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<東京怪談ノベル(シングル)>


そう言えば彼女は

 空をバラ色の雲が流れている。
 やがて空の色は青から赤に変わり、やがて夜が来るだろう。
 栗花落飛頼はそんな空の下、ぽたりぽたりと歩いていた。
 今日の個別授業も滞りなく終わり、気付けば足は、前に怪盗と出会った場所へと進んでいた。
 辿り着いた図書館を見上げながら、飛頼は首を捻っていた。
 うーん?
 何でこんなに首を捻りたくなるのかは、分からなかった。

『あの子達はいなくなりました』

 彼女と初めて出会った時、盗まれたはずのイースターエッグは、彼女の手元からは確かに見つからなかった。
 でも、何で彼女はそんなに落ち着いていたんだろう。
 変だと言えば、珍妙な話ももう1つ思い出す。

『うーんと、変な噂。怪盗は実は怪盗じゃなくってゴーストバスターじゃないかって。前に怪盗が見えない何かとしゃべってたって言う話があったんですけどねー。案外イースターエッグも実は幽霊とか何かだったとか』

 まさか、彼女がイースターエッグも退治してしまった、とか……?
 うーん、飛躍しすぎているのかな。
 たくさん見聞きしてきた情報量が多過ぎて、どうも頭の中がうまく整理できない。
 しばらくは怪盗の落ちてきた図書館裏をぼんやりと見ていたが、埒があかなくなってきたので帰ろうとした、その時だった。
 図書館を背にした瞬間見えたのは、足だった。
 足……?
 訝しがって図書館の影へと飛頼が近付くと、女の子が1人、突っ伏して倒れているのが見えた。制服や身長からして、中等部の生徒だろうか。
 どうもこけたらしいが、ここは何もない道なのに……。
 飛頼は仕方なく腰を落として手を差し出した。

「その、大丈夫……?」
「あっ、すみませんすみませんすみませんっ、大丈夫です!!」

 女子生徒は恥ずかしそうに飛頼の手を取ると慌てて起き上がってスカートを正した。中身は見えていないが、スカートがめくり上がる位にまでの見事なこけっぷりだった。
 しかし、この子あんまり体重ないなあ。バレエ科の子、かな。
 飛頼はスカートを必死で直す女子生徒を横目で見つつ、周りを見回した。
 周りには、女子生徒が図書館で借りてきたのか、本が散乱していた。こけた時に盛大にばら撒いてしまったらしい。
 飛頼はとりあえず散らばった本を拾い集める。

「これ、君の借りた本?」
「はいっ、ありがとうございます!」
「あれ?」

 飛頼が取った1冊の雑誌が、大きさの割にやけに軽い事に気付いた。
 持って少し上から見てみると、中がすかすかになっているのが分かる。

「これ、中身いっぱい切られてない?」
「あっ……そうなんです」

 女子生徒がしゅん、と肩を落とした。

「雑誌のバックナンバー読もうとしたら、ほとんどなかったり、あってもこんな風に中身が切られてたりしてて、全然読めないんですよ」
「そうなんだ」

 飛頼は前にかすみから聞いた「情報規制」の事を思い出した。
 それの影響で本がここまで、なんてね。
 もう1つ手に取った本は、『緋色の研究』と書かれていた。シャーロック・ホームズだったっけ。
 飛頼はとりあえず拾い集めた本を全部とんとんと叩いて女子生徒に渡した。

「はい。全部集まった。気を付けてね」
「はいっ、あ……ありがとうございます!」
「うん」

 女子生徒は大げさな位に頭をぺこっと下げた後、そのままスタタタタと走っていった。
 またこけないといいんだけどなあ。
 飛頼はそう思ってその女の子を見送った後、残り香がするのに気が付いた。
 これ、バラの匂い? どこかで嗅いだような……。
 うーん? と考えた後、「まあ、いっか」と思って飛頼は家路に着くことにした。

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 それにしても。
 怪盗は何で怪盗をしているんだろう。
 ふと、飛頼はそんな事を思いながら石畳を踏んでいた。
 頭の中にはこけた女子生徒の姿が浮かんで消える。
 怪盗は何と言うか、あのさっきの子みたいな、普通っぽい子だった。
 そんな子は、物事を大事にしようとしたりしないと思うんだけど。
 大事にしない……。

「あれ?」

 そこで飛頼は足を止めた。
 もしかして、ものすごく思い違いをしているんじゃあ?
 そもそも怪盗は、新聞部が記事に書くまで、誰もいるなんて事自体知らなかったのに。
 そんな当たり前な事実に気が付いた。

 怪盗は、別に自分が盗んでいるなんて宣伝してない。
 誰かが、怪盗がいるって事を知らせたんだ。
 何でだろう? 何のため?
 そこまで考えて、飛頼はまた首を振った。
 さすがに、それは突拍子もなさすぎかも、ね。
 でも……。
 飛頼が首を捻りつつも、歩くのを再開した。
 気付けば、家は目前だった。

<了>