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+ ある暑い日に君は笑った +
「まだ先のことだけど、夏休みどうすんの?」
赤い髪の毛を後頭上部で短く括った高校生、常原 竜也(つねはら りゅうや)は殆ど毎日のように一緒に帰っている隣の女の子にそう問いかけた。
問いかけられたのはセリス・ディーヴァル。海外からの留学生で、美しく長い銀の髪と青い瞳それから愛らしい面立ちを持つ少女だ。
彼女は突然の問いかけにうーんっと小首を傾げる。
一学期も終わりに次第に休みが近づいてきている今日。劇団や高校の事、それから一人暮らしである彼女にはまだ夏休みの過ごし方について全く考えがなかった。
「えーっとですねぇ。まだ特に何も考えてないんですよぉ〜」
「あ、じゃあさ。それなら、夏祭りでパーッと遊ぶのはどう? 仲のいい連中でさ」
「夏祭り、ですかぁ? 行きたいですっ!」
竜也の突然の申し出にセリスは目をぱちくりと瞬かせる。
彼女は日本の文化を学びにここ日本にやってきたと言ってもいい。ならばこれは当然、好機。日本の「夏祭り」に興味津々なセリスは元々たいした予定は入っていない事もあり、両手を組み合わせると二つ返事で快諾した。
だがそこで不意に気付く。
いくら暑さが身に堪えるとはいえ、今はまだ夏休みには大分前の時期だという事に。
「あの〜、どうしてこんなにも早くお約束が来たんでしょう〜? 夏休みはまだまだ先ですよぉ〜?」
「ああ、ウチの婆ちゃんや婆ちゃんの友達の人が浴衣作ってくれるんだってさ」
「? ゆかた?」
「そう、着物の夏バージョンって言ったらわかるかな」
竜也は笑顔を浮かべながら説明をする。
本当は雑誌なんかがあればいいんだけどな、などと言いながら歩く道には残念ながら丁度良いショッピングセンターや店舗が無い。
口頭だけで説明するのは難しかったが、セリスは元々日本文化――特に時代劇に興味を抱いている子だった為大体の形や様子は伝わったらしい。
今はショッピングセンターにでも行けば誰でも手軽に安く手に入れることが出来るけれど、昔ながらの製法でしかも「自分だけの浴衣」が貰えると言う事で竜也の友人達には好評なのだ。
「日本の着物、着たいです!」
「じゃあ、今度の日曜日俺ん家においでよ。他の皆は去年作ってもらったのを手直しするくらいなんだけど、セリスのは寸法から取らないといけないしさ」
「竜也さんのお家ですかぁ? 行ってもいいんですか!?」
「そりゃ俺が誘ってるんだからさ。セリスにその日用事が入ってなければ……」
「だ、大丈夫です! 行きますっ、行かせて下さい〜っ!」
浴衣を着れるという事、そして竜也の家へ遊びにいけると言う事――その二点がセリスを興奮させ、思わず歓喜の声を上げる。
その喜びように竜也自身も釣られ、笑顔を浮かべると「可愛い子が着てくれれば婆ちゃん達も喜ぶよ」と感謝した。
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そして日曜日。
近くの店で待ち合わせをした二人は、すぐに竜也の家へと移動した。家自体は一般的な家というのが最初の印象、庭らしき場所に竜也の母か祖母が手入れいているらしき花や野菜が見える。当然ながら初めて見る竜也宅にセリスは最初物珍しげに辺りを見渡していたが、中から人が来ると直ぐに背をぴっと伸ばして挨拶を交わした。
「よう来て下さったねぇ。さあ、中にはいりんしゃい」
「お邪魔します〜。私、セリス・ディーヴァルと申します。今日はお世話になります〜」
「竜也によう話を聞いておるよ。まあまあ、遠慮せず気軽になさいな」
「はいっ」
「しかし思っていたより綺麗な子じゃねぇ。うんうん、こりゃ銀色の髪にも映えるような色をしっかり選ばにゃいけんねぇ」
日本流の挨拶としてお辞儀も身に付いたセリスに好印象を抱いたのは竜也の祖母。
彼女は皺が深く刻まれた手でセリスを招き、自分の生活している和室へと案内していく。竜也も一緒にいようかと思ったが、「寸法を測るのに男は邪魔じゃ」と一言で切られ、仕方なくリビングで待つことにした。
竜也は特に何かする事も無くテレビをつけてみたり、読みかけの週刊誌に手を伸ばしてみたりするもやっぱり和室の方が気になる。
耳を澄ませば仲良さ気に会話する祖母とセリスの声が聞こえてきたので、二人が仲良しになっている事だけは直ぐにわかった。
やがて一時間ほどが経っただろうか。
セリスと祖母がリビングへとやってきた。聞けば寸法選びの他に生地の色や柄の方まで相談が進んでいたらしい。
「へぇ、じゃあ婆ちゃん今年も可愛い浴衣作れそう?」
「任せておきなさい。変な浴衣なんぞ作ったことないじゃろ」
「はは、確かに。婆ちゃん達の浴衣毎年皆に好評だもんな」
「じゃああたしは奥に引っ込むとするよ。竜也、セリスちゃんの事ちゃんとしておあげよ」
「何それ」
にこにこと笑顔を浮かべて現れたセリス。
それに対して祖母はほんわかと笑みを返す。竜也に何事か釘を刺した後、祖母は和室へと戻っていくので、竜也は頭に疑問符が浮いたままだった。
けれどセリスがあまりにも嬉しそうに笑っているものだから、それ以上の追求はせずキッチンへと移動すると自分と彼女の二人分のジュースをグラスに注いで相手に差し出す。
「浴衣のこと、そんなに嬉しい?」
すでにリビングソファーに座っていたセリスにグラスを手渡す時、竜也は今回の事を尋ねてみる。
するとセリスは細い手でグラスを受け取りながら大きく頷く。
「はい。とても、とても嬉しいですぅ」
隣に竜也が座れば彼女はグラスに挿されたストローに口付け、一口分飲む。
それからぷはっと一息吐くと続けて竜也の方を向いて。
「それと、お婆様は私の味方になってくれるそうです」
「え、味方?」
そう、意味深な言葉と笑みを向けた。
その頬はほんのり赤みがさしており、彼女の恋心がすでに祖母にばれている事を示す。竜也の祖母はセリスと会話し、触れ合っているうちに彼女が竜也に片思いしている事を見事見抜いており、その上で「味方になる」と進言してくれたのだ。
だがそれを知らぬのは――まだ気付いていないのは竜也だけ。
セリスの恋心も、祖母の応援も気付くのはまだまだ先の話。
「あー、今日も暑いなぁ」
「もうすぐ本格的に夏ですねぇ」
他愛ない会話に心和ませながら笑いあう、それが今の二人の距離だった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8178 / 常原・竜也 (つねはら・りゅうや) / 男 / 17歳 / 高校生/プロボクサー/舞台俳優】
【8179 / セリス・ディーヴァル (せりす・でぃーう゛ぁる) / 女 / 17歳 / 留学生/舞台女優】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、発注有難う御座いました!
最近本当に暑く、これも熱気のある部屋で書かせて頂きました。丁度個人的にも浴衣を見てた事も有り、セリス様の浴衣はどんなものが似合うだろうと頭の中で思案させて頂いた位です(笑)
きっと可愛い浴衣が出来上がることでしょう。
夏祭りが楽しくなるよう祈ります!
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