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<東京怪談ノベル(シングル)>


人間、人魚、カードに奴隷



 ジー、っと人間の群れを観察する。紅く充血した目は、サングラス越しにでも人間達の骨格や筋肉、保有する病原菌に細胞の一片に至るまでも徹底的に解析し、自らの主へと膨大な情報を送り込む。それはまるで、一身に洪水を集めているかのような作業だ。駅前の人混みを目に映しているから尚のことなのだろう。視界に映る人間の数はあまりに多く、何十人と居ても数えきることなど出来ない。だと言うのに、その全ての情報を一人の脳髄に叩き込むのだから堪らない。情報を受信する人間は濁流に飲まれて神経を焼き切り倒れ伏す。
 ‥‥‥‥それがまともな人間。だが、眼球の主は苦にもしないらしく笑っている。食指も動かぬ人間達を眺めて笑っている。
「ああ、人間ばかりだ」
 それも、この国の人間は不健康な者ばかりだ。夜更かしばかりしていて睡眠の足りていない者。根を詰めて働きすぎて疲れが抜けきっていない者、偏った食生活で自らの身体を食い潰している者等々‥‥‥‥肉体の疲労のみならず精神的に追い詰められて死にかけの死体があまりに多い。一言忠告でもしてやればある程度は救えるのかも知れないが、眺める男は薄ら笑いを浮かべるばかりで一歩も動こうとはしなかった。
 人混みを眺める男は、何とも言えず奇妙な男だった。
 夏場近い梅雨、この時期は野外でも蒸し蒸しとしていて汗を掻く。というのに、男は膝下までを覆う黒いロングコートを着込んでいた。その下には、やはり真黒いスーツに白いシャツ。喪服の上にコートを羽織っているのかと思えば、そうでもない。スーツもコートもどこぞの高級ブランドの一品で、社交界にそのまま出ていても違和感などないだろう。いや、或いはボディーガードか殺し屋にでも間違われるかも知れない。目深に被った黒い縁付きの帽子は実に美しく、サングラスまで掛けていては何処の仮装大会だと突っ込みの一つでも入りそうである。
 だと言うのに、駅前の噴水に腰掛け、人混みを眺める男に視線を向ける者はいなかった。
 その奇抜な格好と怪しげな雰囲気から目を逸らしているのではない。唯、皆が皆して男の存在に気付けなかっただけである。男の傍に、一人の男が座り、携帯電話を操り出す。しばらくすると若い女性が現れ、そして隣の男と共に去っていく。その間に二人の男女が黒コートの男に目を向けることはない。二人の記憶を探っても、何処にも男は存在しない。
 誰も、男の存在には気付かない。それは非常に奇異なる光景だが、それにすら誰も気付かない。この場に居合わせた者、通り過ぎていった者は、知らず知らずの間に怪異に遭遇し、そして生還しているのである。
「ん? ほう、これは‥‥」
 と、そうして数時間もの間動かずにいた男が、初めて動きらしい動きを見せた。ボーっと人間を観察していた目が動き、そして身体をむくりと上げる。
「陸にいるとは、珍しい」
 呟く声は、どことなく歓喜に満ちているようだった。口元は釣り上がり、首を傾げるように人混みの中に立ちながら視線は明らかに特定の誰かを追っている。
 誰かがその姿を見咎めていれば、その禍々しい気配に当てられ肩を震わせ逃げ出していただろう。それ程までの凶兆を孕みながら、男はゆっくりと人混みに紛れていく。
「だが、レア物だ」
 男の声は、雑踏に混じり男の耳にも届かなかった‥‥‥‥



 突然だが、海原 みなもは人魚である。
 若干13歳の少女は、外見は極々普通の、いや、それなりに美しい少女である。
 身長は年頃の娘としては高めで、しかし肉付きは悪く全体的に細身である。胸囲と体重は(本人の希望により)伏せるが、比較的何処にでも居る、大人と子供の中間を過ごす少女である。他の少女達と違う点を上げるとすれば、精々勤勉に非常に熱心で、特にアルバイトを転々とこなして回っているぐらいだろう。
 人一倍にお人好しで、友人から頼み事をされてはそれに振り回されている。少々不幸属性を持った、泣き顔が嗜虐心をそそる可愛らしい少女である。
 しかしそんな少女が、実のところは人魚である。
