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<東京怪談ノベル(シングル)>


極秘事項〜誰にも知られてはいけない〜
 誰にでも秘密はある。どんなに人にでも、他人に知られたくない秘密があるものだ。ましてや建国より長く続く国家や王国にしてみれば、民衆に知られてはならない事柄があって当たり前であった。

 昨日の夜からたった24時間しか経ってはいない。
 平穏であるべき旅客機での夜間飛行は突然操縦不能に陥った。阿鼻叫喚のるつぼとなった機内だが強化硝子の窓が割れると、乗客達は次々に意識を失った。その窓から脱出した玲奈に激しく冷たい空気の流れが無数の刃となって襲いかかる。けれど無惨に切り刻まれたのは清楚な学生服だけで玲奈のすべらかな肌には毛筋一つの傷もつかない。
「え?」
 それでも玲奈の桜色の唇からは驚愕の声が小さく漏れた。機体の外に広がっていたのは別の世界だったからだ。
 夜空に広がる鈍色の雲は揺るぎない大地だった。そしてびっしりと背の低い植物が蔓草の様に緑を這わせ、対照的に真っ赤な実をつけている。
「一体どういう事なのかしら?」
 翼を広げ重力に逆らう玲奈は小首を傾げる。けれどすぐに思い直し失速しかかっている旅客機の進路と高度を外から調整し、雲の大地に不時着させた。
「ふー」
 小さなため息をつく。多少の力は使ったがとりあえず旅客機は無事の様だ。自分はどこに降りようかと思った矢先、玲奈は何かを感じて高度を維持し気配を消す。何者かが旅客機に接近していた。彼らは見た事のない乗り物を駆使し、旅客機を検分しそのまま曳航していく。
「‥‥どうしたらいいのかしら。でも、何もわからないまま武力に訴えるのも禍根を残すかもしれないわ」
 いざとなれば旅客機が向かった場所を特定することも出来るだろう。それよりも今は少しでも良いから情報が欲しい。玲奈は小さくうなずくと更に翼を広げ高度をあげた。

 この世界の雲はしっかりと踏みしめられる大地であり、広がる蔓や葉には真っ赤な林檎が実る。どこに行っても白と緑、そして鮮やかな赤がこの世界の礎となっている。
 玲奈はやむを得ずボロ布と化した制服を脱ぎ捨て水着姿になっていた。その上からあり合わせの装飾品を飾り踊り子風にしてある。その装いは周囲をゆくこの世界の者達からすると激しく浮きまくっていたのだが仕方がない。ぶしつけな好奇の視線を避けて玲奈はとある酒場へと侵入した。街を行き交う沢山の者達にじろじろと見られ続けるよりは、まだ酔客達の定まらない視線の方がマシだ。
「ねーちゃん、あんたなんて格好だ?」
 酒場の中をそっと奥へと向かって歩いていた玲奈は不意に背後から腕を捕まれた。かわそうと思えば出来ることだったが、近づいてきた者からは殺気も害意も感じなかった。
「あの、とってもとっても変ですか?」
「変だ」
 即答にちょっとだけ心がくじけそうになる。
「少しはこちらの風俗に近づける努力はしたのですが」
「なんだ、あんた出てきたばっかりか。よ〜し、じゃとっておきの服を着せてやる。その代わり衣装の貸出分は無料で踊れよ」
 どうやらその男は酒場の店主らしい。
「え、えええぇ!」
 玲奈をカウンターの端から裏側へと連れていくと、細い通路をたどりガランとした部屋へ案内する。その部屋の様子を――危険な物が隠されいないかも含めて――観察していた玲奈は不意に頭から大量の布をかぶせられた。
「これは?」
 布を放った店主はにやりと笑う。それは大量の衣装の山だった。
「どれでも好きなのを着な。まぁどいつもこいつも露出は高いが今のあんたの服装とそう変わりゃしねぇよ」
 言うだけ言うと店主はさっさと店の表へと戻っていく。
「‥‥そう、ですか」
 ぴらりと持ち上げた服装は虹色に光る美しい素材であったが透っけ透けであった。

