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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


素晴らしき石像
●オープニング【0】
 それは5月も終わろうとしていた日のことである。
「ただいま戻……」
 アリアが買い物からアンティークショップ・レンへと戻ってくると、ちょうど店内では店主である碧摩蓮が来客者と話をしている最中であった。アリアは振り返った来客者の中年男性に対し会釈をした。アリアも何度か会ったことのある同業者だった。
「ああご苦労さん。それで、その女性の個展で石像を買ってどうしたんだい」
 中年男性へ話の続きを促す蓮。何か商売上の話をしていたのであろうか。
「買ってすぐ、業者に頼んで運んでもらって、ひとまず店の方へ置いたんだ。アンティークじゃないが、あまりに出来がいいと思ったから、客にも見てもらった方がいいと思ってね。しかしその晩からなんだよ、何だか寝苦しく感じるようになったのは」
 と言って中年男性は溜息を吐いた。蓮はさらに話の先を促す。
「具体的に話してごらんよ」
「いや……別に悪夢を見てるとかじゃないんだがね。寝汗はかくし、何か寝てもすっきりしないというか……。まあ単に疲れてるのかもしれないが、ひょっとしてということもあってね。だから、あんたに相談に来たんじゃないか。そういうことにも詳しいんだろう?」
「……要するに、その買った石像に原因があるかどうかを判断すりゃいいんだろう?」
「そういうことなんだよ! 最近取引先の手形が落ちるかどうかで気を揉んでたこともあってねえ……疲労の原因もあるもんだから、どっちのせいなのかはっきりさせたいんだよ」
 蓮が尋ねると、中年男性は大きく頷いて言った。
「となると、その石像を買った個展のことも聞いておかないとね。誰の個展だい?」
「石嶺冷子という20代後半の女性だったかな。ちょっと冷たい雰囲気もある髪の長い美人だが、並んでいた石像はどれも精巧な出来映えで素晴らしいと思ったよ。私が買った『ドレスをまとう女』というのも、モデルに会ってみたくなるくらいいい女に仕上がっててね。そんな作品を作れるのに、ついぞ彼女の名前など聞いたことはなかった。私だってその個展の存在を知ったのは、たまたまだったからね」
「石嶺冷子……知らないねえ。ま、調べてみれば分かるだろうさ」
 蓮はそう言うと、アリアの方へと顔を向けた。
「アリア。悪いけど、手が空いてそうなの何人か呼んでくれるかい。この石像のことを調べてほしいのさ」
 呼ばれたアリアは蓮のそばへ行き、差し出された写真に目を向けた。そこには確かに『ドレスをまとう女』というタイトルに違わぬ精巧な石像が映っていた。ドレスはパーティドレス、モデルとなったのは外国の女性であるだろうか。
「……本当に精巧ですね」
 写真を見つめたまま、アリアはぼそりとつぶやいた。

●集まる女性たち【1A】
 アンティークショップ・レンには今、6人の女性たちの姿があった。
「……蓮でさえ知らない女性が居たなんてね」
 エミリア・ジェンドリンは碧摩蓮に向かってそう言い笑みを浮かべたが、その目は全く笑っていなかった。蓮がアンティークに通じていることはエミリアもよく分かっている。そんな蓮が知らないということは、考えられるのは2つ……市井に埋もれていた無名の天才が現れたか、あるいは裏に何かがあるかだ。
「あたしだって全部を知ってる訳じゃないさ」
 そう蓮はエミリアに背を向けたまま言ったので、その表情は見えなかった。もっとも背を向けていたのはエミリアに怒っていたとかそんなことではなく、ただ別の所を見ていただけだ。久々にこの店を訪れた隠岐明日菜によってハグされているアリアの方を。
「久し振りだね〜、アリアちゃん♪」
「は、はい……」
 アリアをぎゅっとハグし、両頬に自らの頬を擦り付けるように当てている明日菜。アリアはといえばされるがままの状態である。
