コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


かぐや姫ならぬ

「いーやーでーすー!」
 三島・玲奈が白王社に一歩足を踏み入れた瞬間、三下・忠雄の声が響き渡った。三下は「あ」と言いながら、受話器を電話機に戻す。どうやら、電話中だったようだ。
「何事なの? 三下さん」
 涙目で叫ぶ三下に話しかけると、三下は青い顔をしながら、デスクを指差す。そこにあるのは、写真と釣書。
「ええと、どれどれ……おお、中々の美人さんじゃない」
 写真には、色白で細面の美人が写っていた。マッシュルームカットがよく似合っている。
「で……え、凄い。大きな家具屋の娘さんなのね。しかも、松茸が採れる広大な山林を持てる資産家さんじゃない」
「けけけ、結婚しろって言うんです」
「誰が?」
「僕が」
「誰と?」
「この人と」
「家具屋の娘と?」
 こっくりと、三下は頷く。顔が青い。
「僕は、嫌だって言ったんです。相性がいいけど、結婚生活が大凶と出たんですから」
「うーん……でも、お金持ちで美人さんじゃない。罰が当たるわよ。こんなに逆玉なのに」
 玲奈は写真と釣書をデスクに戻し、持っていた鞄から紙パックのジュースを取り出す。白王社で飲もうと思っていたものだ。
「でも、嫌なんです。みみみ、三島さん。破談にしてくれませんか?」
 三下の言葉に、思わず玲奈はぶっと飲みかけたジュースを噴出す。
「三下さん、普通花の乙女に破談工作を依頼する?」
 慌てて口元を拭う玲奈に、三下は「だだだ、だって」と言い、俯く。
「僕は、断ったんです。でも、半ば強引に決められていて」
 玲奈は「全く、もう」と溜息混じりに言うと、びしっと三下を指差す。
「ちゃんとしてよ、三下さん! そんなにびびったって仕方ないでしょ?」
「仕方ないじゃないですか。だって、大凶ですよ? 強引なんですよ?」
「だーかーらー」
 はぁ、と玲奈は溜息をつく。そして「仕方ないなぁ」と呟くと、ご令嬢の釣書と写真を手にして、白王社を出発するのだった。


 ご令嬢の家は、茸屋敷と呼ばれていた。近所まで行って、家の様子を尋ねると「行けば分かる」と答えられた。
 なるほど、判りやすい。何しろ、何から何まで茸尽くしなのだ。
 門柱も茸、植えてある木もマッシュルームカット、表札も茸型。
「良い人というか、求婚者はいっぱいいるみたいだけど」
 玲奈は呟き、改めて茸屋敷を見る。
 いい人であるように、と玲奈は願っていた。三下の事は、慕っている。幸福を願うくらいに。だからこそ、彼が幸せになる結婚なのかを今一度確かめているのだ。
 家柄と彼女自身が美人という事もあり、近所の人が言うには求婚者がたくさんいるらしい。家柄やルックスは、皆十二分なのだという。
「……それなのに、どうして三下さんなのかしら」
 素朴な疑問だった。家柄も、ルックスも、取り立てて良いとはいえない。しかし、何かしらの理由があるからこそ、三下と結婚しようと言うのだ。
「よし」
 玲奈はぽつりと呟くと、カメラを握り締めながらチャイムを押した。
「あの、白王社と申します。芸能誌取材をさせていただきたいのですが」
 丁寧に尋ねると、茸型の門がゆっくりと開いた。中を通され、令嬢にインタビューさせてもらえる事となる。
 応接間で待っていると、おしとやかな令嬢が現れた。写真と同じ、マッシュルームカットの似合う美人だ。
「今度、ご結婚されるそうで」
 玲奈が切り出すと、令嬢は微笑みながら「ええ」と頷いた。
「私、誤って指輪を落としたんです。崖下に」
「指輪、ですか」
「ええ、これです。これを、三下様は取りに行ってくださったんです」
 令嬢はそう言って、指にはめている指輪を差し出す。妙にどでかい宝石がはめ込まれた、キラキラと光る指輪だ。
(パチモン臭い)
 それが第一印象だった。しかし、顔には出さずに「そうなんですか」と返す。
「三下様は、不屈な心をお持ちです。私、すっかり惚れてしまいまして」
 ほんのりと頬が赤らむ。他にも色々話を聞いてみるのだが、どうも胡散臭い。
「家具に使っている木は、全て上質なのですよ」
 見せてもらえば、上質とはいいがたい木。
「職人は一流なんですの」
 よくよく見れば、大したことの無い作り。
 そろそろ帰ろう、と玲奈が席を立とうとすると、令嬢はそっと口を開いた。
「実は私……松茸の前で拾われたのです」
「はい?」
「ですが、私を立派に育ててくださいました。ですから、私は思うのです。三下様のような不屈さは、再び私を羽ばたかせてくださる、と!」
 もう、何が何だかよく分からない。玲奈は「はあ」とだけ答え、茸屋敷を後にするのだった。


 玲奈が帰った後も、令嬢との結婚話は消えなかった。胡散臭さばかりが目につくのだ。
「……僕は、僕は、逃げたい!」
 明日に挙式を控え、三下は叫ぶ。デスクには、一緒に住むならお屋敷へ、とだとか、新婚旅行はここがよいでしょう、だとか、一方的な書類が山のように積み重なっている。三下は怯えながら、自宅に引き篭もってしまっていた。
「ちょっと、異常ね」
 それが玲奈の感想だった。これは、破談工作をしようとか、そういうレベルを超している。
 極めつけに、毎日のプレゼントと「貴方茸! 何時までも松茸!」と叫ばれたボイスレコーダーまで贈られる始末。
 流石の編集部も異常を察知して、三下を警護しよう、という事になった。毎日のプレゼントは、編集部によってチェックされている。
「挙式は明日……なら、迎えに来るかもしれないわね」
 玲奈は呟き、引き篭もろうとする三下を呼び止める。
「これ、プレゼント」
「え?」
 不思議そうな三下に、玲奈は微笑んだ。使い方を説明し終えると、突如光が三下の家に差し込んできた。
 何事かと見れば、巨大な茸の傘が月からやってきていた。ちょっとメルヘンだ。
「すっごい光!」
 思わず、玲奈は叫ぶ。そこに、令嬢の「貴方茸!」という声が響いてきた。
「お迎えに参りました、三下様。さあ、ご一緒に!」
「う、うわああああ!」
 三下は叫び、玲奈から受け取ったものを高々と掲げた。
「ま、まぁ!」
 令嬢は一歩下がる。
 差し出されたのは、穂先に鯛をつけた槍。
 鯛をつけた槍……槍の鯛……。
「槍鯛だなんて、お下品な!」
 令嬢は叫ぶ。そして、光は徐々に消えうせていく。窓から覗けば、再び月の方へと巨大茸が飛んで向かっている。
「お、終わった」
 その場に三下が座り込む。玲奈は「良かったね」と言って笑った。
 こうして「かぐや姫」ならぬ「家具屋しめじ」の騒動は幕を閉じたのだった。
「めでたしめでたし」
 玲奈が言うと、三下は「めでたいけど」と口ごもる。
「まだ、僕のデスクには残っているんだよね? 書類とか、レコーダーとか」
「うん。後始末しとけって」
「うわああ、やっぱり!」
 引き篭もってから溜まりまくっている仕事と、デスクに積み重なったプレゼントの事を思い、三下は叫んだ。
 玲奈は「手伝ってあげるから」と言いながら、月を見上げて笑うのだった。


<おそまつ!・了>