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クロノラビッツ - ウルシュリエ -
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食事に誘われてた。
マスターが知り合いから珍しい食材を貰ってきたらしくて、
その食材を使って、梨乃と藤二が、とっておきの料理を作ってくれるんだって。
梨乃と藤二が、料理上手なことは知ってる。そこに、珍しい食材とくれば …… ワクワクしないはずがない。
どうせなら、お腹いっぱいご馳走になっちゃおうと思って、お昼ごはんも、三時のおやつも抜いてきた。
ちょっと、気合い入れすぎかな〜とは思うけど、それだけ楽しみにしてたってこと。
そう。楽しみに …… してたんだ。ワクワクしてたんだよ。すごく。
それなのに、こんなのって …… 。
「あんまりだよ …… 」
溜息混じりにポツリと呟けば、
してやったりと言わんばかりに、ニコルが笑う。
クスクス笑うニコルの傍には、口から黒い炎を吐きだす巨大な鳥。
不気味なその鳥の姿には、見覚えがあった。資料室で何の気なしに手にとった、とある書物。
そこに掲載されていたイラストと、今目の前にいる不気味な鳥の姿が、ぴったりと一致する。
魔界の番鳥 "ウルシュリエ" 書物には、確かそう記述されていた。
何でまた、魔界の番鳥なんて、そんな大層なものを、ニコルが連れているのかはわからないけれど、
ニコルが、どうして行く手を阻むのか、ウルシュリエを連れて来たのか、その理由は嫌でもわかる。
「遊んであげて下さいよ。どうせ大した用でもないでしょう?」
笑いながら、ウルシュリエの背中を撫でるニコル。
ゴウゴウと黒い炎を口から吐き出すウルシュリエの様は "急かし" そのもの。
遊んであげてって …… そんな気持ち悪い鳥と、何をどうして遊べっていうのさ?
大した用じゃないって …… だから、すごく楽しみにしてたんだってば。勝手に決めないでよ。
「はぁ …… 」
ワザとらしく、大きな溜息をひとつ。
おかしいなとは、思ったんだ。進めど進めど、一向に居住区が見えてこないんだもの。
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( …… あぁ、そうか。つまり、そういうことか)
慧魅璃は、そこでようやく、それまで抱いていた違和感の理由を見出した。
確かに、資料室で見たあの文献に掲載されていたイラストと瓜二つではあるけれど、
どこか、何かが違うような、大切な何かが欠けているような、そんな違和感があった。
いやはや、まったく。もっと早く気付くべきだったであろうに。情けない。
簡単なことだ。
今、目の前にいるこの魔鳥 "ウルシュリエ" は、まがいもの。
つまり、偽物。似て非なるもの。もっと早く気付くべきだった。いや、気付いてやるべきだった。
慧魅璃は、心から自分の不甲斐なさを悔やむ。なぜならば、慧魅璃は知っているから。
ウルシュリエという魔鳥そのもの、その本来の愛くるしさを。
「そう。これは屈辱。侮辱による屈辱」
いつもより低い声で、そう呟いた慧魅璃。
呟く慧魅璃を包むように、音もなく出現するのは、竜。
この黒き竜の名は "バルツ"
魔界における三番人の一角を担う大いなる存在。
出現したバルツの足元を優しく撫でながら、慧魅璃は続けて呟く。
「バルツ …… よくご覧なさい。あの無様な鳥を」
そうよ、バルツ。君の好敵手が中途半端にコピーされている、この事実。
君の好敵手、ウルシュリエは、あんなにも醜かったかしら? あんなにもイビツだったかしら?
