越えたかと思うと、今度は煙突に入る器用さを見せる怪魚。そのリズムを、玲奈とめぐるは徐々につかみかけていた。
 そしてついに、決定的なシーンを迎えた。追われ続けて疲れたのか、怪魚が玲奈に体当たりを仕掛ける。もはやこれまでと観念したのか……玲奈は思わず身構えた。ところが、相手はスリスリと甘えるではないか。そして目の前でノリのいい踊りを披露した。玲奈もめぐるも、思わずぽかーんとした表情で立ち尽くす。

 「これって、まさか……」
 「あーっ! これですよ、求愛の舞踊! でも、なんで急に?」

 この疑問は後に解決する。なんとこの怪魚、月の海から宇宙船玲奈号の姿を見ていたのだ。それを雌の魚と勘違いした上、淡い恋心を抱いたらしい。それで必死になって地球まで泳ぎ、東京湾に流れ着いたというわけだ。なんともお騒がせな珍魚である。
 ともかくこの場はおとなしくなった相手の体を撫でつつ、玲奈は「もう、この子ったら!」と素直に甘えさせてやった。その後はすっかり懐き、めぐるの言うこともよく聞くようになった。


 その後……IO2は約束を果たした。
 捕縛は成功するも、調教には不安が残したが、実はこれも追跡劇の最中に解決していた。あの怪魚は逃げまくる際、曲芸のようなことを自然と身につけていたのだ。そしておとなしくなった後は、自分から水族館に用意された水槽へと帰っていくではないか。なんと帰巣本能まで備えていたというオチである。
 ただ唯一、たまに玲奈が顔を見せないとご機嫌斜めになるという悪い癖がついてしまった。これを解消すべく、玲奈とめぐるは一肌脱いだ。廃工場での経験を存分に生かしたヒーローショーを行うことで、怪魚の社会的地位も確保することにしたのである。だから水族館では、週末になると『翼狼戦姫レナメグルショー』が開催された。
 ふたりの戦士を背中に乗せて飛び跳ねる珍魚の姿は話題となり、出所不明のメイキングビデオもコアなファンの間で人気を博した。このビデオは『翼狼戦姫レナメグル』の誕生秘話というべきストーリーで、廃工場を舞台とした撮り下ろしである。めぐるはその話を聞いて、なぜ変身ヒロインをやらされたのかを理解した。早い話がうまく行った時のアリバイ作りだったのだ。
 何はともあれ、特朱舞鯛の地球生活は充実したものになったようだ。

 「雄々しき獣の正義の心!」
 「純白の翼は平和のために!」
 「我ら、翼狼戦姫レナメグルっ! いざ参る!」

 玲奈とめぐるのヒロイン姿は、まだしばらく水族館の週末に見られそうだ。