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<東京怪談・PCゲームノベル>


【翡翠ノ連離】 第五章



 鳳凰院家の面々は目立っていた。
 特に母、鳳凰院アマンダ――黒のスリングショット姿と、娘の鳳凰院麻里奈――白のマイクロビキニ姿は。
 この海辺にいないのは、彼女たちの家族では父親と長男だけだ。
「父さんたちが来れないのは残念だけど……海に来るの、本当に久しぶりだなあ」
 そんな言葉を洩らしたのは、華奢な身体の鳳凰院ユリアンだ。
 ユリアンは無駄に男たちの視線を集めている母親と姉を眺め、小さく嘆息する。これは、妹たちの面倒は自分の役目になりそうだ。
 大胆な水着をあえて選ぶ時点で、こうなるのはわかっていただけに、ユリアンは呆れるしかない。まぁ、母や姉の趣味でもあるのだからしょうがないが。
(でも……)
 ちら、と視線を移動させる。
 麻里奈が「ほらほら!」と手を引っ張っているのは、鳳凰院家の居候のアトロパ=アイギスだ。
 ワンピースの水着の上に、パーカーまで羽織っている彼女は、暑さに少し弱いのか、目を細めている。
 アマンダや麻里奈の話では、アトロパは何者かに狙われているという。狙われるような理由があるとは、ユリアンには思えなかったが……。
 パラソルの下に座っていたユリアンは、浜辺を走る姉とアトロパの姿を目で追い、「うーん」と唸る。
(僕には母さんや姉さんのような力はないけど、狙われてるっていうならアトロパを守らなくちゃ。家族なんだから)
 そんなユリアンを眺めていたのは母親のアマンダだ。
(相変わらず麻里奈は派手な水着ねぇ。ユリアンはちゃんと食べているはずなのに細いし……)
 親としては子供のことを気にかけるのは当たり前だ。それに今は……新しい『家族』の一人もいる。
 アトロパに海を見せることができて本当によかった。そのために計画したようなものだ、今回の旅行は。
 子供たちは楽しそうだし、自分も嬉しい。
(アトロパちゃん、水着似合っているわね)
 微笑ましいのだが、麻里奈やアマンダに集中している男たちの視線に彼女は鬱陶しそうだ。
 アマンダはふと自身を見下ろす。
(この水着、少し派手すぎたかしら?)
 とはいっても、自分のようなスタイルだと、選ぶことのできる水着も限られてくるのだが。
(こんなおばさんを見てもしょうがないと思うのだけど)
 不思議でならないという表情のアマンダとは違い、視線を集めることに夢中なのは娘の麻里奈のほうだった。
 水着を新調したおかげか、それとも元々持っていた魅力のせいか、麻里奈は視線を集めてその快感に酔いしれていた。
 だが、この浜辺で視線を集めているのは自分だけではない。母もだ。
(お母様の本当の年齢を知ったら驚くでしょうけど)
「ねえねえ君たち〜」
 と、軽い口調で声をかけてくる男の二人組に、麻里奈は面倒そうに目を細めた。
 適当にあしらえればそれでよし。それでもしつこいヤツにはユリアンを使って撃退だ。
 ユリアンは麻里奈がせっかく買い与えたワンピースの水着を完全に拒絶したのである。そのおかげか、こういう「虫除け」ができるわけだが。
 麻里奈は母親に目配せし、それからアトロパに尋ねた。
「ねえアトロパ、海はどう?」
「どう、とは? 広くて大きな水溜りだ」
 情緒の欠片もない感想にがっくりしながら麻里奈は笑う。
「そう言うと思った! でもあれ、海水だから飲んだら大変なのよ?」
「……水ではない。塩水だというのは知っているぞ」
 無表情で告げるアトロパを、アマンダも見守っている。
 そんな様子をやはりパラソルの下に座っているユリアンも眺めていた。
 ユリアンの元へと、アトロパの手を引っ張って麻里奈が近づいてきたので、ぎょっとしてしまう。
「ど、どうしたの姉さん?」
「日差しが強いから、日焼け止めを塗ってちょうだい」
「ええ!」
 あからさまに嫌がる弟に麻里奈は問答無用で日焼け止めを渡す。そのままにっこりとアトロパに微笑んだ。
「アトロパには私が塗ってあげるわ。ついでにユリアンもね」
「なんで僕が!」
「あら。一応女の子バンドをしてるんでしょ? 日焼けは天敵よ」
「うっ」
 苦い声を洩らすユリアンたちを見つめ、アトロパはどこか考えるように視線を伏せた。



