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気高き女神は薔薇を秘めて
月は陰り、星の瞬きもが薄い夜。
闇ばかりが深く、夜風も足元を弱く這うだけだった。郊外の工場跡地に残された古びた倉庫は、雑草の海に囲まれていた。広大な敷地を囲む錆び付いた鉄条網を通り抜け、倉庫に近付いてきたのは、時と場所に似付かわしくない美貌を持った三人の女性だった。三人は目配せをして周囲に誰もいないことを確かめると、揃って壁に耳を当てて内部の音に聞き入った。コンクリート壁を通じて鼓膜に伝わってきたのは、若い女性達の悲痛な声だった。
「やっぱり僕が思った通りでした、ソフィアさん」
輝く金髪と青い瞳のスレンダーな長身の美少女、ソール・バレンタインは凛々しい瞳を上げた。
「僕のお店のお客さんの女の子が行方不明になったって聞いて調べてみたら、案の定でした。その子、多額の借金を背負って困っていたって聞いたけど、お金を借りた業者が悪かったようですね」
「この近辺で攫われた女性達も、ここに集められていると踏んでいいでしょうね。きっと、人身売買組織に違いありません」
金の巻き毛に澄んだ緑の瞳の長身でグラマラスな若い女性、明姫・クリスは確信を得て頷いた。
「良かったわね、皆さんが売り飛ばされる前に助けられそうで」
安堵を交えた柔らかな笑顔を浮かべたのは、匂い立つような豊満な肢体の金髪碧眼の美女、西園寺・ソフィアだった。
「そうと解れば、早くなんとかしなくちゃね。さあ、変身よ!」
ソフィアが先陣を切って力を解放すると、二人もそれぞれの力で姿を変化させた。闇夜を掻き消すほどの艶やかな光が迸り、溢れんばかりの魅力が詰まった肢体を包み込み、弾ける。
「魔法少女ブリガンティア!」
魔法で変身したソフィアは、アイドルのような可愛らしいポーズを取った。マシュマロのように柔らかく、零れ落ちそうなほど豊かな乳房を隠しているのはピンクの小さなアーマーで、面積が小さすぎるレオタードの両脇を覆うスカートは透き通り、両肩はパフスリーブに似た白いコスチュームに覆われ、長い両足もつるりとした素材のニーハイブーツが装備された。華奢な首を彩るチョーカーと胸の谷間には赤い宝石が下がり、同じ宝石のピアスが揺れた。左手の薬指の結婚指輪だけは、変身前と変わらなかった。
「マジカル・チェーンジ! 太陽と月の女神、ソルディアナ参上!」
掛け声と共に変身したソールは、赤いグローブが填った手を掲げてポーズを取った。肌の白さを際立たせる真紅のレオタードは胸元から腹部まで布地がなく、ブリガンティアに勝るとも劣らぬ胸を強調している。細い腰を囲む金のベルトの下からは、純白のミニスカートが広がり、ヒールの高いニーハイブーツは足の形の良さを見せつけていた。長い金髪は赤いリボンでポニーテールに結ばれ、快活さを引き立てていた。
「金星の女神、イシュタル!」
アポーツ能力を応用した変身を終えたクリスは、端正な顔を隠す仮面の下から目を上げた。胸を包む白いホルターネックははち切れんばかりに膨らみ、腰回りには水色のラインが入ったミニスカートに青いプリーツスカートが重なり、しなやかな素足は惜しげもなく曝され、手首から二の腕までを守る青いアームカバーにはヒロイックなデザインのアーマーが備わっていた。
「……さすがにその歳でそのコスチュームは」
イシュタルがブリガンティアのコスチュームに難色を示すと、ソルディアナは真顔で言った。
「いや、マニアの指示はあるよ、イシュタル。実年齢と服装のギャップがたまらないんだってさ」
「あなた達? 後で話があるわよ」
ブリガンティアが慈母のような笑顔を見せると、イシュタルとソルディアナは気圧された。三人が三人とも、自分以外の衣装はちょっとアレだなぁと思っていた。ブリガンティアは人妻で二児の母なのに若い頃のままのデザインだし、ソルディアナは股間の食い込みがきつくて見ている方が冷や冷やしてしまうし、イシュタルは顔は隠せてもそれ以外はまるで隠せていない。けれど、皆、自分の衣装が一番まともだと信じている。正義を信じるからには、自分の格好の素晴らしさも信じなければ。
