コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第三章



 ローザ・シュルツベルクは両手を腰に当てた。
「いいわ。この件に関しては、シュルツベルク公国の公女ではなく、一人のローザとして動くことにするわ」
 それを聞いた宗像は、少しきょとんとする。こちらが諦めるとでも思っていたのだろう、彼は。
 諦めるものか!
「天才の私に出来ないことはないもの」
 きっぱりと言い切ると、唖然とした宗像が突如吹き出して笑い出す。
「なっ、なにがおかしいのよ!」
「じ、自分で自分のこと天才と思ってるとは……やっぱり『お嬢ちゃん』だな」
 楽しそうに言う彼は、目を細める。
「本当の天才ってのは、自分がそうだってのに気づいてないもんさ」
「……自覚してる天才だっているわ」
「へぇー。もしかして『なんでもできる』から天才だっていうのはナシだぜ?」
 その言葉にローザは詰まる。まさにその通りだったからだ。
「いいんじゃねえの?
 自分で自分のこと天才って言ってんのは恥ずかしいけど、お嬢ちゃんが恥ずかしくないなら俺は構わないし」
 へらへらと笑う宗像の態度に腹が立ってくる。
 なんだその態度は! のらりくらりと!
「恥ずかしくないわよ! 事実なんだから!」
「あーそうかいそうかい」
(ものすごく馬鹿にされてる……!)
 腹立たしいやら恥ずかしいやらで、ローザは身を竦めた。
「おや? もうやめか?」
「やめるわ。あなたと口喧嘩しても勝てそうにないもの」
 どうせのらりくらりとかわしたり、馬鹿にするばかりに決まってる! いや、絶対そうだ!
(そうか……この男、私以上に性格が悪いんだわ……)
 最悪。
(死んだ魚みたいな目をしてるくせに、悔しい……)
「とにかく!」
 気持ちを切り替えるため、ローザは自分から話しかけた。
「あの……アティってさっきの女の子、あなた、世界を滅ぼすって言ってたわよね?」
「そんなこと言ったような気もするなぁ」
「ただの家出少女を撃つわけないでしょ!」
 ここが店内だってことをぎりぎりで思い出し、声のトーンを抑えてローザは言う。
 そう、宗像は見つけたアティを問答無用に撃ったのだ。銃で。
 こうなってくると、彼女が世界を滅ぼす、というのもあながち間違いではないかもしれない。ローザはそう思ったのだ。
「……捕まえるだけでいいの? それとも……最終的に命を奪うことになるの?」
 率直なローザの問いかけに宗像はまたぼんやりとした目つきになる。
 考え込むように視線を斜め下に向け、うーんと小さく彼は唸った。
(できれば……殺すなんてこと、なるべくなら避けたいわ)
 心中でそう思いながら、宗像からは目を離さない。この男は油断ならない。
「あのアティって子、普通の人間ではないことは確かね。銃が通用しなかった」
「…………」
「それでも、世界を滅ぼす程の力には到底足りないわね。あれ以上の力を秘めているとでも?」
 うかがうように、言う。
 宗像がどう出るのか、じっくりと待った。
 彼は唐突に頬杖をつき、ローザをじっと見つめた。いきなりのことにローザがぎょっとして身を引く。
「力の強弱で推し量るんなら、やっぱりまだ子供だなぁ」
「っ! なんなのよ、あなたはさっきから私を馬鹿にして!」
「馬鹿にはしてないが、未熟で世間知らずだなあとは思ってるかもしれんな」
「なっ、」
 んですって! と怒りの言葉が続きそうになるが、堪えた。
 これでは感情で動くだけの子供みたいだ。この男が「普通」ではないから、どうしてもこっちの調子が狂う。こんなことは初めてだった。
 ローザがいつも主導権を握り、相手と一緒に行動する。自分の力をフルに使い、事件を解決することだってあるのに。
「まさかと思うが世界がいきなりドカンと爆発するとでも思ってるのか?
 地球を割っちゃうような女の子型ロボットじゃあるまいし、ナイナイ」
 ないない、と手を左右に振る様子も明らかにバカにしている。首を締め上げたくなってきた。
 しばらく怒りでぴくぴくとこめかみを動かしていたが、なんとか気を落ち着かせる。
「……もし、その、世界を滅亡する力があるとしても、本人にその意思がないなら問題ないでしょう?
 誰かに利用されない限りはね」
「ハハハ!」
 いきなり笑われて、ローザはビクッとした。
 宗像はにや〜っと笑い、「そうかそうか」とローザを見つめる。
「お嬢ちゃんはいい子なんだなぁ〜。オジさん、宝石みたいでイヤになっちゃうよ」
「あなた……私とそう歳が変わらないでしょ……?」
 物凄く嫌そうに言ってやると、宗像は「そうだっけ?」と首を傾げた。
「何度も名乗ってるような気がしてるけど、私はローザよ、ローザ! お嬢ちゃんなんて名前じゃないわ」
「そうかい」
 そうかい? それだけ?
 宗像はコーヒーをすすり、こちらをまた見てきた。
「例えばだ」
「?」
「お嬢ちゃんは、『生きてる理由』ってのがあるのかい?」
「は?」
 唐突になんだ?
