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<東京怪談・PCゲームノベル>


第4夜 双樹の王子

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 午前10時20分。
 栗花落飛頼は、自宅の華道室を漁っていた。
 読み終わった新聞は、華道で水避けに使おうと取っているのである。

「4年前、4年前……と。あった」

 華道用の新聞を漁れば、幸いな事に4年前の学園新聞はまだ使われずに残っていた。
 4年も経った新聞はやや黄ばみ、インクが擦れ埃も積もっているが、読める事は読める。
 とりあえず新聞を取り出して、ざっと流し読みし、気になるものを順番に選り分けていった。
 飛頼は選り分けた分を読み始めた。

『祝・国際バレエコンクール出場』

 最初に手に取ったのは、そう見出しのついた号外だった。
 日付は4年前の春。
 そこに書かれていたのは、学園で最年少で出場資格を得たペアの事だった。
 ペアか。喜田さんが話してたな。織也君は、バレエをしてるって。守宮さんも今はバレエ科のエトワールだし。この2人、なのかな……?
 そう思って記事を読み進めてだった。

「えっ……?」

 目を、疑った。

『中等部1年バレエ科:海棠秋也さん(13)、星野のばらさん(13)、おめでとうございます』

 あれ、海棠秋也って……音楽科の、理事長館で助けてくれた人……だよね?
 それに、星野のばらさんなんて知らない。
 記事の下には、小さく縮小された2人の写真が写っていた。
 そう思い、意を決して写真を見た。
 心臓が、跳ね上がるかと思った。

『あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!』

 甲高い哄笑、白いロマンティックチュチュ、そして……。
 そこから先は、黒が広がり、くすみ、やがて真っ黒に塗り潰された。
 飛頼は痛む胸元を掴み、脂汗をびっしょりとかきながら、その写真の少女を凝視した。
 中庭で、丁寧な礼をし、白いロマンティックチュチュを纏って踊っていた少女。
 その笑顔は、とてもじゃないが哄笑を上げていた少女と同一とは思えなかった。
 怪盗は、のばらの事を知らないようだった。
 そう言えば。

「この子……どうなったんだろう?」

 彼女の名前を覚えておこう。
 飛頼はこの記事を切り取って、ポケットにしまった。
 少女の隣にはまだ若い秋也も穏やかな笑みを浮かべて並んでいた。

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 午後4時10分。
 飛頼は中庭のベンチでぼんやりと座っていた。
 うーん……。
 海棠君については、自分を助けてくれた人、理事長館に住んでいる理事長の甥ごさん、舞踏会で紫色のタキシードを着ていた事(ただ、これは弟の織也君の可能性もある。何で入れ替わっていたのかまでは分からないけど)、喜田さんが言っていた双子の弟がいるって事、そして今日見つけた写真だけ、かあ……。

「新聞部に行くにはまだ情報が足りないのかなあ」

 うーん……。
 首を捻っていたら、理事長館からチェロのメロディーが流れてきた。
 この曲……『白鳥』?
 その曲に誘われるようにして、理事長館の門を潜り抜けた。
 確か、この曲は、サーンスの組曲『動物の謝肉祭』の中の1曲で、組曲の中で唯一、サーンスの生前に単独での演奏を許された曲、だったっけ?
 教科書の内容を頭の中で反芻しながら、理事長館の敷地の中庭へと歩いていく。
 立っていたのは、海棠だった。
 兄? 弟?
 彼はただ一心にチェロを弾いていた。
 チェロの弦からは、滑り落ちるように、零れ落ちるように、悲しげな音色が溢れ、流れ、響いていった。
 すごいな。これだけ弾けるなんて。
 飛頼が思わず溜息をついたのと、音が大きく伸び、曲が終了したのは、ほぼ同時だった。
 飛頼は、素直に拍手をした。
 1人分だけの頼りない拍手の音に、海棠はこちらを振り返った。
 表情が乏しい。

「あ……」
「あっ、ごめん。綺麗な曲が聴こえたから誰が弾いているんだろうって思ったら、君が弾いてたから」
「身体……」
「えっ?」
「倒れていたけど、大丈夫か?」
「ああ……」

 彼は言葉数は少なく、表情も乏しいが、どうも心配をしているようだ。
 少なくとも自分がここで倒れたのを知っていて、理事長が「秋也」と呼んでいた方。兄の秋也だ。

「ああ、君だよね。前に僕がここで倒れたの、ベッド貸してくれたのは」
「いや、人が倒れていたから」
「お礼遅れたよね。ありがとう。今はそんなに悪くないから、大丈夫だよ」
「そう……」

 秋也は、わずかに無表情を崩した。
 うーん、彼は。
 多分話をするのが不器用な人なんじゃないかなあ。
 双子の弟さんの事とか、バレエで国際大会まで行ったのに辞めた理由とか、そもそも何で新聞部で特集記事を書く許可を出したのかとか、色々訊いてみたい事はあるけれど、訊いたら多分困ってしまうだろうなあ。
 飛頼は「うーん」と唸った後、1つだけ、質問をしてみる事にした。

