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<東京怪談・PCゲームノベル>


【江戸艇】京太郎ときつね小僧・後編



 ■Opening■

 時間と空間の狭間をうつろう謎の時空艇−江戸。
 彼らの行く先はわからない。
 彼らの目的もわからない。
 彼らの存在理由どころか存在価値さえわからない。
 だけど彼らは時間も空間も越えて放浪する。






 ■I want to meet you again.■

 ぴちゃんと水面で滴が跳ねた。
 太陽の光をきらきらと反射して弧を描く。
 京太郎は軽やかに水面に立った。
 右手が挙がる。それを追うように水の線がアーチを作った。まるで意志を持ったように連なる滴。彼がくるりくるりと腕を回すとたび、まるで糸巻きのように水の糸がその右手に絡め取られていく。
 手のひらを口元に掲げ、ふっと息を吹きかけた。
 ぷぅ〜と膨らんだそれはまるでシャボン玉のようにいくつも風に浮き上がる。
 京太郎は地面を蹴って、その水泡の上に飛び乗った。すぐに弾けて消える。それよりわずかに早く京太郎はもう一つの水泡へ飛び移る。それも弾けて消える、だがその前に次へ。
 京太郎は水泡で出来た飛び石を駆けあがるようにして、高い木の枝まであがって人心地吐いた。
 再び手を翳す。
 ミストのような水煙が辺りを包み込んだ。
 ふわりと宙に身を投じる。今までは簡単に自分を宙へ舞わせた風が、今はその身を支えることすら叶わない。
 小さな手ぬぐいが大きく翻った。グライダーというよりはムササビのそれで滑空する。
 音もなく降り立った先は水たまりの上。両手を掲げると、水たまりは噴水のように水を吹き上げた。
 と、何かが切れたように水はただの水へと戻る。
 水面に浮いていたはずの彼の足が水たまりに沈んだ。
 いつしか荒くなっている息を深呼吸で整える。
 リミッターを越えようとしたというよりは、立て続けにいろんな力を使って集中が途切れた、そんな感じだった。
 自分の力を実感するように右手を握りしめる。それから空を仰いだ。今日は快晴。陽は西へ傾き始めている。
 少し休憩するか、と京太郎は神社の階に腰を下ろした。昨日、桜と座った場所だ。昨日、桜と話した場所だ。
「もうすぐ迎えに行くから、もう少しだけ待ッててくれ」
 まるで自分に言い聞かせるみたいに京太郎は呟いた。


 》》》

 昨夕、雨の中、祠できつねの面を見つけた。それがきつね小僧の面だとは、すぐに思い至った。
 面を被り、桜が隠した連判状を手に駆け出しそうになる足を止めたのは、かろうじて残された理性だったのか、それとも初めて感じる別の感情だったのか。
 今のまま突っ込んだとしても、あの二本差しの男に返り討ちにされるのが関の山だ。
 冷静になれ、冷静になれ、冷静になれ。
 何度も何度も自分の中で繰り返した。だが、こうしている今も、この連判状の在処を吐かせるために桜はそれこそ拷問を受けているかもしれないのだと思うと頭の中はどんどんパニックになりそうだった。
 考えろ、考えろ、考えろ。
 目を閉じ奥歯を噛みしめ必死で方法を探す。
 だから、声をかけらるまで小さな男の子が自分に近づいていることに気づかなかった。
「きつね小僧!」
 一瞬、自分のことだとは気づかず、京太郎はとっさに辺りを見回していた。誰もいない。そこで自分が面をつけていた事に気づく。
「あ、ああ」
「どろだらけじゃん! 汚ねぇなぁ。まさかそのかっこでこれから、誰か懲らしめに行くのか」
 男の子はまるで自分を知っているかのような親しげな口調で話した。もしかしたら、本当に知っているのかもしれない。本物のきつね小僧を。
 半ば呆然としている自分に男の子は続けた。
「先に湯屋に行った方がいいんじゃねぇか?」
 そんな事よりも、桜の方が先だ。出そうになる言葉を飲み込んで京太郎は別のことを言った。
「頼みがある。えェッと……」
 名前が思い出せないといった風に京太郎はきつね面を男の子に向けた。
 男の子はきょとんとした顔で応える。
「平太」
 まさか忘れたのか、と不満げな顔に京太郎は慌てて笑顔を取り繕った。思えばきつね面で表情は相手に見えてないのに。
「そうだ、平太だ。平太、投げ文を俺の言うところにしてきてくれないか」
「ああ、おやすいご用だ!」
 平太は任せてとばかりに腕を振りあげた。
 京太郎は平太に紙と筆を借りて、連判状は自分が持っていること、だから桜には一切手を出さないこと、桜に万一のことがあったら連判状は公にすること、などをきつね小僧の名でしたためた。
 それをくだんの商屋に投げ文してもらう。
 これで桜の身は大丈夫だろう。後は、出来た猶予に、なんとか桜を救い出すための方法を考える。
 出来れば見取り図が欲しいと平太にこぼすと、彼は翌朝、屋敷の見取り図を持って神社にやってきた。どうやって入手したのか聞いてみると、柊が調べてくれた、との答えが返ってくる。どうやら、きつね小僧の正体を知りきつね小僧を手伝う、仲間かアシスタントのようなものがいるらしい。
 平太の話ではきつね小僧とは随分と派手な代物らしいが、自分は本物のきつね小僧ではない。気負うことはないだろう、桜を助けることに専念する。
 そのために桜の監禁場所のあたりをつけ見取り図を頭の中にたたき込み二本差しのあの男を倒すための方法を考えたのだった。