「トリプル・ガッデス、出撃よ!」
リーダーであるブリガンティアの号令で、三人は駆け出した。
倉庫の中には、女性達の悲鳴が反響していた。
薄汚れた蛍光灯から落ちる明かりに照らされている鉄格子は、ぞっとするほど冷たく光っていた。一般的な用途で造られたとは到底思えない巨大な檻には、逃げられないように衣服を剥がされて下着姿にされた若い女性が二十人ほど閉じ込められていた。寒さに震える者、絶望して泣き続ける者、鉄格子を揺さぶって出してくれと懇願する者、理不尽な仕打ちに怒りをぶつけている者など、皆が皆、状況に抗おうと必死だった。だが、檻を取り囲んでいる見張り役の男達は見向きもしなかった。
「いい加減にしろよ。ぎゃあぎゃあ喚いたって、どうせ逃げられやしねぇんだから」
男の一人が舌打ちすると、リーダー格の男はアーミーナイフを翻しながら檻に近付いた。
「あんまり騒ぐんなら、この場で処分してもいいんだが? やかましい女は売値が下がるしな」
リーダーは鉄格子の近くで泣いていた女性の首を掴み、白い喉元に指を食い込ませた。
「や、やぁ、やめてぇ……」
痛みと苦しさで呻く女性の濡れた頬に、リーダーのアーミーナイフがぺたりと当てられた。
「おいおい、お前は俺に物事を頼める立場か? 違うよな? 解ったら、全員静かにしろ」
ナイフの切っ先が、涙に汚れた頬の皮を薄く裂いて一筋の血を滲ませた。埃っぽい空気に広がる生々しい鉄臭い匂いと、目に見える恐怖に、女性達は怯えて身を縮めた。彼女らの従順さに、リーダーは満足げに頷きながらアーミーナイフを下げ、首に惨い痣が付いた女性を荒っぽく放り出した。
すると、突然、鉄製の分厚い正面扉が吹き飛ばされて中に倒れてきた。何事かと見張りの男達だけでなく檻の中の女性達の視線も音源に集まると、人間業とは思えぬひしゃげ方をした鉄扉の向こうには、扇情的なコスチュームに身を包んだ三人の女性が立っていた。
「魔法少女ブリガンティア!」
「太陽と月の女神、ソルディアナ!」
「金星の女神、イシュタル!」
三人がポーズを付け終えると、ブリガンティアが一歩前に踏み出して声を張った。
「正義の女神、トリプル・ガッデス! その悪事、見逃すわけにはいかないわ!」
「と、とりぷるがっです?」
男達は呆気に取られたが、リーダーは三人が女だと解った途端に余裕を取り戻した。
「いくら素っ頓狂な格好していたって、女は女じゃないか。ビビってどうする」
「うっわすっげぇ、なんだあの胸のデカさ。こいつらの非じゃないぜ」
檻の中の女性達と三人を見比べ、若い男がにやけた。それを皮切りに、他の男達も好き勝手な品評を始めた。
「ブリガンティアはあれだな、エロ可愛いってやつだよな! 少女って割にいい歳してる気がするけど、それもまた良し!」
「いやいや、ソルディアナだろ! 胸のデカさと腰の細さの差がヤバ過ぎだっての!」
「違ぇよ、イシュタルが最高だ! 見ろよ、あの足の長さ! 他の二人と違って下手に胸を出してない分、腰と足の色気がマジパネェ! 超エロい! 仮面剥がしてみてぇー!」
「ブリガンティアだよな!」
「ソルディアナだろ!」
「イシュタルだっての!」
見張り役の男達は、本来の仕事そっちのけで盛り上がっている。リーダーはソルディアナに目を留め、口角を緩めた。
「俺はソルディアナだな。金髪ポニテは最強だ」
「せっかくだ、こいつらもまとめて売り飛ばしちまおう!」
男の一人がだらしなく緩んだ顔で笑うと、他の男が肩を揺すって笑った。
「その前に、俺達で楽しんじまおうぜ。ただ金にしちまうってのは勿体なくねぇか?」
「男って……」
イシュタルが呆れると、ソルディアナは肩を竦めた。
「ま、そういう生き物だからね」
「気持ちは解るけど、油断しないで!」
ブリガンティアが微妙な表情で身構えると、手前の男が駆け出してきた。
「だったら、早い者勝ちだ!」
我先にと、他の男達もトリプル・ガッデスに襲い掛かる。最初に掴み掛かられたイシュタルは流れるような手捌きで男の腕を絡め取り、鞭のように投げ飛ばすと、仮面の下から他の男達を鋭く睨め付けた。