「久々に来たら、何だか妙なことが起こってるみたいだけど」
 くすっと笑う明日菜。そうなのだ、蓮とアリアを除く4人のうち、明日菜のみ呼ばれてやってきた訳ではなかったのだ。
「ま、せっかく来たんだ。あんたも聞いとくれ」
 蓮は明日菜に向けそう言うと、エミリアの方へと向き直った。
「……というか、見ておくれ、かねえ」
 言い直し、1枚の写真を取り出す蓮。そこへエミリアをはじめ3人の女性が集まってくる。
「本当に石像ですの、これ……?」
 写真を一目見るなり、シャルロット・パトリエールは蓮へと聞き返す。
「石像さ。それが話を持ってきた奴の捏造なんかじゃなけりゃね」
 さらりと答える蓮。シャルロットは改めて写真を見直す。
「……それが本当なら、素晴らしい出来映えの作品ですわ、これは。何だか人間がそのまま石像になったみたいで……」
 そう最初に感じたからこその、先程の蓮への質問だったのである。画像処理ソフトなどを使って加工したのではないかと思えるほどに、写真で見ても精巧な出来映えだったからだ。
 その隣では小柄で黒髪長髪、制服姿の少女が真剣な眼差しをこの写真へ向けていた。言うまでもなく、石像を凝視しているのだ。
「あんたはどう思った? 確か学校で美術部の部長さんやってるんだろう?」
 蓮がその少女――石神アリスへ尋ねると、アリスは写真から目を離すことなく口を開いた。
「この石像が、本当に彫られた物であれば……作者の方の腕前は相当の物ではないかと思います……」
 アリスはそう言い終わると、ふうと溜息を吐いた。
「これほどの出来映えであれば、私もこういうのを作ってほしいわね」
 と言ってから、シャルロットは蓮の方へ顔を向けてこう言った。
「どうかしら蓮。一緒に裸婦像を誰かに作ってもらわない? いっそのこと、2人で写真集を出してみてもいいですわよ」
「あいにく長時間じっとしてるのは性に合わなくてねえ。あんたみたく、見せるほどいい身体持ってる訳でもないしねえ」
 シャルロットがほぼ冗談を言っていることは分かったのだろう、蓮は苦笑して答えた。
「とりあえず、実物見に行くんなら話持ってきた奴の住所を教えとくよ」
 そして皆に、今回の話を持ってきた中年男性の店の住所を告げる蓮。
(何か気になるわねえ……)
 アリアにハグを続けながらも耳だけは蓮たちの会話に傾けていた明日菜は、さてどうしたものかと思いながら、脳裏に親友のエリヴィア・クリュチコワの顔を思い浮かべていた。無論、手伝ってもらうために。

●実物を見る【2A】
 店を出たその足で、中年男性の店へ向かったのはエミリアとシャルロットとアリスの3人であった。事前にアリアが連絡してくれていたらしく、目的の店へと着くと中年男性が出迎えてくれて、すぐに件の石像を見せてくれた。
「これがその石像だよ」
 そう言って中年男性が3人に見せた石像は、確かに蓮が見せてくれた写真に映っていた物と同じであった。いや、こうして実際に見てみた方がよりその出来映えの素晴らしさが伝わってくる。
「まあ……本当に今にも動き出しそうな……」
「そうだろう、そうだろう」
 シャルロットの感嘆の声を聞いて、中年男性は満足げに頷いた。
「この出来なのに30万でいいって言うんだ」
「30万!?」
 それに驚いたのはエミリアである。石像に近付いていたアリスも一瞬足を止めて中年男性の方へ振り向いたが、すぐにまた石像の方へと歩いていった。
「30万の腕前には見えないけどね……」
「有名だったら、桁1つは違ってるだろうな、きっと」
 石像をじーっと見つめるエミリアに向かって中年男性が言った。
「無名ゆえ……か」
 ぼそりつぶやき、エミリアもまた石像へと近寄る。すでにアリスが石像の足元やら手元やらを顔を寄せて興味深げに見ている。
「まとったドレスのしわの感じといい、髪の毛の細かさといい……いや本当に精巧な出来ね」
 ぐるり石像の周囲を回り、色々な角度から見るエミリア。ドレスのしわやら髪の毛やらの部分は、こうして実物を見ないとその細かさが分からない所であったろう。