 《《《


 陽が西の空を茜色に染めようとしている。
 京太郎は手首にはめられたリミッターたる封印の腕輪をそっと撫でた。
 使える力は小さくとも、相手の気を引いたり、それで隙を誘ったりは出来る。
 京太郎の脳裏には、昨日の二本差しの男の姿があった。
 桜を救い出せてもその後奴らが再び桜を襲おうとするのでは意味がない。徹底的に叩きのめす。復讐も考えられないほど。だから逃げるわけにはいかないのだ。あの男から。
 奴を倒して桜を奪い返す。
 京太郎は階から立ち上がりきつね面を付けた。視界が小さく丸く切り取られる。
 着物の袷に手をやると、連判状と屋敷の見取り図の感触。
 間もなく暮れ六の鐘が鳴り始めるだろう。
 京太郎は音もなく駆けだした。
 誰そ彼時。人の目を掠めるように日本橋を駆け抜ける。
 視界の片隅に目的の屋敷を見つけて、京太郎はそっと右手を翳した。
 すると、それまで晴れ渡り雲一つない空に霧雨が舞い始める。
 京太郎が息を吐くとあの小さな水泡。それを足場に雨音に紛れて京太郎はその塀を飛び越え庭に降り立った。
 植え込みの蔭から中を伺う。
 最初に桜を救けだす。人質にされては目も当てられないからだ。お誂え向きの蔵に視線を馳せると、見張り番らしい男が2人、蔵の前で辟易と雨を拭っていた。
 京太郎は一呼吸おいて雨の煙る庭を駆け抜けると見張り番の男の前に立った。京太郎に気付いて何か言いかける男ども顔を京太郎の両手が覆う。
 刹那、小さな水の塊が2人の男の口と鼻を塞いだ。男どもは息が出来ず首を掻き毟りながらやがて昏倒する。
 倒れた2人の口と鼻を塞いでいた水を地面が吸った。
 腰紐にぶら下がる鍵を取って京太郎は蔵の扉を開く。
「桜!」
「誰だ、てめぇ!?」
 暗い蔵の中を行灯が仄かに照らしていた。どうやら外だけでなく、中にもまだ見張りを置いていたらしい。
 昨日の投げ文のせいだろう。
 男が匕首を抜いて桜の首に押し当てようとした。
 反射的に京太郎は右手を振るう。それは視認出来ない風の刃(やいば)となって男の腕の肘から下を切断していた。
「うっ……うわぁぁぁぁぁ!」
 悲鳴をあげ男は血をまき散らしながらのたうち回ると、逃げるように蔵の外へ走り出た。
 これでは家の者が気付いて出てきてしまう、京太郎は内心で舌打ちしつつ桜を縛る紐を小刀で切ると猿轡を解いた。
「きつね小僧さん! やっぱり助けに来てくれたのね」
 安堵よりも喜色を湛えた声で桜は京太郎のきつね面を見上げた。
「大丈夫か? 立てる?」
「は、はい」
 桜は大丈夫ですとばかりに立ち上がる。
「行こう」
 京太郎が蔵の外へと促した。
 蔵の外には、見張りをしていた男が未だ倒れている。
「あ、あの」
 桜が京太郎の袖を引いた。
「うん?」
「死んで……るの?」
 恐る恐る桜が尋ねる。怯た眼差しに非難めいたものを感じて京太郎は思わずたじろいでいた。
「いや、気を失ってるだけだ」
 何だか言い訳してる気分になった。
「そう」
 目に見えて彼女が安堵しているのがわかる。
 いずれ悪どい連中。元より他人の命を奪うことに抵抗のない自分。その分、彼女の反応には気持ちがざわついた。
 桜は人を殺めることをよく思ってないのだ。
 心がざわつく。どうしようもなく。
 人と関わって生きるとは、もしかしたら、こういうことなのかもしれない。
 桜がやめろというなら、自分は―――。
「きつね小僧は貴様か!」
 思考を遮る声に京太郎はハッとして振り返った。
 剛腹な男とそして、あの二本差しの男、それから三下どもが倉の入口を塞ぐように立っている。
 京太郎は蔵の奥へ戻ると桜を自分と壁で挟み彼女を背に庇うようにして斜に構えた。他に蔵が外と繋がる場所は、背後の壁の上にある天窓くらい。
「連判状はどこだ?」
 剛腹な男が尋ねる。
「ここだ」
 京太郎は袷を叩いた。
「返してもらおうか」
「断る」
「先生」
 一歩退きながら剛腹な男は、あの二本差しの男を前へと押し出した。その周囲を三下が取り巻く。
「…………」
 京太郎は袖から袋を取り出し投げた。それは宙で二つに裂けた。中に入っていたのは砂。それが倉の中で吹き上げる風に煽られ砂煙となって辺りを覆う。目つぶし。だが、あの二本差しには通用しないだろうか。
 剛腹な男と三下どもが砂に目をやられ蔵の外へと出たが二本差しの男はただ目を閉じて入口に立っている。
