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<東京怪談ノベル(シングル)>


竜宮顛末記

「緊急事態、緊急事態」
 王立アカデミーに警報が鳴り響く。と同時に、第二層、三層の防御壁が閉じられた。
「逃走中のウンディーネは試作品の四方四季を所持。発見次第破壊せよ」
未来王国で起きたウンディーネたちの反乱。その原因は皇女玲奈にもよくわかっている。
「早く、こっちへ!」
 屈強な女性兵士たちに先導されて脱出してきた少年たちをちらりと見て、玲奈は小さくため息を吐いた。男性はこの世界では希少だ。この極端な男女比こそ、未来王国における最大の危機。その発端は、四万年前にあった。
「ウンディーネたちは?」
 玲奈が問うと、傍に控えていた侍従が、
「すでにあらかたは捕らえ、残りは第四層に追い込みました。ただ…」
 と表情を曇らせる。
「四方四季ね。行きましょう」
 玲奈は侍従を連れて第四層に向かった。四方四季は四方に四季を見せる時空旅行機だ。案の定、防壁まで追い込まれたウンディーネたちは、小さな小箱を高く掲げて、追手を威嚇していた。
「来ないで!邪魔しないで!どこを向いても女ばっかり!こんな世界はもうたくさん!」
「おやめなさい!稀少な男たちに万一の事があったら…」
「うるさい!」
 玲奈たちの制止むなしく、ウンディーネたちは四方四季を発動させた。途端に四季の幻影が四方に広がり、中央に居たウンディーネたちの姿が揺らいでゆく。そして、彼らがいたはずの場所には、巨大な穴が穿たれた。試作品の四方四季を作動させた反動だ。
「やってくれたわね・・・」
 穴の前で、皇女玲奈は小さくため息を吐いた。彼らの行く先は分かっている。過去だ。侍従も悔しげに顔を歪めた。
「過去へ逃れたとて我らの受難は変わりませぬ!男は滅ぶ一方、女は竜族に隷属せしめられるこの呪いは…。定めとは、己の力を尽くして変えるものでありましょう…?」
 しかし、玲奈は首を振った。
「すべては私の咎。四万年前に犯した過ちが、今我らに仇なしているのです」
 かつて、玲奈はとある妖精を殺めた。人間の男が滅びようとしてるのは、彼らの呪いによるものなのだ。
「すべては私の過ち…」
 遠い未来の王国で、三島玲奈はその瞳を曇らせた。変えられるものならば、自分とてそうしたい。たとえこの身と引き換えにでも…。

 ―現代、南紀白浜の港。晴れ渡った空の下、三島玲奈は愛艇玲奈号の甲板をせっせと磨いていた。出発まであと1時間。「鯨ウォッチングで婚活ツアー」はおかげ様で満員御礼だ。船室は居心地よく整えられ、食糧も十分に積みこんだ。あとは乗客たちを迎えに行って…と、一日のスケジュールを確認しつつデッキブラシを動かしていると、ふいに影がさした。
「お久しぶりです、玲奈さん」
 九条アリッサだった。
「婚活ツアーに飛び入り参加…って訳では、なさそうですよねえ、やっぱり」
 ふふ、とアリッサが笑った。
「実は、ちょっと面白いお話があるんですの。先ほど我が社の捕鯨船団から送られてきた画像ですわ」
 そう言ってアリッサが差し出した端末のディスプレイを覗きこんで、玲奈は思わず息を飲んだ。海面に浮かびあがった、巨大な白い物体。もはや生気は感じられないが、胴体に首、手足の揃った姿は…。
「太平洋上で発見されました。通称『ニンゲン』です。ま、そのままのネーミングですわね」
 アリッサの話によれば、『ニンゲン』が最初に確認されたのはほぼひと月前。調査捕鯨に向かう途中の船団が偶然発見したのだという。アリッサはすぐに捕鯨船団の半分を『ニンゲン』の捜索と捕獲に向かわせた。『ニンゲン』は鈍重ではあるが自力で泳ぐ、未確認の生命体なのだと言う。
「面白そうだと思いませんこと?」
 アリッサがにんまりと笑い、玲奈もその意図に気づいた。
「珍魚の裏に…」
 玲奈の言葉に、アリッサが頷く。
「竜宮あり、ですわ」
 『ニンゲン』が確認された時期と竜宮が深海に消えた時期はほぼ重なる。乙姫は滅んだわけではなかった。深海で、次の計画を実行に移していたのだ。
「行き先、変更しないといけませんね」
 玲奈はそう言って、メリッサから位置情報の入ったメモリーを受け取った。乗客たちを乗せたマイクロバスが埠頭の入口に見えた。ちょっと行先は変わったが、きっと乗客たちは許してくれるだろう。これから彼らは、鯨よりももっと珍しい、竜宮を巡る謎の証人となるのだから。