「……名が上がってから売れば相当の値が……」
 と言いかけて、咳き込むエミリア。いやいや、今はそういうことを考えてる場合ではなかった。
「んー……」
 そしてエミリアは石像の正面に戻ってきて、腕を組み思案する。
「どうかしら。私には『普通』の石像に感じるのだけれど」
 シャルロットがエミリアのそばへやってきてそうつぶやく。わざわざ『普通』と言うことは、石像からは何ら魔力を感じなかったということなのだろう。
「そうね……出来映えは普通じゃないけど」
 エミリアはシャルロットに向けてそう言ってから言葉を続ける。
「いかにもこう、ドレスまとった本物の女性がそのまま石化したかのような出来ね。……なーんて」
 最後おどけて言うが、エミリアの目は笑っていない。何か引っかかっていることがある証拠である。
「寝汗かいたり、寝てもすっきりしないことがあるのに、悪夢じゃあない……合ってるかしら?」
 そしてエミリアは蓮から聞かされていた話を中年男性に確認する。
「ああ。別にホッケーマスク被った怪人が斧持って襲ってきたりなんてのも見てない」
「じゃ、単なる偶然か、それともあの石像があんたに訴えかけたい何かでもあるのか……」
 頷いた中年男性を横目に、石像へと再び目をやるエミリア。石像のそばでは、まだアリスが念入りに見ている所であった。
「そういえば個展で手に入れたと……」
「ああ。確か明後日までだったはずだから、明日にでも行ってみるかい? 場所は教えておくよ」
 シャルロットが個展の話を振ると、中年男性はそう答えて個展が行われているギャラリーのある住所を教えてくれた。渋谷や池袋といった場所ではなく、都区内でも端の方の場所であった。

●空白【3】
「……おっかしいわね〜」
 部屋でパソコンに向かっていた明日菜は、そう言って首を傾げた。
「何がですか、明日菜」
 同じ部屋の中で片付けをしていたメイド服姿の女性――エリヴィアが片付けの手を止めずに明日菜に尋ねる。石像の件で明日菜に手伝ってほしいと言われてやってきたものの、今現在はとりあえずやることもなかったのでこうして部屋の掃除をしていたのである。
「石嶺冷子って女性のこと。芸術家なんだけど……」
 明日菜はネットで冷子のことを調べていたのだが、あいにく情報は引っかかってこない。無名ゆえかとも考えられるが、今の時代は彼女の知り合いなり何なりがブログなどで名前を出していても不思議ではなく。しかしそれもない。
「ぽっと出の新人でも、どこかで学んだりはしてるはずだし……普通は」
 再度首を傾げる明日菜。どうにも納得がゆかないようである。
「普通でない場合があるんですか」
 てきぱきと、不要な物をまとめながらエリヴィアが明日菜に尋ねる。口調からして、分かってて尋ねているようであった。
「メデューサ」
 明日菜はきっぱりと答えた。なるほど、メデューサといえばその目で見た者を石にしてしまう怪物。わざわざ学ばなくとも石像が作れて当然だ。
「……いっそ、制作現場なりアトリエなりに侵入して、情報を押さえるべきかしら」
 そうつぶやくと、明日菜はパソコンから目を離して、エリヴィアの方へ振り返った。エリヴィアはすぐに明日菜の視線に気付くと、片付けをしていた手を止め、やれやれといった様子で言った。
「またですか? 明日菜」
「うん、お願いしちゃう」
「それで、どちらへ向かえばよいのです?」
 エリヴィアが尋ね返すと、明日菜は少し思案を始めた。そこへアリアから連絡が入り、個展の開かれている場所の情報が届いたのであった。

●突入【4】
 翌日――中年男性より教えられたギャラリーの前に2人の女性の姿があった。シャルロットとエリヴィアである。ちなみにエリヴィアはいつものメイド服ではなく、清楚で静かな感じの私服という珍しい姿であった。
「……ここね」
