|
【Mind that swings to expectation】
●夏は、此処に。
――夏が、来る。
青空に立つ白い雲、夜空に開くは大輪の花。
耳を澄ませて、聞こえるは。
祭囃子か、軽妙な南国の音楽か。
いざ、眩い陽射しと茹だるような暑さの中へ。
そして、蒼穹と紺碧の海の狭間へ。
今年も熱い、夏が来た――。
●夏風に揺れるは
道の両脇には露店が並び、提灯が列を作ってぶら下がっている。
夜にもかかわらず、その周辺だけ昼間を思わせる賑やかな電灯の明かり。
それらに相馬・樹生は、一瞬だけ目を細めた。
足を止めた連れの、どこか眩しそうな表情に気付き、振り返った永嶺・蒼衣が首を傾げる。
「どうした、目にゴミでも入ったか?」
「あ、ううん。なんでもない」
答える樹生の言葉は、いつもと変わりはなかった。
ただ蒼衣にだけは、本人すらも気付いていないであろう、ごく僅かな揺らぎが混じって聞こえる。
「そうだ。浴衣、着てくれてありがとう」
そのことを考えていると、不意に礼を言われた。
「せっかく、樹生が見立ててくれたからな」
応じて、浴衣の袖を軽く振ってみせる。
「昔から似合わなかったから、浴衣を着た覚えはほとんどないが」
「そう、だね……確かに合わせるの、難しいかも」
少し困った風に、樹生は蒼衣を見上げた。
今日の浴衣は、お互いがお互いに見立てたものだ。
蒼衣が着ているのは樹生が選んだ、落ち着いた色と柄。
一方、樹生の為に蒼衣が見立てたのは、淡い色合いの涼やかな浴衣。
「分かりやすい色の方が、人ごみで見つけやすいからな」
問うような樹生の表情に、とりあえず蒼衣はそんな答えを返す。
実際、それも多少はあったが……蒼衣としては濃い色より、どちらかと言えば白や淡い色をベースとした方が樹生に合って見えた。
その辺りのセンスは元々デザイナーを目指す樹生の方が上だから、なんとも言えないのだが。
けれども、こうして隣を歩く相手を見ていると、自分の選択もまんざらではないと思う。
そんなことを考えながら、肩を並べて通りを歩く。
騒々しく、彼としては風情があると思えない露店の賑わいを、通り抜け。
やがて道は、暗い河川敷に出た。
今日はこの河川敷で、花火大会が行われるという。
混雑するであろうと承知して、二人が揃って浴衣を着て、足を運んだのもその為だ。
そして予想通り、広い空間には沢山の浴衣姿の人々があふれていた。
家族連れもいれば、友人同士と思しき集団もあり、もちろん恋人同士らしき姿も見える。
「だいぶ、混んできたな」
人の流れを見回し、小さく蒼衣が苦笑した。
「はぐれるなよ」
「うん、分かってる」
念のために樹生へ声をかければ、やや固い声が返ってくる。
はぐれて見失う可能性を考えれば、仕方ないかもしれないが、それでも蒼衣には彼を見つけ出す自信があった。
そう告げても、おそらく樹生は信じないだろうが。
考えてみればこうして二人、揃って休日を過ごすは随分と久し振りだ。
樹生が通う大学が休みに入り、オルタナティブバンド『Crescens』の2ndアルバムになるレコーディングも順調に終わったところだ。
だがそのスケジュールよりも前に、蒼衣は大きな仕事を抱えていた。
――このアルバムで『Crescens』は全米デビューを果たし、その後に全米ツアーを行う。
バンドメンバーの誰にも内緒で……もちろん樹生にすら明かさず、それを実現すべく蒼衣は一人で動いていた。
その為にアメリカ人のプロデューサーを招聘(しょうへい)し、販売戦略や公演場所、ツアー日程などを練り上げ、ハードスケジュールをこなす。
無謀だという声は、もちろん何度も耳にした。
だが蒼衣の目標は、最初から世界。
『Crescens』を世界に通用するバンドにすることを目指し、既にそれが現実となるレベルのバンドであると、蒼衣は確信している。
だからこその、今回の全米へのアプローチなのだ。
勝てる見込みのない勝負など、最初から仕掛けたりしない。
子供じみた夢を、追いかけたわけでもない。
……バンドのレベルが、彼の求めるレベルに達した。
そう確信したからこそ仕掛けた、それだけの話だ。
レコーディングが終わった後は、CDの発売に合わせた雑誌のインタビューや、出演するテレビ番組の収録といった『ヤボ用』を終わらせて。
今日はツアーに出る前の、束の間の休日になる。
だがレコーディングを終えてから、全米へ進出することを知らされた樹生は……どうやら、不安か悩みを抱えているらしい。
