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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


暑さとは無縁のお仕事です
●オープニング【0】
「暑くない所で、ちょっとした調査のお仕事やってみる気はない?」
 8月の猛暑の最中、月刊アトラス編集長の碇麗香からそんな話を持ちかけられた。暑くない所での仕事とは、猛暑であることを考えると何と好条件であるのだろう。
「空調のしっかりした倉庫なんだけどね。この2、3週間ほど妙な現象が起きているらしいのよ」
 倉庫で妙な現象……さて、どのようなことが起きているのだろうか。
「誰も触ってないのに在庫が崩れたりとか、出入口の扉がほんのちょっと開きにくくなってるとか、まあその程度ね。幽霊が出たとか、怪しい影があったって話は聞いてないわ。そうそう、その倉庫で死者どころか怪我人すら出たことないから」
 淡々と説明を行う麗香。それらしい原因がなく、在庫が崩れたりするというのはちょっと気になる話ではある。今現在はその程度で済んでいるのかもしれないが、このまま放置しておくとどうなるか分かったものではない。
「一応ね、この顛末を記事にさせてもらうって約束で調査を引き受けたのよ。だからしっかり調べてきてほしい訳。最終的にオカルト関係なくても、記事の方はどうとでも出来るし……」
 なるほど……とりあえずネタのとっかかりがほしいんですね、分かりました。記事のために調べてくることにしましょうか。
「よかった、引き受けてくれるのね。ああ、サイズだけ事前に伝えれば防寒具は向こうで用意してくれるそうだから、予め教えておいてね」
 ……ちょっと待て、防寒具って何の話ですか?
「え、さっき言ったでしょ。空調のしっかりした倉庫だって。マイナス30度で冷凍食品を扱ってる倉庫なのよ。じゃ、調査頑張ってきてね」
 さっ……詐欺だーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!

●調査に来ました【1】
「この20数年、あの倉庫は本当に事故らしい事故が起こってないんですよ。もちろん事故が起こらないよう、各自が気を付けています」
 調査のために件の倉庫のある会社を訪れたルナ・バレンタインを先に立って案内してくれているのは、作業服姿で人のよさそうな初老の男性従業員であった。すれ違った他の従業員が『主任さん』と呼んでたことからして、何らかの主任を務めていると思われる。
「まあ、あと1年かそこらであいつもお役御免になる訳ですが」
 と、その主任が少し寂しげにつぶやいたことで、ルナは会社の敷地内で何やら新しい建物が建てられようとしていたのを思い出した。
「ひょっとして、外の……」
「ああ、ご覧になられましたか。今の倉庫も古く手狭になってきましたし、セキュリティを上げるためにも、いっそ新しく作った方がいいだろうということになりましてね」
 20数年使用されているのだ、時代が変わるにつれ求められる物も変わってくる。今ある物に追加投資をするよりも、未来を見据えて新たに作る方が結果的に安くなるだろうと考え動くのも、経営者判断としてはよくある話だ。
「どうぞこちらへ。小会議室を臨時の更衣室にさせていただきましたので。あ、防寒具はすでに中に。ただサイズが……何分急ぎでしたんで、少々合わない部分があるかもしれませんが」
 主任はそう言ってちらとルナの格好に目をやったかと思うと、慌てて視線を逸らせていた。それはそうだろう、ルナの今の格好といったら、豊かな胸を隠し切れないビキニの上に生足露なショートパンツといった感じの装いであったのだから、初老の男性には少々刺激的である。
 ルナは礼を言って部屋へ入ると、後ろ手にドアを閉めてから大きく息を吐き出した。
「……ほんと、暑いわね……」
 屋内、しかもこの格好でそんなことをつぶやくのかと他人が聞けば思うかもしれないが、冬場でも露出度の高い服装を好んで着ているルナにしてみれば、これでも暑いのだ。
 出来れば今日の調査だって防寒具は必要ないと考えているのだが、事前にマイナス30度の世界における注意を受けたのと、万一何かあれば会社の責任問題になるんだろうと思い、ルナが折れることにしたのである。
「……でもまあ、中に何を着ろとは言われてないし」
 と、つぶやいてからおもむろに着替え始めるルナ。そして10分ほどして外へ出てきたのだが――。
「ああ、着替えはお済みでっ……!?」
 小会議室から現れたルナの格好を見て絶句する主任。何故なら防寒具を羽織ったルナの顔は、目元が白きマスクに覆われていたのだから。
「あ、あの、そ……それは……?」
「あ、これ? 中に試合用の衣装を着込んで……こんな風に」
 そう言って防寒具をばっと開いて見せるルナ。中は肌の露出度が非常に高い白きレオタード。とりあえず隠さねばならぬ所は隠したけれど……といった感じの衣装である。
「ちゃんと手袋もつけてるし、これなら金属対策もばっちりかな?」
 両方の二の腕の辺りまでを覆う白き手袋をさすりながらルナは言うが、主任はといえば驚きのあまり口をあんぐりと開けたままである。
「さ……案内してくれない?」
 ルナは主任にそう促すと、自らの銀髪を括る白きリボンを改めてぎゅっと結び直した。

