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<東京怪談・PCゲームノベル>


 クロノラビッツ - パリナとエクシマ -

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 ザァザァと、とめどなく降りしきる雨。
 雨音を耳に想いを馳せてみたり、そんな午後も悪くない。
 …… って、いやいや。待て待て。ちょっと、待て。おかしいだろう。
「誰か止めろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「とりあえず資料室よ! 資料だけは死守するのよ!」
「んなこと言ってもなァ。既に手遅れなんじゃネェか。ビッショビショだぞ」
「いいから早く障壁! 障壁、張りなさいよ!」
 すったもんだ、というに相応しい状況。
 時狭間に降りそそぐ雨に、契約者たちは慌てふためいている。
 そもそも、時狭間には "空" というものが存在しない。ゆえに、天候も存在しない。
 風ひとつすら吹かぬ時狭間という空間において、この大雨は、どう考えてもおかしい状況。
 居住区にしろ、資料室にしろ、屋根というものがないがゆえに、あたりはもう、水浸しでヒドイ有様。
 貴重な資料だけは何とか死守しようと慌てて魔法障壁を張ってはみるものの、藤二の言うとおり手遅れ感は否めない。
 まぁ、雨だし。濡れただけだから乾かせば良いのだが、濡れてふやけた書物を元通りにするのは至難の業である。
 天候が存在しない時狭間に起きた大雨被害。
 次第に風を伴い、雨は豪雨となって更に事態を悪化させる。
「ギャース! オレのガルヴァインがぁぁぁぁぁぁぁ!」
 居住区、自分の部屋に置いていた宝物がビショ濡れになってしまったことに怒りを露わにする海斗。
 必要ないかもしれないが、一応 …… ガルヴァインというのは、ロボットの名前。要するに玩具である。
 海斗を筆頭に、一向に止む気配のない豪雨に慌てふためき、右往左往するばかりの契約者たち。
 そんな騒がしい契約者らを見ながら、マスターは、淡く笑んで呟く。
「 …… パリナじゃな」

 パリナ。
 正式名称は "アマヒメ・パリナ"
 マスターの知人であるその者は、全世界における "水" を司るアマヒメ(雨姫)。
 要するに、水を司る神のような存在。時狭間に今現在起きているこの豪雨は、パリナの所業。
 とはいえ、パリナ自身が故意に引き起こしているものではない。当のパリナも、今まさに慌てていることだろう。
 決して起こり得ない豪雨は、パリナの危機を意味する。つまり、パリナの身に何か異変が起きている。
 気が遠くなるほど昔のこと、以前にも一度だけ今回のような事象が起きたことがある。
 その当時、海斗たちはまだ生まれていなかったから、彼等は知らないが、
 パリナに想いを寄せている、エクシマという者がおり、当時の被害は、そのエクシマが引き起こしたものだった。
 エクシマは、風を司る神。なかなか、パリナが自分のものにならないことに腹を立て、
 エクシマは、風の魔技(魔法における最高位スキル)で、パリナを襲い、彼女の精神を脅かした。
 今現在、時狭間に起きているこの事象は、あの日のそれと全く同じ。
「困ったものじゃな …… 」
 いつまでも一人の女の尻ばかり追い続けるとは、何とも愚か。
 まぁ、パリナは、それだけ思い続ける価値のある良い女だとは思うが、
 パリナが、エクシマの想いに応じることは、絶対にない。好きだの何だの、言うだけ無駄である。
 ヤレヤレ、と大きな溜息を吐き落とし、マスターは、杖でコツコツと地面を叩きながら契約者らに告げる。
「 …… ちょいと、お前さんがた。 風神に挑んでみぬか?」
 苦笑しながらそう告げたマスターの足元では、シャトウが、濡れた身体を丁寧に舐めていた。