そうね。違うわ。もっと美しい。もっと気高く、美しい。だって、あの子は、君の好敵手だもの。当然だわ。
ねぇ、バルツ。どうかしら。君は、これを許せる? 永き時を共に生き、凌ぎ競ってきた好敵手が、こんな形で使われるだなんて。
そうね。そうよね。許せない。許せるはずがない。許されて良いはずがないのよ。
愚かで浅はかな者には、血の報いが必要なのよ。
「あぁ、まったくもって不愉快だ。 …… バルツよ、私が許す。この出来損ないを喰らえ」
低い声で、そう命じた慧魅璃。
それまで大人しく慧魅璃の声を聞いていたバルツが、不気味な鳴き声と共に豹変を見せる。
バルツは、闇の竜。闇が続く限り、どこまでもどこまでも標的を追い、音もなく標的を仕留めることを可能とする闇の竜。
こちらにとっては幸い、そして、ニコルにとっては不運。ここは、全てが闇なる時狭間。
無限に続く闇に紛れて、バルツは、四方八方からウルシュリエを喰らう。
バルツに噛みちぎられる度、けたたましい鳴き声をあげて暴れるウルシュリエ。
鳴き声が響き渡る度、慧魅璃は不愉快そうに眉をひそめた。
本物のウルシュリエは、こんなに醜い声なんぞ放たぬ、と。
魔界を治める主の下、魔界の安寧とその維持を担う番人とあらば、その実力は計り知れない。
「 …… ズルいよ、こんなの」
バルツによって喰いちぎられ、みるみる、その原型を失っていくウルシュリエを見やりつつ、愚痴を零したニコル。
偽物とはいえ、いっしょうけんめい作ったものであることは確か。
こうも残虐に、躊躇いなく喰われては、胸が痛い。
バルツが喰らうのは、あくまでも、偽のウルシュリエで、ニコルに襲いかかることはなかった。
ものの数分で全てを喰らわれ、存在していたことすら無かったことにされてしまった、憐れな偽のウルシュリエ。
せっかく、作ったのに。期間にして、およそ一ヶ月。これを作り上げることに時間を投じてきたのに。
僅かにでも慧魅璃を焦らせ、後退させることすらできずに、喰われてしまった。
炎を吐き出す特性なんて、一番苦労したところなのに。
どれほど強力な炎を吐き出そうとも、慧魅璃がそれを上回る炎で相殺してしまう。
純粋で何の混じり気もない炎と違い、慧魅璃の扱う炎は闇の属性をも含むゆえ厄介で、歯が立たない。
勝てるだなんて気持ちは、これっぽっちもなかった。
ちょっとした戯れのつもり。暇潰しになればそれで良いと思ってた。
だが、こうもあっさり片付けられてしまうだなんて。こんなの、あんまりだ。
惜敗なんて夢のまた夢。 惨敗を上回る負け方って、どんな表現だっけ? あぁ、どうしてくれよう、この屈辱。
「はぁ ………… 」
その場にベシャッと座り込み、がっくりと項垂れたニコル。
いつも不敵に笑んでいるニコルが、ここまで落ち込む姿を見るのは初めてのこと。
だが、やりすぎたかな? なんて顧みること、慧魅璃はしない。
さすがの慧魅璃も、今回ばかりは怒り心頭。
だから、慧魅璃は、トドメの一撃を放つ。
「ニコル」
名前を呼び、目線をこちらへ向けるよう仕向けた慧魅璃。
惨敗の痛感に気落ちしていたニコルは、慧魅璃の声に渋々顔を上げた。
そして、視界に飛び込んできた本物のウルシュリエの姿に、またも惨敗を痛感させられてしまう。
慧魅璃が、魔界から呼び寄せた本物のウルシュリエ。
その優美なる姿は、先程までそこにいた偽物とは比べ物にならないものだった。
慧魅璃の放った "出来損ない" という表現は、実に的を射ていた。
にも拘らず、自信作だと誇るが如く、それを連れてきた自分の愚かさ。
「ごめん」
気位の高いニコルが素直に謝ったのは、本物と偽物の圧倒的な差を見せつけられたからだろう。
普段の慧魅璃ならば、これ以上、相手を痛めつけるような真似なんぞしなかっただろうが、
先程も述べたとおり、今回ばかりは、彼女も怒り心頭。
そもそも、本物のウルシュリエとの対面が "トドメ" というわけでもない。
トドメは、この後。慧魅璃が放つ、その言葉だ。
「愚か者めが。恥を知れ」
お前らはいつか、こう言ったな?
慧魅璃のためなら、悪魔にでもなるよ、と。
愛の深さを示したつもりなんだろうが、逆効果だ。
滑稽で笑えたが、同時に不快で殺意も湧いた。最悪とは、まさにあれだ。
覚えておけ、愚か者。お前らは所詮、まがいもの。悪魔気どりが本物の悪魔に挑もうなんぞ、片腹痛い。
「 …… 以上です。紅妃の言葉と口調を真似てみました。似てましたか?」
ニコリと、いつもの可愛らしい笑みを浮かべて小首を傾げた慧魅璃。
言葉と口調を真似てみたって?
いやいや、真似なんてレベルじゃない。今のは、本人そのものだったじゃないか。
っていうか、真似してたの? 紅妃が表に出てたんじゃなくて? 真似してただけなの?
「 …… えぇ。とてもよく似てました」
胸に抱いた全ての感想を纏めた結果、ニコルが放ったのは、そんな称賛。
望み通りのお褒めの言葉を貰い、気を良くした慧魅璃は、クスクス笑いながら、
バルツとウルシュリエ、互いを好敵手と認める魔界の巨鳥二匹を携え、その場を後にする。
どんなご馳走を愉しめるのやらと心踊らせながら去っていく慧魅璃の背中に、
ニコルは、忘れ難き過去を鮮明に彷彿させられ、
また、彷彿させられたそれに、確かな恐怖を覚えた。
"あの日" 以降、目にしていない慧魅璃の本性。狂気は今も、彼女の中に。
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The cast of this story
8273 / 王林・慧魅璃 / 17歳 / 学生
NPC / ニコル / ??歳 / クロノハッカー
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Thank you for playing.
オーダー、ありがとうございました。
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