 そして数時間後。玲奈号は九条の捕鯨船団に合流していた。玲奈とアリッサは操舵室から九条の船団に指示を出し、乗客たちは甲板から海面に浮かぶ『ニンゲン』を見て歓声を上げていた。だが、アリッサたちの関心はその下にあった。
「今度こそ、捕えましたわ」
 レーダーの中央に点滅する光を見ながら、玲奈も頷いた。『ニンゲン』の下に竜宮がいる。
「既に九条の船団が二重三重に囲んでいます。今度こそ、逃げられませんわ」
 アリッサが言ったその時、甲板から新たな歓声が上がった。
「何?」
 振り向いた二人は一瞬、絶句した。海上に一面の波しぶきが立っていたのだ。魚が、跳ねているのだ。確認できるだけで、数十種の魚が、海面一杯に跳ねている。
「鯛やヒラメの舞い踊り…ねぇ」
 呟く玲奈の胸を嫌な予感がよぎる。これは竜宮の手だ。
「九条さん!」
 アリッサも同じ事を考えたらしく、慌てて甲板に降りようとしたが、一足遅かった。魚たちに幻惑された男たちが、次々と手すりを乗り越えて海に入ってゆくのを、女たちが悲鳴を上げながら止めようとしている所だった。海に落ちたかと思われた男たちは、そのまま海面に出来た大きな渦の中に消えてゆく。
「やめて!死んじゃう!」
 後を追おうとした女がたちまち渦と魚にはじかれ、また悲鳴を上げた。見ると、玲奈号だけではない、捕鯨船団の男たちも皆、何かに憑かれたように次々と渦の中に消えてゆく所だった。
「玲奈さん」
 アリッサが振り向き、玲奈が頷いた。二人はすぐさま玲奈号に格納されていた小型艇に乗り込んで男たちの後を追った。
「捕鯨船団の乗組員たちは、発信機のついたベストを着ていますの」
アリッサに手渡された受信機には、いくつもの光点が点滅していた。すべては目の前の竜宮、その内部に向かっている。玲奈号の乗客たちも一緒だろう。アリッサは行く手を阻もうとする渦や魚たちを、巧みな梶さばきで避けて竜宮に接近すると、玲奈が閉じかけた入口に巨大な銛を打ち込み、突入した。艇を飛び出した二人は人とも魚ともつかない奇妙な生き物たちの攻撃を振りきり、中心部に向かった。
「間違いありませんわ!連れ去られた人たちはこの奥に居ます!」
 アリッサが叫ぶ、玲奈は頷くと、閉じられた扉に向けて銀色に輝く銛を一閃させた。

「…なっ」
 倒れた扉の向こうを見て、玲奈は目を丸くした。巨大な中央部には、四季折々の景色や花花に彩られた空間が広がっており、宴が催されていたのだ。男たちに酌をしてまわる美しい女性たち、そして、その中央には一人の女性。
「乙姫様…かしら」
 呟いたアリッサに、玲奈はいいえ、と首を振った。
「本物じゃあありません」
 あれはウンディーネだ。変化(へんげ)しているけれど玲奈の目はごまかせない。そして、この四季の庭は四方四季による幻。
「あら?何かしら」
 辺りを見回していたアリッサが首を傾げた。酌をしていた女たちが、男たちに何か箱のようなものを渡しているのだ。
「玉手箱…ですわね、ええ。何だかますます伝説のようになってきましたけれど。…改めて見ると何だか奇妙ですわ。そもそもあれは女の化粧箱。男には不要のもののはず」
しばらくの間考え込んで、アリッサはふと思いついたように呟く。
「そうだわ、もしかして、浮気男なら他の女に贈るかも…」
アリッサの言葉に、玲奈ははっと顔を上げた。
「つまり、浮気防止の罠!」
 玲奈は即座に銛を閃かすと、男たちの中に割って入った。本性を現して襲いかかる美女たちをなぎたおし、呆然とする男たちの手にしていた玉手箱を霊力で次々と貫いてゆく。そして溢れる煙を偽乙姫の前に浴びせた。
「ぎゃああああああああっ!!」
 すさまじい悲鳴と共に変化が解け、と同時に四季の幻影が消える。四方四季が停止したのだ。自ら仕込んだ毒煙を浴びてウンディーネが悶絶する。
「観念しなさい、ウンディーネ。こんな方法じゃ未来は変わらないわ」
 玲奈が言うと、瀕死のウンディーネがその顔をゆがめた。
「我らの心なぞ…貴女には…。海は地母神の心…深海はその潜在意識…」
 そう言う間にも、ウンディーネの体はどろどろと溶け始めている。どろりと解けた足に、男の一人がひい、と悲鳴を上げた。この状況でもまだ誰一人逃げ出せずにいるのは、偽乙姫にまだ一部、精神を操られているからだろう。
「深き海、暗き海にて我らはやがて開く夢を紡ぐ。あれは…そなたらが『ニンゲン』と呼ぶあれは、夢の残滓。そこに最愛の人と愛の巣を築けば未来は…」
 開かれると思っているのか。哀れな。玲奈はひとつため息を吐くと、
「それでも」
 と、銛を構えた。
「男の持ち逃げは許さないわ!」
 全てを終わらせる一撃で、ウンディーネは息絶え、男たちは開放された。

「竜宮、また沈んじゃいましたね」
 港に戻った玲奈号の甲板で、玲奈とアリッサは並んで海を見ていた。あの後、竜宮は再び驚くべき速さで沈んでしまい、深海に消えた。
「きっと、そういうモノなのでしょう?また、必要があれば出会えますわ」
 アリッサがにっこりと笑う。
「そうしたら、またご一緒に冒険できますわね」
 懲りないお嬢様もいたものだ。思わず苦笑いした玲奈を見てアリッサがくすくすと笑い出し、二人はやがて声を上げて笑い出した。年頃の少女二人の笑い声はいかにも楽しげで屈託なく、そのまま夕暮れ時の高い空に吸い込まれていった。

<終わり>