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「あぁ、もしもし? うん。ごめん、ちょっと遅れそう。でも必ず行くから待ってて」
 どこからか出現させたクラシカルな黒電話で、誰かに連絡を入れた大雅。
 傘を差し、その様子を隣で窺っていた海斗は、二・三度くしゃみした後、こう尋ねる。
「妹? …… っくしょい!」
「うん」
 海斗の質問に対し、大雅は黒電話をフッと煙にして消し、苦笑しながら頷く。
 今日は、妹と買い物に出かける予定。兄妹とはいえ、最近、何だかんだで忙しなく時間が合わなくて。
 随分前から計画していたことなだけに、妹は今日という日をすごく楽しみにしていた。
 妹との約束まで、まだ少し時間があるからということで時狭間に足を運んでみたのだけれど、
 まさか、こんなことになっているとは思いもしなかった。どこもかしこも水浸しな有様には、さすがに、ちょっと驚いた。
 水浸しの居住区、マスターに話を聞いてみれば、どうやらこの惨事には 『パリナ』 と 『エクシマ』 が絡んでいるらしい。
 で、そのあたりのことを詳しく聞かせてもらった結果、大雅は、こうして海斗と一緒に事を収拾するべく、時狭間の北へ向かっている。
 梨乃や浩太など、他の仲間たちは、居住区の掃除やら水はけやらに奮闘中。
 海斗は、そういう雑用まがいなことを極端に嫌うため、大雅にっくっついてきたというわけだ。
「 …… 雷、きそうだね」
 上方を見上げ、小さな声で呟く大雅。
 先に述べたとおり、時狭間には本来、天候というものが存在しない。
 ゆえに、雷が鳴るだとか落ちるだとか、そんな状況は、今だかつて一度も体験したことがない。
 浩太の魔法? あぁ、あれは、確かに雷だけれど、あれはいわば、人工的なものだ。自然のそれとは別物。
 だから、海斗はちょっとワクワクしている。時狭間にいながら自然の雷を体感できる機会なんて、そうそうない。
 不謹慎なことは確かだが、ワクワクしてしまう気持ちは、わからなくもないような。
「やべー! ワクワクしてきた!」
「はぁ …… 」
 ハイテンションな海斗に、大きな溜息を落とす大雅。
 その溜息は、決して。決して、無邪気な海斗に対する呆れのそれではなかった。

 妹が今日という日を楽しみしていたように、俺も、今日という日を楽しみにしてた。
 久しぶりに妹とゆっくり外出できるっていうのもそうだけど、それよりもね、今日はさ …… 新月の日なんだよ。本来はね。
 時狭間ほど水浸しってわけじゃないけど、俺が暮らす、俺という存在が確かに実在している世界も、雨は降ってた。
 ちょっと出かけてくる、すぐ戻るからねって、そう妹に言い残して屋敷を出たんだけれど、
 俺、すぐわかったよ。
 それが、普通の雨、いや、天候によるものじゃないってこと。
 いってらっしゃいって見送ってくれた妹の横顔も、すごく切なそうだった。
 つまり、妹も気付いてる。今、俺達が生きる世界に降りしきる雨が、誰の "所為" かってこと。
 わかっているからこそ、俺は、ここに来たんだよ。止んでくれないと困るから。妹と出かける夜までには。
 雨が上がり、雲が晴れて、拝めるように。新月の灯りの下で。俺達は、夜を満喫したいんだ。

 Do you understand?

