コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


レディ・イン・ザ・ダーク(3)

「目的はなんだ? あ?」
 鬼鮫は琴美の後頭部を掴み、腕でその背中を、壁に押し付けている。行き場を失ったやわらかな乳房が、上着ごと脇へ逃げ、さらに容赦ない圧力が加わる。
「んっ……」
 苦しげに喘ぎ、琴美のしなやかな体が、圧倒的な力に抗おうと悶えた。
 豊満な体には華奢すぎるウェストのスカート越しにも、女性の線をはっきりと描く臀部と、そこから伸びる肌に密着したスパッツに覆われた太股は、よほど自制心のある者でなければ、思わず奮い付いただろう、なまめかしい、というのもぬるいような、濃厚な色香を発している。
 それを目の前に突きつけられても、鬼鮫は不機嫌な顔を止めず、それを蔑みの目で見下ろしてから、空いた手で自分のうなじを乱暴に掻き毟る。そこは琴美のくないの一撃を食らった場所に違いなかったが、今ではわずかに肉が盛り上がっているだけだった。
「困ったら色仕掛けか? んなモンで引き下がってやるほど、俺は親切じゃねぇぞ」
 無論、無意識の行動である。琴美は屈辱に頬が熱を帯び、朱が上るのを感じながら、形の良い唇を噛んだ。
 確かに頸椎を破壊した。くないに異常はなく、いつもより重い手ごたえを感じた。間違いなく、人なら虫ほどの息すらできぬ間に絶命するはずだ。しかし、男――「鬼鮫」は生きている。
 その不可解な事実に加え、この怪力――敵対者に補足されたことはあるが、一切傷を負わせることを許さなかった琴美である。彼女が己の誇りとするところの忍の技を以てしても、この縛めを解くことができないのは、完全に想定外だった。
(能力は、異常な回復力と、怪力――他には……)
 この上他にも攻撃的な能力があるとすれば、琴美の立場は圧倒的に不利になる。
 だが、逆にこの二つだけならば、勝算はあるはずだ。どんな生き物にも、弱点は存在する。それを狙えば――。
「とっとと言え」
 鬼鮫が後頭部を掴む腕を背中から離し、拳をそこへ叩きつけようとした時だった。
 圧力から解放された琴美は、自分の頭を掴む腕に向かって、海老反りに鋭い蹴りを放った。
 強化加工されたピンヒールでの一蹴である、食らえば鬼鮫といえど、肉を穿たれる。
 素早く手を引いた鬼鮫の隙を突き、琴美は壁際から逃れ、コンテナの山へと跳躍する。
(相手の手の内を明かさせるまでは、うかつに攻撃できない……)
 まだ痛む頭に顔を顰めながら、琴美はコンテナの陰に身を潜めた。
 が、背後から迫る殺意に、琴美は限界のスピードで、その場を離れた。
 直後、琴美が背にしていたコンテナは、倉庫内に轟音を響かせ、大きくへしゃげた。琴美が立っていた位置のプレートには人の大きさ程の穴が空き、その向こうには鬼鮫の姿があった。
「逃げ足も今までの奴らより早い――ってか」
 突如頭上から降ってきた踵の足首を掴むと、鬼鮫はそのままそれをコンテナに向かって振りかぶった。
「くっ!」
 不可避の速攻――それがくのいちである琴美の最大の武器だ。不意を突かれたとはいえ、繰り出したのは最速の攻撃だった。それを避けられるどころか、逆に反撃を食らってしまうということは――。
 琴美は腕を交差させて蒼白の顔をかばい、体を限界まで屈めた状態で、コンテナとの衝突に身構えた。
「うっ……!」
 琴美の呻きは、自身がコンテナへぶつかる音と衝撃にかき消された。防御したとはいえ、体ごと金属の板に叩きつけられた琴美の体は、一瞬力を失った。
 そしてその隙に、琴美は鬼鮫の巨体の下に組み敷かれた。
「はっ、いい格好だな」
 琴美の姿は、今し方の衝突の激しさを物語るものとなっていた。
 黒い密着したインナーに包まれた豊満な胸が、崩れた着物の合わせからこぼれ出している。スカートが裂け、付け根まで露わになった白い太ももが、スパッツに点々と空いた穴から覗いている。
 彼女の装備は、どれも最新鋭の技術を駆使した、耐久性に優れたものだ。これがこの有様ある、琴美の受けたダメージは、決して小さくない。
 が、乱れた髪を白い頬にまとわりつかせた琴美の表情に、それを感じさせるものはない。
 紅い唇の端を僅かに上げ、琴美はまだ自由になる脚を、思い切り蹴り上げた。
 鬼鮫の腹か、それとも急所を狙ったものか――だが鬼鮫は琴美の首を押さえたまま、それを難なく避ける。
 その鬼鮫の目に、琴美の微笑が映る。
 琴美は蹴り上げた脚の太股に装備したくないを素早く掴み、自分の首を抑えつける鬼鮫の手首に突き立てた。
「ぐわあっ!」
 低い咆哮と共に、縛めから放たれた琴美は、痛む体を必死で奮い立たせ、鬼鮫の攻撃範囲から飛び出した。
「クソったれ……」
 鬼鮫は痛みに俯けていた顔を上げ、ぎらりと不気味な光を宿らせる凶暴な眼差しで、周囲を見回したが、琴美の姿はない。
 あれだけの負傷を負いながら、自分に一撃を食らわせるとは、おそらく暗殺に特化した組織員だろう。
「俺を殺ろうたぁ、いい度胸じゃねぇか」
 くないが刺さったままの手首を見下ろし、鬼鮫は禍々しい笑みを、その口元に浮かべた。