 金属扉の所に『石嶺冷子個展』と記された貼り紙があり、シャルロットはそれをしばし見つめてから改めてギャラリーの外観に目をやった。窓は見当たらず、中の様子は窺い知れない。そして両隣のテナントはシャッターが降りていて、誰も居ないことは一目瞭然。よく言えば静かな場所であるが、悪く言えば人気がないので何があっても気付かれにくい場所でもある。
「どうぞ」
 エリヴィアは扉に手をかけて開くと、シャルロットを促した。メイド服姿でなくとも、やはりメイドとして身体が自然と動いてしまうようである。そして先にシャルロットが中へと入り、エリヴィアがそれに続いて扉は閉められた。
 さて。その様子を3人の女性が離れた場所で見ていた。エミリアと明日菜、それから――先程中に入ったはずのエリヴィアである。こちらのエリヴィアはいつも通りメイド服姿である。アリスの姿だけ見当たらないが、何でも部活動があって来られないという話であった。部長が休む訳にはゆかなかったのであろう。
「分身……ね」
 誰も居なくなったギャラリーの前と、隣に居るエリヴィアの姿を交互に見ながらエミリアがつぶやく。エリヴィアは自身の能力により分身を作り出して、シャルロットにつけたのである。
「何かあった時を考えて、です」
 エリヴィアはそう言って小さく頷いた。相手のことがよく分からない所へ飛び込むのだ、慎重にゆかねばならなかった。
「あのギャラリーね、場所が場所だからか、ちょっと怪しい所も利用したりなんかがあるみたいね」
 明日菜が、ギャラリーについて調べてきたことを少し口にする。オブラートに包んだ言い方をしているが、要は詐欺すれすれな輩も利用してる、と言いたいのである。
「利用料はお金じゃなくてもいいらしいわ」
 と言ったのはエミリアである。それも何か意味ありげに笑って。
「先月だったか、そこのオーナーが金髪美女と寄り添って夜の街に消えていったとかどうとか」
 ……ああ、金じゃなくてもいいというのは、そういうことですか。
「まあ何かあれば、これを通じて分かるわよね」
 そう言って明日菜は携帯電話を手に取った。画面を見れば通話状態、シャルロットに渡した携帯電話と今まさに繋がっているのである。
 場面は中に戻る。ギャラリーに足を踏み入れた2人が見た物は、間隔を空けて並べられている石像たちであった。そのほとんどは若き男女で、老人や子供というのは2、3体のみである。所々、不自然に間隔が開いているのは、何体か売れた跡であるのだろう。
「どなたも……居られないのでしょうか」
 エリヴィアがぐるり室内を見回す。客は自分たち2人のみ、石像の他は誰の姿もなかった。すると、奥から1人の女性が現れた。銀髪で髪の長い、どこか冷たい雰囲気をまとった20代後半の女性である。
「個展に来られた方ですか?」
 女性はエリヴィアとシャルロットに向けそう話しかけてきた。
「え、ええ。では石嶺冷子さんは……」
「あたしですが」
 女性――石嶺冷子はシャルロットの問いかけにきっぱりと答えた。
「そうですの! 今まだほんの少し見せていただいただけですが……素晴らしい作品ですわね。こんな素晴らしい作品を作られる方にお会い出来て光栄ですわ」
「ありがとうございます。おかげさまで評判はよくて……何体か売れたおかげで、当座の滞在費が出来ました」
「滞在費?」
 冷子の言葉を訝しむシャルロット。それに気付いた冷子は、すぐにこう付け加えてきた。
「最近まで、長くヨーロッパに暮らしていたものですから。日本へ来たのはつい先月で」
「それで滞在費ですのね」
 一応その言葉に納得してから、シャルロットは改めて冷子の顔を見てみた。よくよく見てみると、顔立ちは外国の血が入っているように感じられた。となると、銀髪も染めたのではなく地毛であるのだろう。
「出来映えが素晴らしいだけでなく、ちゃんと買い手の方もついているのですから、モデルの方もきっと喜んでいるでしょう。私も自分の像を作っていただきたいくらいですわ」
「……あなたの像を?」
「ええ。裸婦像でもよいので」
