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<東京怪談ノベル(シングル)>


 玲奈号大海戦
                              ヘタレ提督D
薄暗いCICを引き裂いたのは、レーダー員の切羽詰った声だった。
「敵大虚構艦隊、降下を開始! レーダー探知、戦艦2、巡洋艦4、駆逐艦12! 大艦隊です!」
「数だけ集めても、あんなものはこの最新鋭航空戦艦『玲奈号』の敵ではないわ!」
 あたしはそう言い切って、乗組員たちへ指示を出す。
「戦闘配置! 準備終わった部署から知らせ!」
「了解!」
 号令をかけるが早いか、甲高い警報が艦内に鳴り始めた。
「三島艦長」
 平坦な声があたしの背後から。航空派遣隊長、茂枝萌(NPCA019)ものだ。
「何かしら、茂枝中佐」
 彼女はあたしの横に並びつつ、しかし目はしっかりとCICのレーダー画面を見つめながら言った。
「本当に、あれと戦う気なのかな?」
「もちろん。そのための『玲奈号』なんだから」
 あたしの艦は、敵を打ち破るためにあるのだから。
「茂枝中佐は直ちに飛龍隊へ。すぐに発艦してもらうから」
「……わかった」
 茂枝中佐は、それだけ言い残してCICを後にする。
「さぁ、来なさい。この艦の実力を見せてあげる」
 レーダーに映った緑色の光点が、徐々に高度を下げて玲奈号へと近付いてきた。

 虚構艦隊とは、人類が長年に渡って放出してきた特撮番組などの虚構電波が自我と実体を獲得したものである。
 航空戦艦玲奈号は、それら人に仇なす存在を打ち砕くために建造され、今は完熟航海の途中であった。

「応急班配置よし!」
「隔壁非常閉鎖となせ!」
「一番主砲、二番主砲用意よし! 三番、準備まだか!」
 CICに怒号が飛び交う。しかしただの怒号ではない。玲奈号が徐々に船から兵器として覚醒していくための、いわば呪文のようなもの。
「敵の動静知らせ!」
「了解! 敵大虚構艦隊……0度、10万km。着水した模様!」
 着水? 水上戦闘を仕掛けてくるということ?
「艦橋、CIC! 進路320度、速力25ktとなせ! 右対水上戦闘 対艦ミサイル攻撃用意!」
艦内電話で艦橋を呼び出し、進路と速力を指示する。艦がわずかに左へ傾き始めた。
「先制攻撃よ! 飛龍とツアウンケーニヒを発艦後、ミサイル攻撃!」
 複葉ジェット戦闘機、ツアウンケーニヒ。翼持つ空の覇者、飛龍。
「了解。攻撃用意!」
 CICにいる射撃員の復唱を聞きながら、あたしはレーダー画面に映る周辺海域を注視していた。

 大虚構艦隊を斜め右に見ながら航行している玲奈号に対し、敵は艦隊を三つに分けていた。
 玲奈号はまず、一つ目のグループの駆逐艦に照準を合わせ。そして、VLSが火を噴いた。
 4発の霊的対艦ミサイルが垂直に上昇していく。それはすぐさま弧を描いて下降し、水平となった。低空飛行を以って、ミサイルは目標へと向かう。
 大虚構艦隊の駆逐艦は、必死に回避機動を取りつつ霊的チャフを発射、回避を試みた。3発がチャフに欺瞞されて墜落するも、1発がそれをすり抜け、回避に間に合わなかった駆逐艦に命中する。側面が抉れて破口を作り、その駆逐艦は戦闘不能となった。

 戦闘は続いていた。玲奈号はまだ健在だ。
しかし、数の差は歴然。ミサイル攻撃するも、敵の霊的チャフなどに阻まれ、全てを沈めるに至らない。駆逐艦6隻を撃沈ないし大破させたところでミサイルが尽き、今は回避運動に専念している。
 そうして、玲奈号はその局面を迎えた。