「チェロ好き?」

 秋也は乏しい顔で、首を傾げた。
 彼の瞳は黒曜石のように黒く、何を考えているのかが読めなかった。
 しばらく彼は言葉を探すように黙り込み、やがて口を開いた。

「……今の俺にはこれしか残っていないから。必要なもの、だとは思う」
「好きだから弾いているのとは、違うの?」
「ピアノも弾く」
「うーん……どっちが好きとかはなくって?」
「………」

 秋也は黙り込んだ。
 うーん、地雷を踏んじゃったのかな? そう思った時、秋也は口を開いた。

「……義務では、ないと思うから、嫌いではない、と思う」
「うーん……」

 もしかして、チェロよりもピアノよりも好きなものがあるけど、それを辞めないといけなくなってしまったって事?
 これ以上は彼を傷付けるような気がしたので、口にはできなかったが。

「うん、分かった。ありがとう」
「………」

 秋也はぶっきらぼうに頭を下げた後、チェロをケースに片付けて理事長館の中へと去っていった。

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 午後5時30分。
 新聞部は今や学園の端にひっそりとある旧校舎に存在する。
 ギシギシと緩い床を踏みながら新聞部の部室の扉を開いた。

「こんに……」
   「まだこの写真焼けてないの!?」
   「もうすぐ終わるはずです!!」
   「ここのコメントまだ作成できてない!?」
   「今終わりましたー」

 もしかしなくっても今はまずい時間? 新聞部は、物々しい空気に包まれていた。
 仕方なく明日また来ようとした時だった。
 ドン、と背後に何かぶつかった。

「えっ?」
「あー! すみません!」

 小柄なキャスケットを被った少年が飛頼の背中に鼻をぶつけて鼻を赤くしていた。

「……ごめん」
「いえっ、今締切でバタバタしていた所だったんで。もしかして、海棠先輩の情報提供ですか?」
「うん」
「ちょっと待って下さい! 今日は写真届けたら上がりですから!」

 少年は扉にバタバタ走っていって、またバタバタ戻ってきた。

「お待たせしました! ここは今修羅場中なんで、ちょっと空き室で話を伺ってもよろしいですか?」
「うん」

 少年に案内され、新聞部部室の向かいの旧家庭家室へと向かう。
 そこは薬品の匂いがして、カーテンが分厚い。

「すみません。普段写真部に現像頼むのが間に合わない時、ここを暗室代わりに使ってるんで」
「あ、こっちこそごめん。忙しい時に」
「いえ。申し遅れました。自分、新聞部の小山連太と申します」
「僕は大学部1年音楽科の栗花落飛頼。ここには個人授業に通ってて」
「なるほど。海棠先輩の話って言うのは?」

 随分達者にしゃべる子だなあ。
 飛頼は少し考えた後、口を開いた。流石に情報規制の事をしゃべるのは迷惑かかるだろうし、当たり障りのない内容にしておこう。

「海棠君、今は音楽やってるけど、本当はもっと好きな事があるらしいんだよね」
「そうなんですか?」

 連太はさらさらとメモにペンを走らせている。
 飛頼は頷いた。

「昔バレエをやっていたらから、それに未練があるみたい」
「バレエをやっていたと言う話は以前聞きましたが……先輩は音楽は嫌々やっているので?」
「いや、嫌いではないと言ってた。ただ、他に好きな物があるみたいな事を言ってた」
「なるほど……ありがとうございます。それでは、こちらも怪盗の話をしないといけませんね」
「あっ、うん」

 正直、僕の記憶の事にどこまで怪盗が関わっているのか分からなくなってきたけど。
 飛頼はそう苦笑しながら、連太の話に耳を傾けた。

「怪盗が盗んだ物、全てが行方不明になっているのは知っていますか?」
「えっ、そうなの?」
「はい。物理的に不可能なものまで盗まれていますので、学園内に協力者がいるのでは、と言う話があります。……あ、この話はオフレコで。自分も流石に退学とかになったら嫌なんで」
「何?」
「……理事長が怪盗に協力していると、一部から噂が流れています」

 飛頼は、少し耳を疑った。
 自分が倒れた時に心配して海棠君に運ばせていたあの人が、怪盗と?
 連太は「あまりあてにならない筋からの情報ですがね」と続けていたが、耳に入らなかった。

<第4夜・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7851/栗花落飛頼/男/19歳/大学生】
【NPC/海棠秋也/男/17歳/聖学園高等部音楽科2年】
【NPC/小山連太/男/13歳/聖学園新聞部員】

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■         ライター通信          ■
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栗花落飛頼様へ。

こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第4夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は海棠秋也、小山連太とコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。

第5夜公開も現在公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。