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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真夏のガーデンパーティ
●オープニング【0】
「……ただ、披露宴を滞りなく終わらせたいんです」
 7月中旬のこと、草間興信所を訪れた依頼者の女性――本間千絵は草間武彦に向けそう伝えた。彼女はこの下旬に大学時代から7年近く付き合っていた彼氏との結婚式を控えていたのである。
「つまり、その妨害してくると思われる中学の同級生の男……中西豪太といいましたか。彼が当日会場に現れ不穏な行動を見せるのであれば、身柄を確保してもらいたいということですね」
 草間が依頼内容を確認すると、千絵はこくりと頷いた。
 千絵が言うには、中西とは本当にただの同級生であり、当時1度だけ告白されたことはあるが、『あなたとのお付き合いは今は考えられません』ときっぱり断ったのだという。それで中学卒業後は会うこともなかったのだが……。
 ところがである。結婚が決まった千絵が最近中学の同級生の女性に会った所、中西が千絵の結婚話を聞いて何か怒っているという噂を聞かされたのである。これを聞いて千絵は怖くなり、彼氏と相談した上でこうして草間興信所へやってきたのだった。
「両親と親しい友人たち、それから会場の人たちには話を通してあります。ですから招待客として見張っていただいても結構ですし、会場の方へお願いすればスタッフとして紛れ込むことも出来るかと思います」
「それはそれは……助かります」
 草間は千絵に礼を言った。自然な形で見張ることが出来るというのは実に助かる話なのだ。
「ただ……1つだけ問題があるんです」
「問題?」
 眉をひそめ草間が聞き返した。
「披露宴はガーデンパーティなんです。午後1時から4時頃までの」
「……屋外ですか!」
 すまなさそうに言う千絵に対し、草間は目を丸くして驚いた。7月は改めて確認する必要もなく、季節は夏である。そして屋外、しかも日中。……これは何人倒れても不思議じゃない。
「予約した時は、この夏は冷夏だって言われてましたから……」
 ああ、そういえばそんなことも言われてましたか。ところが蓋を開けてみれば猛暑もいいとこである訳で。
「参ったな……」
 頭を抱える草間。
 予想外に暑さが敵となることが決まったが、それがなくとも屋外という時点で少々大変である。何故なら、相手がどこから入り込んでくるか絞りにくくなるからだ。屋内であれば基本的に会場や控え室の出入りに集中して気を付けるということも出来るが、屋外ではそれも難しくなってくる。
 しかしながら、引き受けた以上はきちんと依頼を果たさねばならない。草間は当日動ける者を探すことにした――暑さへの注意をちゃんと付け加えて。

●頭上からの熱視線【1】
 真夏の太陽は凶器である。実際問題、一夏に暑さが原因で何人もの死者を出すのだから、凶器であると言い切っても別段問題はないだろう。
 そして7月のその日も、頭上の凶器はぎらぎらと光っており、空は雲1つなく見事なまでに晴れ渡っていた。
「だーれーだーよー。今年は冷夏だって言ってた馬鹿は!」
「7月でこれだと、12月にゃ50度越えんじゃねーの?」
「まあ飲め! 冷たいの飲むしかないだろ!!」
 ガーデンパーティ会場の一角から、呆れたような愚痴るようなそんな男性3人組の声が聞こえてきていた。その手にはいずれもビールの入ったグラスが握られている。確かに、こうも暑い中で屋外に居るからには、飲まなきゃやってられないことだろう。
(このうち、何人が熱中症になってもしょうがないわね)
 そんなことを思って小さな溜息を吐いてから、会場の端に居た明姫リサはぐるりと会場を見渡した。招待客のうち、女性陣の半分ほどと老人たちは早々に屋内スペースへ逃げ込んでいる。もっとも扉や窓は全開であるので、熱気はその屋内スペースにも入り込んでいる訳だが。暑さを堪えて屋外に居る者たちも、特に女性陣は日焼け止めが必須であろう。リサはもちろんしっかり塗ってきている。
 リサはこのガーデンパーティに招待客として入り込んでいた。無論いつものライダースーツという訳にもゆかないので、パーティドレスを借りてそれを身につけている……胸の辺りが少々どころでなくきついのだけれども。
 もちろん入り込んでいるのはリサ1人だけではない。屋内スペースのひさしの下にはおめかしした草間零の姿があるし、今は姿が見当たらないが草間武彦だってこの会場に招待客として入り込んでいたのである。
(それにしても情けないわね。いい男がうじうじと……)
 リサは会場に中西豪太らしき男の姿がないか探しながら思う。写真は依頼者である本間千絵の友人の1人が中西と同じ大学だったらしく、そちらの方から写真を得ることが出来た。もっとも大学時代の写真だったので、そこから少し変化していることも心に留めておかねばならないが。
 写真の中の中西は、背丈普通くらいの小太りな青年であった。どちらかといえばおとなしそうな見た目で、力ずくでどうこうというタイプには思えない。が、得てしてそういうタイプが暴走した時にはとんでもないことをしでかしてしまうのも、また事実である訳で。
(もし本当に千絵さんが好きなら、祝ってあげるのが男ってものじゃない?)
 噂通り中西が怒っていて、もし今日何か仕掛けてくると救えない哀れな男である。しかしながら、そこに何か誤解があるというのなら、身柄を押さえてそれを解いてあげなければならないだろう。まあ、一番いいのは噂は噂で、何事も起こりはしないことであるのだけれども。
「……ずっとここに立ちっぱなし、という訳にもいかないわよね」
 リサはそうつぶやくを場所を移動するべく、胸元を軽く手で押さえながら歩き出すのだった。

