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【Balance at half month/the white】
●六月模様
――六月に結婚する花嫁は幸せになる、と。
そんな言葉が、世にはある。
果たして、ソレが本当に幸せになのか……そんなことは、神様にも分かりっこないだろうけど。
澄んだ空から、陽光が降り注ぐ中。
目にした花嫁花婿の華やいだ姿と微笑みは、確かに嬉しそうで幸せそうで。
……こんな日は、不意にドコカへ出かけてみたくなる。
……例えば、ダレカに会いたくなる。
見上げた雨の合間の青い空に、誰が飛ばしたか紙飛行機がふわりと飛んだ。
●幸せの距離
青く晴れた空の下、ガーデンパーティの会場は祝福の色に包まれていた。
あちこちに花が飾られ、テーブルには料理が並び、トレーにワインやシャンパンのグラスを並べた給仕が、着飾った来賓たちの間を抜けて歩く。
華やかな宴の中心は、結婚式を挙げた二人。
それはこの季節によくある、披露宴を兼ねた小さな野外パーティだった……のだが。
「今日はお二人のために、素晴らしいサプライズ・ゲストがお祝いにきてくれました」
明るい司会の声が紹介すると、来賓はゲストの正体をあれこれと予想し合う。
だが白い簡易のステージに現れた姿に、さざめく会話は吹き飛んだ。
「六月の花嫁へ。『Crescens』から誰も聞いたことのない歌を、花束の代わりに贈ります」
祝う言葉に目を丸くした新婦は、新郎に嬉しそうな表情を向け、同じように驚いていた友人達とはしゃぎ合う。
だがギターの音が響けば、そんな『雑音』もまた一瞬で掻き消える。
流れるのは文字通り、誰も聞いたことのない旋律。
今日のために作った、全くのまっさらな歌へ、誰もがじっと耳を傾けて。
式を挙げたばかりの新郎新婦を祝うパーティだが、この瞬間だけは完全にステージ上の二人――永嶺・蒼衣と相馬・樹生が主役となっていた。
○
事の発端は、樹生の友人が持ちかけた『頼みごと』だった。
『俺の姉貴が、結婚するんだ。それで、よければプライベートでコンサートをやってくれないか?』
身内だけで開く、結婚祝いの野外パーティ。
そのパーティのステージで、一曲だけでもいいから演奏して欲しいのだという。
彼らが組んでいるオルタナティブバンド『Crescens』のファンだという姉のため、無理を承知で頼む友人に、樹生は一も二もなく頷いた。
「お姉さん結婚するんだ、おめでとう。僕らでよければ、お祝いに行くよ」
「……僕ら?」
コーヒーカップを傾けていた蒼衣が、怪訝そうに繰り返す。
どうやら、携帯越しに友人と交わす会話が聞こえていたようだ。
それなら話は早いよねと、携帯をポケットに戻しながら樹生は友人からの頼みを切り出す。
「お姉さんが『Crescens』のファンだから、お祝いに一曲でもいいから演奏して欲しいんだって」
自分が一人でお祝いに行くよりは、彼と演奏してこその『Crescens』だと……樹生は考えたのだが。
微妙な表情で思案する蒼衣は、どうやらそうでもないようだ。
「いくら結婚するのが……樹生の友人の姉でも、な」
印象的な青い瞳に不機嫌そうな色を浮かべて、渋る。
「でもせっかくのお祝い事だし、僕らの曲で喜んでくれるなら協力したいよ。それじゃあ駄目、かな?」
じっとその瞳を見つめ、更に樹生は食い下がってみた。
友人のため、そのお姉さんのため……というのは確かにあるが。
何よりも、樹生自身が蒼衣と一緒でなければ嫌だった。
「それに僕一人が行っても、『Crescens』じゃない、よね」
少しの不安を抱えながら、俯きがちに聞いてみる。
「それなら僕は蒼衣と二人で、お祝いしたいなって思ったんだけど」
不安。これは、ただの甘えなのかもしれない、と……そんな、小さな不安。
もし蒼衣が行きたくないのなら、自分は勝手を押し付けているだけで。
そんな我が侭を許容してくれるんだろうかと、更に不安が胸で疼く。
「だけど、やっぱり蒼衣が行きたくないなら……無理は……」
無難な言葉を懸命に選んでいると、不意にくしゃりと髪を撫でられた。
「……蒼衣?」
「単にレパートリーを演奏するだけっていうのも、面白味がないな」
片手で黒い髪をわしゃわしゃ混ぜて遊びながら、コーヒーを手に相手は何事かを思案している。
それから樹生へ視線を向け、軽くぽんと頭へ手を置き直した。
「どうせやるならパーティ限定の新曲を披露して、驚かせるか。レコーディングして自費でCDに焼いて、パーティ参加者へ限定マキシシングルってことで配ればいいか?」
「蒼衣、いいの?」
「仮にも『Crescens』としてパーティに招待されるなら、それくらいのサプライズを用意しないとな」
