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<東京怪談ノベル(シングル)>


ナナだって、やる時はやります!

 ぽっかりと浮かんだ空の雲が、ゆったりと風に流れて過ぎて行くさまを見ていた。
「う〜ん! 今日はいい天気だからサボるのにはうってつけだなぁ〜」
 大きく伸びをし、学校の屋上にゴロンと横になったのは黒い猫耳の付いたフード服を着ている少女、ナナ・アンノウンだった。学校では伏見・七と名乗っている。
「はぁ〜、気持ちイイにゃ〜」
 誰に言うでもなく、頬をピンクに染めてふにゃんとした笑みを零しながら寝返りを打っていた。
 ナナのいる屋上からは、グランドで体育の授業が行われ、先生の吹く笛の音や生徒たちの声が響き渡っている。
 ナナはいつも体育の授業だけはサボっていた。
 ゴロゴロと日向ぼっこを楽しんでいたナナのいる屋上のドアがバーン! と派手な音を立てて勢い良く開き、そのあまりの音の大きさにナナはビクリと飛び上がる。
「にゃっ!?」
「ここにいたんですね! 方々探しまわりましたよ!」
 ズンズンと地面を踏みしめて憤ってやってきたのは生徒会の役員である女子だった。その生徒会役員はびっくりして固まってしまっているナナの腕をむんずと掴む。
「これから予算会議がありますから、出席して下さい」
「えぇ〜。ナナがいなくても大丈夫でしょぉ〜?」
 覇気のない、力の抜けるような間延びした声でにぱぁ〜っと笑いながらナナがそう言うと、役員の生徒はムッとしているような困ったような顔を浮かべナナを見た。
「委員長が今日は体調不良でお休みなんです! だから来てもらわないと困るんです!」
「うぅ〜ん…。どうしてもダメかなぁ〜?」
「ダメです!」
「そっかぁ〜…ダメなんだぁ〜」
 半ば強引に引きずられるようにしながら、ナナはせっかくの日向ぼっこを強制的に中断させられ生徒会室へと連れて行かれた。


「そんなんじゃダメ! 話にならない!」
 バンッ! と勢い良く机を叩き、目の前の長椅子に座っている生徒会員たちを睨むように見据える。
「そんなお金、どこから算出できるって言うの?! 余裕なんかどこにもないって生徒会長が前から言ってるでしょ!?」
 日頃ふにゃっとしたナナからは想像もできないほどキビキビとした口調が、生徒会全員をビビリ上がらせていた。
「で、でも、このままでは…」
「ダメ。だってどこも削れないもの。現状維持で耐えてもらうしかないわ。それとも、どこかの部から少しカンパでもしてくれるの?」
「い、いえ…」
 いつもかぶっている黒猫の耳付きパーカーは外されると、皆に愛想よく誰からも好かれている「猫ナナ」ではなくなる。この状況のナナの事は皆「ナナ様」と口を揃えて呼んでいた。
 何時まで経っても平行線を辿ったまま、話はズルズルと長引いて行く。
 ピリピリと張り詰めた空気が生徒会室にずっと立ち込めたまま、他の生徒達全員が精神的に疲労困憊状態になってきているようにも見える。
「ナ、ナナ様…とりあえず少し休憩しませんか?」
 役員の生徒の一人がそう切り出すと、ナナは腕を組んで首を横に振った。
「休憩したって何の解決にもならないでしょ。とりあえずこう言う事はサクっとやっちゃった方がいいと思う」
「そ、そうですけど…」
 ナナは目の前に各部から出されてきた希望予算の用紙を見つめ、腕を組んだまま考え込んだ。
 しばらくの間沈黙が流れ、他の生徒達全員が何を言われるのかと、様子を伺うように時折ナナを目だけでチラ見する。
 やはりどう考えてもこれ以上どこも詰めることが出来ないと判断したナナは、突然椅子から立ち上がった。すると生徒たちは皆一様にビクっと反応を示す。
「やっぱり現状維持。どうしても必要なところにだけしかお金は回せないもの。悪いんだけどそう言う事で納得して貰えないかな」
 どうあっても首を縦に振ってもらえず、微々たる上乗せで申請用紙を出してきた部は渋々それを了承せざるを得ない状況になっていた。
 皆がそれで納得したものと判断すると、ナナは猫耳フードに手をかけ、それをカポリと被る。
「さってと〜。終わったねぇ〜。帰ろ帰ろ!」
 フードをかぶった瞬間、先程までのナナはどこへやら、普段の猫ナナに変貌しニパッと笑みを浮かべると鼻歌まじりに生徒会室を後にした。
「お、終わった…」
 ナナが猫ナナに戻った事で、その場にいた全員がハァ〜っと深い溜息を吐き体中から脱力したかのように椅子の背もたれにもたれかかる。
 猫耳フードをかぶるかかぶらないかで性格も口調も変わってしまうナナは、もはや二重人格なのではないかと皆内心そう感じずにはいられない。
 当のナナはそんな事などつゆ知らず、陽気に次の授業へと向かうのだった。