●罠を仕掛ける【2】
「あ、リサさん」
 千絵から目を離さぬようにして屋内スペースの方へとやってきたリサに零が気付いて声をかける。
「どう?」
「はい、変わりなく……」
 リサと零の間で短く交わされる言葉。余計なことを言わないのは、他の招待客に聞かれて事情を知られないための配慮である。他の者が今の会話を聞いた所で、リサが近況を零へ尋ねているだけとしか思わないだろう。
「補給されますか?」
「ええ、お願いするわ」
 そう言ってリサが頷くと、零は鞄の中からステンレスの水筒を取り出して、中身を注いだコップを差し出した。中身はスポーツドリンクで、リサが予め準備しておいたものだ。それを、動きにくいだろうからという理由で零が預かってくれていたのである。
「お水だけだとダメなんですよね」
「ええ。汗は水分だけが出て行っている訳じゃないしね」
 と水分補給についての話題を軽く交わしながらも、零とリサの視線は千絵の方へと向いていた。怪しい者が近付いてくる様子は、相変わらずない。
「このまま終わってくれるといいんですけど」
「本当にね。今でようやく半分過ぎ、かしら」
 零にそう言って、ちらと会場にある時計を見るリサ。まもなく午後2時15分となろう所であった。
「暑い時間帯ですねえ」
 しみじみとつぶやく零。リサは無言で頷いた。と、そんな2人の視界に会場へと戻ってきたらしい草間の姿が入ってきた。
「ごちそうさま」
 リサは零へコップを返すと、草間の方へと近付いていった。
「どうだ?」
 リサがそばへやってくると、草間が開口一番尋ねてきた。
「今の所は順調だわ」
 と答えたリサは、目でそちらはどうなのかと尋ねた。すると草間はリサを会場の端の方へと連れてゆきながら小声で話す。
「周辺を見て回ってた。そうしたら、つい5分だか10分だか前に、スーツを着たそれらしい男が居たのがここのスタッフに目撃されてる」
「5……」
 リサがはっとして千絵の居る方へと振り返る。千絵は新郎とともに、友人らしき男女数人と談笑している所であった。周囲に中西らしき男の姿はまだない。
「焦るな。周辺を見て回る前にスタッフに頼んで、会場に入るための通路に人を置いてもらってきた。で、そこを通った形跡がないことからして、会場への侵入経路は限られてくる。俺は今からその限られた経路もいくつか塞いでもらってくるから、悪いが残った1つの近くで待機してくれないか」
「……私は何を?」
 草間が自分に何かをさせようとしているのを察したリサが単刀直入に尋ねた。
「真剣な物事だと騒動になるが、茶番にしてやればどうなる?」
 草間はそう言ってニヤリと笑った――。