「掛かって来なさい、相手になるわ」
「ひゃあっ!?」
次に後ろから抱き付かれたソルディアナは丸い尻を突き出して男の体を弾き飛ばしてから、綺麗な回し蹴りを放った。
「ダメダメ、お触りは厳禁なんだからね?」
「きゃっ!」
正面から太股にしがみつかれたブリガンティアは一瞬身動いだが、鋭い膝蹴りでその男の喉を突いて蹴り飛ばした。
「人妻に手を出そうだなんて、不届き千万だわ」
イシュタルの仮面を剥がそうとして逆に手刀で打ち据えられる者、ソルディアナを押し倒そうとして殴り倒される者、ブリガンティアの胸を後ろから鷲掴みにしようとして投げ飛ばされる者。あっという間に下心全開の男達は倒されてしまい、情けない呻き声を漏らしていた。ただ一人残ったリーダーは悔しげに顔を歪めていたが、ベルトに挟んでいた拳銃を抜いた。
「下手なことはするなよ。その綺麗な顔と体に穴を開けられたくなかったらな」
リーダーは檻の中の女性達とトリプル・ガッデスを見比べつつ、三人との距離を狭めてきた。
「これ以上暴れるんなら、こっちにも考えがある。あの女達を助けたかったら、お前達が商品になることだ」
「……これはちょっとまずいわね」
ブリガンティアが銃口を見据えると、ソルディアナとイシュタルも動きを止めた。さしもの魔法少女と言えども、至近距離で発砲されては防ぐのは難しい。すると、目を覚ました男達が状況の変化を察し、一瞬の隙を衝いて三人を羽交い締めにした。
「ちょっと、離しなさい!」
胸を強調するように反らされたイシュタルが抵抗すると、リーダーは銃口を躊躇いもなく檻に向けた。
「抵抗するとどうなるか、教えてやろうか」
「卑怯なことをするわね」
ブリガンティアは両腕を戒められながらも、拳を固めた。せめて拳銃を奪えれば、形勢逆転のチャンスが訪れるのだが。
「まずはソルディアナから調べようじゃないか。武器なんか隠していたら面倒だ」
リーダーが顎で示すと、数人の男達がソルディアナを取り押さえた。リーダーはソルディアナの肢体を上から下まで眺め回してから、細い顎を乱暴に掴んだ。
「見れば見るほど、綺麗な顔だな」
顎から首筋に下がった手が胸に至り、かなりの手応えがある二つの膨らみを潰すように握り、腰を撫で、最後に布地の小さなビキニパンツに触れると、妙な手応えが返ってきた。
「いやあんっ」
甘い悲鳴を上げて身を捩るソルディアナに、リーダーは顔を引きつらせて後退った。
「おい、嘘だろ……。これってまさか……」
「今よ!」
すかさず、ソルディアナは足を振り上げてリーダーの拳銃を蹴り飛ばした。衝撃を受けているリーダーから動揺が伝染した男達を振り解き、ブリガンティアとイシュタルも自由を取り戻した。リーダーは手応えが残る右手と羞恥で頬を染めたソルディアナを信じられないと言わんばかりの顔で見比べていたが、ソルディアナはその横っ面に膝を叩き込んで昏倒させた。
「もう一撃くらい喰らわせてやりたいけど、そろそろお開きかしら」
三人の魔法で派手に吹き飛ばした扉から、赤いパトライトの光条が差し込み、パトカーのサイレンも聞こえてきた。
「事前に通報しておいて良かったわね。でも、まさか、あなたのアレに助けられるとは思ってもみなかったわ」
ブリガンティアがくすくす笑うと、ソルディアナはむくれた。
「何も笑うことないじゃないですかぁ。いきなり触られて恥ずかしかったんだから」
「結果オーライじゃないですか、ソルディアナ。後は警察に任せて、私達は退散しましょう」
イシュタルはソルディアナを宥めてから、二人を促した。ブリガンティアは檻の中の女性達に、極上の笑顔を向けた。
「明日になれば、きっといいことがあるわ。だから、皆、元気を出して」
正義の女神、トリプル・ガッデス。
その美しさ、気高さは知れ渡っても、彼女達の正体を知る者はいない。
特に、太陽と月の女神、ソルディアナの秘めたる薔薇については。
終
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