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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第三章



 窓から外を見遣る。
 相変わらず気温の差は激しいが暦の上では6月に入った。衣替えの時期である。
 ちら、と視線をおろすやすぐにリビングのソファに腰掛けてワイドショーを眺めているアトロパの後ろ姿に移動させた。
 彼女が来てからもう2ヶ月は経過している。家族との摩擦もないし、娘の鳳凰院麻里奈もアトロパと仲良くしているようだ。
 今だって、日曜の休みの日だというのに、アトロパの横に座って、「なにが面白いの?」とアトロパに尋ねている最中である。
 昼食に使用した食器を片付けながら、鳳凰院アマンダはそんな二人の様子を微笑ましく見守る。
「なかなかに面白いぞ?」
「だから何が面白いのよ?」
「マスコミの考えでの、世界情勢や、この国でのこともだな。あと、意味もなく芸能人を追い掛け回すところろか」
「……どういう見方してるの?」
 半眼になる麻里奈が頬杖をついた。姿勢正しく座っているアトロパはあまり表情がない。
「麻里奈はスキャンダルが面白いのか?」
「え? うーん、どうかしら? ものによると思うけど」
「知り合いでもない者のことを面白可笑しく煽るのは好ましくないだけだ」
「…………」
 ぽかーんとしている麻里奈の顔に、アマンダは笑いがこみ上げて、なんとか堪えた。
(本当にアトロパちゃんて変わってる)
 なんて思いつつ、片付けの作業に戻った。
 一応……自分のツテで、「闇の世界」でアトロパのことを調べてはいる。
 アマンダの言う「闇の世界」とは、特殊能力者や魔物たちの持つ……この表とは違う「裏の世界」のことだ。
(あまり期待できそうにないけど)
 軽く肩をすくめて、洗った皿を軽く拭いた。



(…………やっぱりアトロパって不思議な子)
 横に座っていた麻里奈が唖然としてアトロパの横顔を凝視した。
 む、として視線をテレビに戻す。
 ちょうどニュースに切り替わり、政治内容になる。……うわぁ、あんまり好きじゃない。
(どーせ、またくっだらないやり取りするんじゃないのかしらね。実りのない無駄な時間だ……わ)
 そこまで考えて、はっ、とアトロパを見た。
 テレビは報道する側の考えで作られているものだ。アトロパはそれをきちんと理解し、「そういう目線」で見ているのだろう。
(そうよね。芸能ニュースとか、学校に行ってないアトロパには不要な知識よね)
 話を合わせる必要もないし、会話の糸口に使うこともない。
 そう考えると、少し羨ましくなった。
 そして同時に思い出す。彼女があの夜に言ったこと…………世界を救う、という使命。
(お母様は信じてるみたいだけど、私は半信半疑なのよね……。だって『世界を救う』ってどうやって?)
 闇の世界にすら敬意を払われ、恐れられている母が「世界を救うわ!」などと言えば「そうですか」と頷きそうだが、こんな細っこい少女になんの力があるというのか……。
 目を細めてアトロパを眺めたが、これといった特徴はない。ただ顔が整っていることと、常にいつも同じ衣服だということだけだ。
(うー……アトロパが嘘をつくとは思わないけど……)
 『嘘』を信じ込まされている、ということだってある。
「ねえねえアトロパ」
「なんだ?」
「『世界を救う』って、どうやってやるの? こっそりでいいから教えてくれない?」
 小声で耳打ちすると、アトロパは思案してから耳打ちしてきた。
「禁則事項だ」
「……あっそ」
「それに、来たるべき時がくればわかるぞ」
「その『来たるべき時』ってなんなのよ? いつなの?」
「さあな。こればっかりは、その時がこなければわからない」
 平然と言うので、やはり嘘をついているようにはまったく見えない。だが麻里奈はもやもやするばかりだ。



 片づけが終わったアマンダがアトロパに近づいてきて、背後から声をかけた。
「アトロパちゃん」
「ん? アマンダ、どうした?」
 肩越しに振り向いてくるアトロパに、アマンダはにこ〜っと笑みを浮かべる。
「ねえ、ショッピングに行かない?」
「なぜだ?」
「アトロパちゃん用に服を買いたいな〜って」
「? アトロパにはこれで充分だ」
 毎日洗濯しているとはいえ、アトロパの衣服はまったく変わっていないのだ。
「いま着ている服も悪くないけど、女の子なんだから色々とオシャレしなくちゃね。似合いそうな服を選びに行きましょう」
 有無を言わせないアマンダの口調にアトロパは戸惑い、しばし悩む。それからややって、アマンダを見つめた。
「アマンダはアトロパの服を選びたい。そうだな?」
「? そうよ? あら? やっぱりイヤ?」
「いいだろう。行く」
 立ち上がったアトロパに、アマンダは微笑んだ。
 良かった。「嫌だ」の一点張りをされるのではないかと少し心配していたのだ。
「じゃあちょっと待ってて。出かける準備をするから」
 慌てて自室に戻ろうとするアマンダを、アトロパは不思議そうに眺める。
「……なぜそのまま出かけないんだ? 麻里奈は理由がわかるか?」
「え? えーっと……女は外に行く時に時間がかかるものなの。じゃ、私も部屋に一旦戻ろうかしら。
 ちょうど新しい服が欲しかったのよね」
 一人ぽつんと残されたアトロパは再びソファに腰掛けてテレビへと視線を向けた。
「よくわからないな。アマンダも麻里奈も」



