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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第五章



 道行く人を眺めつつ、ローザ・シュルツベルクはぼんやり思う。
(……正直、この件がここまで長引くとは思っていなかったわ。この夏はタヒチででも過ごすつもりだったのに)
 じりじりと、まるで迫ってくるような圧迫感を与える熱気にローザはうんざりしてしまう。
 ここで待っていれば宗像がやってくる。そう察知して、先回りをしてやって来た通り道。壁に背を預け、暑さに目眩が起きかける。
(本当、今年の日本のこの暑さは異常だわ)
 そこまで思っていたら、いつもの格好でひょこひょこ歩いてくる影に気づいた。
 人込みに埋まるような薄い存在感。けれどもローザには馴染みがあるのでもう隠せない。
 歩いてくる宗像が、軽く手を振るローザに気づいてなんだか少し渋い表情をした。
(? なにその顔は?)
 失礼ね。
 むすっとしながら姿勢を正し、宗像を見遣る。
 ……よれよれのスーツ姿に、帽子。そういうスタイルを貫き通したいのはわかるが、いささか見ているこちらもあつい。
「宗像」
 声をかけて軽く手を振ると、彼は目を細めた。
「なんだ、ローザお嬢ちゃんか」
「…………」
 微妙に呼び方が変わっているが……。
(「お嬢ちゃん」ってのはなかなかとれないのね)
 なんだか子供扱いをされているようで、腹立たしい。
「ローザよ、ローザ」
 このやり取りもどれくらい繰り返したか。
 腕組みして軽く宗像を睨みつける。よく見れば彼は汗一つかいていない。不気味だ。
「暑くないの?」
 ふいの問いかけに宗像はきょとんとし、それから視線を彷徨させる。
「まぁ、暑いといえば暑いかな」
「熱中症で倒れる人も多いそうだし、宗像も気をつけなさいよ?」
「んー…………」
 なんだか反応がにぶい。
 不安になって、ローザは自分の持つバッグからスポーツドリンクを取り出す。そして宗像のほうへと突き出した。
「ほら、これあげるわ。私が作ったスポーツドリンク。
 水分だけじゃなく、塩分と糖分も摂らないとね。近々商品化の予定よ」
「……俺に実験台になれと……?」
「もうそういうのは済んでるわよ。ひと様に飲めないような商品をすすめたりしないから安心して」
 ほら、と強引に渡すと宗像は受け取って不思議そうにペットボトルを眺めている。
「通行の邪魔になるし、目的地まで歩きながら喋りましょう」
「え? あ、ああ……」



 ペットボトルを持って、何度か眺めているだけ。いつまで経っても飲もうとしないので、ローザはイライラしてきた。
「少しくらい飲みなさいよ! 感想も聞きたいのに!」
「へ? あー……そうか。そういうもんか」
 宗像はキャップをあけて、少し口に含んだ。
「…………」
「どう?」
「まぁ。普通?」
「え?」
 それだけ?
 顔をしかめると、宗像が困ったように渋い表情になった。
「普段、コーヒーか水しか飲まないからよくわからないんだ、こういう飲料は」
「コーヒーか、水ぅ?」
「悪いか」
 ちょっとばかりムッとする宗像が珍しい。
 ローザは新鮮な気持ちで彼を見上げる。
 ちびちびとスポーツドリンクを飲む宗像はやはり怪訝そうな顔をするばかりだ。飲みなれていないので、味がよくわからないのだろう。
(本当に……変な人。なにか話してくれないかしら……)
「宗像って不健康そうな食生活を送ってそうよね」
 そう言ってみると、彼はますます渋面を浮かべた。
「普通だ」
「そう?」
「必要最低限の栄養は摂っている」
 それって……ダメなんじゃ……。
 呆れるローザに宗像は顔を背ける。
「仕事をするのに支障はないんだ。べつにいいだろう?」
「なにも言ってないけど」
「そういう顔をしていた」
 淡々と言うので、口調がいつもと違っていることに気づいた。
(あ……もしかして、こっちが素なのかしら……)
 飄々としている余裕がない? もしかして。
「……なんか堅苦しい喋り方ね。めずらしいわ」
 茶化して言うと、宗像はまた顔をしかめた。
「俺の生まれた家で叩き込まれた喋り方だ。しょうがないだろ」
 生まれた家? 妙な言い方をするものだ。
 宗像を見上げる。背が高くて、いつもは余裕で……なのに、死んだ魚みたいな目をしてない。しっかりとした足取りと、前を見据える瞳をしている。
 この人は、本当はああじゃないのかもしれない。
 そう考えるとなんだか不思議な感じがした。知らない一面をまざまざに見せ付けられ、それがまた、なんだか可愛いと思えてしまう。
(男の人にも「かわいい」なんて思うものなのね)
「宗像の家ってどんなところなの?」
「べーつに」
 いつものようににやっと笑うので、調子を取り戻したのだろう。もしくは、隠すためにわざとか。
(そっか……ちゃんとこうして観察っていうか、宗像を見ていれば)
 知れば……こういうことって、わかってくるものなんだわ。
 人の表面だけ見ているのではわからないことだ。彼が飄々とした態度をするのは、内面を隠すために違いない。
 今回はこれ以上聞いても話してくれそうにないだろう。彼はもう、自身を隠すために鎧を着てしまっている。
(あ、でもちょっと卑怯かしら?)
 相手のことを知るためには自分も相手に話さなければ。そうすることで信頼関係は生まれていくものだ。
 ローザはしらず、笑みを浮かべている。
(なんか、宗像のこともっと知りたいかもしれないわ)
 だって。
(変な人なんだもの)
 今までにこんな人物が自分の周囲に居たことはない。



