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<東京怪談ノベル(シングル)>


【対決! 妖怪置いてけ堀!】




 学校帰りの学生で賑わう、昼下がりのファミリーレストラン。
 禁煙スペースは女子に占領されていて、男子は喫煙スペースの方へ追いやられている。だって制服がタバコ臭くなるの、イヤじゃん。という理由が半分。もう半分は、ドリンクバーが近いから。
 少女たちの制服はまちまち。異なる学校の生徒が同席しているテーブルも少なくない。
 「これなんて、どう?」
 空色のセーラー服を着た少女、三島玲奈(みしまれいな)はノートパソコンの画面を指さす。
 向かいに座る鳶色のセーラー服を着た少女は、むむ、といった顔つきでトラックパッドに指を滑らす。
 画面には、人工衛星から撮影された航空写真が地図として表示されており、その画像がどんどん拡大されていく。
 「んふふー。いいねえ、玲奈ちゃーん」
 ある程度まで拡大すると、それ以上はぼやけた写真になってしまう。それでも、画像の中心部は異様だった。
 あぜ道が交差する水田地帯。よく育った稲の緑に覆われた一角に、画像が著しくぼやけている箇所がある。カラー写真であるはずなのに、そこだけ白黒のノイズが走り、モザイクがかっているのである。
 「廃屋探しの途中で、いいところ見つけたねえ」
 少女はストローをくわえると、メロンソーダを一気に飲み干す。ジュルジュルと鳴るグラスから噛んだストローを引き抜くと、ニッと笑う。まるでストローをタバコに見立てたかのように。
 この少女の名前は、瀬名雫(せなしずく)。超有名オカルトサイトの管理人である。
 航空写真地図を使って、「これぞ!」という変な物件を探していたところ、玲奈が声を上げたのだった。
 「今度の特集は、ここにするよ」
 いって、雫はパソコンを閉じる。
 「え? もう行くの?」と玲奈。
 鞄にパソコンをしまい始めた雫は、
 「うん。オカルトや霊障の類は、ちょっとしたことですぐになくなっちゃうからね。見つけたら、聞きつけたら、すぐに行かなくちゃ!」
 小柄な身体をひるがえし、すっくと立ち上がる。
 「あたしのホームページ、チェックしててね。今日中に速報するから」



 その夜。
 メイド喫茶でバイトをしていた玲奈は、休憩時間に携帯電話のブラウザをチェック。
 雫のホームページの脇に表示されている、つぶやきガジェットを見た玲奈は唖然とした。
 ”乙女のぴんち! お洋服希望なう”
 「え?」
 目を疑った玲奈は、ブラウザの更新ボタンを押した。何かの表示間違いなのかも……
 ”ぱんつを買うお金もないなう!”
 そのつぶやきに対し、男性らしき名前による返信投稿がぶら下がる。
 「うわ! 変態な返信ばっか。気持ちわる」いって、玲奈は顔をしかめる。「てか、こいつら、レス速すぎ! まぢキモイ」
 雫のつぶやきを期待して、再び更新ボタンを押すと、
 ”だが断る! 来たらマヂ通報! 女子限定! 助けて!”
 「雫ちゃん……」
 ”犯罪か? 通報しろよw”
 ”違う”と雫の投稿。
 ”通販宅配頼めよw”
 「こいつら」
 無責任なことばかり書く連中。
 玲奈の胸に怒りがこみ上げてきた。ピンク色のメイド服姿の玲奈は、スカートをふるふる振った。バイトよりも、大切なものがある。
 「助けに、行かなくちゃ!」
 ヘッドドレスからこぼれる髪をかきあげて、玲奈はスタッフルームから飛び出した。そのとき、携帯が鳴った。
 「なに、これ?」
 携帯に届いたメールは、IO2から振込メール。
 「調査費と被服費? てか、なにこの金額」
 訝る玲奈が店の外に出ると、バタバタという音が上空から降ってきた。見上げると、そこにはIO2が派遣した迎えのヘリコプター。
 「こんなときに仕事なんて!」
 ヘリから下ろされた縄ばしごに掴まった玲奈は、繁華街の空へと上る。
 「あ! ちょっ、ちょっと!」
 スカートの前を押さえる玲奈だが、おしりが露わになっている。
 「ぃやーん、ドロワーズがー」
 夜の町、黄色い悲鳴が空へと消えた。 



 今回のミッションは、妖怪”置いてけ堀”の退治である。
 ヘリの中で、玲奈はIO2のエージェントから説明を受けた。
 妖怪化した水田が、侵入者に所持品を要求しているらしい。聞けば、雫が取材に行った同じ場所だ。
 「雫ちゃんは、その妖怪にパンツを取られた……!」
 玲奈の任務は、討伐作戦の陽動。
 それを聞いて、思わずげんなりしてしまった。
 「あー、そういうことね……」
 遠い目をしながら、ため息をつく。
 「あたし、呪われてんのねー」