意味ありげに企む笑みを返す蒼衣に、樹生はほっと安堵の息を一つ。
「ありがと、蒼衣」
「その代わり、ちゃんと新曲用のスケジュールを開けておくこと。言い出したのは、樹生だからな」
「うん、分かった」
大学生でもある樹生にはそれなりに大変なことだが、間髪おかずに彼は即答した。
○
「どうか末永く、お幸せに」
最後の音の余韻に、蒼衣が祝福の言葉をかければ拍手が起きた。
軽く一礼をした二人は、すぐさまステージから降り、祝いの席を後にする。
給仕が勧めるワインのグラスに、片手を上げて断り。
ギターを片手に、控え室代わりの部屋へと戻った。
囲まれることがわずらわしいのもあるが、何より今日のパーティの主役は新郎新婦であって、彼らではない。
ギターをスタンドに立てた樹生は、ひと息ついた蒼衣へ備え付けのインスタントコーヒーを淹れた。
「はい、お疲れさま」
「ああ、ありがとう。出来れば、最低でもドリップ式のが良かったが」
注文を付ける相手に、くすと小さく樹生は笑う。
「花嫁さん、綺麗だったね……幸せそうで良いよね」
思い起こしながら自分の分のコーヒーも作って、樹生は椅子へ腰掛けた。
「幸せそう、か」
純粋に喜ぶ自分とは反対に、何故か蒼衣が浮かない顔で言葉を落とす。
「でもさ、結婚って何だろう?」
その表情が気になったせいなのか、ふと何気ない疑問を樹生は口にしていた。
「紙切れ一枚の、契約」
「それ……割と、身もフタもないんだけど」
あまりにもあまりな答えに、頬を膨らませて軽く抗議してみる。
だが蒼衣は気にしない様子で、薄いコーヒーを少し飲んだ。
「全く違う環境で育ってきて、何もかもが違うもの同士、だろ? それを、サイン一つ、判子一つで縛るのは……な」
――ああ、そうか。
その言葉を聞いた途端、やっと樹生は蒼衣に対して感じていたモヤモヤの正体に気が付いた。
どうやら蒼衣は自分と違い、結婚に対してあまり好意的な感情を持っていないらしい。
そこに気付けば、話を聞いた一番最初に、彼が乗り気でなかったことにも合点がいく……あくまでも、「何となく」なレベルだが。
「今日は本当にありがと、蒼衣」
改めて彼と向き合い、もう一度、心からの礼を言う。
本当は結婚祝いの披露パーティなんて、来たくなかったかもしれない相手に。
「まぁ、新郎新婦の笑顔も……見ることができたからな」
窓からも見える、遠いパーティの光景を眺めながら、どこか苦笑混じりに呟いた蒼衣は表情を和らげた。
「二人とも、いい笑顔だった」
「うん。ふたりが幸せになると、良いね。それから、CDも喜んでくれるといいな」
この日のために作ってレコーディングした新曲を、この日に合わせてプレスしたマキシシングルは、他の引き出物と一緒に来賓へ配られる予定だ。
もちろん肝心の花嫁にも、後で弟自らがCDを手渡す段取りになっている。
忙しい樹生はそこまで手が回らず、必要な下準備を手配したのは、全て蒼衣だった。
「というか、簡単に別れられたら困るんだが」
何故か急にむっと眉根を寄せた蒼衣に、理由が分からず樹生は小首を傾げる。
「困るって、どうして蒼衣が困る?」
「二度目のプライベート・コンサートは、やらないってことだ。お前の友人にも、そう念を押してくれ」
「いいよ、伝えておく」
理由が分かった樹生は、思わずくすりと笑って頷いた。
――どうか末永く、お幸せに……と。
ライブの最後に蒼衣が告げた言葉を、ふと思い出しながら。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【8177/相馬・樹生/男性/20歳/大学生・ギタリスト】
【8211/永嶺・蒼衣/男性/21歳/ミュージシャン】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしました。「HappyWeddingドリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
お久し振りです、だいたい半年振りになりますでしょうか。
再びお二人のノベルを書かせていただく機会を、ありがとうございました。
ただノベルの納品が予定より遅れてしまい、申し訳ありません。
やきもきして、お待ちいただいたかと思います……ご心配をおかけしました。
今回はぐだぐだと語る感じから、お互いの考え方の違いを確かめて認めつつ、別の一面を再発見する様な感覚かな……などと想像しながら、書かせていただきました。お待たせした分、満足いただける内容となっていればよいのですが。
もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
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