●マイナス30度の世界へ【2】
「ひゃー、涼し……ん?」
 倉庫内へと1人足を踏み入れたルナは、入ってすぐに奇妙な感覚に襲われた。
「…………?」
 その場に立ち止まったまま、ルナは思案顔で辺りを見回す。だがしかし、視界に入るのは天井や壁や床、そして積まれている冷凍食品の入った段ボールばかり。別段怪しい物は見当たらない。
(何だろ、これ? 確かに涼しいんだけど……涼しいんだけど、どこか暖かみのあるような感じが……?)
 いや、決して不快ではない。不快ではないが、涼しさに暖かみが混じってくるというのは、何とも奇妙な物だ。
「とりあえず害はなさそう……かな?」
 別に身体の調子がおかしくなるとか、そんな様子はまるで感じられない。このことはひとまず横に置いておいて、ルナは倉庫の中を調べてみることにした。
「でも正直、頭を使うのは苦手なんだよねー」
 などと言いながらも、まずは倉庫を隅々まで見て歩く。段ボールの山と段ボールの山との間隔が広く取られているのは、運搬用の機械が出入りする関係で必要分の幅を確保しているのであろう。おかげで歩きやすいし、もし戦闘が起こったとしても十二分に動き回れることが出来そうだ。
 その各所に置かれている段ボールはきっちりと乱れなく積まれている。この積み方であれば、そうそう荷崩れなどは起きやしないだろう。
(自然には起きそうにないとすると、誰かがこっそり抜いてそれでかな?)
 その可能性はあるかもしれない。が、こっそり抜くとすればその目的は恐らく横流しとなるのだろうが、正直冷凍食品の横流しは大規模でもなければそんなに稼げるとは思えない。まあ、金より嫌がらせの気持ちの方が強いのではあれば、その限りではないけれども。
 そして一通り倉庫の中を見終わって、ルナは腕を組んで考え込む。これといった物が見付からなかったからだ。
(どこか見落としてたりしないかなあ?)
 そう自問自答しながら、ゆっくりと周囲を見回すルナ。目につくのは積まれている段ボールの山で――。
「あっ!」
 ルナがはっとした表情のまま、近くの段ボールの山へと駆け寄ってゆく。
「まだ見てない場所があった……!!」
 積まれている段ボールの山から1つ2つ降ろしたかと思うと、ルナは段ボールを降ろしたことによって出来上がった足場に手をかけて、あっという間に段ボールの山の上に飛び乗ってしまった!
「……山積みになってると、中が死角になるんだよね」
 笑みを浮かべるルナ。山を作ると、周囲を覆ってしまえば中心部は見えなくなってしまう。上手くすれば、そこに何かを隠すことだって可能なのだ。
 そして、そのルナの直感は正しかった。段ボールの壁に覆われた中心部に、何やら黒いゴミ袋が隠されていたのである。ルナはそれを引っ張り上げ、段ボールの山の外へと運び出す。結構な重量があった。
 ルナがそのゴミ袋を開くと、中から出てきたのは黒いボストンバッグ。さらにバッグを開けてみると――。
「何これ!?」
 我が目を疑うルナ。バッグの中に詰まっていたのは、帯封がついたままの1万円札の束だったのだ。見える範囲だけでも1000万円を超えているのは間違いなかった。
「いったい誰が……?」
 自然と出てくるそんな疑問。何はともあれ、外へ出て報告しなければならない。倉庫の外ではあの主任が待ってくれているはずだ。
 ルナは出口へ急ぎ扉へ手をかけた……のだが。
「うん?」
 扉の手応えが入った時よりも重い。さらに力を入れてルナは扉を開けようとしたのだが……動かない。まさか報告にあった扉が開きにくくなった現象が、このタイミングで起こったというのか?
「はぁ……しょうがないなあ」
 ルナはやれやれといった様子で2、3度頭を振ってから、防寒具のポケットより何かを取り出した。それは白い宿り木であった。
「さてと」
 ばっと羽織っていた防寒具を脱ぎ捨てるルナ。と同時に、白い宿り木を握り締め、魔術の力を発動させる――『戦いの儀式』を。
「……ふんぬっ……!!!」
 全身が熱く燃えたぎるのを感じながら、ルナは再び扉に手をかけて力を込めた。扉から徐々に異音が聞こえ出し、開かれるのも時間の問題だと思われたその瞬間――扉の重さが消え失せた。
 当然重さの消えた扉は軽々と開かれる。ルナが外へと飛び出した瞬間、横から何かを振り下ろして襲いかかってくる者が居た!
 身をかわし、ルナはすぐさま襲撃者の背中を取ると、自らの二の腕を相手の首元へ回して力を込めた。いわゆるチョークスリーパーという技である。プロ――おまけに魔術で戦闘能力が上がっている状態だ――の技に素人が耐えられる訳がない。ものの数秒もしないうちに襲撃者は落ちてしまい、床に乾いた音を立てて鉄パイプが転がっていった。
 そしてルナが技を解いてようやく、襲撃者がこの会社の作業服を着た若い男であったことに気付いたのであった。

