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<東京怪談・PCゲームノベル>


天国と地獄

 今日も夢を見る。
 全てを受け入れてくれたあの人から拒絶される夢――‥‥。
 そんな事はない、あの人は全てを受け入れてくれた。
 ありのままでいて、と受け入れてくれた――けれど恐怖はぬぐえない。
 だって、人の気持ちはうつろうものだから。
 今は受け入れてくれているけれど、この先ずっと受け入れてくれる保証なんて何処にもないのだから。
「‥‥怒る、だろうな‥‥」
 きっと、あの人はこれからの行動を怒る。
 怒ると同時に悲しんでくれると思う。
 だからこそ、今のうちに――‥‥。
 大好きなあの人との楽しかった思い出だけを抱えて――‥‥。
 ありがとう。
 そして、さようなら。
 臆病な僕をどうか許して欲しい。

※※※

「今までありがとう。色々あって引っ越す事になったからさようなら」
 そんな手紙が届き、慌てて彼の自宅へと向かう――。
「そこの人は引っ越したよ。えらくばたばたして引っ越していったから、何か急用でも出来たのかな?」
 彼女の部屋は既に空室になっており、本当に彼女がいたのかすら疑問に思えるほどシンとしていた。
「何で‥‥何で‥‥」
 がくりと膝をついた時、台所に一枚の紙が置いてあった。
「きっと探しに来てくれていると信じてこの手紙を残します。
 臆病な僕を許してください。
 色々な楽しい思い出をありがとう。
 嬉しい言葉をありがとう。
 今までしてもらった事に対するお礼を返せなくてごめんなさい。
 もう会うことはないけれど、貴方の幸せを願っています」
 そんな言葉が残された手紙、それをくしゃりと握り締めていなくなってしまった彼を探す事を決意したのだった。

視点→ブリジット・バレンタイン

 その日は暑かった。これ以上ないくらいに暑く、そんな中でブリジット・バレンタインは息が切れるほどに全力で走っていた。
 事の始まりはミツルから送られてきた一通の手紙だった。まるで二度と会わない事を決めたかのような内容にブリジットは怒りを交えた感情のままミツルの家へと向かう。
「あ、あの‥‥困ります!」
 ミツルの家へ到着すると、使用人の女性がブリジットの行く手を阻む。それに構う事なくブリジットは家の中へと足を踏み入れると、そこには厳しい表情をした中年の男性が立っていた。
「‥‥貴方が、ミツルのお父様ね」
「此処に来るという事は『ブリジット・バレンタイン』という女性がキミかね」
 ジロリと階段の上から、まるでブリジットを見下すかのように呟く。父親がブリジットに差し出した手紙には別れの言葉が綴られており、ブリジットの中に沸き起こった怒りが更に増す。
「恐らく知らないとは思うけど、一応聞くわ。ミツルの居場所は、知らないの?」
 ブリジットが問いかけると「知らん」と父親は短く、そして素っ気無く言葉を返す。
「誰のおかげで裕福な暮らしが出来ているかも理解せず、勝手なことをして‥‥恥さらしも良い所だ」
 ため息と共に吐き出される言葉はミツルを心配する言葉ではなく、更に追い討ちをかけるような言葉。
 その言葉にブリジットの怒りは爆発しそうになる――がミツルの父親と言う事も考えて静かに、そして低く言葉を紡ぎ始める。
「ミツルを育ててくれた事には感謝するわ。でもあなた達は家族として失格よ!」
 キッと強く父親を睨みながらブリジットが声を荒げると「失格も何も自分の所有物を使って何が悪いのかね」とさも当たり前のことでも言うかのように言葉を返してくる。
(「‥‥こんな人の所でミツルはずっと暮らしてたのね‥‥こんな、親以前に人間として失格とも呼べるような人の所で‥‥」)
 ブリジットはミツルがどれほど苦しんだだろう、どれほど悲しんだだろう、そんな事を考えながらミツルが今回のようなことを引き起こす事を予測できなかった自分自身にも腹が立って仕方がなかった。
(「急いでミツルを見つけなくちゃ‥‥」)
 ブリジットが心の中で呟き、外に出ようとした時に「待ちたまえ」と父親から呼び止められる。
「もしミツルを見つけたら連絡をして来なさい。謝礼は払おう」
 父親はブリジットがバレンタイン家の時期当主である事を知らないのか、上から目線でブリジットへと言葉を投げかける。
「いいえ、教えないわ」
「何だと?」
「もうミツルは貴方たちの思い通りにはならないのよ!」
 強い口調で言葉を吐き捨てると、そのまま父親の言葉を待たずにブリジットは家の外へと出る。
「あの‥‥」
 ミツルの家を出た所でブリジットは見知った顔に出会う。それは以前、ミツルの幼馴染だといっていた少女。恐らくミツルの周りで唯一ミツルを心配してくれていた人物と言っても過言ではないだろう。
「ちょうど良かった。ミツルがいなくなったの、何処に行ったか聞いてない?」
 ブリジットの言葉に少女は緩く首を横に振る。
「さようなら、というメールだけ届いて‥‥心配になってきたんですけど‥‥」
 少女の言葉に「‥‥そう」とブリジットは言葉を返す。
「よろしくお願いします。きっと貴方に見つけて欲しいって心の中では思ってる筈ですから‥‥」
 少女は深く頭を下げる。

