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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第四章



 宗像はぼんやりと写真を眺めた。
 こちらを睨むように見ているアトロパの写真だ。患者服姿の彼女は、鈍い金色の瞳で美しい。
「毒花、か」
 まさにその存在をあらわした言葉だ。彼女にぴったりだ。
 カラン、とアイスコーヒーを入れたコップの中で氷が揺れる。
 宗像は窓際に座ったまま視線を移動させた。道行く人たちが、ガラス越しに見える。
「世界を滅ぼす、か。信じられないことだよなぁ、普通は」
 脳裏に、百合のような女の姿が浮かぶ。
「まぁた来るかね、あのお嬢ちゃんは」
 根性あって、困っちゃうね。



 自前のパソコンを前に、今までのことをまとめる。
 宗像にも色々な事情がありそうだということがわかった。
 できれば知りたいところだけど……。
(それをこちらから聞くのも、まだ悪い気がするわ)
 でも。
(あいつの行動、不可解ではあるわ)
 前回もアティを……いや、アトロパを捕まえられそうだったのに追いかけなかった。
 それはなぜなのか?
 強烈に感じた、アトロパに近づいた際の目眩と関係があるのか? それは充分考えられる。宗像がアトロパに近づかない理由としては「妥当」だが、それだけではないような気もする。
(そこに在るだけで、世界に害を与える存在……ね)
 まるで……時限式の核爆弾か致死性の病原菌だわ。
 それでも彼女を傷つけずに捕まえたいと思ってしまうのは甘さだろうか?
 頬杖をつきつつ、ローザ・シュルツベルクは軽く溜息を洩らす。



 あれから一ヵ月後、ローザは意気揚々とはいかなかったが宗像がいるであろう場所に向けて歩いていた。
 自作した網を発射するネットガン、催眠ガスの弾を込めたガス銃。人体には影響を及ぼさないように工夫して作ったものばかりだ。
 宗像の攻撃からすれば、直接攻撃はあまり効果がないようだから、ガスだと効果があるかもしれない。気体を防げるとは思えないからだ。
 今回も目立たないように簡素なシャツにジーンズ。それにキャップ帽にしている。色気の欠片もないのでちょっと好きじゃない……。
 宗像はのんびりと指定した場所にいた。公園だ。
 しかもブランコに乗っている……。
(なにあれ……なんだか、見ちゃいけない光景みたいな気がするじゃない……)
 仕事に行くふりをしてうろうろしている人間のような。
 慌ててかぶりを振ってローザは宗像に近づく。
「宗像」
「ん? また来たのか。根性あるねぇ、お嬢ちゃんは」
「……その喋り方どうにかならないの? おっさんくさいわよ」
「いやぁ、そのほうがお嬢ちゃんも楽でいいっしょ。本気出したらびっくりしておもらししちゃうかもよ」
「下品!」
 ズバリ言うと、宗像は嘆息してからブランコから立ち上がった。ひょろりとした背の高い彼は、まるで夕暮れの影法師のようでちょっと……気味が悪い。
(相変わらずくるくるした頭ね〜……)
 彼の帽子の下の髪型を一瞥してそう思い、ローザは目を細める。
 謎の男。何か知っているのに教えてくれない男。この男の信用を得られれば、きっともっと知ることができる。
「ねえ、アティはこの辺りに出てくるってこと?」
「さあねえ」
「『さあねえ』じゃないわよ」
 呆れて嘆息しそうになった。
 冷静でいられる自分が、唯一乱されると言ってもいい。のらりくらりとかわしては、肝心なことも言わずに他人を巻き込む。それが宗像という男だ。
(……ああ、そうか)
 やっと気づいてローザは複雑な気持ちになる。
 天才だなんだと、自尊心も強い自分を……彼は年相応か、それ以下の存在として扱っているのだ。
(……あれ? もしかしてオンナノコ扱いってやつをされているのかしら?)
 そう思うとなんだか羞恥心がこみ上げてきた!
 いや、でもそうじゃないのかも?
(だったら危険から遠ざけるものよね。ん? そうでもないのかしら? ……わけがわからなくなってきたわ)
 つまりは、コイツは「読めない」男で、いくら思考をしてもまったく定まらないのだ。
 そういえばこの男といる時、自分は「楽しい」とは感じない。妙な気分にはなるのだ。言葉にはうまく表現できないけれど、体験したことのない感情だ。
 いつもなら楽しくて、暇つぶしにもってこいだと感じるし、使命感に燃える。それが……今回はない。
 温度差、というのとはちょっと違うけれども宗像の秘密が多すぎて、こちらのペースを乱されるのも原因の一つなのだろう。
(分析できたってダメだわ。この男、本能的に私が苦手なことわかっていそうだもの)
 イヤな男。
 宗像はそんなローザの心中など知らないのだろう。彼女が持っている荷物を不思議そうに眺めた。
「それはなんだ?」
「まあ色々と。捕獲用の道具ね」
「捕獲ねえ」
「あなたは殺すつもりなんでしょ」
「ま、依頼優先だから」
 肯定も否定もしない、か。やはり食えない男だ。ヤなやつ。
 歩き出した宗像に、ローザはついて歩く。公園にはなんの用があったのだろうか……不明のままだ。
 住宅街の中にある公園は広々としていたし、遊んでいる子供たちもいる。その中で、宗像とローザはさぞや浮いて見えることだろう。
「ねえ、もし捕まえるのに成功したら彼女はどうなるの?」
「さあ?」
「知ったことじゃないってわけ? 無責任ね」
「依頼内容は女の生死構わずだしな。その後のことは関与しない」
「……情が移るのが嫌なわけ?」
 少しからかい口調で尋ねると、宗像は軽く首を傾げる。
「そんな人間に見えるか? 俺は」
「………………」
 見えない。
 が、即答しづらくて、ローザは足を止めそうになった。
 彼はにんまりと笑い、
「まあでも、お嬢ちゃんみたいなのは嫌いじゃない」
「……それはどうも」
「高飛車じゃなくなったのはいい傾向だ。相手に威圧を与えるのは、時と場合によるからな」
 薄暗い、また死んだ魚のような瞳に戻った宗像がうすら笑いを浮かべて呟く。
 どうしてこの男は不気味だったり、おどけていたりと忙しないのだろうか。
「教育係みたいなこと言わないで。そんなことわかっているわ」
 頭の回転のはやい自分だ。それくらい、わからないでもない。
 だが指摘されれば、地がそうだから少々高慢になってしまうのも頷けた。
「ねえ」
 背後から尋ねると「んん?」と宗像が反応する。
「宗像はアティの居場所がわかるのよね?」
「わかるわけねぇだろ」
 肩越しにこちらを見てくる目は呆れていた。
(うそ……ってわけじゃなさそうね)
「じゃあどうやって追っているのよ? 私の情報網でも見つからなかったのに」
「そりゃ、見つけ方が悪いんだ」
 一蹴され、ムッとしてしまう。
「その方法を訊いているのだけど?」
「………………」
 彼の瞳が急に濁ったように思えたのは錯覚だったのだろうか?
「……お嬢ちゃんは、まぶしいなぁ」
「はあ?」
「ヤになっちゃうよ、まったく」
 ぶつぶつと洩らす宗像は、ひょこひょこと歩いている。
「なに? うまく聞こえないわ。はっきり言いなさい!」
「べつにぃ。日陰者の身の俺にとっちゃ、太陽は眩しくて辛いって話だ」
「……あんた、吸血鬼じゃあるまいし、なに言ってるのよ?」
 質問をはぐらかされたことに気づき、ローザは素早く話題を戻す。
「それで? どうやって見つけてるの?」
「企業秘密」
「それじゃ、手伝えないじゃないの」
「……まだ手伝うの?」
 本気で驚いているらしい宗像は足を止めてこちらを振り向いてきた。あまりの近距離にローザは驚いて慌てて足を止めた。
 帽子のつばで隠れて見えない表情がはっきりと見える。痩せ細った体躯に似合う顔つきだ。
 溌剌としたローザとは真反対のような男……。
「近づくことすらできなかったのにか?」
「やっぱりあれは何かあるのね?」
「…………まあある」
 面倒そうに言う宗像は一瞬だけ視線を伏せ、そらからこちらを見た。
「なんでそんなにあの女を気にするんだ? そっちの気でもあるのか?」
「あなたには関係ないでしょ」
「まあ関係ないわな」
「そうよ。あなたは私にいつも関係ないって言うし」
「……あー、まぁそうだな」
 宗像は歩き出した。無言で。
 だからローザも無言で続いた。
 彼は一体本当に何者なのだろう? 今はそちらも気になってしょうがない。