 冷子に聞き返され、にっこり微笑み答えるシャルロット。そこへエリヴィアも口を挟む。
「もしモデルを募集されているのでしたら、応募させていただきたいのですが」
「……そんなに石像を作ってほしいんですか?」
 冷子が2人へと確認する。シャルロットとエリヴィアは各々頷いた。すると冷子は扉の方へ足早に向かい、中から鍵をかけた。
「邪魔が入らないようにしました」
 そう言い戻ってくる冷子。そして2人の周囲を回ってじろじろとしばらく見ていた。
「モデルとして申し分はなさそうね」
「では作っていただけますのね?」
 シャルロットが確認すると、冷子は無言で頷いた。
「それで……いつどちらへ伺えばよろしいのかしら」
「いえいえ、面倒はありませんよ。……すぐ終わりますから」
 冷子がそう言った瞬間、はっとしたエリヴィアがシャルロットの前に躍り出て自らの腕で目元を隠した。その次の瞬間である――エリヴィアから足の感覚が消え失せていたのは。
「足が!」
 先に驚きの声を発したのはシャルロットであった。見ればエリヴィアの足元が石へと変化していたではないか!
「へえ。一瞬で石化しないだなんて、なかなかやるわね。あなた、ただの人間じゃないでしょ」
 足を石に変えられたエリヴィアの姿を見ながらくすくすと笑う冷子。先程までの口調はどこかへ消え失せていた。その言葉は外で待機している3人にも聞こえている。外の3人はすぐにギャラリーへと向かうのだが――冷子の動きの方が素早かった。
「でもね、目元を隠そうとしても無駄。あたしはメデューサとは違う。背中からでも石に出来るのよ」
 冷子はそう言い終わるや否や、シャルロットの姿を石へと変えるべく動いたのである!
「そこで見てればいいわ!!」
 冷子がエリヴィアに向けて大声で叫び――何かが弾ける音が大きく響き渡った。

●ひとまずの結末【5A】
「……何とも間抜けな話だねえ」
 皆からの報告を聞き、蓮は呆れながら言い放った。ギャラリーを訪れた翌日、アンティークショップ・レンでの話だ。
「恐らく過信していたのだと思いますわ」
 と語るのは、冷子によって石にされようとしていたはずのシャルロットである。どこからどう見ても石の部分は見当たらない。つまり石にされずに済んだということだ。だが何故?
「……力だけは凄かったようですから」
 シャルロットはそう言葉を続け、粉々に砕け散った石の欠片を取り出して蓮や皆に見せた。辛うじて形を留めている部分を見ると、何やらルーンらしき物が刻まれていた。
「この呪返しのルーンがなければ、私も石像の仲間入りだったかもしれませんわね」
 ふっと笑みを浮かべるシャルロット。呪返しのルーンには、自分にかけられた呪いを返す効果があった。冷子の力を受け止め切れなかったのか砕け散ってしまったが、その効力は発揮されて冷子へ跳ね返ったのである。
「扉を破って入ったらびっくりしたわ。驚きの表情を浮かべた女性の石像が1つあって、この2人の姿の他に10数人の見知らぬ人間が居たんだから」
 そう語るのはエミリアである。石像は言うまでもなく自滅した冷子だ。そして10数人の見知らぬ人間というのは、石像から元に戻った者たちである。冷子が石になったことが原因なのであろう。
「その上、奥から煙が出てきて……」
 エミリアは眉をひそめながら言葉を続ける。人間、煙が出てきたらまずは火事を疑うものだ。そして目の前に居るのは右往左往している10数人の人間、しかもいずれも外国人。この時とっさに優先すべきことは、全員の避難誘導であった。
「……全員避難させた後、戻ってきたら石像が消えていました」
 こう答えたのはエリヴィアだ。そして火元を調べると、何とそこにあったのは発煙筒。何者かが裏口から入り込み、仕掛けた物のようであった。つまり誰かが冷子の石像を運んでいってしまったようなのだ。
「そういや、あの個展を開けるようオーナーに近付いたのは、金髪女性らしいね」
 エミリアは昨日あの後で分かったことを皆に伝えた。ちなみに冷子は銀髪である。ということは……?