●瞬く間に茶番劇【3】
 午後2時半を過ぎた頃だった。会場の一角から男の大きな声が響き渡った。
「千絵ちゃん!!!」
 その声にぎょっとした大半の招待客の視線が、突然会場へと飛び込んできた声の主へと集中する。それはスーツ姿の小太りな青年――中西であった。
「迎えに来たよっ、千絵ちゃん!!!」
 中西はそう叫んで千絵の方へと突進……するはずだった。中西の前に、すっとリサが割り込まなければ。
「はっ!!」
 気合いとともに、近付いてきた中西の鳩尾に拳を1度叩き込むリサ。相手が突っ込んで来てくれているので、無駄な力を使わずに済んだ。
「うぐっ!?」
 リサの拳がまともに入ったらしく、一瞬呻いた後はそのままリサの胸へ顔を埋めるような形で気絶してしまった。ざわめく会場、何事が起きたのか理解出来ていない招待客たち。予想された状況である。
 が、そこにマイクによるアナウンスが入った。
「えー、ご歓談中の皆様、お騒がせして大変申し訳ありませんでした」
 草間の声である。マイクを使って何をしようというのか。
「ただいまの催しは、新婦側友人有志たちによるサプライズショートコメディ『映画よろしく花嫁を奪いに現れて、見ず知らずの女性に撃退される男』の一幕でした。改めて皆様をお騒がせしてしまったことをお詫び申し上げますとともに、どうか新婦側友人有志へ大きな拍手を!」
 そう、何と草間は今のをトラブルではなくサプライズだと説明してしまったのである。にわかにそんな説明は信じられない所ではあるが、新郎が事情を察して機転を利かせてくれたのだろう、真っ先に大きな拍手を送ってくれたのだ。
 それを見て新婦である千絵も拍手を送ると、そこでようやく催しだったのかと納得したようで、次第に招待客たちからも拍手が送られたのであった。リサは周囲に笑顔を振りまき会釈しながら、まだ気絶したままの中西を引きずって会場の外へと出て行った。もちろんその後に邪魔が入ることもなく、ガーデンパーティはつつがなく終了したのであった。

●縁起物【4】
「何をどうしたら、ああいう勘違いが出来るんだろうな?」
 翌日、草間興信所へやってきたリサへ草間が開口一番言った言葉だ。リサはただ苦笑することしか出来なかった。はっきり言って、ああいう思考は理解したくない。
 あの後、外へ連れ出された中西は回復してから草間やら会場の責任者やらから思いっきり搾られることとなった。それによって分かったのは、『千絵が中学の時に断ったのは恥ずかしかったからで、心ではずっと自分のことが好きだったはず。今日の結婚も無理矢理させられようとしているに違いない!』と自分の都合のよいように中西が大きな勘違い――妄想――をしていたということだ。
 そう思い込んだ理由も『今は考えられませんと言ったということは、いつかは考えられるということだ! 僕は何年でも待ってる!!』という何とも呆れるしかないもので……。
「相手の言葉を都合のいいように解釈出来るのは、ある意味幸せかもね」
 このリサの言葉はもちろん皮肉である。
「でもなー……あいつ、あの映画ちゃんと見たことないんじゃないか?」
 草間がニヤニヤ笑いながらリサへと言った。
「え?」
「花嫁連れ去った後、幸せになったかなんて描かれてなかったはずだぞ、あの映画」
 ちなみにその映画よろしく実際に花嫁連れ去られると、残された方は後始末が大変だし、逃げた方は逃げた方で慰謝料やら何やらと請求されるという現実が待っていたりする訳で。
「お待たせしました、おやつです」
 そこへ零が飲み物とおやつを持ってやってきた。おやつは切り分けられたバウムクーヘンである。
「昨日たくさんいただいたんで、どうぞたくさん食べていってくださいね」
 零がそう言ってバウムクーヘンをリサへと勧める。
「たくさんいただいた……?」
「余った引き出物くれたんだ、向こうさんが」
 苦笑する草間の言葉を聞いて納得するリサ。引き出物といえばバウムクーヘンは縁起物であるからして。
「とりあえず1つ持って帰ってくれ。昨日受け取ってないだろ、確か?」
「じゃあ、ありがたく」
 リサはそう笑顔で言って頷いた。何しろ縁起物ですから――。

【真夏のガーデンパーティ 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7847 / 明姫・リサ(あけひめ・りさ)
              / 女 / 20 / 大学生/ソープ嬢 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全4場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここにとんでもない勘違い男の真剣な行動が、瞬く間に茶番劇へと変えられてしまった様子をお届けいたします。こういう輩、絶対に居ない……と言い切れればよい世の中なんでしょうけどねえ。
・このガーデンパーティで熱中症になった招待客は幸い居ませんでしたが、この夏は本当に暑かったですね。部屋の中に居てても危なかったりしましたし……この暑さ。
・明姫リサさん、5度目のご参加ありがとうございます。中西という男は、情けない中でさらに情けない勘違い男でありました。予め写真がないかと考えたのは大変よかったと思いますよ。あと、熱中症対策のスポーツドリンクの準備なども。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。