考えてみれば、それは無理もないのかもしれないが。
バンドを続けてはいるが、あくまで樹生自身は大学に通い、デザイナーとなることを目標としていた。
蒼衣としてはそれよりも、もっと音楽活動に専念して欲しいのだが、その話になると急に樹生は頑固になって一歩も引かない。
となれば、早く彼が大学を卒業するのを待つしかないのだが、蒼衣にとっては酷くもどかしい時間でもあり。
同時にじりじりさせられる、何ともいえない時間だった。
「まぁ、今日はバンドも学校も忘れるのもいいかもしれないが」
「うん」
ふと長く途切れている会話に声をかければ、生返事が返ってきた。
おそらく、また思い悩んでいるのだろうが。
「樹生」
「……うん」
「樹生、聞いてるかっ?」
少し強く咎めると、思案に沈んでいた樹生が目を瞬かせた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてた。人に酔ったの、かも」
「ふぅん?」
「……蒼衣? だから、ごめんって……」
悩んでいることを、樹生は伏せておきたかったのかもしれない。
視線が揺れ、ためらう顔で悩み、蒼衣の表情に口をつぐむ。
「……焦って、結論を出すなよ」
短く言葉をかければ、溜め息がひとつ、落ちた。
「やっぱり、バレてた?」
どこか苦笑混じりで、問う樹生。
それに蒼衣は、いつも通りの笑みで答える。
「俺を誰だと思ってる」
そのひと言で、樹生の表情も幾らか明るくなった。
「全米ツアーとか凄すぎて、なんだか実感ないよ」
「そうか? 樹生となら行けるって、俺は思ってるがな」
「疑問なんだけど。蒼衣のその自信って、どこからくるのかな」
「そりゃあ、俺だから」
彼が即答すれば、小さく樹生は笑う。
その笑みに、蒼衣は今まで伏せていた事を口にした。
「実は全米の件、アルバム製作前には決まっていたんだ」
「え? でも、言わなかった……」
突然に知らされた樹生は、当然ながら目を丸くして自分を凝視する。
「言ったら、レコーディングで無駄な力が入るだろ」
打ち明ければ、なにかを思い当たったように樹生が考え込んだ。
そんな彼の思案を遮るように、爆ぜる音がして。
二人が同時に空を仰げば、闇の真ん中で大輪の花火が広がった。
「始まったな」
「うん……綺麗だね」
周りからあがる歓声を聞きながら、何気なく樹生が蒼衣へ少し身を寄せる。
混雑しているせいか、それとも……それとも?
繰り返される重い振動が、身体の芯を何度も震わせた。
「ほら、はぐれるぞ」
ぐぃと腕を引き、掌を合わせる様にして手を繋ぐ。
「蒼衣……っ」
「放したら、はぐれるからな。放さない」
正面から見つめて告げれば、急に樹生は顔を赤らめた。
無意識にか団扇でぱたぱたと顔を扇ぎ、風を送り。
そんな樹生の仕草を見守って、蒼衣はくつりと笑う。
「樹生……今回のツアー用の衣装のデザイン、頼めるか?」
言葉を確かめるように目を伏せてから、顔を上げた樹生がひとつ頷き。
「うん、頑張るよ」
何かが吹っ切れたような清しい笑顔を、鮮やかな花火の光が照らし出した。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【8177/相馬・樹生/男性/20歳/大学生・ギタリスト】
【8211/永嶺・蒼衣/男性/21歳/ミュージシャン】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
お待たせしました。「ココ夏!サマードリームノベル」が完成いたしましたので、お届けします。
納品予定よりもノベルのお届けが遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
今回はギャラリーを見ながら、お二人の夏っぽい雰囲気をイメージしてみました。
イメージが沿っていれば、いいのですが……。
先を見ている蒼衣さんの余裕と、今を精一杯こなしている樹生さんの頑張り。そしてお二人の駆け引きというか、今後をこっそりと楽しみにしています。
もしキャラクターのイメージを含め、思っていた感じと違うようでしたら、申し訳ありません。その際にはお手数をかけますが、遠慮なくリテイクをお願いします。
最後となりますが、ノベルの発注ありがとうございました。
(担当ライター:風華弓弦)
|
|
|