「元に戻った人たちに話を聞いてみたんだけど、どうもあれ、ヨーロッパの火薬庫が破裂する前までに生きてた人たちみたいなのよね〜」
 と言って溜息を吐いたのは明日菜である。近代でヨーロッパの火薬庫といえばバルカン半島のことであろう。それが破裂したのは第一次世界大戦。つまり少なくとも100年以上も前に石にされたということである。
「だから、長くヨーロッパに住んでたっていう話とは一致するんだけどね」
 しかし100年以上も経っていると、さすがに明日菜にも調べるのは困難な話となってくる。
「とりあえず分かったのは、150年か200年かそのくらい前に、貴族の息女が忽然と消え失せた事例が各国で頻発したってことくらいかしら。義母が聞いたらしい噂を改めて調べてみただけだけど」
 明日菜はそう言うが、それをやったのが冷子であるという証拠はなく。しかし関連性がないと切って捨てることも出来ず。
「あー、そういえばそんな話も……」
 エミリアがぼそっとつぶやいて1人頷く。その話を聞いたことがあるようである。
「……何だか怖いことになっていたんですね」
 それまで黙って皆の話を聞いていたアリスは、少し身体を震わせてから怖そうにつぶやいた。この様子からすると、現場に居合わせてなくてよかったのかもしれない。
「そうそう、元に戻ったっていえば、ほら、あの話を持ってきた……」
 蓮が思い出したように話を切り出し、ニヤリと笑った。当然ながら、中年男性の所にあった石像の女性も元に戻った。女性はどうも200年ほど前の人間だったようだが、中年男性はそんな女性を困っているようだからと家に置いてあげているのだという。
「ああ見えて5ケ国語話せて、独身だからねえ。さてどうなることやら」
 人は見かけによらないとはよく言ったものである。しかしながら奇妙な事件の中、ちょっとしたロマンスが生まれたというのは何だか微笑ましく思えることであった――。

【素晴らしき石像 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 2922 / 隠岐・明日菜(おき・あすな)
                  / 女 / 26 / 何でも屋 】
【 7348 / 石神・アリス(いしがみ・ありす)
            / 女 / 15 / 学生(裏社会の商人) 】
【 7658 / エリヴィア・クリュチコワ(えりう゛ぃあ・くりゅちこわ)
                   / 女 / 27 / メイド 】
【 7947 / シャルロット・パトリエール(しゃるろっと・ぱとりえーる)
           / 女 / 23 / 魔術師/グラビアモデル 】
【 8001 / エミリア・ジェンドリン(エミリア・ジェンドリン)
               / 女 / 19 / アウトサイダー 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに出来映えの素晴らしい奇妙な石像についてのお話をお届けいたします。
・結末としては本文の通りなのですが、結局の所中年男性が寝苦しさを感じていたのは石像には関係なかったり……。でも石像を買ったことでロマンスが生まれたようですから、今回のお話で一番得した人……になるんでしょうかねえ、これ?
・で、何やら見え隠れしているもう1人の存在。……今回のお話に関わった方々は、しばし気を付けておいた方がいいかもしれませんよ。
・隠岐明日菜さん、6度目のご参加ありがとうございます。何気によく分かんない情報が入ってます。いったい忽然と消え失せた貴族の息女はどうなったのやら……?
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。