 それは、家族と本人以外に知る者のない秘密だ。知られれば不老不死の伝説に惹かれた人間がこぞって狩りに来るだろう(そんな伝説、みなも達にとっては傍迷惑なデマでしかない)。または下らない風評を快く思わぬ馬鹿か、鵜呑みにした阿呆が海原一家目掛けて無駄に力の篭もった弾圧を開始する。こうした時、この無気力な日本という国は一変する。過去に新聞社や雑誌社が率先して無実の人間をあたかも犯人のように扱い一家心中寸前にまで追い遣ったように、海原家も非常に危険な状態にまで追い遣られるだろう。
 だからこそ、誰もこの事を漏らさない。
 静かに、淡々と何事もなく過ぎ去っていく平和な時間を満喫して生きていく。
「やぁやぁ、そこ行くお嬢さん。ちょっといいですか?」
 しかしそんな日常は、いとも簡単に崩れ去ってしまうものである。それこそ見知らぬ第三者と会話を交わすだけで、愛しい日常は呆気もなく消えていく。
 みなもが学校から自宅へと帰宅する道中で、みなもは怪しい男に話しかけられた。
「は、はい?」
 思わず肩を震わせ、みなもは声に振り向いた。同じ少女としてもそれなりに可愛らしい外見をしているからか、みなもは頻繁に異性から声を掛けられる。馴れ馴れしいナンパからいかがわしいアルバイトの誘いなどと、その誘いにはまったくと言っていいほど良い記憶が存在しない。だからか、こうした帰宅の最中などに異性から声を掛けられると、どうしても警戒してしまう。
 ズン! 腹部に拳が打ち込まれ、みなもは静かにその場にくず折れた。
「け、あふっ?」
 しかし意識は保っている。声に警戒して身を固めていたからだろうか。しかしその程度の警戒では、防御になどなりはしない。みなもの身体は打ち込まれた拳から伝わる衝撃に痙攣し、びくびくと震えて呼吸すら整わない。
「うーん、やはり気絶はしてくれませんか。まぁ、抵抗さえしなければなんでも良いのですが‥‥‥‥」
 ぶんぶんとみなもを殴り付けた手を振りながら、男は膝を付くみなもを見下ろした。
 男は、何とも奇妙な格好をしていた。梅雨の蒸し暑いこの時期に黒いコートを着込み、見れば足先から頭の天辺に至るまで黒尽くめ。サングラスを掛けているが、下から覗くと充血して真っ赤に染まった魔眼が見える。
 一目で常人ではないと理解し、みなもは恐怖した。
 みなもも、人間ではない。十年以上もの時間を人間に混じって過ごしていたが、それでも人間ではないのだ。人間とそれ以外を見分ける眼力は今でもしっかりと磨いており、まして危険なモノを察知する能力は、長年正体を隠して生きていたお陰でそれなりにあると自負している(その割にはトラブルに巻き込まれがちなのだが‥‥)。そもそも、声を掛けた次の瞬間に襲いかかってくるような男だ。人間だろうと何だろうと、少なくとも友好的な手合いではない。
「う、くっ‥‥」
 みなもはガクガクと震える脚を引きずり、必死に逃げようと後退る。人魚が本格的に力を発揮できるのは水中だけであり、地上に出てしまえば陸に上がった魚である。戦おうと思えば戦える。梅雨のこの時期、水溜まりはそこかしこに存在するし、水を操ればこの男を両断することも可能だろう。
 だが、みなもは殺し屋でもなければ戦士でもない。兵隊のように訓練を積んだわけでもなく、人外としての能力を使って修羅の戦場に飛び込んでいくわけでもない。平和に日常を過ごしていた、極々普通の女子中学生なのだ。
 突然殴り付けてくるような異常者と、正面から対峙できるわけがない。みなもの思考は混乱し、千々に乱れて逃げるべきか戦うべきか、交渉すべきかと見当外れなことまで考えている。
「じゃ、手短にな」
 男は懐から小さなカードを取り出すと、それを指で挟みながらぶつぶつと何かを呟きだした。
 その言葉は、指先から光りを伴って形を成し、指先のカードにまとわりつく。文字がぐるぐると宙を舞っているかのようだ。といっても、みなもは男が何を呟いているのか、浮かんでいる文字が一体何を表しているのかも分からない。見たことも利いたこともない言語が目の前で飛び交う様は、みなもに必要以上の恐怖を与えていた。
 身が竦み、とても抵抗が出来ない。逃走を試みた足がよろよろと蹌踉めき民家の壁に肩をぶつけて倒れてしまう。
「だ、誰か‥‥」
「人を呼びますか? そうきましたか。では‥‥」