 ひとしきり踊ると店主は褒美だと甘く冷たい飲み物を振る舞ってくれた。一目でそれが危険なものではないと判断すると玲奈は隅の丸テーブルに収まりホッと息をつく。どうやら玲奈が乗っていた旅客機が不時着した事は秘密にされているらしい。
「あ、悪いな。こいつを忘れていたぜ」
 気さくに店長が言いカットした果物を入れた皿を玲奈の目の前に置いた。
「これは‥‥」
 見れば店内のどのテーブルにもこの果物が出されている。
「おわかりになりましたか?」
 静かな声と共に1人の若い男が人並みの向こうから玲奈へと歩み寄ってきた。玲奈の瞳には若干厳しい色が浮かぶ。この男は何か違う。すると男は似合わない笑みを浮かべ、小さく両手を広げた。
「私はあなたの敵ではありません。あなたに敵うとも思っていません。どうか警戒せずに私の話を聞いてください‥‥玲奈さん」
 男は玲奈の名を知っていた。もしかするともっと多くの事を知っているのかもしれない。浮かせかけた腰をもう一度椅子の上に降ろし玲奈は踊り子の衣装のままの薄絹越しに手をあげ向かいの席を示す。
「わかりました。どうぞお座り下さい」
 微笑む玲奈に男は一礼して席に着いた。

 雲のの世界にも果てはある。この世界の人々が足を踏み入れない寂しい辺境に打ち捨てられた様な古い建物が残っていた。その暗く大きなホールに2人の人影があった。1人は踊り子姿の玲奈。そして対峙しているのは旅客機ごと乗客を人質としていた革命派の首謀者であった。
「もう終わりよ。あなた方の企みは完全に潰えたわ」
 玲奈とこの雲の王国側の者達は奪われた旅客機を奪還し、同時に革命派の者達を捕縛していた。残っているのは目の前の老人だけである。
「何故だ! 何故を我の邪魔をする。王国は、王は民衆に大事な事を秘匿し続けてきた。それをつまびらかにする事を邪魔するとは、それに何の正義ある!」
 老人の言葉は激しく玲奈を攻める。
「明らかにするだけがあなたの目的? あなたは秘密を暴露し、世界を戦乱へと導こうとしているわ。戦いは無意味よ!」
 美しく平和な雲の世界。かつて多くの人々が夢見たアヴァロンがここにある。それを老人は内側から破壊しようとしている。だからこそ、老人は多くの者を籠絡したがより多くの者達から反感と反発を買い、王国側に知られる事になった。
「否、争いは、戦争は対話でもある。死在ればこそ争いが絶えず、万物が流転するのだ」
 老人は自説を曲げない。定命の者達を捉えて公表を王国に迫るという脅迫のため、無辜の人々を巻き込んだ事など歯牙にも掛けていない。戦争で傷つき失われるだろう命にも何の感慨もないのだろう。
「戦わなくても話し合いは出来るわ。争わなくても次の1歩を踏み出す事は出来る。破壊と再生に命の代償は不要よ」
「ならば話し合いとやらで我を止めてみるいい。我の命を奪って事を収めるのならば主こそが我の持論を証明することになる」
 老人は両手を大きく広げ高笑する。その耳障りな笑い声が広間に響き渡る。
「待った!」
 笑い声を遮る大きな声がした。振り返る玲奈。そこには沢山の雲の世界の住人達がいた。

 玲奈は真新しい制服を身に着け朝ご飯を作っている。テレビからはニュースキャスターの声が途切れることなく流れてくる。
「さて、イギリス政府は長年に渡って未確認飛行物体、通称UFOの通報を受け付けてきた部門の撤廃を表明いたしました」
 サンドイッチの耳を切った玲奈は笑みを浮かべる。あの世界は少しだけ変わった。そしてこの世界も少しずつ変わっている。隣人は宇宙人かも知れない。そんな噂の陰に今も沢山の異世界の人々はひっそりと息づいているのだ。