●顛末【3】
「どうもね、現金輸送車襲った連中のお金を横取りしたらしいのよ」
 翌日、月刊アトラス編集部に顔を出したルナへ、碇麗香から説明があった。そう言われてルナは、1ヶ月近く前に銀行の現金輸送車が襲われた事件があったのを思い出した。確か犯人は捕まったのに、奪われた現金が見付からないとか……。
「犯人が隠してたのをたまたま見てて、それを横取りしたのはいいんだけど、すぐに使うと足がつく。そこで、しばらくあの倉庫に隠すことにしたようね」
「あ、じゃあ、あたしが襲われたのは、それがばれると思って……」
 ルナがそう言うと、麗香はこくんと頷いた。
「そうね。だからわざわざ主任さんだっけ? その人を嘘の用事で倉庫から引き離して自分が代わって、あなたの口封じをしようとしたんでしょうね。ま、相手が悪かったけど」
「それはいいんだけど……。結局、妙な現象はまだ解明されてないような」
「ああ、それなら話を聞いて、1つ納得出来ることがあったから。20数年経ってたんでしょ、その倉庫。優しくしてくれる人も居たようだし、魂が宿って、お金が隠されてることを何とか知らせようとしてたんじゃないかしら」
 古い建物に魂が宿るという話は聞いたことがある。倉庫にそれが起こらないとは決して言い切れない。
「そういう方向で原稿は書くことにしたわ。合ってるかどうかはさておき」
 ……そうでした、あなたはそういう人でしたね、麗香さん。
 だがその推測は外れていなかったようで、その後で倉庫に奇妙な現象が起こることはなくなったという。恐らくはこのまま、倉庫は平穏に事故もなく使命を終えるのであろう。

【暑さとは無縁のお仕事です 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 7873 / ルナ・バレンタイン(るな・ばれんたいん)
  / 女 / 27 / 元パイロット/留学生/キャットファイター 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全3場面で構成されています。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここにマイナス30度の世界を少し扱ったお話をお届けいたします。
・本文のような隠し方はオーソドックスではあるんですが、マイナス30度の世界ですと通常はそう長居も出来ませんし、多少見付かりにくくはなるかなあ……と思ってこうなりました。まあ、そういう世界でも平気な人の前では無意味になるんですけどね。
・ルナ・バレンタインさん、5度目のご参加ありがとうございます。ルナさんにとってマイナス30度の世界は快適だったのでしょうかね。ドルイド魔術を使う準備をしてあったのはよかったと思います。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。