 眉をひそめるローザから一切視線を外さずに宗像は尋ねてくる。
「そうだなぁ。お嬢ちゃんだと、自分の国の発展のためとか、友好関係を築くためとか、ま、正義の味方的なもんとかか?」
「なにが言いたいの?」
「でもさぁ、それって、『替えが効く』ことだよな?」
 ぎくっとしたようにローザは硬直した。
 この男はいま、気持ち悪いことを言っている。言おうとしている。
「お嬢ちゃんがやらなくても誰かがやるかもしれないし、やろうとしてる誰かがいるかもしれない。
 ローザ・シュルツベルクっていう人物じゃなくても、できることだよな? だとすれば、お嬢ちゃんが『生きてる意味』って、『なんだ』?」
「……………………」
 呆然とするローザは、宗像が得体の知れないものに見えた。
 そんなことを言われたら、「生きてる理由」が曖昧になって…………ちゃんと立っていられなくなるじゃないの!
「……酷い男ね」
 そう短く、吐き捨てるように言うと、宗像はにっこり微笑んだ。意外に幼く見える笑顔に「あれ?」となる。
「すごく親切に言ってるのに、心外だ」
 …………ああ、そうか。
(だから、コネとか、公女とか……そういう肩書きはいらないって言われたのかしら)
 天才とか、そうじゃないとか、宗像には関係ない。ローザという人物は「一人」しかいないけど、天才は他にもいるし……。
 自分という人間の中のただの要素。それが宗像には不用なのだ。
 ちら、と宗像を見る。コーヒーをまたすすっている男はローザを見ていない。
(宗像は……たぶん『なにも持ってない』んだわ)
 昔はローザのようにたくさんのものを持っていたかもしれない。だが『今』はないのだ、たぶん。
 彼はすでに『全てを失くした先』を知っているのだ――――。
「……アティは、生きてること自体が、世界を滅亡に向かわせるってことなのね?」
 ずばりと言うと、宗像の手が止まった。そして彼は三日月のように笑みを浮かべる。初めて見た、ゾッとするような笑みだった。
 それはローザが核心を言い当てたからだろう。
「そうそう。頭は柔軟にな、ローザちゃん」
 ふっ、と今度は笑みを変えて笑われた。
 ……本当に変な男だ。なんだろう。なんか、気持ち悪い。いや? ほっとした?
「でも本人に聞かないと! まずはそれが一番よ」
「聞いてどうするんだ? 滅亡させますよとでも応えてくれるのか?」
 飄々と返してくるのでさすがにムッとした。
「もしかしたら、そうは思ってないかもしれないじゃない!」
「ローザちゃんはさ、自分が核兵器を持ってて、周囲の国から怖がられててどうしようって考えないのか?」
「?」
「威嚇や、自国を守るために持ってるだけの『お飾り』でも、他国はそう思わない。それと一緒だ」
 ああそうか。本人の意思は関係ないのだ。
 すでにそう、宗像の請け負っている仕事は、内容がなんにせよ「善悪」がもうない。そんなものがあるなら、宗像はアティを撃ったりしないだろう。



 一ヵ月後、ローザは宗像と行動を共にするようになった。彼は神出鬼没で、すぐにどこかに行ってしまうことがわかったため、綿密に連絡を取り、行く先々で合流するようにしたのだ。
「挫けないなぁ、お嬢ちゃんは。元気いっぱいで、オジさん負けちゃいそうだ」
「おっさんくさいわね、宗像は」
 そんなやり取りにも慣れてきた6月。
 アティの姿は相変わらず見当たらないが、宗像はなにかを感じているのかあちこちを歩き回った。
(電車とか自転車でも使えばいいのに……なんで徒歩?)
 不思議に思っていた時、宗像が通りかかった公園目掛けて銃を構えて発射した。あまりの早業にローザは何が起こったのかわからなかったほどだ。
 銃弾はブランコに座っていた少女の目の前でばちんっ、と弾かれた。
 宗像が「むぅ」と小さく唸る。
「やはりだめか。どこかに穴があるはずなんだが……」
 襲撃者に気づいたアティは一ヶ月前と同じくらい、薄汚れていた。
 立ち上がった彼女はじっとこちらを見てくる。だが、目を凝らしてはいるが焦点が定まっていない。
(? なんかおかしい……?)
 違和感にローザは気づくが、アティはぐるりと周囲を見回し、素早く走り出した。
「あ、ちょ! 待ちなさい!」
 宗像が止める間もなくローザが走り出す。ぐにゃり、と地面が揺れた。
 猛烈な吐き気が襲ってきて、ローザはその場に座り込みそうになるが堪えた。
 ここで追って聞かないと……!
 けれどさらに気分が悪くなって、途中でよろめき、その場に崩れ落ちた。
(なに……? なんなのよ、これ……)
 すでにアティの姿は見えなくなっている。
 近づいてきた宗像が優しく背中をさすってくれた。……もしかして、案外いいヤツなのかもしれない。
「相変わらず根性はすごいなぁ」
 感心したような宗像に、言い返す力もない。なんとか立たせてもらって、ローザは見た。
 アティが逃げた方向を、宗像がぼんやり眺めているのを。
(なんで追いかけないの?)
 そういえば一ヶ月前も追いかけなかった。
 彼はそのままの姿勢で、呟くように囁く。
「……あの女の名はアトロパ=アイギス。世界を滅ぼす女だ」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像にちょっとは信用してもらえたようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。