 アトロパを見つけたのは繁華街の裏路地だった。
 彼女はぼんやりと空を見上げていたところだったのだが、銃を素早く構えた宗像を制してローザは自家製の発明を先に使用した。
 ネットはアトロパの上空に広がり、あっという間に身動きできないようにと降りかかってくる。
 だがアトロパは素早く察知してそれを避けた。そこ目掛けて催眠ガス弾が発射されたとも気づかず。
「っ」
 アトロパは何かを叫び、地面に両手をつくなり、まるで雑技団の動きのような俊敏さで上空まで跳躍してガスを避けた。
(うそぉ……)
 唖然とするローザの視界では、近くのビルの壁に足をつき、素早く駆け上がり始めるアトロパの姿がある。
 人間じゃない。人間業じゃない!
「ローザ」
 背後から呼ばれて、ハッと我に返る。振り向くと宗像は視線だけアトロパの逃げた方向を見ていた。
「アレを人間だなんて、思わないほうがいい」
「……人間だと思うな、ですって?」
 視線を宗像からアトロパが逃走した方向へと遣る。
「人間の姿はしちゃあいるが、べつものだと思ったほうが気が楽だ」
「? 人間、なのでしょう?」
 もしや予想が当たっているのだろうか? 彼女は病原菌か何かの保持者、とか?
「人間ってのはもっと可愛げがあるものだと俺は思うけどな。
 俺があの女を追えるのは、無味無臭だからだ」
「は?」
「なんにもないのさ。人間らしい臭いが」
 そんなはずはない。あんなに薄汚れた姿をしているのに、無臭なはずなど……。
「俺にこんな仕事が回ってきてるのも、そういうのを察しやすいからってのがあるんだ」
「……ねえ、本当にあの子、世界を滅ぼすの? 毎月あんな風に放浪してるだけにしか見えないんだけど」
 気持ち悪い。なぜ、あんな少女が世界を滅ぼすのか、現実感がわかない。
 宗像はしごく真面目な顔で頷く。
「滅ぼすだろうな。まぁ本人はタイミングをみてるんだろうよ。様子見ってやつだ」
「あなたが追ってきてるのに?」
「まぁ、侮られてるのは認めるけどな」
 へらへら笑う宗像を見て、ローザは複雑になってきた。この人、本当に大丈夫なのかしら……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像との距離は徐々に縮まっているようです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。