 男が一声呟くと、浮かび上がっていた文字は突然みなもの身体にまとわりついてきた。まるで食べ物に集る蠅のようだ。ぴたぴたと身体に張り付き、そして身体に染み込んでいく。
「ひぃ!」
 途端、みなもの全身が熱くなる。昔40℃近い高熱を出して寝込んだことがあったが、それに近い感覚だ。頭がボゥーとして、視界が歪む。頭がガンガンと鳴り痛くて痛くて仕方がない。
 ‥‥‥‥そうした状態はほんの一秒にも満たない短い時間だったが、みなもには何時間にも感じられた。
 しかし、その減少も終わりが来る。熱が引き、視界が戻り、そして何よりも、みなもの身体が戻っていく。
 ――――――――生まれたままの姿、人間ではなく、人魚としての自分に戻っていた。
「嘘ッ!?」
 みなもは突然消失した脚を探そうと手を這わせるが、そこにあるのはビタンビタンと跳ね回る人魚の尾ビレだ。すらりと伸びていた二本の脚は何処にもない。幸いにも衣服はそのままだったが、それはみなもが人間であったという名残に過ぎず、みなもの絶望感を拭い去れる類のものではない。
「さて、助けを呼ぶのでしたらご自由に」
 それが出来ないと知っていながら、男は笑って言葉を紡ぐ。
「尤も‥‥呼べたとしても、無駄ですがね」
 男がそう言うや否や、カードに吸い込まれていっていた文字が不意に光り輝き、そしてそれに共鳴するようにみなもの全身が淡い光を纏い始める。
「ぁ、あぁ‥‥‥‥」
 みなもは手を翳しながら、苦しげに呻きだした。それは自身の身に襲いかかる苦痛に歪められて漏れ出る呻きではなく、許容できない恐怖と対峙し恐慌状態に陥った女の悲鳴の残骸だった。
 みなもの身体が、光に変わっていく。
 翳した手は既に透明。光に変わった手はカードの中へと吸い込まれ、尾ビレも身体も、全身がカードの中へと吸い込まれていく。首から上が吸い込まれるのも時間の問題。肺が吸い込まれて呼吸が止まり、もう悲鳴も上げられない。
「――――――――」
 みなもが瞬きをすると、全てのことが終わりを告げた。
 指先一本たりとて動かせぬ牢獄。まるで冷たい土の中に埋められてしまっているようだ。だが、息苦しさも恐怖も空腹も何も感じない。そんな世界。視界はうっすらと明るく、しかし何も映らぬ異界と化している。地面があるのかないのか、それも分からない。
「ふふふ。期待していますよぉ。お嬢さん」
 男はカードに吸い込まれていったみなもを見つめ、懐にカードを仕舞い込んだ。
 かつんと一歩踏みだし、みなもが持っていた学生鞄や、残された衣服を無視して歩き出す。この街には、もはや何の未練もない。カードに吸い込んだ少女の家族があれこれと動き出さない内に、早々に離れてしまうとしよう。
 ‥‥‥‥ごろごろと雷の鳴る雨雲の下、暑苦しい黒コートの男は、誰にも見付かることなく街を去った。
 その十数分後、逃亡中の下着泥棒が残されたみなもの制服や下着を見つけるのだが、それはそれで、まったく関係のない話である‥‥‥‥



 指の一本も動かせない牢獄というのは、度を超えた苦痛を人間に与えてくる。疑うのなら、試しに自分の四肢をベッドにでも縛り付けてしまうと良い。何処に行きたくても行けず、誰かに話しかけたくても話せない。食べたくても食べられず飲みたくても飲めず暴れたくても暴れられず、動くことすら出来ない。
 それは、生物に石のように何もさせないという、生物としての最低限の条件である“生きること”を縛り付けているのに他ならない。みなもが閉じ込められた世界は、そうした最低限の条件を蹂躙する最低の世界である。目前にはうっすらと明るい、クリーム色の海が広がっている。空も、そして地面もあるのかどうかが分からない。世界は明るかったが、その明かりが何処から来るのかも不明である。何しろ周囲を見渡すことすら出来ないのだ。みなもは地に伏せるように横たわりながら、ガッチリと全身を固められて動けない。
 それは、無限に続く地獄のようだった。
 不思議と苦しくはない。暖かくもなく寒くもなく、目の前に広がる光景は眩しくもなく暗くもない。息苦しさも、飢餓すらも皆無だった。既に何十、何百時間と放置されているにも関わらず、みなもの身体は一切の衰えを見せなかった。
(どうし、たの?)