「アトロパちゃん、どうしたの?」
 ぼんやりとパラソルの下に座っていると、ふいにアマンダに声をかけられてアトロパはハッと我に返る。
 しばらく無言でアマンダを見つめていたアトロパは、抱えていた膝への力を込める。
 隣ではユリアンが不安そうにアトロパを覗き込んでいた。麻里奈は周囲に変な者がいないか見回りに行っている。
 アトロパはためらいがちに口を開く。
「…………アトロパは最近よく夢をみるのだ」
「夢?」
 ユリアンがきょとんとして母親を見上げた。夢をみるのは人間としてしごく当然のことだ。それが一体どうしたというのか?
 アトロパは視線を伏せた。
「夢の中のアトロパは死んでいくのだ」
「死んでいく?」
「何度も死ぬのだ」
 それは怖いだろうにと顔をしかめるアマンダは息子を見遣る。ユリアンはわけがあまりわかっていないので少し戸惑っているようだった。
 アトロパはまた顔をあげた。虚ろな視線がとても暗い。
「べつに死が恐ろしいわけではない。だが……なぜ一つの、同じような夢ばかりなのか…………」
 いや、わかっているのだ。
 と小さくアトロパは洩らした。
「……………………」
 無言で、行き交う人の波を眺める。誰もが楽しそうに笑い合っている。
「なんでもない。忘れてくれ」
 そう呟くと、アトロパは小さく笑った。
「しかし麻里奈とアマンダは目立つな。もっと地味な格好でも良いだろうに」
「あっ、その意見には僕も賛成だよ。おかげで姉さんにはナンパ防止に使われるし!
 なにがブラコンだよ! 胸を押し付けてくるのもやめて欲しかったし」
 アトロパの意見に便乗するユリアンに、アマンダは困ったように嘆息する。
「アトロパを護衛するには目立ちすぎだよ。狙ってくれって言ってるようなものじゃないか」
「あら? ユリアン、アトロパが狙われてるって信じたの?」
「え? そ、そりゃ……姉さんや母さんがそんな嘘つくとは思えないし……。今でも信じられないけどね」
 アトロパは奇妙な言動を除けばただの可愛い女の子にしか見えないのだ。
「目立つのも作戦のうちよ。いつまでも隠れてる追跡者が、出てくるかもしれないでしょ」
「それって……アトロパに危険な目に遭えってこと?」
「そうじゃないわ。アトロパちゃんは、私と麻里奈が絶対に守るもの」
 堂々と言い放つ母の言葉にユリアンは肩をすくめる。
 まあいい。母も姉もあてにできない時は、男である自分が彼女を守ればいいのだ。
(そりゃ、姉さんや母さんたちみたいな力はないけど)
 隣にちょこんと座る小柄なアトロパを眺め、決心する。
(やっぱり守ってあげないと。家族なんだから)



 アトロパは海岸に立っていた。
 見つめる先には海が広がっている。
 薄汚い衣服姿の彼女はふいに視線に気づいてそちらを見遣った。
 よれよれのスーツの男が立っている。
 銃口をこちらに向けている。
 躊躇なく引き金がひかれ、弾丸がアトロパ目掛けて発射された。
 防げなかった。
 弾丸はアトロパの額を撃ち抜き、衝撃で彼女は転倒する。砂浜に倒れ伏した彼女は、流れ出る血を止められない。
 それよりも意識がまだあるのが不思議だった。
 いや、これは意識なのだろうか?
 まるで他人を見ているような、奇妙な感覚。
 夢とは、こういうものなのだろうか? 客観的にさえ、自分の死をみることができるのか?

