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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒き瞳の暗殺者 4


 琴美は、斬り付けられた左足を庇いながら立った。傷は深く、琴美の白い足を赤い血が伝う。
 ヒュ、と爪に変化させた腕を振って、琴美のターゲットである義手の男は嘲るような目で琴美を見た。
 獣の牙を思わせるその爪は、獲物を狙ってぎらぎらとして不気味だ。
「この義手のことも知らないで俺を暗殺しに来るなんてな、ホントにイラつくぜ」
 ズキズキと痛む足を引きずり、肩で息をしながら琴美はクナイを構えた。
 流れるような黒髪は、汗で濡れた琴美のうなじにしっとりと貼り付き、着物の帯は解けかけ乱れて彼女の柔肌を晒す。普段は健康的な色香を漂わせている琴美の太股には、打たれた鞭の痕がヘビのように這い回り、形の良い胸の双丘が琴美の荒い呼吸に合わせて上下した。
 琴美はギルフォードに翻弄されていた。琴美の身体に噛み付くギルフォードの義手、そして並外れたスピードを駆使しているはずの琴美をとらえ、攻撃するその戦闘能力。琴美の攻撃は届かず、相手の攻撃は琴美のダメージとなる。
 自分の手で、この男を殺めることが出来るのだろうか……。琴美の髪を汗が伝った。
 正体を明かさぬくノ一に、イライラとさらに不機嫌そうにギルフォードは舌打ちをし、
「諦めの悪い女だ。これだけやられても、まだ答えないなんてな!!」
 琴美に向かって、その鋭い爪を繰り出した。
 琴美は飛び退り、そのまま飛び込むようにギルフォードの横へ回って、クナイで斬りかかった。しかし、先ほど捻りあげられた腕は痛みに悲鳴をあげ、いつものように素早く武器を操れない。
 ギルフォードは軽くそれをかわし、琴美に向き直ると今度は拳で琴美の肩を殴りつけた。
「あっ!」
 鈍い音がし、思わず琴美は呻いた。痛みに唇を噛みながら、それでも琴美は必死に打ち込まれた拳と腕に向けてクナイを突き刺す。
「ちっ! うぜえんだよ!」
 クナイはギルフォードの腕をかすめ、小さな傷を作っただけだ。
 ギルフォードは再び琴美に、爪と打撃攻撃の雨を降らせた。何とかかわそうと身を翻すが、ダメージを受けすぎている身体が言うことを聞かない。
「そらよ!!」
「く、ううああっ!!」
 ギルフォードの膝蹴りが胸に入り、琴美は咳き込んでよろめく。琴美の整った顔の口から赤黒い血が流れ出て、肋骨が折れたのがわかった。
 続けてギルフォードの左手が琴美の胸倉を捕らえ、その鋭利な爪が琴美の身体をなぎ払った。
 ガスッと爪が琴美の横腹に刺さり、琴美の身体を包んでいた着物はヘソの辺りから足の付け根まで引き裂かれ、ぼろきれのようになる。
「は、あっ!」
 そのまま投げ飛ばされたが琴美は受身を取って着地し、再びギルフォードに向かって飛ぶと、血みどろの足で回し蹴りを放った。
「やああっ!」
「がっ!」
 まさか怪我をした足で蹴られるとは思っていなかったのだろう。ギルフォードは横っ面を蹴られ、一瞬ふらつく。
 その隙を琴美は逃さなかった。それはほとんど無意識的なものだったかもしれない。ギルフォードを暗殺する、その任務への思いが琴美の身体を反応させたのだ。
 内蔵が傷み、口の中に広がる血の味と吐き気に表情を歪ませながらも、琴美は力を振り絞り手にしたクナイでギルフォードを斬りつけた。クナイの先がギルフォードの喉元に当たり、手ごたえを感じる。
 これが刺されば、任務は……
「てめええ!!」
「?!」
 ギルフォードの手が、ガシリと琴美の腕を掴んだ。
 やはり怪我をした足では蹴りが弱かったのか。