 雷神、エクシマの住処である雷至の社。
 到着して早々 "その" 光景は、大雅と海斗の視界に飛び込んだ。
 雷光で精製された眩い鎖。その鎖に拘束され、ぐったりしている様子のパリナ。
 パリナの両腕、両脚にある痣は、抵抗の痕。言うなれば、抵抗し疲れてぐったりしているといった状況。
「すげぇ! オレ、初めて見たよ …… ! 何あいつ! 全身バリッバリじゃん …… !」
 こそりと、それでいて興奮した様子で大雅に耳打つ海斗。
 雷神エクシマ。その存在こそ知っているものの、海斗がエクシマをこうして目にするのは、対面するのは初めてだったりする。
 自ら拘束したパリナ、その抵抗する姿を、美術品を鑑賞するように愉しんでいたエクシマは、無粋な来客に眉をひそめた。
 だが、社を訪ねてきた人物が "大雅" であることを確認してからは、何やらバツの悪そうな表情へと変わっている。
「エクシマさん? 俺がここにいる理由、ここに来た理由、判っていますか?」
 苦笑しながら目を逸らすエクシマに対し、低く落ち着いた声で、そう尋ねる大雅。
 エクシマの眉間のシワは、大雅の放つ凄まじい "圧" によって、ますます深くなっていく。
「頼みますから、新月の日に騒ぎを起こさないでください。迷惑です」
 溜息混じりに告げた大雅。
 海斗はというと、大雅が発する言葉、いや、口調に妙な違和感を覚えている。
 いやいや、待て待て。違和感なんてもんじゃない。おかしいじゃないか。この遣り取り。
 だって、これじゃあまるで、大雅とエクシマが、既に顔見知りかのような ――
「 …… 次はありません。覚えておいて下さいね」
 嘲笑寄りの苦笑を浮かべ、そう言ったかと思いきや、すぐさま身を翻し歩いて行ってしまう大雅。
「あっ、おい、大雅!」
 海斗は慌ててすぐさま後を追った。
 まさか、居住区に戻るのか? まだ何も解決してねーぞ?
 スタスタと歩いて行く大雅を追いながら、そんな疑問を投げかける海斗。
 大雅は、少しばかり愉しそうに、それでいて呆れた様子でクスリと笑い、小さな声で呟く。
「いいんだ。夫婦間の問題だからね」
「は? 夫婦?」
 大雅の呟きに対し、海斗が首を傾げた、その矢先のことだった。
 闇が覆う時狭間に、カッと眩い光が走る。光った、と思った次の瞬間には、
 ドォォォォォンッ ――
 轟音。
「な、何だっ!?」
 驚いた猫のようにピョインと飛び跳ねて辺りの様子を窺う海斗。
 眩い光、その後すぐに鳴り響いた轟音。その理由、原因、正体は、振り返ることで明らかになった。
 雷至の社に、光が二つ。一つは、エクシマの姿そのもの。そして、もうひとつは …… 。
「あいつ、結婚してんのかよ!」
「うん。まぁ、正式な契約は交わしていないみたいだけどね」
 眩い光と轟音の中、そんな遣り取りをみせる大雅と海斗。事実を知った海斗は、ゲラゲラと笑っている。
 眩い光は、雷光。激しい轟音は、雷鳴。時狭間全域に届かんといったそのふたつは "怒り" そのもの。
 大雅が先に発したとおり、やはり、雷が落ちた。
 激しく鳴り響く雷鳴は、エクシマが放っているものではない。
 それを放っているのは、アルビヌという存在。エクシマのパートナー。もう一人の雷神。
 アルビヌは、パリナと非常に仲が良い。それこそ、姉妹のように。
 パリナはアルビヌを慕っているし、アルビヌもまた、パリナを妹のように可愛がっている。
 そんな大切な存在を泣かせようものなら、アルビヌだって黙っちゃいない。
 ましてや、彼女を苦しめ泣かせているのが、自分の "旦那" なら、なおさらのこと。
「まったく …… 。エクシマさんも懲りない人です。アルビヌさんという綺麗な奥様がいるのに」
 やれやれといった様子で、パチンと指を弾いた大雅。
 大雅が何気なくとったその行動の真意を海斗が知ることはないが、
 大雅が指を弾いた瞬間、雷至の社では、エクシマのドスのきいた悲鳴が上がっていた。
 これは、夫婦間の問題。まぁ、エクシマ自身の問題とも言えるが、妻を有している以上、それは夫婦の問題になる。
 夫婦の間に割って入り、仲裁するだなんてヤボな真似、できることならしたくない。誰だって。
 だから、大雅は、アルビヌに全てを一任した。
 指を弾いて結界を張り、エクシマの逃路を絶つだけに留めた。
 まぁ、エクシマからしてみれば、これほどまでに残酷で的確で憎たらしい援護はない、って感じだとは思うが。
「女癖の悪い男ほど、迷惑はものはないね」
「あっはは! それさ、藤二にも言ってやれよ」
 肩を竦める大雅と、その隣でケラケラ笑う海斗。
 居住区へと戻る最中、次第に雨は弱くなり、やがて、パタリと止んで。
 そこらじゅうを占めていた水も、やがて、嘘のようにサッと引いて。
 時狭間が本来の姿を取り戻すとき、大雅と海斗は、居住区の灯りをその目に捉えていた。

 仏 …… ならぬ、妖帝の顔も三度まで。
 次はない、と発した大雅のそれは、警告だ。
 妻の怒りに打たれ、妻に叱られているうちが華。
 ゆめゆめ 忘れることなかれ。

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 The cast of this story
 8372 / 王林・大雅 / 18歳 / 学生
 NPC / 海斗 / 17歳 / クロノラビッツ(時の契約者)
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 Thank you for playing.
 オーダー、ありがとうございました。