 はっ、として瞼を開けてアトロパは起き上がった。
 浴衣姿の彼女は、傍で眠っていたアマンダが起き上がる気配に無言になる。
「どうしたの、アトロパちゃん」
 うなされていたわけではない。アトロパはいつもと変わらなかった。だが唐突に起きたのでアマンダが驚いたのだ。
 アトロパは目を見開き、視線だけアマンダに向けてきた。そして、目を細める。
「……アマンダ」
「? 顔色が悪いわよ?」
「アマンダは……夢をみるか?」
 突然の質問にアマンダはきょとんとした。瞬きを数度して、それから首を傾げる。
「それは……まぁ、それなりにみるわよ?」
「アトロパは今までみなかった。なのに、最近はよくみる」
「夢をみなかったのは、きっとよく眠っていたからよ」
「……アトロパは眠らないのだ」
 その告白にアマンダはぎょっとする。眠っていたのは確かだ。睡眠の呼吸に切り替わるのをアマンダは知っているからだ。
 だが、アトロパは真面目な表情で呟く。
「夢をみるということは、眠っているということだ……」
「どんな夢なの?」
「夢の中で、アトロパは追跡者に殺されている」
 それは……。
 アマンダは硬直した。
 予感……? それとも?
「殺されるって……」
「その夢しかみないのだ」
 ぼそりと言うアトロパは、布団から出て立ち上がり、窓辺に近づいた。
 そこから見えるのは海辺だ。夢の中では……あそこで……殺されていた。
 いや、ここからは見えないのかもしれない。
 アトロパの背後に立って、視線の先を見遣るアマンダ。
(アトロパちゃん……様子がおかしい……)
「それは……毎晩?」
「いや……毎晩ではない」
 たまにだ。と、アトロパが洩らした。
「時々自分がどこかに居て、追跡者に殺される夢をみる」
 それは昼間、ユリアンと一緒にいた時に言ったことだ。
 彼女は自分が死ぬ夢をみる、と言っていた。
 それでも今まで気づかなかったが……今日はなにかいつもと違っていたということだろうか?
「海が……どうかした?」
「………………」
 無言でアトロパは指差した。
「あっちのほうで、殺された」
「あっち?」
 指の示す先を見遣るが、そこには……視力のいいアマンダにも血痕や争いのあとは見えない。なにより殺気も感じない。
 そういえば今日は襲われなかった。
「べつに何もないわ。大丈夫よ、アトロパちゃん」
「そう……みたいだ」
「本当にあの浜辺だった?」
「……わからぬ」
 しょんぼりと肩を落とし、アトロパは視線を伏せた。
「海を見たのは今回が初めてだから、よくわからぬ」
「……そっか。そうよね」
 彼女は知らない場所がとても多い。知らないことも。
 その華奢な肩に手を置いて、安心させるように背後から抱きしめた。
「大丈夫。アトロパちゃんは、私や麻里奈が絶対に守ってみせるから」
「…………使命を果たすまでは死ねぬ」
 ぼんやりと、なにかを確かめるように言ったアトロパは小さく笑った。
「すまない。アマンダの睡眠を邪魔してしまった。もう眠ろう」
「そうね」
 もう一度だけ、視線を浜辺に向けてアマンダはアトロパから離れる。
 なんだろう……何かの予兆でなければいいが。



 何事もなく1日が終わった。
 楽しかった海も、そこであった出来事も。
 荷物をそれぞれ抱えて帰りの車に詰め込んでいる時、海のほうをアトロパは振り返った。
 それに気づいたのは麻里奈だ。
「? どうかした、アトロパ」
「……いや」
 アトロパが顔を少ししかめる。
 彼女の視線を追うように見る麻里奈は、なんの変哲もない浜辺に不思議そうにした。
「あそこが、どうかした?」
「…………あそこで誰も死ななかったのだろうか」
「ええ?」
 物騒なことを言うアトロパは麻里奈のほうを振り返って小さく笑う。
「なんてな。冗談だ、麻里奈」
「怖い冗談言わないでよ。
 あれ? そういえば今回は襲撃はなかったわね。やっぱり人が多いところは襲い難いのかしら」
「そうであろうな。あれだけ浜辺がごったがえしていると、さすがに近づくのも困難だったろう」
「そうね。そうよね」
 にっこり笑う麻里奈は海を堪能したようで、満足そうだ。
「ねえ、来年も来ましょうね、アトロパ」
「…………」
 虚を突かれたようにアトロパが軽く目を見開いた。
「ら、いねん……」
「あれ? だめ?」
「いや…………大丈夫」
 もしかして、世界を救う運命と何か関係があるのだろうかと勘繰る麻里奈だったが、アトロパが小さく微笑んだのでその考えが消え去った。
「来年か……」
「? どうかした?」
「いや…………最近おかしな夢をよくみるので……」
「ん?」
「ここも……今も、夢なのかもしれぬと考えただけなのだ」
 儚く微笑むアトロパの長い髪が、風に揺れた。
 それを呆然と見入った麻里奈はぞくりと背筋に走った悪寒に驚くしかない。
(なんで?)
 ここは確かに現実で、どうみても、確かな世界で。
 それなのに、アトロパはそれが曖昧になっている。なぜなのかは、わからないが。
 潮風が、やけに冷たく感じた。楽しかった夏の終わりを知らせるように――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【8094/鳳凰院・アマンダ(ほうおういん・あまんだ)/女/101/主婦・クルースニク(金狼騎士)】
【8091/鳳凰院・麻里奈(ほうおういん・まりな)/女/18/高校生・クルースニク(白狼騎士)】
【8301/鳳凰院・ユリアン(ほうおういん・ユリアン)/男/16/高校生】

NPC
【アトロパ・アイギス(あとろぱ・あいぎす)/女/16/?】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、鳳凰院ユリアン様。ライターのともやいずみです。
 アトロパを守る決意をしていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。