 やって来たのはあるビルの屋上だった。宗像は独自のコネを持っているらしく、簡単にビルの中に入れた。
 屋上には、妙な痕跡がある。
「これ……血の痕?」
「ちょっと前にここでアトロパとここでやりあったんだよなぁ」
 ぼんやりと洩らす宗像にローザが驚き、彼の喉元を締め上げた。
「なに勝手に一人でやってるのよ!」
「うぐ……ぐ、く、くるし……っ」
「まったくもう!」
 手を放すと、宗像はまったく苦しそうじゃない表情で「いてて」と呟いている。
「じゃあこの血はアティのもの?」
 掃除されていて僅かにしか残っていない浅黒い色の床に、ローザは顔をしかめる。
「いや、俺の」
「えええっ!?」
 ぎょっとしまうローザに「んー?」とのん気に宗像が返した。
「いや、自分の攻撃が跳ね返ってきてちょっと血ぃ出ただけ」
「ちょっとじゃないでしょう、どう見ても!」
「そうかあ?」
 のんびりと言う宗像は、ポケットに手を突っ込んで軽く首を傾げている。
「これくらいじゃ、人間そうは死なないぞ?」
「宗像って、自分のことあまり心配しないわよね」
 自分でもよくわからない指摘が出て、驚く。言われた彼のほうはきょとんとしていた。
「心配? そんなもの、する必要なんてないだろ」
「………………」
 アトロパは明らかに普通の人間とは違う。けれど宗像はどう見ても人間だ。……出血多量で死んでしまう、脆い人間のはずだ。それなのに。
(なに……この感じ)
 ローザの言っていることが理解できないというような態度の彼。そこに違和感がある。
 気持ち悪くなってローザは宗像から視線を逸らした。
「……追い詰めたのね。この様子だと」
「逃げられたけどな」
「……なかなか捕まえられなくて、もどかしいわね」
「そうかあ? 殺せないから面倒だなとは思うけど」
 他者の命を軽んじる。まるで、人でなければどうでもいいというように。
 動けないローザは宗像の視線を感じ、それでも硬直したままだった。
 彼は何者? いったい、どうしてアトロパを追っているの? 仕事ってなに?
(でも、捕まえなくちゃ。アティを。まずは、それが先決……)
 自分自身に言い聞かせるように心の中で呟き、ローザは背後の宗像を見遣った。
「今日はトリモチに近いものを発射する銃を持って来たの。連携をとって、アティを追い詰めましょう」
「……アティじゃなくて、『アトロパ』。毒花だぞ、単なる」
 ああそうだ。アティというのは、宗像が言った「偽名」なのだ。愛称でもなんでもない。
 ビルの屋上で、宗像は振り向いた。視線を追うようにローザもそちらを向く。
 激しい風に長い髪を揺らしながら、虚ろな瞳をこちらに向けてくる。鈍い金色の瞳には何も映っていないようだ。
 アトロパ=アイギス。宗像の追う相手だ。なぜここに現れた!?
「アティ……!」
 驚くローザなど、視界に入っていないようにアトロパは一歩ずつこちらに向けて歩いてくる。
 薄汚い格好の彼女は宗像を見つめ、それから目を細めた。
 ローザは素早く銃を構えてアトロパに向ける。
 一瞬だ。
 目を離していないはずなのに、一瞬の後にアトロパは宗像の目の前に立っていた。踏み込んできた、と言ってもいい。
「……消エロ」
 短く告げた彼女は宗像のみぞおち目掛けて拳を下から振り上げる。素早く宗像が察知して半歩後退する。
 避けた拳は恐るべき風圧によって宗像の額を掠める。血が一筋、垂れた。
「宗像!」
 仰天するローザに「大丈夫だ」というように手で制する宗像は「うーん」と考えるような表情を一瞬とった。
 いつの間にか彼の手には銃がある。真っ黒な、漆黒の銃。その銃口がアトロパのこめかみに当てられ、すぐに発射された。
 避ける暇などない!
 パンッ、としらけた音の後に、どさりと倒れたアトロパの姿があった。
 トリモチを発射する銃を構えたままだったローザは呆然としている。
「む、宗像……なんてこと……」
 倒れたアトロパに近づくが、彼女が血を流していないことに気づいた。ばち、と閉じていた瞼を開けた彼女はぎろりとローザを睨みつける。
 まただ。あっという間に距離が今度は開いた。
 立ち上がって距離をとったアトロパは怪訝そうだ。
 宗像は口笛を軽く吹いた。
「衝撃だけでもダメか。しかも、前より『速く』なっている」
 アトロパは軽く跳躍すると、背面飛びをするようにフェンスを越えてビルから落ちていった。だがきっと……無事なのだろう。
 残されて呆然とするローザに、宗像は小さく告げた。
「あれじゃ、普通の攻撃じゃ捕まえられない。強度も速度も増してる……。世界の終わりが近づいてきてるのかもな……」
「世界の…………終わり?」
 現実味のない言葉に、ローザは銃をおろして呟いた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8174/ローザ・シュルツベルク(ろーざ・しゅるつべるく)/女/27/シュルツベルク公国公女・発明家】

NPC
【宗像(むなかた)/男/29/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、ローザ様。ライターのともやいずみです。
 宗像の態度にも若干変化が……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。