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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒き瞳の暗殺者 3


 広々とした倉庫のような空間で、琴美とギルフォードは対峙していた。
 右手の義手が、様々な武器に変形するというとんでもない特殊能力を持ったこの男。琴美はクナイを握り締めながら、簡単にはいかないことを感じていた。
 これまでにこなしてきた数々の任務の中の、どんな相手とも違う。これまで狙ってきた、どんなターゲットとも違う。
 それでも……
(どんなに相手が手強くても、任務達成してみせる!)
 琴美の任務、目的は、目の前の男ギルフォードの暗殺。それを遂行することが、琴美の使命だ。
 そしてそれは、自分の能力を信じる琴美のプライドでもあった。
 琴美はギルフォードの右腕の義手を睨み、思考を巡らせた。
(ギルフォードの義手は自在に変形する。それなら……!)
 琴美はすっとギルフォードを見据えて走り出し、手に武器を構える。
「はっ!!」
 少し離れたところから琴美が数本のクナイを放つと、砥がれたそれは閃光のように、ギルフォードに飛び掛った。
「くだらねえ!」
 ガチン! と硬質な音がして、閃光は防がれる。ギルフォードの義手は、大きな盾に変化していた。
「こんな飛び道具なんかで、俺が……ん?」
 ギルフォードが見やると、クナイを投げつけたはずの琴美の姿がない。
 どこへ行ったと振り返ると同時に、自ら変形させた義手の盾の影から、琴美が躍り出た。飛んできたクナイにギルフォードが気を取られている間に、琴美は疾風のように走りこみ近づいていたのだ。
「やあぁっ!」
「うっ!」
 思わぬ至近距離からの直接攻撃に、ギルフォードが怯んだ。その一瞬に隙を見つけ、琴美はギルフォードの首筋を狙って刃を向ける。クナイは真っ直ぐギルフォードの急所目掛けて……
「ちっ、このやろうが!!」
「えっ!」
 しかしその切っ先は、宙を切った。素早く身を低くしたギルフォードは、驚異的な動体視力でクナイをかわし、左手で琴美の腹部へ拳を叩き込んだ。
「か、はっ!」
 その痛みに顔を歪め、それでも琴美はもう一度クナイを閃かせてギルフォードの心臓を狙う。
「くっ、ムカつくんだよ!!」
 クナイを持った琴美の腕をがしりと掴むと、ギルフォードは琴美の体を引き寄せるようにして捻り上げた。
「ああっ!!」
 あまりの痛みに思わずクナイを取り落とし、琴美はがむしゃらに抵抗してギルフォードに掴まれた腕を振りほどいた。
 琴美は腕を押さえながら倉庫の端へ飛び退き、一度距離を取るために積まれた木箱や廃材の影に身を隠す。幸い骨は折れていないようだ。しかし掴まれた部分が赤く痕になり、ズキズキと痛んで上手く手が動かない。
 木箱の隙間から相手の様子を伺いながら、琴美は痛みの中で、次の攻撃を考えた。
 ギルフォードのあの武器を掻い潜り、攻撃するにはどうしたらいい?
