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<東京怪談・PCゲームノベル>


貴方のお伴に 〜梅雨の合間の〜

 今年も、梅雨の時期になった。
 厚く重い雲が空を覆ってはいても、まだなんとか雫は落ちてきていない。
 雨は雨で、淡く咲き広がる紫陽花が映えるのだけれど――今はそれどころじゃない。
 なんと言っても、この荷物があるから。
 それは、かなりの大きさのキャリングケース。背負って歩くにはちょっと厳しいから、雨が降ってきてしまったらどうしようもない。濡れてしまう。いや、鞄が濡れるのは構わないのだけれど、中身が――球体関節人形のマリーが、きっと文句を言う。
 ただじゃすまない。
 ――だから、今日はやめようって言ったのに。もし降ってきたら――一晩中、文句言ってやる。
 さっそく、声が響く。『彼女』の声はみなもの頭に直接響くから、耳をふさぎようもない。一晩中そんなことをされたら、ノイローゼになってしまうことうけあいだ。
「梅雨なんだから、これでもましな天気じゃない。天気予報では降水確率30%って言ってたしっ」
 思わず声が上ずってしまう。あなたのためでもあるんだから、という言葉は飲み込んだ。そんな言い方をしたらそれこそ――やっぱり、一晩中彼女の声が響き渡るだろう。
 風は湿って、草の香りがする。雨が降る前の独特の香り。
 幸いにも、目的の場所までは近く、坂もない。
 なんとか空が泣き出す前に、見慣れた門が見えてきた。
 『久々津館』
 そこが、しばらくぶりに訪れる目的地だった。
 みなもは、重い荷物を引きずり疲れた身体に気合を入れなおして、館の中に駆け込んだ。

 いつもの応接室で温かいシナモンティーを淹れてもらっている頃。空はついに泣き出していた。それも、大泣きだ。時折、稲光が部屋を照らすほどの。
「で、今日は、マリーのメンテナンス? そういえば、そろそろかもね」
 向かいに座る、金髪碧眼の美女――レティシアがそう話しかけてくる。彼女はこの久々津館の住人で、館の向かいにあるアンティークドールショップ『パンドラ』の店主だ。マリーを譲ってくれたその人でもある。
「ええ、もちろんそうなんですけど。でもそれだけじゃなくて……色々聞きたいことと、お願いしたいことがあって」
 そこで少し、間を置く。あんまり褒められた話じゃない。
 すると、レティシアが微笑んだ。その柔らかな笑顔だけで無言で促されると、抗えない。思わず、口を開いていた。
「ええと、まず、普段のお手入れなんですけど、マリーの申告通りに調整はしてるんです。でも、ほんとのところ、どのくらいの気温と湿度がちょうどいいんでしょう? うちの家、あんまりエアコン使わないんで、心配で」
 エアコンを使わないのは電気代のこともあるが、みなもも含め、家の人間は水に関わりが深い『南洋系人魚』の末裔だ。適度な湿気はむしろ心地良い。
「んー。まあ、マリーの素材は湿気には強いほうではあるけれど……でも、そうね、やっぱり乾燥していたほうが良い状態は保てるわね。ただ、この子は普通の人形と違って、取り返しがつかなくなる前に自分の言葉で貴方に伝えることができるから」
 でも、そうね――と、レティシアは続ける。
「気になるんだったら、時々、メンテナンスも兼ねて、預かりましょうか? 里帰り、ってわけね」
 彼女はそこまで言って、はた、と気づいたように手を打った。
「そうだ。いっそのこと、あなたもうちに何日か泊まってみる? ちょっと先になるけど、夏休みだったら学校もないだろうし。もちろん、親御さんが許してくれるなら、だけど」
 流れるように語られたその内容を飲み込むのに、少し時間がかかる。
 ――要は、お泊り会、ってこと……?
 ようやく飲み込めた瞬間。
 みなもは、大きく頷いていた。
 メンテナンスのことだけではない。今日、レティシアたちに頼もうと思っていた他の要件が、彼女の提案のおかげで、全部繋がっていく。
「それならっ!」
 思わず、大きな声が出てしまう。でも、止まらない。
「夏休みと言わず、すぐにでもっ! 実は、他にもお願いしたいこと、いっぱいあって……マリーの夏向きのちょっとゴシックな服も見繕ってあげたいし、あと、こないだできなかった、私の『お雛様』の写真も、どうしてもって親に言われててっ。だから、親の許可は心配ないですっ」
 ローテーブルに手をついて、前のめりになり、乗り上がらんばかりの勢いでまくし立てて――言い終わってから、自分の様子に気づく。
 慌てて手を引っ込める。うつむく。顔が火照っていくのがわかる。つい、勢いごんでしまった。
 ――調子に乗っちゃって、まあ――って言うか、それより早くこの狭いところから、出してくれないかしら?
 部屋の隅に置かれたキャリングケースからの声が、脳内に響く。
 すっかり、忘れていた。
「まあ、慌てない慌てない。あなたはメンテナンスが待ってるんだから、鴉を呼んでおくわね」
 けれど、マリーのきつい言葉も、レティシアには通じない様子だった。何かの弱みでも握られているかのように、一瞬で大人しくなる。
「それでも、ちゃんと一度親御さんに話してから、ね。私も、みんなも、この館も、逃げるわけじゃないんだから」
 それは逆に言えば、ちゃんと話してからなら、問題ないということだ。
「ありがとうございますっ」
 立ち上がって、深々と頭を下げる。
「そんなに畏まらないで。でも、なんだか、思い出すわね、あなたの家にお邪魔したこととか。楽しみね」

 そうして、それから一週間後。
 前と同じように、梅雨の合間の曇天。でも今日は、時折陽射しも差し込んでくる、ちょっとだけ良い天気。
 これも同じように、キャリングケースを引っ張って歩く。
 ――ほんと、今日はテンション高いわね。
 やれやれ、と言った風にマリーがつぶやく。当たり前でしょ、と返しながら、歩き続ける。すぐに、久々津館が見えてきた。あっという間についてしまった。もちろん、そう感じるだけ、なのだろうけど。
 門をくぐり、扉を開ける。ホールには、レティシアが待っていた。
 みなもの姿を捉えると、手を広げて迎え入れてくれる。
「いらっしゃい。もう、準備は万端よ。お雛様用の十二単も届いてるし、可愛いゴシック調の服も取り揃えたわよ。料理だって炬が腕を奮ってくれるし」
 その満面の笑みに、みなもは飛び込むように駆け出した。

 それからの二日間は、夢のようなひとときだった。
 炬の美味しい料理をみんなで食べて。あんまり楽しくて、だいぶ夜更かししてしまって。

「――でね、次の日に、撮った写真がこれ。これが、私」
 家に戻って、数日後。プリントアウトした写真を親に見せながら、みなもは微笑んだ。雛人形化して撮った写真なので、ちゃんと説明しないとみなもだと分かる写真ではないけれど。
 炬、レティシア、鴉。
 そして、マリー。
 みんなに囲まれて、無表情のはずの雛人形の顔さえも、微笑んでいるように見えた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1252/海原・みなも/女性/13歳/女学生】

【NPC/炬(カガリ)/女性/23歳/人形博物館管理人】
【NPC/鴉/男性/30歳/よろず人形相談・承ります】
【NPC/レティシア・リュプリケ/女性/24歳/アンティークドールショップ経営】
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■         ライター通信          ■
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 伊吹護です。度々のご依頼、ありがとうございます。
 実際のイベントまでの流れを中心に書いてみました。
 いかがでしたでしょうか。