 この状況が理解できない。理解は出来ないが、何となくの事情はぼんやりと分かり掛けてきた。
 恐らく、自分はあの男に捕まったのだ。あのカードのような物に封じられ、今頃は別の姿になっている。この世界はあまりにも退屈で、みなもは思考に没頭して暇を潰し続けていた。お陰でそれなりに真相には近付いているのだが、それは全て推測に過ぎず、また打開策が出て来るわけでもない。
 みなもに出来ることと言ったら、変わることのない光景を眺めながら、静かに思考に没頭して心を繋ぎ止めることだけだった。
(ふぇ?)
 しかしそんな日常にも、不意に亀裂が入り崩壊する。
 クリーム色の世界に突如として黒い“穴”が開き、みなもはそこにゴォォッと凄まじい勢いで吸い込まれていく。
(なになになになに!?)
 心中で悲鳴を上げるが、みなもに何が出来るわけでもない。抗うことは禁止されており、何をされてもされるがままだ‥‥‥‥
(ひぃぃ‥‥やぁぁぁ!!」
 悲鳴が悲鳴として耳に届き、みなもはボチャンと音を立てて汚らしい池の中に放り込まれた。何年と流れることもなく放置されていた緑色の水は、腐ったキャベツのような味がして苦々しい。放り込まれた拍子に池の水を豪快に飲んでしまったため、体内を満たす汚水に気分が悪くなり吐き気がする。
「さぁ行きなさい。その魔物を懲らしめてやるのです」
「ふぇ?」
 誰かの声が背後から聞こえ、自ら顔を出して振り返る。と、そこにはみなもを殴り付けた黒コートの男が立っていた。手には見覚えのあるカードを持ち、みなもに向けてビシリと指を向けている。
 その姿を見た途端、みなもの脳裏がカッと熱くなった。
 何処の誰かは知らないし、どんな事情があるのかは分からない。だが、こんな汚い池に突然放り込まれて開口一番に命令されては堪らない。みなもは抗議しようと口を開き、背後から植物の蔓のような物に襲われ口を塞がれた。
「にゃにゅぃ!?」
 みなもが振り向いた隙を突いて巻き付いた蔓は、みなもの口を塞ぎ、全身に巻き付いた。
 力はそれ程強くはない。だが、池の藻が絡み付く蔓はヌメヌメとしていて気持ちが悪い。口を塞がれ首に両腕に胸に腰に尾ビレに至るまでするすると器用に絡み付かれ、みなもは混乱し「むー!!」と悲鳴を上げるばかりで抵抗することも出来ずに――――――――
「むきゃーーーーー!!!!」
 みなもの声は、何処までも遠くまで響き渡った。



(はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥‥)
 みなもはカードの中に戻され、心の中で息を荒げて疲労に顔を青くしていた。と言っても、実際には顔は青くならないし呼吸も出来ない。精神的には疲労の極限に達しているというのに、カードに吸い込まれた瞬間に肉体的な疲労は回復されるのだろう。お陰で戦いの生々しい感触をスッキリと忘れられるのだが、何度も何度も、懲りることなく駆り出されることで、みなもの精神は紙のように薄く擦り切れそうになっていた。
 濁った池に巣くっていた奇怪な植物。海を泳ぐ戦艦のように巨大な鯨。何百という群れを成して襲いかかる腕の生えたピラニアに、カメラを構えた異様に素早い肥満男等々、これまでにみなもが相手させられた魔物は順調にその数を増やしていった。
 勝率は零割。これまでの戦いで、一勝たりとも上げられない。毎回時間を稼ぐぐらいは出来るのだが、全身に絡み付かれ巨体に押し潰され奇妙な魔物と対峙し続け、みなもの精神が毎回混乱の極みに立たされた。
 突然戦場に放り込まれる感覚は、いつまで経っても慣れるものではない。みなもは既に疲労の極みに達しており、みなもを拉致し、カードに封印した男が「ちっ、使えませんねぇ」と漏らすようになると、もはや一切の希望も心の拠り所も持てなくなった。
(いっそ、死んでしまいたい)
 そうすれば、この地獄からも解放されるのだろう。しかしいざ外に出てみると、とても死ぬような気にはなれなかった。もしかしたら逃げられるのかも知れない。男が飽きて、みなもを解放してくれるかも知れない。外の世界に出るたびに、みなもをそんな儚い希望が縛り付ける。が、それはあくまでみなもの希望であり、男がそんな殊勝な人物でないことは、既に骨の髄まで染み込み理解していた。
(助けて‥‥‥‥もう眠りたい)
 この世界に放り込まれるようになってから、みなもは何も食べていなかった。睡眠も一度も取らず、人間らしく生きていたあの頃が酷く懐かしい。
