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第5夜 2人の怪盗
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午後4時30分。
バシャーン
水しぶきが弾け跳ぶ。
塩素の匂いのきつい温水プールも、1度水の中に入ってしまえば、そんなに気になる事もなく。
久しぶりに入るプールの水温は心地よく、しばらくプールから離れていた自分も徐々に身体が水に馴染んでいくのが分かる。
明姫クリスが泳ぎながら考える事は2つ。
1つは、今晩来ると言われている怪盗の事である。今日オディールの予告状が届いた事は新聞部が既に号外で出しているから知っている。確か連太から聞いた話だと今回盗まれるのはフェンシング部の宝剣だったはず、だけど……。
もう1つは、その宝剣を盗みに来る怪盗は2人だと言う話だ。
「オディールだけでも厄介なのに、もう1人出てくるなんて、ねえ?」
クリスは手を動かしながら天井を見上げる。
宝剣は確かうちの卒業生が作ったレプリカって小山君が言ってたわね。オディールの方は、盗みに来るものは全て消すために盗んでいるみたいだけど、もう1人の怪盗は何を企んでいるのかしら?
まあ、借りもあるし。守り抜くのがベストだけど、例え守りきれなくってもオディールの手に渡るのがベターって事か。
クリスは考えがまとまった所で、クルッとターンを決め、華麗にプールを泳ぎきった。
「お疲れ様、明姫さん」
「はい、お疲れ様」
もう練習が始まってから1時間は経過しているので、水泳部員達は銘々ベンチで座って休憩をしていた。
「そう言えば、今晩も怪盗が出るらしいわね」
クリスも部員達に倣ってベンチに腰かける。
部員達はスポーツドリンクを飲みながらクリスの方を向く。
「そうらしいわね、でも今回はさすがに怪盗も難しいんじゃないかしら?」
「あら、どう言う事?」
「会長ですよ。会長はフェンシング部の主将ですから。自分の部の物が盗まれるとなったら、躍起になるんじゃないですかねえ」
「なるほど……」
この学園始まって以来の気難しい生徒会長として有名な青桐幹人生徒会長は、確か日和見している理事会に対しても怪盗に対する態度を改めろと、何度も何度も陳情してはスルーされているとは専らの噂だった。
ずっと自警団指揮して怪盗捕まえようとしているのに、裏をかかれてとんだピエロになってて、今回もし自分の部の物が盗まれたとしたら、面目丸つぶれだものねえ……。躍起になる訳だわ。
クリスはそう思いながら自分の分のスポーツドリンクに口をつけた。
「でも今回怪盗がもう1人出るとか聞いたけど?」
「ああ……」
部員達は顔を見合わせた。
「正直、オディールの方は物盗んでても、少なくとも生徒会の面目潰し以外は誰も傷付いてないですけど、もう1人の怪盗なんて、まんま脅迫ですよね……」
「何もないですけどいいですよねえ……」
「うーん……」
銘々にひそひそと話し合うのに、クリスはペットボトルをいじりながら「むう……」と呟いた。
クリスは何度も怪盗に会っているが、確かに彼女からは悪意を感じないのだ。何で盗むもの盗むものを消して回っているのかまでは知らないが。
この事、彼女は知っているのかしら?
