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<東京怪談ノベル(シングル)>


コトダマ

その日、空はどんよりと暗く世界は不安と恐怖に満ちていた。
ニュースでは絶えず、『油田流出事故』『異常気象』『行方不明』と不穏な言葉を放出し続けている。
 呼び出しを受けたIO2の施設の一角で、三島 玲奈は色違いの双眸をノイズ混じりの映像に向けつまらなそうにその言葉を聞いていた。
「おい!」
 唐突な呼びかけの声が、間違いなく自分に向いていることを感じて玲奈は振り返った。見知った顔の男が無表情の中にも怒りか憤りかを煮詰めてそこに立っている。
「なに?」
 玲奈は微笑んだ。
「…なに、じゃねぇよ。判ってるのか?」
 男が玲奈との距離を詰めながら焦燥感をあらわにする。
「玲奈号を出す」
 今度は微笑より、瞳に力のこもった答えをまっすぐに男に向けた。男は一瞬押し黙ったが、ガシガシと頭をかきまわして、手を伸ばせば玲奈に届きそうな玲奈からでも触れられそうな位置で足をとめた。いくつかまばたきをするくらいの短い沈黙。
「……お前と戦艦を狙うんだ…あれだけの飛龍が!」
 咎めるように言葉を絞り出した男を玲奈の幼い笑みが嘲笑う。
「不安なの?あたしが女だから?幼いから?」
「…お前に何かあったら……人類の半分が、いずれは人類すべてが滅ぶことになるんだぞ!」
 玲奈が今回引き受けた仕事は、確かにそれだけの重要性と危険性を持っていた。
だが、玲奈は怯んでも不安にかられてもいなかった。
「ふーん。あぁ、あいつら餌に男の生肝を要求してたんだっけ。駄目だったら呪詛で女に変えられちゃうんだよね。どっちに転んでも貴方達オトコにはたまんない話ってことだよね」
 ぐ、と男がのどを鳴らした。
「ハハッ。この広い空を護れと言われたんだよ。護るのは古来から女の仕事デショ。貴方ならどうする?」
 邪気の無い笑顔が、悪意のない真実の言葉を加重させる。
「男の人は役目に『大義』で空には『浪漫』なんだよね。女はいつでも現実主義!だよ。男が大義と浪漫に陶酔してる時間があればあたしは飛龍の一万匹くらい斬り捨ててみせる」
 男の表情が困惑に代わる。
 玲奈がくすり、と笑った。
「昔の恋を引摺る男共にゃ無理な芸当ね!」
 それが、挨拶だった。玲奈は笑顔でひらひら、と手を振って男のそばを離れた。黒いまっすぐな髪が迷いのない動きに合わせてサラリと背中を流れた。