 あの日常に、出来れば、また戻りたい‥‥‥‥
 二度と訪れないであろう日常を思いながら、みなもは静かに、次の出番を待ち続ける‥‥‥‥



 そんなみなもの心中など想うことなく、男は『アンティークショップ・レン』を訪れて酒の入ったグラスを手に溜まりに溜まった苛立ちをぶちまけていた。男は説明するまでもなく、あの黒コートの男である。
「で、捕まえたは良いもののこれが使えない奴でしてね。本音を言えばカードごと破り捨ててしまいたいのですが、折角のレア物ですから勿体なくてねぇ」
「それで、あたしの所に来たっての? 前にも言ったけど、捕獲するのは野良だけにしな。人の家庭を壊してまで手に入れるもんじゃないよ」
 碧摩 蓮(へきま れん)はカウンターで憤る男のグラスに安酒を注ぎながら、男の外道話に耳を傾け、眉間に皺を寄せていた。
 蓮は、このアンティークショップの店主である。綺麗なチャイナドレスに身を包み、客を相手に酒を振る舞い、接客マナーなど知らぬとばかりに話し込んでいる。
 聞き上手なのか、男は蓮に自らの外道話を思う存分に語っていた。やれ、新しく手に入れた人魚が弱くて使えない。押し倒してやろうかと思ったがまだちんちくりんの子供で趣味に合わない。売ろうかと思ったが、そんな好事家にツテがない。
 それでアンティークショップに来たのだが、居るのは年増のお姉さんだけで説教が五月蠅くて仕方がない‥‥‥‥と、言うところで蓮の拳がズバンと飛んだ。
「目が覚めたかい?」
「覚めました。調子に乗ってすいません」
 殴られた男が、土下座で蓮に頭を下げている。
 何故店主が客を殴り、殴られた客が店主に土下座をしなければならないのか‥‥‥‥この店の上下関係はどうなっているのだと問いたくなるが、失言一つでこの有様だ。言わぬが仏。とばっちりを食わないように遠くから様子を見守るとしよう。
「それで、その人魚はどうするつもりだよ。逃がすのかい?」
「下手に逃がして報復されても詰まらないですからね。蓮さんのお客に、幼女趣味の変態はいませんか?」
「ここはアンティークショップだよ。変態は来るけど人身売買はお断り。って言うか、その子中学生ぐらいでしょ? 幼女扱いしてやるんじゃないよ。胸はないけどさ」
 ガハハと笑いながら、自分も失礼千万なことを言っている。カードになっているみなもの耳に届かないのは、不幸中の幸いという物だろうか。まぁ、そうでなくともみなもはしくしくと泣いているのだが、それは関係ないとして‥‥‥‥
「まぁ、引き取ってはやるよ。適当なカードと交換でね」
「お金とは引き替えてくれませんか?」
「人身売買はしないっての。ほれ、“ムキムキシーマン”と“ポチョムキンキノコ”の二枚で十分だろ」
「なっ!? それは伝説の‥‥!!」
「交換するの? しないの?」
「是非とも頼む」
 男は迷うことなく即答すると、みなものカードを蓮に手渡した。蓮は苦笑しながら男に二枚のカードを渡し、呆れながら店から去っていく男を見守っている。
「男ってのは、こんな物を集めるのが好きだよねぇ。不思議でならないわ」
 蓮は、溜息混じりに笑みを浮かべ、そしてカードを解放した。
「うひゃぁ! ごめんなさいごめんなさい!! 頑張りますから、せめてシャワーは浴びさせてくださ・・・・あれ?」
 みなもは周囲を見渡すが、何処にも怪物らしい影は見えない。隠れているのかと手近な壺や積み上げられた本をずらしてみるが、やはり何処にも魔物らしい影はない。
 それどころか、いつもは背後に控えている黒いコートの男の姿も見えない。見えるのは、みなもをニタニタと眺めているチャイナドレスの女性だけ‥‥‥‥‥‥
「て、敵!?」
「敵じゃないって。飼い主だよ」
 床の上に倒れ、艶めかしい身体を晒しているみなもを見下ろしている蓮の表情は実に楽しそうだ。
 その手には、いつの間にかみなもにぴったりなサイズの衣服が存在する。
「さて‥‥トレードに使ったカードの代金分、ウチで働いて貰おうかね」
「え? なに? どうなってるんですかぁ!?」
 突然の状況変化に、みなもの思考はあっさりとオーバーヒートした。元々精神的に追い詰められていたのだ。想定外の事態に混乱の極みに達している。
 そんなみなもを見下ろしながら、蓮は取り敢えず倉庫に仕舞われた衣装の数々を試そうと考えていた‥‥‥‥


Fin