うーん……。
「ところでクリスさん、1つ訊いていいですか?」
「あら? 何かしら」
「その……」
後輩がちらちらとクリスを見た。
嫌な予感。
「……どうしたら、そう……胸大きくなりますか?」
……やっぱり。
クリスは苦笑いしながら、飲み終えたペットボトルをくしゃくしゃに潰した。
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午後9時45分。
既に学園内は自警団以外はいない。
しん……と静まり返った学園の塔の上を跳ぶ影が1つ。
イシュタルである。
「確か、フェンシング部のあるのは、フェンシング場の端、だったわね」
イシュタルはそう呟きながら塔から塔へと移動した。
学園にある体育館は、巨大な体育館の中に、それぞれ第一体育室、第二体育室と区分けされて存在する。バレエのレッスン場も体育館の中の1つの部屋である。
フェンシング場は体育館の地下に広く存在する場所である。
もし怪盗が潜入するのなら、フェンシング場の上は光源として部屋は作られておらず、地下地上含めて5階建ての上には天窓が存在する。
入るとしたらそこだろう。
ここからだったら、怪盗を邪魔できるかもしれない。
そう思った時。
ヒクリ。
鼻を動かす。
イシュタルは匂いがするのに気が付いた。
この匂い……嫌な感じがするわね。
イシュタルには秘密が存在する。夢魔サキュバスの血を引いていると言う秘密である。故に、彼女には眠りを誘うものを嗅ぎ分ける事ができた。この匂いは、睡眠の魔法がかかっているわ。
イシュタルは、手を広げた。
手には、彼女の愛刀が飛んできた。
イシュタルは、匂いの方角に刀を閃かせた。
ガンッ
火花が飛ぶ。
イシュタルの刀は、それの構えた杖で受け止められた。
イシュタルと対峙する相手。それは、黒いマント、黒い仮面で全身を覆った、悪魔だった。
「貴方が、ロットバルトって言う訳ね?」
「貴様、何者だ? 貴様には用はない」
「貴方にはなくても、私にはあるの。星の見えぬ夜なれど、爛々と輝く星の光。金星の使者、イシュタル! 貴方が何者かは知らないけど、脅迫はよくないわね?」
「ふん……」
イシュタルはロットバルトとギリギリと刀と杖を交えた。
この男……剣術は大した事ない。悔しいけど男女の差でこの男の方が腕力が強い位ね。でも何なの。この男……。
すごく嫌な感じがする。
ふいに、ロットバルトの口元が歪んだ。
「えっ?」
彼女の刀の構えが一瞬だけ弛んだ。ロットバルトはその隙を見逃さなかった。
男は杖をくいっと構え直した。
杖の先端が光る。そこからは蔦が伸び、イシュタルは絡め取られてしまった。
「ちょっ!? 貴方、魔法使い!?」
「だったらどうだと言うのだ?」
ロットバルトはにべもなくそう言い、イシュタルの背中を蹴った。
「キャアアアアアアアア!!!」
イシュタルは、屋根からそのまま落とされてしまった……。
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目が覚めたら、蔦に縛られたまま、芝生に転がっていた。
いったあ……頭打って気絶してたわね。
幸い怪我は自分の血筋の力ですぐ治ってしまったが、蔦が邪魔だ。
イシュタルは溜息をつくと、アポート能力で自分の刀を引き寄せた。蔦はバチンと音を立てて切れ落ちた。
一体何だって言うの、あの男……。
男とか女とか言う以前に、人を人とも思わない態度が気に入らないわね。
そう言えば、宝剣はどうなったのかしら?
イシュタルが落ちたのは体育館と時計塔の間に存在する芝生地帯である。
今、何時かしら?
彼女は上を見上げた。
「……え?」
イシュタルは目を疑った。
体育館の天窓から光が拡散して放出されていたのだ。
「なっ、何があったって言うの……?」
イシュタルがそれを呆然と見ていた時、影が2つそれに続いて飛び出してくるのが見えた。1つはロットバルト。もう1つはオディールである。
ロットバルトはそのまま明後日の方向に跳んでいってしまったが、もう1つはふらふらと辺りを見回し、途方に暮れたようにこちらへと落ちてきた。
「オディール!?」
「……イシュタルさん」
気のせいか、オディールはいつもと様子が違った。
ひどく戸惑っているようである。
「あの光は一体何? あの男、一体何をしたって言うの!?」
「……分からないわ。私も、あの人が一体何なのか……ただあの人、あの子達が思念だと知っているようだった。あの子達を、欲しがっていて……あの子達はあの人を怖がって、散り散りにいなくなってしまったの……」
オディールが盗む物全てが思念だと言う事を知っている人間は限られている。
それを知っているとは。
「一体、何なの……あの男は。ねえ、貴方は一体、どうしてそれを回収して……」
いつの間にやら、オディールの姿は消えていた。
……まあいっか。
本当に、厄介な事になったわね。
イシュタルは笑った。
次は絶対に負けない。あの男には。そう誓って、ぐっと刀を握り締めた。
<第5夜・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【8074/明姫クリス/女/18歳/高校生/声優/金星の女神イシュタル】
【NPC/怪盗オディール/女/???歳/怪盗】
【NPC/怪盗ロットバルト/男/???歳/怪盗】
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■ ライター通信 ■
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明姫クリス様へ。
こんばんは、ライターの石田空です。
「黒鳥〜オディール〜」第5夜に参加して下さり、ありがとうございます。
今回は怪盗ロットバルトとコネクションができました。よろしければシチュエーションノベルや手紙で絡んでみて下さい。怪盗オディールは普段コネクションが出来ても滅多に現れる事がないのですが、呼べばもしかしたら会いに来てくれるかもしれませんが、おそらく罠があるとは追記しておきます。
ロットバルトを追えば、いずれオディールの目的も分かるはずです。
第6夜公開も公開中です。よろしければ次のシナリオの参加もお待ちしております。
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