 軍用車の強力な照明で、四方から照らされた水田は、阿鼻叫喚の様相を呈している。
 伸びきった稲が男性エージェントの衣服をはぎとり、半裸の男たちが最後の一枚を死守せんと武器を投げ捨て下半身を押さえて走る。野太い悲鳴が、星も綺麗な夜空に響き渡る。
 「来たか! 我らが重装甲兵!」
 触手と化した稲と、ブリーフを引っ張り合う戦闘兵が救援のヘリコプターを見つけると、声をあげた。
 「これで勝てる!」
 その隙を、妖怪は見逃さなかった。男性戦闘兵は下着を奪われて、そのまま触手に足を掴まれ、水田の外へと投げ飛ばされた。
 おしり丸出しの男どもを玲奈は放っておき、水田の中央に目を走らせる。
 稲が寄り集まって幹のような形をなしている。その稲の中に、雫がいた。肩口から下は幹の中に取り込まれていて見えないが、おそらくすべて脱がされているに違いない。
 「ええぃ! 行くしかないでしょっ!」
 玲奈はヘリから飛び降りた。
 伸び上がる稲の触手がジャージの下を捕らえるが、玲奈は着地するやいなや脱ぎ捨てた。
 「ハーパンにセーラー服♪」
 空色のセーラーカラーをひるがえし、スカートの中のハーフパンツをあらわにしながら水田の泥の中を突き進む。
 だが、稲はハーフパンツの裾に侵入。即座に玲奈はキャストオフする。飛び上がりながらハーフパンツもスカートも、脱がされるまま脱ぎ捨てる。上半身のセーラー服も触手に掴まれ引きちぎられるがままに脱いでいく。
 「なめんじゃ、ないわよっ!」
 千の星がまたたく夜空に、純白のテニスウェアをまとった玲奈がくるりと前転。
 「経費の被服費、全部使ってんだからね!」
 強力な照明にアンダースコートを照り返らせて、どこからか取り出したテニスラケットで、白球を幹の土台に打ち込んだ。
 幹は震え、その身震いは水田を覆う稲にも及ぶ。さざ波のような触手の震えは、妖怪置いてけ堀の隙となる。
 さらに無数のボールを打ち込んだ玲奈は、幹をなす稲の緩んだ隙間にラケットの柄を突っ込んで、見事、雫を回収した。
 「雫ちゃん! 大丈夫!」
 玲奈は雫の身体を揺さぶった。
 「れ、玲奈ちゃん……」気がついた雫は玲奈に抱きつく。
 小さな肩を抱き寄せて、玲奈は思わず涙ぐんだ。
 そして雫はすがるように玲奈にいった。「ぱ、ぱんつ……もってきてくれた?」
 「もっちろん!」
 親指を立てて、ニカッと微笑む。
 玲奈は着ていたテニスウェアとアンダースコートを雫に着させた。
 「ちょっとぶかぶか」と雫。
 「あはは。ごめーん」
 いいながら、玲奈は雫を抱えて逃走を決め込んだ。
 ブルマに体操服姿となった玲奈は水田の中を走るが、思うように進めない。
 突然!
 ぶおっ! と妖怪は雄叫びをあげた。
 すると中央に屹立していた幹はほどけ、稲は水田に沈んでいった。だが直後、水田のあちこちから泥が跳ねた。否、泥は銃弾のようにはじけ、玲奈を狙う。
 泥の銃撃から雫を守るように身をひるがえすが、触手が足を掴んでいた。
 「きゃっ」
 転倒した玲奈のブルマに稲が入り込む。体操服の袖から触手が入る。
 「く、くすぐったーい」
 悲鳴をあげて、玲奈はされるがままに服を脱ぎ捨てた。
 「やっぱり、あたしってば呪われてる。あんときの妖精、退治しちゃったからだ……」
 レオタード姿になって、胸元からリボンを取り出した玲奈はくるくると手首を回す。
 稲の触手の中でもことさらに太いものに狙いをつけて、腕を振った。
 リボンで本体の稲を絡め取り、縛り上げる。
 「服と一緒に、呪いももってってくれるといいんだけど。あんたじゃ無理かな? 妖怪置いてけ堀さん」
 「玲奈ちゃん!」と雫の悲鳴。
 玲奈のレオタードの肩紐に触手が絡みつき、脱がそうとする。
 「もう、いやね。これでおしまいだと思ったのかな?」
 恥じらうように目を細めて、玲奈はレオタードをキャストオフ!
 「まだまだぁっ!」
 叫び、下に着込んでいたスクール水着も自分から脱ぐと、袋状にして水田の泥をさらった。
 「そぉっれっ!」
 紺色のスクール水着を振り回し、勢いつけて玲奈は跳躍。泥入りの水着を本体に、叩き付けるように投げつけた。
 「きゃあぁっ!」
 雫の叫びと、水田のうねり、そしてこの世のものとも思えぬ何かの断末魔の叫び声が重なった。
 「正直ぎりぎり……だったね」
 軍用車の照明に照らされた玲奈は、可愛らしいビキニ姿で仁王立ち。
 「す、すごい……!」
 雫の声に玲奈は振り返る。
 まずい、あたしに惚れちゃったかな?
 困ったように照れる玲奈をよそ、雫は瞳えを輝かせる。
 「これはすごい体験よ! さっそくブログに更新しなくちゃ! 玲奈ちゃん、どいて!」
 雫は玲奈を押しのけ、水田の外へと急ぐ。
 「わ、きゃっ!」
 びちゃ、と玲奈は水田の泥に尻餅をつく。
 「ふえーん。雫ちゃん……お礼が、お礼の一言がほしいよー」
 うるうると涙をためて、泥だらけの玲奈は星空を見上げた。



 後日、いつものファミレスで待ち合わせた玲奈は、雫からお礼の言葉をもらい、さらに事の真相を聞いた。
 「あー、あの衛生写真のモザイクね。あれ、サイトの管理者がつけたんだって。だって、下着を取られた全裸の男が映ってたら、やっぱモザイクかけなくちゃね、って」
 という雫の報告を聞いた玲奈が脱力したことは、いうまでもない……。





     (了)