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【D・A・N 〜Extra〜】
通りには夜店が立ち並び、周囲は楽しげな声に溢れている。打ち上げられた花火が夜空を彩り、辺りに歓声が沸き起こった。
夏の恒例といえる夏祭り。それに集まった人々が、思い思いに楽しんでいる様子が窺える。
浴衣に身を包んだ黒蝙蝠スザクもまた、そんな人々の一員だった。
選んだ浴衣は紺地に青色の蝶が舞っている物。いつもと違う服装と、場の雰囲気に上機嫌になりながら歩いていたスザクは、見知った人物の姿を見つけて、小走りに駆け寄ろうとした。
浴衣の上に人波に押されてなかなか近づけず、そうしている内に目的の人物がその場から離れる素振りを見せたので、慌てて声をかける。
「静月さん!」
周囲のざわめきや距離の問題で聞こえないかもしれないと思ったものの、どうやら何とか届いたらしく、彼――静月はスザクに振り向いた。
結構な混雑の中だというのに、すっとスザクに視線を合わせ、少しだけ驚いたように表情を動かす。
そしてまるで人ごみが存在しないかのように近づいてきた静月は、スザクを見下ろして呟くように名を呼ぶ。
「黒蝙蝠さん…」
何故かそのまま黙り込んでしまう静月。不思議に思って「静月さん?」と呼びかけると、ハッと我に返ったようにスザクを見た。
「すまない。……いつもと違う服装をしているから、驚いた。よく似合っている」
静月には珍しい微笑と共にストレートに褒められ、照れるより驚いてしまう。
(何だか、いつもと雰囲気が違うような…?)
どこがどう、というより、全体的に柔らかい感じがする。何かあったのだろうか。
心中で首を傾げて、改めて静月の姿を眺める。と、今度は違和感を覚えた。
何に、と考えると、こちらはすぐに答えが出た。服だ。
夜で日中よりは幾らか涼しいとはいえ、真夏で蒸し暑いこの最中に、静月はほとんど露出のない黒尽くめの格好をしているのだ。長袖はともかくとして、首元まできっちり覆われているのは見ている方が大丈夫なのかと心配になってくる。通気性の良い素材だとしても、もう少し涼しげなデザインはなかったのだろうか。
そういえば静月は、初めて出会った時から一貫して、黒尽くめ且つ極端に露出の少ない格好だった気がする。
そんなことを考えるスザクをよそに、静月は軽く辺りを見回していた。
「――賑やかだな。祭りか」
今更のように呟いて、静月は再びスザクを見下ろす。
「それで、何か用でも?」
「え?」
「何か用がなければ、こんな祭りの夜に、わざわざ私に声をかけたりはしないだろう」
至極当然のように言われて、一瞬理解が追いつかずに返答が遅れてしまった。
「……ええと、」
声をかけたのは用があったからというより、もう半ば反射的なものだった。珂月も静月も確実に会う方法がないので、見かけたら声をかけるというのがスザクにとって当然になっていたのだ。何故声をかけるかといえば、それは二人と関わるためである。
「特に用があったってわけじゃないのだけど――でも、せっかくだから、花火でも一緒に見ながらお話とかどうかしら」
具体的な案があったわけではないので、思いついたことをそのまま言ってみる。
静月の答えは「別に構わないが」という、常の無表情もあいまって考えの読めないものだったが、了承に変わりはない。スザクは上機嫌に笑顔を返したのだった。
◆
スザクは花火が好きだった。夜空を色とりどりの光が照らすのを見るのが『大好き』だと言えるレベルで好きだった。
なので、話をするに支障のない場所を探して、そこに腰を落ち着けた後、クライマックスに差し掛かった花火に思わず見惚れ、感動して叫んだり騒いだりしてしまったのも仕方のないことだった。
「綺麗」だの「すごい」だの、ありきたりな言葉しか出てこないけれど、ありきたりな言葉こそが、シンプル故に湧き出る感情を表すのに最も相応しい気がする。
と、次々上がる花火にはしゃいでいたスザクの耳に、僅かに感心するような響きの声が聞こえた。
「……花火が、余程好きなんだな」
その声が、花火に意識を持っていかれて半ば無視する形になっていた静月のものだと認識すると同時、スザクは慌てて彼を仰いだ。
「ゴメン、うるさかった?」
問うと、静月は緩く首を振った。