 京太郎は桜を抱いて水泡を出した。それを足場にあの天窓まで―――。
 だが小石が飛んでくる。男は目を閉じたまま投げているのか、正確に。
 蹴っただけでも簡単に壊れるそれが弾けて足場を失った京太郎は、小さな悲鳴をあげる桜を抱えたまま倉の床に不時着した。
「やっぱり、そう簡単には行かせてもらえねェようだな」
「おかしな力を使うと聞いていたが、本当だったようだ」
 これまで全く口を開かなかった男が始めて喋ったそれは、どこか楽しげだ。それは自分を―――いやきつね小僧を―――待っていたかのような口振り。
「…………」
 男は脇差の柄に手をかけて言った。
「お手合わせ、願おう」
「…………」
 肌が粟立つのを感じる。対峙しただけで分かる力量差。気圧されそうな自身を押しとどめて、じりと半歩動く。まるで円を描くように互いに間合いをとって睨み合った。先手必勝。京太郎が片手をあげる。
 風がひゅんっと鳴った。
 男がそれを薙払う。
 大気が作る刃は刀を折るほどの威力はないのか。それ以上に彼の太刀筋が熟練したものだからかもしれない。
 男には目に見えぬはずのそれが見えているのか。
「今度は私から参ろう」
 言うが早いか男が間合いを詰めた、と思った時には彼は京太郎の視界から消えていた。
「きつね小僧さん!」
 桜の声に京太郎は反射的に体を捻った。かろうじてバックステップでかわす。普通でも彼の居合いは全く見えなかったのに、その上きつね面が視界を狭めていたのだ。
 せめて桜を遠くに逃がしていればすぐにも彼の間合いから退けただろう、自分の間合いは剣のそれより遥かに広い。
 だが、現実には彼から距離を取ることもままならない蔵の中。男が敢えて短い脇差を抜いたのも、この狭い蔵の中で立ち回るためだろう。
 蔵の中の狭さは剣を振るうには適さないが、それ以上に京太郎にも戦いにくい場所だった。
 だから取りあえず外に出ようとしたのだ。逃げようとしたわけではない。なのに。
 だが、そんな愚痴を脳裏に並べてる余裕などなく。風で防御用クッションを作っていなかったら、今頃自分の頭は胴体とさようならしていたかもしれない一撃に、京太郎は背を仰け反らせた。
 刃は綺麗な線を描いて京太郎の頬を掠める。
 きつね面が二つに割れ落ちた。
 視界が広くなる。
「京太郎さん!?」
 桜が口元を押さえながら驚きの声をあげた。
「…………」
 露になった京太郎の顔に男は目を眇める。
「偽物? それとも、本物だったのか」
「どちらでも関係ねェ!!」
 言い捨て京太郎は床を蹴った。
 面がなくなったことで、蔵の中が更によく見える。
 周りに積んである長持だのを足場に軽やかに駆け上がり男の頭上へ跳躍すると右手を伸ばした。
 刀で風の手裏剣は弾き切れても、水と砂を竜巻で圧縮したようなドリルには刃も立つまい。
「京太郎さん!」
 桜の声。わかっている。殺すな。そういうことだ。大丈夫。殺したりはしない。
 ―――桜がそれを望んでいないから。
 脇差が折れるのに、それを投げ捨て男は刀を抜きつつ退いた。京太郎はそれを拾って桜の方へと退く。男の懐に不用意に入ったりはしない。
「面白い」
 男はそう言って刀を仕舞った。
 だが、柄を握り低く構えている。
 居あい抜きが、くる。
 この蔵の中に居る限り、どこにいても射程圏内だ。
 京太郎は桜を奥へと自分から遠ざけ身構えた。
 互いにこれで決める。そんな眼差しが交錯する。
 男の刀が鞘走る。京太郎はその殺気に気圧されるように一歩退いただけだった。
「!?」
 もし、これが外だったなら、或いは男もそれに気付いたかもしれない。
 行灯だけの暗い蔵の中だったことが幸いした。
 京太郎が撒いた種。男の踏み出した先は濡れていたのだ。
 そのままずるりと滑ってバランスを崩す男に京太郎は手ぬぐいを投げただけだった。更に転びやすくするために。
 前のめりに転がる男に馬乗りになって、折れた脇差を男の首に突きつける。
「参った!」
 男が言った。
「2度と桜に手を出すなッ!」
 京太郎の言に男はふっと息を吐いて答えた。
「私は彼女に興味はない」
「ああ、ただの用心棒だッたかッ」
 舌打ちしつつ蔵の外を見やる。
 頼みの綱が切れて愕然としている剛腹な男に京太郎は吐き捨てた。
「連判状は公表する。それであんたは終わりだ」
「くっ……」
 項垂れる剛腹な男を横目に京太郎は桜の手を取った。
「桜、行こう」
 あの神社の境内へ。


