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<東京怪談ノベル(シングル)>


敵わない存在

●母とは何か
 暦の上では秋になり、お盆が過ぎてきたので少しは涼しく……というが、日中は猛暑続きだ。
 祭りでまだまだ続く暑さを吹き飛ばそう! と近所で町内会の夏祭りが催されることになった。
 回覧板で夏祭りを知った三島・玲奈(みしま・れいな)は、母と共に屋台の出し物をすることに。
「楽しみだね、お母さん。防衛省から帰ったら、ゆっくりと話し合おうね」
 嬉しそうな娘を見て母は嬉しくなったが、早く行きなさいと玲奈を急かす。
「いってきまーす!」
 今日も暑いけど頑張りますか! と駆け足で向かう玲奈だったが
「ただいま……」
 帰宅するなり、玲奈は「汗かいたからシャワー浴びてくるね」とバスルームに向かった。すぐに汗を流したい気分でないことを母は悟ったが、玲奈自身から話しを切り出すだろうと何も言わなかった。
(何でなのよ……)
 シャワーの勢いを強めにし、熱めのお湯を頭にかけながら防衛省での出来事を思い出していた。
(何で、ああ書いただけで……)
 提出するようにと言われた書類には不備はなかったはずだ。それなのに却下された。
 差し戻された書類を見直すと、問題は玲奈の職業欄にあると思われた。
 本来ならば『航空母艦』と書くべきところを『戦艦』と書いた。航空母艦とキチンと書かなかったのは、亜人間メイドサーバントであるため出産できない玲奈が『母』という文字に抵抗があるからだ。
(あたしが悪いんじゃないのに……)
 シャワーを浴び終えると、急いで着替えて自室に戻ってクーラーを稼動させてから鍵をかけて閉じこもった。
(どうしてなのよ!)
 ベッドに突っ伏し、号泣。
 どうしたの? 何があったの? と困り果てる母に対して何も言わない。
 理由を聞こうとしたり、必死に宥めたりと母は親身になってくれたが、イライラがピークに達した玲奈はカッとなりこう言ってしまった。

「育ての親のお母さんに、あたしの気持ちなんてわかるわけないわよ!」

 母は何を言うの? と愕然となったが、どうしてそういうことになるのと売り言葉に買い言葉の喧嘩に。
 ドア越しの口論は一時間以上続いた。
 ヘトヘトになるまで喧嘩したからなのか、玲奈は次第に落ち着きを取り戻した。
「……赤ちゃん、抱っこしてみたいな」
 赤ちゃんを抱っこすれば、少しでも自分を育ててくれた母の気持ちがわかるかもしれない。
 小さくて、やわらかくて、ミルクのような甘い匂いの天使。玲奈には赤ちゃんがそのような存在に思える。
 それを察した母は、夏祭りで迷子を預かる仕事があるからやってみないかと玲奈に仕事を持ちかけた。
「あたしが子供のお世話をするの?」
 いい経験になるわよ、と玲奈の背中を押す母だったが、本心は子供の面倒がいかに大変で苦労するか思い知りなさいである。自分の苦労を察すれば、良い薬になるだろう。
 そんな母心を知らず、玲奈は「うん! あたし、頑張る!」と大張り切り。
「その前に、屋台で何を出すか考えよう。夏祭り、成功させようね」

 夏祭り当日、母と娘は鱧寿司の屋台を出した。
 夏祭り前日に鱧を蒸し、小骨を取り大葉を酢飯にサンドし、梅と柚子をトッピングして押し寿司に。梅には除菌、防腐の効能、唾液の分泌を促して消化吸収を良くする、疲労回復などの薬効があり、柚子は香辛料、薬味として利用している。連日の暑さでくる疲れを癒すのにもってこいの食べ物だ。殺菌作用のある笹に巻き、手で食べやすくすれば完成。
「お母さん、お寿司の準備終わったわよ。ビールの用意、お願いね」
 あたかた準備が終わったら、迷子の面倒を見る準備を。
 迷子の中には赤ちゃんがいるかもしれないと、ミルクを作るためのカセットコンロとやかん、おむつ交換台も用意しておいた。
「赤ちゃんが自分で迷子になるワケがないけど、念のためにね。備えあれば憂いなしって言うし」