 アトロパに似合う服とは?
 そのお題のもと、アマンダは店内をざっと見回し、似合いそうな衣服がある箇所へと颯爽と歩いていった。
(やっぱりキャミソールとか、ワンピースもいいわね。髪も長いし、くせがないんだからサンダルとかも買って……)
 トータルで考えていくと楽しくなってきた。普通の、そのへんに歩いている少女のような格好をするアトロパが少し想像できない。
(あ、このワンピース花柄で可愛いわ! 白地に緑の小さな花ね。うーん、似合うわ絶対に。じゃあ下はレギンスとか……。あ、でもはかなくても細くて綺麗かも)
 あれこれと物色しているアマンダとは違い、娘の麻里奈はアトロパと、アマンダとはまったく違う箇所に居た。同じ店内でも、この洋服店では様々なものを取り扱っているのだ。
「あ、これいいわね。こっちも!」
 はしゃぎながら衣服を選んでいる麻里奈を、アトロパは観察するように眺めている。少しだけ距離をとった場所で、だ。
「ねえねえアトロパ! これどう? エロカッコいい?」
「……えろかっこいい? 単語の意味がわからん」
 片眉をあげるアトロパに、麻里奈は「ああそうか」と納得した。
「なんていうのかしら……。えーっと、」
 説明しようとして、言葉に詰まる。ここは店内で堂々と言葉の説明をするわけにはいかない。
 今の言葉だって、一時期流行したから使っているだけで、まだ使っていても大丈夫か少し心配なのに。
「似合う?」
 結局、こんな単純な言葉になってしまった。
 アトロパはハンガーにかかっている衣服を眺め、それから麻里奈を見つめる。真っ直ぐな視線に、少し気圧されそうになった。
「なんだか麻里奈は露出狂みたいな服が好きなんだな」
「ろっ……!?」
 その反応は予想外だった。
 麻里奈は目を細め、じとっとアトロパを睨んだ。彼女を護衛するために張り詰めていた緊張が切れそうになる。
「こういう露出多めの服なの! わざとよ、わざと!」
「わざと……? 水着みたいだな……」
「うっ」
 よくわかっていないようで、アトロパは素直に感想をさらさらと述べていた。
(アトロパの趣味とは確かに合わないかも……)
「に、似合わないかしら……?」
 そう尋ねると、
「似合うのではないか? いつも着ているものに似ているから」
 それは暗にバリエーションがない、と言われているのと同じだ!
 ガーンとショックを受ける麻里奈は溜息をつきつつ、とりあえず衣服を2つほど選び、どちらにしようか迷った。
 迷っている間、アトロパが母に呼ばれて試着室に入ってしまう。
 出てきた彼女を見て、麻里奈は呆然とした。
「う、わ……これ、アトロパ?」
「可愛いでしょう?」
 うふふと微笑むアマンダは、アトロパの姿に大満足のようだ。
 膝丈のワンピーススカートに、夏らしい大きな花がプリントされてアクセントになっている。サンダルも素足を強調させるものになっていて、衣服もノースリーブだから余計に肌の白さが目立った。
「あら。麻里奈はまた派手な衣服を選んだわね」
 母にまで言われて再びショックを受ける麻里奈であった。確かに自分はアトロパのような衣服は着たことがないと言ってもいい。
 自分に似合わないのではという乙女心も働いているのだが、常に少年のような格好をしているアトロパに負けたような気がして少し悔しかった。
 とはいえ、自分にカントリー系の衣服なんて…………うぅ、想像するだけでおぞましい。似合ってないので気色が悪くなった。
(しかし……やっぱり着る服でガラっと雰囲気変わるわね……。私も変わるのかしら……)
 ちょっびり思っていたら、母親にぽんと肩を叩かれた。一瞬、心を読まれたかと身構える。
「ちょっと力が入り過ぎね」
「お母様」
「アトロパちゃんを守ろうって気持ちはわかるけど、こういう時は精神状態をニュートラルにしておくのよ。
 常に力を入れていては、参ってしまうわ」
「…………」
 無言になる娘に微笑みかけ、アマンダはアトロパにこつこつと近づく。
「うわぁ、お似合いですね」
 様子見をしていた店員がそう声をかけてきた。
 刹那、彼女の身体の、いや、顔の真横をチッと音がして何かが通り過ぎる。店員は虫か何かだと勘違いしたが……。
(弾丸!?)
 鳳凰院親子がアトロパをすぐさま背後に押し遣る。だが目の前でバシン! と弾がはじかれて消えていった。
「くそっ! 今のどいつが……!」
 頭に血がのぼり、麻里奈は弾道の方向へ向かって走り出す。買おうとした衣服は母親に任せて、だ。
 アマンダはアトロパを振り返った。
「大丈夫? アトロパちゃん?」
「大丈夫だ。…………今のは、試しでやったのだろうな」
 ぼんやりと呟くアトロパは、アマンダを見上げる。
「アマンダの家の場所は完全にバレているな……。さて……どうするべきか……」

 追っていった麻里奈は舌打ちするしかない。
 気配もないし、こんな大きなデパートでは人数が多すぎて見つけることが困難だ。
(殺気も感じなかった……。どういうことなの?)
 世界を救うのだ。
 彼女のそう言った声が、脳裏にこだました――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】
【8091/鳳凰院・麻里奈(ほうおういん・まりな)/女/18/高校生・クルースニク(白狼騎士)】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鳳凰院アマンダ様。ライターのともやいずみです。
 いまだ解明されないアトロパの謎の数々、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。