『戦闘純文学者』
 三島 玲奈を表す言葉の一つだ。
今回、任命された理由でもある。
数時間前。
とある油田の試掘中に、開けてはいけないまさに地獄の蓋とも言えるものが開いてしまったのだ。
一般向けには試掘中の事故、原油の流出、と不鮮明な情報が流されているがそこから出てきたのは油ではなかった。
 空を埋めるほどの『飛龍』の群れ。
人を丸のみにできそうに巨大な口。鋭い牙。長い体を覆う硬い鱗は傷どころか痕すらつけることができない。
 さらにその飛龍は意思を言語化することで現実に相手に作用させる『呪詛』の力を持っていた。
つまり、『シネ』と言われ、『死ね』と言われたと認識してしまえばその存在は『死ぬ』しかないのだ。
 言葉やその意味でダメージを受けるとあっては、他からのバックアップ一切が期待できない。
 玲奈はそんな飛龍を相手にして、そんな状況で惑うことなく立ち上がるような少女だった。
 自分の細胞から培養した宇宙船をテレパシーで操ることが可能で、その船を自分と同じ名前で『玲奈号』と呼んでいた。
 今、玲奈はその玲奈号の舳に立ち空へと舞い上がっていた。
ぐん、と玲奈号が目的地へ足を延ばせば、みるみる黒い雲のように空を覆っている飛龍の群れが近づいてきた。
「あたしが貴方達を永遠に眠らせてあげる。地の底よりもさらに深い闇に包まれておやすみなさい」
 その声は、よく響いた。 
意思を持った玲奈の言葉はそれだけで飛龍の数体を無に帰した。
 空を飛ぶ羽虫ほどの認識でしかなかった人間が、単体で群れの前に現れて、自分達が支配しているはずの『呪詛』でこちらを脅かそうとしている。
 飛龍達は体をくねらせ、怒気をあらわに玲奈を自分達の敵だとみなしたようだ。
『シ…ネ!』
声ともいえないような大気のふるえが玲奈に押し寄せてくる。
「…そう、それは『詩ね』。詠うように言葉を交わしましょう」
 玲奈の宣戦布告。
 言葉をかわされた飛龍はさらさらと硬い鱗を砂のように風にさらわれてそのまま消えてしまった。
『コロス!!』
 飛龍の群れが発する殺気はどんどんと高まって、それだけでも人を息苦しくさせる。
だが玲奈は、ひょうと笑った。
「カラス、カラス。貴方は黒い翼と黒い目。ほら、カラス」
 バサバサ、といくつもの羽音がした。
飛龍がいたはずの場所に黒く見慣れた鳥が羽ばたいている。
 高度に耐え切れず黒い鳥は大きな空を落ちて行った。
 言葉で相手を縛る飛龍は同じく言葉に縛られた存在である。
 わかっていれば仕組みは理解できるだろうが、現実それに対処できる人材は稀である。
『キエロ!』
「帰依ろ。かえろう。地の底よりも深い闇へ」
 玲奈が両手を広げて大きく詠う。
ざー、と波音のように大きな砂の流れる音がしてこれまでで一番多くの飛龍が消えた。
 飛龍が玲奈を中心とした黒い闇の環を大きくした。
『オマエハ ニンゲンカ?』
 次に響いてきた言葉は呪詛の言葉ではなかった。
飛龍の群れのかなりの後方からその言葉は響いてきて、飛龍の群れのその後方から群れを割くようにひと際大きな飛龍が進み出てきた。
 黒曜石の瞳が意思を持って玲奈を見ている。
「そうよ。とはっきり言えないわ」
 尖った耳、天使の翼、鮫の鰓を持つ亜人間メイドサーバント。黒と紫という色違いの瞳。
体質や能力、そのすべてのどれをとっても『普通の』人間である、と胸を張って言いきれない。
「間違いなく乙女だし、女の子だけど、人間か、と聞かれると困るわ」
『ナゼ ニンゲンヲ、マモル』
その飛龍が言葉を発している間、他の飛龍は吐息すら遠慮して静かに待っていた。
「んー。人間ってね、利己主義だし即物的で自己主上だし、頭も悪ければ先のことなんていっさい考えてないような種族なんだけど」
 散々に言い放って玲奈は一度言葉を切る。でも、と満面の笑顔で続けた。
「悪くないよ。人間も…って思えることもあるから」
 まぁ、もちろん理由といえばそれだけでもないんだけど…と続きは独り言のように小さく言って玲奈は中心の飛龍を見た。
「ついでに言っちゃうと、あたしは貴方達も嫌いじゃない」
『……ソウカ』
「さらに言っちゃうと、人間は貴方達が待ちきれないほど永くは続かないかも、と正直思う」
『……ワレラハ スウマンノトキヲ イキル』
「もう少し、待てない?」
『……』
「寂しかったらさ、あたしが話相手にくらいなるし」
『ワレラハ コデアリ ゼンデアル ソレハ ツネニ コデアリ タヲカンジナイ』
 飛龍の言葉が終わらないうちにに、何百、何千といた飛龍達が隣同士、前後、とどんどん溶け合って個体数を減らしていった。空が光を取り戻していく。
 個であり、全である、という言葉の通り何千といた飛龍はいずれ一目で数えられるほどの少数になった。さらにその個体同士が溶け合う。
ついに一体となった飛龍は光の反射で緑にも光る目を玲奈に向けた。
『マトウ オマエノコトバヲ マトウテ』
「うん。呼びかけるから」
『キコウ キエヨウ』
長く光る体を優雅にくねらせて地へ向かい空を泳ぐ飛龍に、玲奈はひらひらと手を振った。
「またね」