 首にあたっていたクナイはあっさりとかわされ、掴まれた琴美の腕に、爪に変化した義手が思い切り振り下ろされた。
 ベキリ、と骨の折れる嫌な音が響くのが、聞こえた。
「っ!!! あああああっ!!!」
 クナイは琴美の手から落ち、ギルフォードは喉を斬りつけられた怒りで、琴美を床に叩きつけて思い切り蹴り飛ばした。
「が、はっ!」
「諦めが悪い上に、生意気でむかつく女だぜ!!」
 ガツンと頭に響く痛みと警鐘。這いずって逃げようとするも、ギルフォードの攻撃がそれを許さない。
 激しく何度も蹴られ、踏みつけられる。髪も服もぐしゃぐしゃになり、琴美の口から血が流れる。
「あっ、うああ、あああ!!」
 悲鳴が倉庫に響き渡った。
 頭に、顔に、肩に、折れた腕に、胸に、背中に、服の破けた腹部に、脚に……。ギルフォードの残酷で容赦ない攻撃が降る。
 皮膚がその爪に抉られ、琴美の髪を血が染める。
 全身を貫く痛みと血で、肉体が、心が、感覚を失っていく。
 嵐のような打撃と斬撃を食らい、琴美は捨てられたゴミのように転がされた。
「は、情けねえなァ?!」
 ギルフォードから逃げることも出来ず、倒れた琴美は無様な姿を晒していた。
 切り裂かれた着物、びりびりに破れたスカートから、無防備に太股までほとんど見えている白い脚。深々と斬り付けられたその脚の傷からしたたる鮮血が、血だまりを作った。乱れて肌蹴た胸元は、本来なら瑞々しい色香を放つ琴美の豊満で柔らかな胸がしどけなくさらけ出されている。
 打たれ、殴られた痕が痛々しくついた手足、インナーまで切れた部分からあちこちが露になっている身体。
 艶やかな琴美の姿は見るも無残に傷つけられ、むき出しになり、めちゃくちゃにされていた。
 ギルフォードは琴美の身体を踏みつけると、冷たい目で琴美を見下ろした。
「俺なんか簡単に倒せると思ってたんだろ? どうだ、その相手にずたぼろにされる気分は?」
「く、うっ……」
 ギルフォードの言う通りだ。琴美はこんな任務など簡単だと……これまで完璧に任務を遂行してきた自分にとって、ギルフォードなど取るに足らない相手だと考えていた。
(そう、考えて……)
 琴美は思い出した。そうだ、自分は先ほど倒した監視員の男達に何と言ったか。
『たかが小娘1人と侮って、甘く見ないことです』
(ああ……甘く、見ていたのは……私、の方……)
 プライドをずたずたに傷つけられ、琴美は朦朧としながら思う。
 自分の力を信じるあまり、敵の本当の姿が見えていなかった。あの監視員の男達を愚かだと思った自分もまた、愚かだったのだ。
「情けねえよなあ? 俺を暗殺しに来て、返り討ちにあってよお」
 ギルフォードは倒れている琴美の腹をまた蹴飛ばす。
「がっ、げほっ……!」
「ふん」
 琴美の投げつけたクナイを1つ拾い上げ、ギルフォードは琴美の横にしゃがみ込むとクナイを琴美の頬にぴたぴたと当てた。
「答えろ、誰の命令で俺を狙った?」
「……」
 琴美は答えなかった。
 ギルフォードは苛立たしそうに琴美の黒髪を掴むと、顔を上げさせた。
「あ、うっ」
「暗殺者さんよ、あんたは何者だって訊いてんだよ!」
 琴美の虚ろな目に、ギルフォードが映った。
 その黒き瞳。暗殺を命じられ、ギルフォードを狙った琴美を見る、死神の真っ黒な目。
「斬り捨ててやっても良いけどなァ。あんたの正体を聞き出さねえとな」
 ギルフォードは琴美の腕を掴み、ぼろぼろの琴美を雑に引き摺って施設の奥へと歩いていく。
 任務の失敗と、敗北。琴美の目の前が暗くなり、身体も、頭も、何もわからなくなっていく……。
 ギルフォードにされるがままに引き摺られ、琴美の意識は暗闇に薄れていった。