 ずっと手を繋いで歩いた。



  ◆◆◆ ◆◆ ◆




 月明かりの下。
 階に腰を下ろす。
「京太郎さん、血が出てる」
「大したことない」
 京太郎はそう言って傷を隠すように顔を背けた。桜は手ぬぐいを裂く。
「京太郎さん」
 そう言って振り向く京太郎の頬にそっと手を延ばして血を拭った。
 あの時と同じ甘い薫がふわっと香ってくる。まるで条件反射みたいに心臓が跳ねた。無意識に火照りだす顔に内心慌ててみたが、きっと月明かりだけじゃわかるまい。
 この薫は、匂い袋なのだろうか。だけど、髪に刺さっていたはずの若草に珊瑚をつけたかんざしが見当たらない。
 落としたのか。あの蔵で。それとも。
「京太郎さん、ありが……」
 言いかける桜にハッとして京太郎は慌ててその口元にそっと指を置いた。その言葉を遮るように。
 今までの自分ではありえないほど大胆なことをしているような気がする。だけど、その言葉を聞いてしまったら、自分は東京に帰されるのだ。
 帰りたくないかと問われたら返答に窮してしまうだろう、東京にも大切な友達がいる。
 だけど。
 一度東京に帰ってしまったら、今度はいつここへ来られるかもわからないのだ。よしんばすぐに来られたとしても、ここに桜がいる保証はない。いや、桜がいたとして、その桜は記憶がリセットされた別人になっていないとも限らないのだ。

 今別れてしまったらもう二度と桜に会えなくなるかもしれない。

 その思いが京太郎をいつもより少しだけ大胆にしていた。
「聞きたくない」
 言葉を選ぶのが苦手で、そんな風に言ってしまった京太郎に桜は言葉を飲み込んで不安げな視線を投げていた。
 その視線に耐えられずそっぽを向く。
「それより明日、江戸の町を案内してくれないか?」
 自分でも不思議なくらい心臓がドキドキいっていた。その音が耳の奥ではっきりと聞き取れそうなほど大きく。
 ぶっきらぼうに出てしまった言葉に桜の返事がなくて、不安に彼女を振り返ると。
 桜がふわりと微笑んだ。
「はい」
 刹那、カッと顔が熱くなった。
 もしかしたら、生まれて初めてのデートになるかもしれない。
 胸はいっそう早鐘みたいに高く強く打ちならされた。


 ―――簪を買ってあげよう。東京に戻ってもまた、出会えるように。


「また、明日」




 ■■End or to be continued■■






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1837/和田・京太郎/男/15/高校生】


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■         ライター通信          ■
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 ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
 ご意見、ご感想などあればお聞かせ下さい。