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+ 自分自身の葛藤と共に +
関東圏内のとある体育館、その控え室にて彼――和泉 大和(いずみ やまと)は今、自分自身と戦っていた。
彼は短めに切ってある己の髪の毛をがしがしと掻き混ぜる。そして時折両手で頭を抱え唇を噛んだ。
大和は都内のインディープロレス団体に所属する若手のレスラーだ。それなりに実績を積んできた彼は先日のバトルロイヤルで気が付いていたら優勝していた程の腕前を持つ。
その彼が現在葛藤しているのは本日の試合の事であった。
相手は現時点で「王者」に輝いている先輩レスラー。当然ながら彼より実力も遥かに上の人物といえよう。
王者に勝てる確立はほぼ0%に近い。
それゆえに今までがむしゃらに進んできた彼にとってこのタイトルマッチは非常に精神的に重く圧し掛かってきて止まない。
分かっている。
分かってはいるが、それでも完全に負ける確立は0%ではない。対戦者が出ていた試合のデータも幾つか見て研究してきた。コーチなどにもアドバイスを受けて自分なりにイメージトレーニングを積んできた。
勝率が低くとも本日、彼は試合に挑む。今出来る精一杯の作戦と、応援してくれる皆の言葉を胸に秘めて。
すぅっと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
その息は己の精神の波を平たいものへと変え、落ち着かせていく。心の中で思うのは『勝つ』事だけ、『戦いに行く』事だけだ。
やがてスタッフが大和を迎えに来れば、彼はベンチから立ち上がる。
もう引き戻すことなど出来ない。
ぐっと握り締めた拳――其処には彼の決意が確かに込められていた。
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そして遂に試合開始の鐘が鳴る。
何度もテレビモニターの中で見た「王者」が目前に……そう大和の前にいるのだ。対峙した瞬間にぞくりと背筋に電流のようなものが走ったのは何故だろうか。緊張しているのは勿論の事、だがそれよりも相手の持つその貫禄に押されてしまう。
最初は互いに様子を見るように攻防を続けていたが、やがて大和は相手の右足に肘打ちや蹴りを絞っていく。研究した結果、彼は右足の攻撃が強いと同時に時々右側がぶれることがある。それを狙ってのことだ。
―― この作戦が通じれば、俺にも少しは勝機が見えるかもしれない……!
飛び散る汗、飛び交う声援。
自分の癖を見抜かれたと即座に察した王者は幾分か焦りを見せ始める。だがそれが逆に「頂点に立っている者」としての感情を誘発させたようで、王者は攻撃を受け続けていた右足を使い、強気に延髄蹴りを放つ。
だが大和はここぞとばかりにその右足を左のラリアットで思い切り叩き落した。
「くぁッ!」
「はぁ、……まだ、だっ!」
暫し悶絶する王者。
だが彼は痛みに耐えすぐさま立ち上がる。
だがその瞬間を大和は逃さない。今度は全力でウエスタンラリアットを放った。見事王者の首にそれは打ち込まれ、相手はフォールし大和は十分な手応えを感じる。だがカウントは2。
戻ってきた王者は明らかにダメージを受けてはいるが、それでも決定的なものではない。
―― 流石に回復が早い。これが「王者」か……!
遠い……それはとても遠い場所の様に感じた。
今日の自分は頂点という場所にこんなにも近いと言うのに、とても遠い場所にあるように思えるのだ。
だがまだ戦える。
そう信じて彼は拳を繰り出し、蹴りを決めるが王者はもう大和の反撃を許さない。
研究した事も、イメージトレーニングしてきた事も越えて王者は大和へと攻撃を重ねてくる。
「ぐぁっ!!」
やがて防御が間に合わず鳩尾に一発綺麗に決められ、大和は崩れ落ちた。
薄れた意識の中で審判がカウントする声が微かに聞こえ、必死に立ち上がろうとするがもう身体の方が限界を訴えておりそれは叶わない。
勝者の名を叫ぶ審判。
立ち上がる観客達。
そして敗者となり、肩を担がれるように退場する大和自身にも賞賛と拍手が浴びせられる。打ち込まれた拳の重さに呼吸困難状態に陥ってはいるが、その優しい声達は大和自身の身体に、心に染み込んで行く。
感謝の意味を込めて弱弱しいけれども片腕を上げれば、一層拍手が増えた。
「……はは、やっぱり負けちゃったかぁ」
だが、悔しさは無い。
あるのは充実感――まだまだ先の事だと思っていた頂点の争いに参加出来た事への喜び。
「さて、アイツに今日の事どうやって伝える、かな……ぅ、腹いてぇ……」
満たされる事に勝敗など関係ない。
彼は心から現状に満足しながら、婚約者に本日のこの結果と感情をどう報告しようかぼんやり考えていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5123 / 和泉・大和 (いずみ・やまと) / 男 / 17歳 / プロレスラー】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、いつも発注有難う御座います!
今回はシングルということで試合中心の描写をさせて頂きました。試合前の精神的ストレス、負荷は凄いものだとお聞きしております。それを乗り越えて戦いに挑む大和様が表現出来ていれば嬉しいです。
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