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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒き瞳の暗殺者 2


 その犯罪組織の施設は、工場地帯の一角にひっそりと佇んでいた。何かの事務所のような、灰色の大きな建物で窓が少ない。
 明かりは見えないが、中にはやはり何者かが潜んでいるようだ。
 琴美は物陰に隠れながら素早く施設へと近づくと、あちらこちらを確認した。
 1階の窓はすべて施錠されており、どうやら裏口らしい地味な扉には重々しい南京錠がかかっている。古いもののようで、ほとんど使っていないのだろう。錆び付いていた。
(でもこれくらいなら)
 クナイを手にし、琴美はそれを勢い良く振り下ろして錠を破壊すると、難なく施設内へと忍び込んだ。
(このフロアに人の気配はない)
 何かの会社のようにドアが並んでいるが、話し声も物音もしない。ただ、人が行き来しているらしい痕跡はある。おそらく組織は、地下をメインに使っているのだ。
 琴美は音もなくフロアを駆け抜けると、階段を見つけて辺りを窺いながら地下へと進んだ。
 地下にもいくつか部屋があるようだが、地上ほどではない。倉庫が並んだ感じの作りになっているようだ。辺りには空の瓶や、何かの破片が散らばっている。
 と、数人の男のものらしき足音が聞こえてきた。
(見回りかしら)
 素早く柱の影へと身を潜ませる。男の姿は2人、いや、3人。彼らは話をしながら琴美の潜んでいる柱の前までやってきた。
 そのとき、カツン、と足元に転がっていた何かのボトルが、琴美のつま先にあたって音をたてた。
(しまった)
「誰だ! 誰かいるのか!!」
 見つかる、と判断した琴美の行動は早かった。
 目にもとまらぬ速さで男達の背に回り込み、男達が何か言うよりも早く、その首筋に手刀を叩き込んで2人を倒した。
「このアマ……ッ!」
 残りの1人がポケットからナイフを抜いて、滅茶苦茶に振り回す。宙を斬る音が廊下に響いたが、その刀身は琴美を掠りもしない。
「精進が足りませんわね」
「なっ?!」
「眠っていただきますっ!」
 その言葉も男には聞こえたかどうか。琴美の攻撃を腹の急所に食らった男は、膝からがっくりと崩れ落ちた。
「たかが小娘1人と侮って、甘く見ないことです」
 さらりと黒髪を払うと、倒れた3人を見下ろして琴美は呟く。
 琴美の前には、この程度の男達など物の数ではない。そのことを琴美もわかっていたから、冷静なものだった。
 琴美は己の実力に自信がある。だから自分ならば今回の任務も完璧に達成できる、そう確信していた。
(早くターゲットを……ギルフォードを見つけましょう)
 琴美はクナイを握り直して頷くと、さらに地下へと、風のように駆け出した。


 地下の部屋は、どこも薄暗い。そこの廊下を進んでいくと、開けた空間に出た。どうやら建物の地下は、他の倉庫に繋がっていたようだ。
 広々として天井の高い、大きな倉庫になっている一室。その闇に溶けるように立っている男を、琴美は見つけた。部屋の隅には木箱や廃材のようなものが積まれている。
「ギルフォード、ですね」
 ギルフォードが土気色の顔を向けて、不機嫌そうに琴美を見やる。お互いの目が、互いを映した。
「なんだァ、あんたは」
「問答無用っ!」
 琴美は一気に距離を詰めると、ギルフォードの胸にクナイを振り下ろした。
「うおっと!」
 その勢いに、ギルフォードは思わずよろめいて慌てて体制を立て直す。
 クナイはギルフォードの左腕を掠り、相手の急所に当てられなかったことに小さく顔をしかめながら、琴美はひとまず後ろへと飛び退いた。
「へえー、あんた、俺を殺しにきたわけか?」