 それからブリジットはミツルの消息を掴む為に動き始める。会社の情報網、以前頼んだ探偵にも依頼する。
「‥‥ミツルには頼る人はいない、恐らく着の身着のままでいなくなった可能性が高いわ‥‥」
 ぎゅ、と手を強く握り締めながらブリジットは呟く。
 そして、調べ始めてから2日後――探偵の方から連絡があり、ミツルが向かった場所がわかったとの事だった。
「東京から離れた田舎町の民宿に泊まってるらしい。人口の少ない小さな町だから余所者は直ぐに分かるみたいだ」
「そう‥‥ありがとう」
 ブリジットは居場所が書かれたメモを持ち、そのまま向かい始める。
(「言いたい事は沢山あるのよ、勝手なことばかり言って、勝手にいなくなるなんて、絶対に許さない」)
 ブリジットは心の中で呟き、車を動かし、ミツルのいる場所へと向かう。
 ――彼を迎えに行く為に。

「本当に小さな町ね」
 ミツルがいる場所、そこは漁業で生計を立てている者が多い小さな町で、見知らぬ人間のブリジットを住人達はじろじろと見ている。
(「何か、居心地が悪いわね‥‥」)
 余所者という事もあるだろうが、恐らくあまり見かけない外国の人間という事でも注目を集めているのだろう。
 そしてやってきたのは小さな民宿。
「ミツル!」
 民宿の中に入ろうとしたとき、ミツルの姿が見え、そのまま駆け出してミツルへと近づく。
「‥‥なん、で‥‥」
 ブリジットの姿を視界に捉えたミツルは信じられないとでも言うかのように目を大きく見開きながらブリジットに言葉を投げかけた。
「何で勝手にいなくなるのよ! 私が、どれだけ心配したと思ってるの!」
 少し大きな声で叫ぶと「ごめんなさい」とミツルは弱々しい声で言葉を返してくる。
「僕は、貴方を幸せに出来ない。僕に出来るのは、貴方の幸せを願うことだけ‥‥だから‥‥」
「ふざけないで!」
 ミツルの言葉を遮り、ブリジットは叫ぶ。
「何が貴方の幸せを願っているよ! 貴方がいなくなって私が幸せになれると思うの!?」
 ブリジットの言葉にミツルは大きく目を見開く。
「貴方の一人ぐらい私が背負えないと思っているの?」
 ブリジットはミツルを抱きしめながら瞳を伏せ、心から安心したように呟く。
「‥‥僕は、貴方を好きでいて、いいんですか‥‥?  僕は、貴方の傍にいても‥‥」
「いいに決まってるでしょう!」
 ブリジットの言葉を聞き、ミツルは安心したように「僕は、貴方と一緒にいたい‥‥もう、誰かの操り人形でいるのは嫌だ‥‥」と涙を流しながらブリジットに強く抱きついたのだった。


END


―― 登場人物 ――

8025/ブリジット・バレンタイン/32歳/女性/警備会社社長・バレンタイン家次期当主

――――――――――

ブリジット・バレンタイン様>
こんにちは、いつもご発注くださりありがとうございます!
今回の内容はいかがだったでしょうか?
次回で「絆」は最終回になります。
もし宜しければお付き合いくださると嬉しいです。

それでは、今回も書かせて頂きありがとうございました!


2010/8/16