「ヒハハハハ! 出てこいよ! 無駄だぜえ!」
 再び鞭状になったギルフォードの義手がヒョウと唸りを上げてしなり、木箱の山をなぎ払った。粉砕された廃材の破片が飛び散る。
 そのタイミングで、琴美も素早くギルフォードに向かって飛びかかった。
 が、しかし。
「なっ?!」
 いつの間に走りこんでいたのか、ギルフォードの姿が目の前にあった。それは琴美の素早さを、上回る速さで。
「そらよ!!」
 琴美の横腹にギルフォードの肘鉄が入り、よろめいた体に続けて鞭が顔、首、胸、手足と電撃のように叩きつけられた。
「ああああっ!!」
 拷問のようなそれに、思わず悲鳴をあげる。
「へえ、いい声じゃねーか。だが、まだ足りねえなあ?!」
 ギルフォードは琴美の着物の胸倉を掴むと、義手を拳に戻し、めちゃくちゃに琴美の体を殴った。
 全身を貫く痛みに琴美はさらに声をあげた。腕が、足が上がらない。
 受身も取れぬまま、琴美はそのまま床に投げ飛ばされた。
「俺はイライラしてんだよ。あんたみたいな、弱っちい勘違い女が俺を暗殺しにくるなんて、よ!」
「うぐっ!」
 言葉と共にギルフォードは琴美の体を蹴り上げる。口に血の匂いが広がるのを感じながら、琴美はそれでも何とか横向きに転がり膝をついて体を起こした。
 着物が乱れ、打たれて殴られたあちこちがひどく痛んで、目が霞んだ。
 しかし琴美は指先にあたった、先ほどギルフォードに投げつけたクナイを拾い上げて右手に握る。
 はぁはぁと肩で息をしながら、琴美はギルフォードを睨んだ。
「気に食わねえ! その目がすげえ気に食わねえよ」
 真っ直ぐターゲットを見つめ、自分の任務を遂行しようとする、黒き瞳。攻撃を食らい、傷ついてもなお屈せず輝くブラックオニキス。
 その視線の美しさに、ギルフォードは気分悪そうに琴美を見下ろした。
(よく見て、考えるの)
 体の傷を庇いながら、琴美は必死に感覚を研ぎ澄ませる。
 ギルフォードの攻撃に隙はないか、あの義手が変形するタイミングを見破れないか、この部屋の中に利用できるものはないか、特殊部隊の訓練を思い出せ、役に立ちそうな知識はないか? 貰った資料にはどんなことが書かれていた? 自分の攻撃はどうしたらギルフォードにあてられる?
 考えを巡らせるが、体が上手く動かない。
「答えな、あんたは何者だ? なんで俺を殺しに来た?」
「……」
「答えろって言ってんだよ!」
 ギルフォードの義手は鞭から鋭い爪へと形を変え、それが琴美に向かって冷酷に振り下ろされた。
 足を狙ったそれを何とかかわそうとしたが、素早い刃がカマイタチのように走り突き刺さる。
「あ、あああっ!!」
 ビリリという嫌な音をたてて、琴美のスカートが破けた。最先端の技術と素材で作られているはずのスパッツも破けて、斬り付けられた琴美の白い足が露わになり、そこから赤い血が流れる。
(この、男……!)
 自由自在に変形するギルフォードの武器、そしてその戦闘能力に、琴美は恐怖すら感じていた。
 かなりの戦闘センスを持ち、実力もある琴美の攻撃が、かすり傷程度にしかならない。この男、一体何者なのだ。ただの快楽犯罪者などではない。変化する義手を構え立つ姿は死神のそれだと、琴美は思った。
「あんたさあ、自分のことを宝石か何かだと思ってんじゃねーの?」
 足を引きずり、よろよろと立ち上がる琴美を見ながら、嘲るようにギルフォードが言った。
「あんたはただの、転がってる石ころと同じなんだよ! 俺に蹴飛ばされて、弄ばれる石ころだ」
 それを聞いて、琴美は気付いた。
(遊ばれて、いる)
 そうだ、ギルフォードは琴美を殴ったときも、爪で斬り付けたときも、殺そうと思えば琴美を殺せたはずだ。
 そうしなかったのは、ギルフォードが快楽犯罪者だからか、それとも琴美の正体を知りたいからかはわからない。しかしそのことは琴美のプライドをひどく傷つけた。
 琴美は特務統合機動課、特殊部隊の一員として、様々な任務を完璧にこなしてきた。その自分が、相手の思うままに殴られ、傷だらけになり、血を流している。
「く……」
 掴まれて乱れた着物、鞭の痕で赤くなった琴美の腕。破かれたスカート、流血する足。全身が傷つけられ、体が、心が痛んでも。
(負けられません……!)
 琴美は、目の前に立つ義手の男に……ギルフォードという名の死神に、クナイを向けた。