 腕を斬られたギルフォードは、ますます不機嫌そうな口調のままで琴美をじろじろと見た。
「だが、女が1人で俺を暗殺にねぇ? どこの組織の手下だ?」
「話すことなど何もありません」
「ムカつく女だな。つーか誰だ、俺を暗殺しようとか考える奴はよ」
「先ほども言ったはずです。問答無用、と!」
 鋭いクナイが再びギルフォードを狙う。ギルフォードは今度はしっかり琴美に対峙し、その攻撃を避けながら蹴りを繰り出してきた。琴美は軽やかにすっと身を屈めてそれをかわすと、今度は下からギルフォードの足に向けてクナイで斬りつけた。
「あぶねっ」
 ギルフォードは巧みにクナイをいなして、右腕の義手で琴美の腹部を殴りつける。よけきれず、左の二の腕に攻撃を食らった琴美は一瞬ひるんだが、負けじとクナイを再びギルフォードの足につき立てる。その右手に、確かな手ごたえを感じた。
「おわっ! 痛てててぇ!! あんた……ほんっとムカつくぜぇ」
 言いながら、ギルフォードは肩をすくめて斬られた足を押さえると、数歩下がった。
「見ろ、斬れちまったじゃねーか。痛ぇなあー」
 その人をからかうような口調は腹立たしかったが、琴美は内心で頷いていた。
(いける……!)
 自分の攻撃は、確かにギルフォードにダメージを与えている。
「はあっ!」
 琴美は続けてギルフォードに向かっていくと、次々とクナイで斬りかかった。
 キン! と金属同士がぶつかり合う音が響く。足を一度切られているにも関わらず、ギルフォードの動きは素早い。
 それでも琴美の連続的な攻撃に、次第にギルフォードは壁際へと追いやられていった。
 やれる。とうとう壁が背にあたるところまでギルフォードを追い詰めた琴美は、勝利を確信した。
(これで、任務達成です!)
 ギルフォードにとどめの一撃を与えようと、琴美が彼の急所目掛けて思い切りクナイを振り下ろした……その時。
 ギィン!! という鈍い音をたててクナイが阻まれ、琴美は目を見開いた。
「な……?!」
 さっきまでそれは、確かにギルフォードの右の腕の代わりをしている義手だった。それが日本刀のような形になって、クナイを受け止めている。
 ギルフォードはにやりと笑うと、ギラギラとしたその刀でクナイごと、琴美の体を弾き飛ばした。
「うぐっ!!」
 その攻撃を胸に受けて、飛ばされた琴美は咄嗟に受身を取れず、背中を床に打ち付ける。
「く……! へ、変形、した?!」
「ひゃははははっ、なーんだお前、俺のこの腕のこと知らなかったのかぁ?」
 今回のターゲットは快楽犯罪者の危ない男であると、そう聞いてはいたが、義手が変形するなどということは資料に載っていなかった。おそらく琴美の組織はそのことを調べきれていなかったのだ。
 しかしそのくらいで、怯む琴美ではない。
 すぐに立ち上がると、クナイを構え直して素早くギルフォードに向かった。
「甘いぜ!」
 しかしクナイを振りかざした琴美の腕は、今度はロープか鞭のように変形したギルフォードの腕によって捕らわれた。
(速い……!!)
「おお、意外とすばしっこいじゃん、面白ぇ」
 ギルフォードはねっとりと笑うと、琴美を捕らえた義手を振り回して、勢い良く壁へと投げつけた。
「ああっ!」
 鞭状の義手に捕らわれ翻弄されて投げられた琴美は、積み上げられていた木箱の山へと突っ込む。
 ガラガラガシャン! と派手な音を立てて木箱が崩れ、琴美は何とか体を庇った。
「ひははははっ!! 間抜けだなあ? 暗殺者さんよぉ」
 この男、只者ではない。素早さと義手の能力、簡単には……いかない。
 琴美は立ち上がりながら、可笑しそうに笑うギルフォードをきっと睨みつけた。
「まあゲームはこれからだ、楽しもうぜ?」
 ギルフォードは舌なめずりをすると、目を細めて笑みを浮かべた。