 戦闘を指揮していたあたしは気付くのが遅れてしまった。敵の意図に。
 レーダー画面に表示された緑色の群れ。艦船の大きさではない。もっと大きい。
「……島嶼に追い込まれた!?」
 追い込まれた。艦船の動きが制限される、島嶼地帯に。
 あたしとしたことが、敵の作戦にまんまと乗せられるなんて。
 でも。
 まだ、諦めない。あたしの指揮する艦……玲奈号は健在なのだから。
「総員、ここが踏ん張りどころよ!」
 あたしの言葉におうと答えるCIC。不利な状況にも士気は旺盛。そう。やられたりするものですか。
 この乗員たちと、玲奈号がある限り。
「艦載機隊に連絡! 反撃を開始するわよ!」

 玲奈号は現在、島嶼に入り込みつつあった。その背後には虚構艦隊。三つのグループに分かれ、半月状に展開して玲奈号を島嶼へ誘い込んでいる。
「進路30度、速力微速! 島嶼の陰に隠れる!」
「了解!」
 あたしの指示で、玲奈号が進路を変える。ちょうど、追っ手との壁に島嶼を利用する形だ。
「ミサイルシーカー波探知! 方位140度!」
 敵はミサイルを撃ってきたわね。玲奈号が島嶼を盾にしたのを見て。頭上から攻撃できるミサイルで一気に決めようという腹積もりかしら。
「右対空戦闘! 短SAM攻撃始め!」
 すぐさまVLSから、対空ミサイルが発射される。霊的艦対空ミサイルは、玲奈号の頭上を守って敵ミサイルに衝突、爆発した。恐らく今ので破壊されたミサイルの破片が降ってくるだろうけれど、大した被害は無いはず。
 頭上からの攻撃を防がれた、敵の次の一手は。
「ワイヴァーンに連絡! あたしたちの背中は任せたわ!」
 通信機のマイクに叫ぶ。それに対する返答は短く冷静だった。
『ワイヴァーン了解』
 恐らく、小型艦が島嶼の間をすり抜け玲奈号に肉薄してくる。それを防ぐのは艦載機隊……茂枝中佐の役目だ。
『攻撃開始、だね』
 茂枝中佐の、静かな声が通信機から響いた。

 島嶼の間を低速で航行する玲奈号の後方から、虚構艦隊の駆逐艦が迫る。3隻の単縦陣が二つ、計6隻。その魚雷攻撃は脅威となるに十分である。
 水雷戦隊に対し、上空から迫る影。茂枝萌率いる艦載機隊。
 飛龍30騎、ツアウンケーニヒ30機の計60。その航空隊が、最も防備の薄い上空から襲い掛かった。
 対空ミサイルは回避され、飛龍の炎が駆逐艦を焼き尽くす。ツアウンケーニヒが敵ミサイルに捕まり撃墜されるも、残りの機が対艦ミサイル攻撃を敢行して、死んだ仲間を弔う。
 艦載機隊の猛攻により、水雷戦隊は全滅状態に陥ったのだった。

 最後の難関が迫っていた。
「最大戦速。島嶼を抜ける! 対水上戦闘用意!」
 そう、2隻の戦艦が。ここが正念場だ。

 玲奈号は島嶼を抜けて、追ってくる敵戦艦2隻とすれ違う態勢を取った。
「目標近態勢!」
「まだよ。まだ。引き付けてから」
「敵艦発砲! 距離4万!」
 敵は痺れを切らしたのだろう。遠距離から攻撃してきた。
「距離2万で斉射を行う! 撃ち方用意!」
 玲奈号は敵戦艦へと近付き。
「敵艦発砲! 直撃する!?」
 レーダー員の叫びが早いか、艦が爆発音と共に大きく揺れた。
「……っ! ひ、怯まないで! 応急班はダメコンを!」
 もうすぐだ。ここで止まるわけにはいかない。
「き、距離2万3000!」
 まだまだ。まだよ。
「2万2000!」
 もう少し。
「2万1000!」
「敵艦発砲!」
 再び揺さぶられる。
 そう、今。
「距離2万!」
「今よ! 主砲撃ちー方始め!」
 万感の思いを込めて。弾が撃ち出される低い音が響いた。

 
玲奈号は生き残った。数十名に及ぶ死者を出しながらも、大虚構艦隊を撃滅したのだ。
あたしは旗甲板で物思いにふけっていた。
「ふう。でも、人の想像って尽きること無いのよね」
 そう。第二、第三の虚構艦隊が現れる可能性は高い。そのときは。
「……来たら、また迎え撃つだけ」
 横に立つ茂枝中佐の言葉に、あたしは頷いたのだった。

終わり