●貴重な体験
 夕方になり、涼しい風が吹いてきたとはいえ連日35度を超える猛暑なので体感温度は高い。
「ビールと鱧寿司、お待たせしましたー!」
 冷たいビールとあっさりした味の鱧寿司は、母娘の予想を上回り飛ぶように売れた。
 忙しさが少し落ち着いた頃、町内会長がベビーカーに乗せられた生後2、3ヶ月くらいの赤ちゃんを連れてきた。ピンクの花柄ベビー服を着ているところを見ると女の子だろう。
「ここで迷子の面倒を見てくれるんだよね。この子、母親に放置されたみたいなんだ。母親を捜してくるから、その間、面倒みてくれないかい?」
「わかったわ。お母さん、見つかるといいわね」
 きょとんとした顔の赤ちゃんに「大丈夫よ」と優しく声をかける。
 ベビーカーはデコトラのように派手な装飾やおもちゃ等で飾られているが、車輪付近のポケットに換えのおむつやおしりふき、哺乳瓶に粉ミルクケースにお湯が入っているステンレスボトル、着替え等がひとまとめにしてあるバッグが無造作に突っ込まれていた。
「強引ね。おむつやミルクがあるだけいいけど」
 理由はともあれ、迷子なのだからと玲奈は面倒を見ることに。

 母は屋台の切り盛りがあるので、必然的に玲奈が一人で面倒を見ることに。
(この子の母親、ギャルママね。面倒、ちゃんと見ているのかしら?)
 母親と離れて寂しくなったのか、お腹がすいたのか赤ちゃんが急に泣き出した。
「よしよし、お腹がすいたのかなー? ちょっと待っててねー」
 バッグから哺乳瓶とミルクを取り出しミルクを作ろうとしたところ、母に哺乳瓶を煮沸消毒して、飲ませたらゲップさせるのよと言われた。鍋に水を入れ、カセットコンロで急いでお湯を沸かして哺乳瓶と乳首を煮沸した後、ステンレスボトルに入っていた人肌にまで冷めたお湯で溶いたミルクを飲ませた。よほどおなかがすいていたのか、休憩なしで一気に飲み干した。
「落ち着いたかな?」
 ゲップをさせながら「ママが戻ってくるまでここで待っていようね」と優しく声をかける。
 飲み終えておとなしく……かと思いきや、赤ちゃんはまた泣き出した。
「おむつね? 今取り替えてあげるからね」
 用意したおむつ交換台で綺麗なおむつにと張り切ったが
「ちょっ……顔を蹴らないで!」
 嫌がって全身、特に両足をバタバタさせるので交換は一苦労。
 これで泣き止むかと思ったが、火がついたように大泣きし始めた。
「どうして!? ミルクあげて、おむつ替えたのになんで泣き止まないの!?」
 抱っこしてあやすが、赤ちゃんはぎゃん泣き。
 初めてづくしのことだらけでヘトヘトな玲奈は「もう嫌!」と怒鳴ると一緒に泣き出してしまった。
 大泣きする玲奈を見かねた母は、暑いのよと助け舟を出した。良く見ると、赤ちゃんは汗ぐっしょりだ。
 母がベビー服を脱がせ、肌着の紐を緩めてタオルで汗を拭くと赤ちゃんは落ち着いたのか泣き声が小さくなった。
(さすがお母さん、主婦ね)
 感心していると後は任せたわよ、と玲奈に抱っこさせ母は屋台に戻った。

 色々あり疲弊した玲奈のもとに、ギャルっぽい女性が町内会長に腕を引っ張られて連れて来られた。
「この人がお母さんだよ。高校時代の友達との話に夢中になってて、子供のことすっかり忘れてたってんだから呆れたよ。この子が面倒を見てくれたんだから礼を言いな」
「ごめんなさい……」
 本来なら「何でほったらかしにしたのよ!」と怒鳴るところだが、そのような体力は玲奈にはなかった。
 ギャルママがベビーカーを押して去っていく姿を見ていると、目の前に玲奈の好きなアイスが差し出された。母が労って近くのコンビニで買ってきたのだ。
 お疲れ様、と玲奈を抱きしめて優しく髪を撫でる母に「この人には勝てないな」と呟く玲奈だった。
「お母さんは、わがままな私に振り回されて仕事をしているのね。ごめんなさい」
 謝ると、母はあなたが癒しなのよと笑ってくれた。

 母は誰よりも強し。
 夏祭りの夜に、玲奈はその言葉を強く実感したのだった。