「いや。綺麗なものを綺麗と、素直に表現できるのは良いことだと思う。……こちらは見なくてもいい。会話は花火を見ながらでもできるだろう」
促されて、スザクは花火に視線を戻す。静月もまた同じように空を見上げるのが、気配で分かった。
夜空に舞い散る花火を見ながら、スザクは少し興奮の醒めた頭で、ふと考える。
(…珂月さんは、静月さんが死にたがってるって言ってたけど――)
果たして本当にそうなのだろうか。スザクにはどうしても、静月が『魔』の見せた幻影のようなことを考えているとは思えなかった。
けれど、珂月を大切に思う故に、後ろ向きになる気持ちがあったりするのかもしれない、とは思う。
珂月が、静月を大切に思う故に、自分を責めるような言動をしていたように。
そんなふうに、お互いを思う気持ちが歪んで、何か取り返しのつかないことになってしまわないかと心配になる。
(この間聞いた珂月さんの気持ち、それが真実なんだって伝えたい。静月さんが抱く苦しい気持ちを、少しでも和らげることができたらいいんだけど)
そう思って、話すタイミングを計ろうと、隣の静月の顔を覗き見る。花火の光に照らされる横顔は僅かに目が細められ、どこか遠くを見ているようにも思えた。
(何、考えてるのかな。そういえばさっきも、何か雰囲気が違ってたけど……)
何か、夏祭りに思い出でもあるのだろうか。それともまた別の要因があるのか――自分の勘違いということはないと思うのだけど。
「……珂月が、」
ぽつり、と静月が呟くように言った。一瞬驚いたが、静月の視線は夜空に固定されたままで、スザクの視線には気付いていなさそうだった。
「花火を、見せてくれたことがある。本物はいつか見に行こう、と言って。屋敷を抜け出したことを悪びれもせず祭りの土産話をするから、呆れたものだ」
矛盾しているような科白。だけど、そこに込められた感情は、嘘ではないと思った。
どういう意味なのかと考えてみても、『偽物の花火』を珂月が見せたのだろうとしか考えられない。『偽物の花火』がどんなものか、どういう手段で見せたのかは想像もつかなかったが。
「…珂月さんは、静月さんを救いたいって言ってたわ。静月さんが何にも縛られず、思う通りに生きることが望みだって」
気付けば、話そうと思っていたことが口をついて出ていた。
「珂月が?」
反射的にかスザクを見た静月は、考えるように目を伏せた。
「スザクにはよく分からなかったけど――どっちが悪かったって話じゃない、とも言ってたわ。静月さんのせいだけじゃないって」
「……そうか」
溜息を吐くように溢された言葉は、苦笑とも呆れともつかない響きを伴っていた。
ちゃんと伝わったのか――その判断はつかないけれど、スザクができるのはここまでだ。後は静月の受け取り方に任せるしかない。
そうして、先程の静月の科白を思い返す。あのニュアンスだと、きっと二人で花火を見ることはできなかったのだろう。
「来年は、三人で花火を見たいね」
心からの思いでそう言う。珂月と、静月と、自分。三人で見る花火は、きっと今日よりも綺麗に見えるだろう。皆で夜店を回るのも、きっと楽しいに違いない。
静月は、口端を僅かに上げて、「…そう、できたらいいだろうな」とだけ答えた。
困ったような、寂しそうな、そんな笑顔だと、スザクは思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【7919/黒蝙蝠・スザク(くろこうもり・すざく)/女性/16歳/無職】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、黒蝙蝠様。ライターの遊月です。
「D・A・N 〜Extra〜」にご参加くださりありがとうございました。
静月と過ごす夏祭りのひととき、如何だったでしょうか。
謎を探るより共に過ごす時間を楽しむ、とのことだったのですが、何だか思ったより『謎』についての伏線が多くなってしまいました。どうも静月は、楽しく一緒に過ごすのには基本的に向かないようです…すみません。
肝心なところで沈黙するので分かりにくいですが、黒蝙蝠様の気遣いにはきちんと気付いてますので。
ご満足いただける作品に仕上がっているとよいのですが…。
リテイクその他はご遠慮なく。
それでは、本当にありがとうございました。
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