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<東京怪談ノベル(シングル)>


旅先の謎

 ある晴れた昼下がり。
 月刊アトラス編集部の全員で、車で走って3時間の場所にあるキャンプ場まで慰安旅行に出かけていた。
 キャンプ場は湖のほとりにあり、一般にも開放された開けた場所だった。人はそこそこいる。
「さて、バーベキューの準備でもしますか!」
 そう言いながら編集部のメンバーが石の壁を作り、その中に炭や新聞紙やおがくずなどを入れて火を起こそうとし始めて、実に1時間以上経っている。
 玲奈を含めメンバー達が困り果てていると、すぐ隣で大きな音楽を鳴らし同じようにバーベキューを楽しみながら踊りを踊って楽しんでいた男たちが、こちらに気づいて近づいてきた。
「へい! どうしたんだよ! 浮かない顔しちゃってさ!」
 まるでリズムに乗りながら話しているかのようなその口ぶりに、その場にいた全員が驚いたように固まってしまった。
「実は火が点かなくて…」
 玲奈がそう言うと、男たちはははーん、と頷くと火をつけようとしていた土手の中を覗き込む。
「簡単簡単! こんなのチョロいって」
 そう言いながら一度その場を退くと、男は自分たちの所から凹面鏡を持ってくるとそれを聖火の如く持ち、天日で採火した。
 すると今まで燃えていなかった炭が燃え出し、いとも簡単に火が点く。それを見ていた編集部の人たちは一斉に「わぁっ!」と歓喜の声を上げた。
 玲奈は男たちがいとも簡単に火を点けたことは、正直感心していた。見かけによらず、意外とデキるんだなと思う反面どこか腑に落ちない妙な人々だと思っていた。
 ようやく火がついて、楽しいバーベキュータイムが始まるも、男たちのテンションのあまりの高さに追随することがどうしても出来なかった玲奈は溜息を一つ吐きながら傍にあった木陰で一人座り込んでいた。
「みんなよくあんなテンションについて行けるわよねぇ…」
 退屈そうにそう呟いているその視界の端に、ふと人影が映り玲奈はそちらを振り返った。
 目は虚ろで、どこか青白い顔をしている一人の男。いつからそこにいたのか分からないが、ぼんやりと湖に向かって立っている。
 雰囲気的に妙だと感じた玲奈がじっとその男を見ていると、男は地面を引きずるかのように足を踏み出し湖に向かって歩き出す。
 湖に足を浸け、ゆっくりとした歩調で歩いていく男を見て、玲奈は入水自殺を図ろうとしているのだと察知すると急いで立ち上がり男の所へ駆けつけた。
「何してるの!? 駄目よ、早まらないで!」
 ぐいっと後ろから男の腕を掴んで引っ張ると、男はその場に尻餅をつき項垂れた。
「どうしたの? 何があったの?」
 玲奈がその男にそう聞くと、男は顔を俯せたままボソボソとはっきりしない口調で話し始める。
「……失恋…したんだ…」
「え?」
「僕が、あんなことさえしなければ、彼女はあんなに怒らなくて済んだんだ。僕が、悪いんだよ。僕が…」
 まるで呪文でも唱えているかのようにブツブツとそう繰り返している男の言葉は、どれも後悔の念を語るばかり。聞いている玲奈にしてみれば、呆れるよりも苛立を覚えてしまいそうになる。だが、努めて柔らかく宥めるように声をかける。
「そんな事ばかり言っていても何も始まらないわ。ね、とりあえず今はうんと騒いで忘れて、また新しい出会いを探しましょうよ。世の中まだまだ捨てたものじゃないわよ、きっと」
 そう言って男を立ち上がらせると、仲間たちの騒いでいる場所へと導いた。
 所が、皆が騒いでいる輪の数歩手前で突然男は立ち止まり、怯えたように体を内震わせ始めた。
 玲奈は不思議そうに男を振り返ると、男はわなわなと打ち震え青ざめた顔で首を横に振りながらじりじりと後ずさり始める。
「どうしたの?」
「い、いやだ…他人との摩擦は、嫌だ…」
「ちょっと…」
「き、君もきっと後悔するぞっ!」
 恐怖に染まった顔で、男は急激に身を翻し走りだした。その瞬間、ボッ! と男の体が玲奈の目の前で激しく炎上する。
 突然の事に何も言えず、身動きを取ることも出来ず、玲奈は呆然と目の前で焼死した男を見つめていた。
 だが、すぐに玲奈はその場から走りだし仲間のところへ急ぐ。
「誰かっ! 誰か早く来て! 救急車を呼んでっ!」
 そう叫ぶ玲奈を、仲間も男たちも一瞬沈黙を守って見つめてくる。そして、「まさか!」と、まるで取り合ってくれる様子はない。
 酒が入っているせいだからなのかもしれないが、それでも目の前で実際に人が燃えたことに間違いはない玲奈は、必死になって仲間に訴えかけるも「暑さで幻想でも見たんじゃないか」と聞いては貰えない。
「ねぇっ!」
「…それって、どこで起きたんですか?」
 必死になっている玲奈の話を、仲間の中で唯一真摯に受け止め聞いてくれようとしていたのは、編集部の三下だった。
 玲奈は三下を連れて男が燃え死んだ場所まで来るが、そんな形跡も何も見つからない。二人はその周辺をくまなく調べまわる事にした。
「あれは…」
 異常が起きた一帯を調べていると、目の前には異様な集団が目についた。
 窪んだ入江。その入江にはまるで何かに取り憑かれたかのように大騒ぎしている者。そしてその周りを取り囲むように何十人にもなる失恋を癒すために一人旅行出来たのであろう人間たちの姿が見受けられた。
 そんな彼らを見つめながら、玲奈はふと、隣に立っていた三下に聞いてみたくなった。
「ねぇ。三下さんは何で打たれ強いの?」
「え? 何でって…。そうですね、まぁ、僕は僕なりに今を精一杯生きているから、でしょうか」
「…ふぅん…」
 そんな会話を、一体どこで聞いていたのか。突如目の前にいた何十人もの人間たちが一斉にこちらを振り返った。
 その表情はあまりに物々しく、尋常ではない。
「この…真剣に悩める集団の和を乱す奴めっ!」
 そう誰かが叫んだと同時に、一斉に二人に向かって襲いかかってくる集団に玲奈はすかさず三下を抱き抱え空へと翼をはためかせて舞い上がった。
 上から見る光景はまるで地獄絵図のよう。愕然とした表情のまま彼らを見下ろしていると、ふと沖合の小島では水神を祀る護摩が焚き上げられ、湖岸でそれらを見ていた人間たちにも眼下に広がる人間たちと同じような現象が見られた。
 このままではどうすることも出来ない。
 困り果てた玲奈は、ひとまず湖から離れた場所に三下を下ろし、携帯で母に連絡を取る。
『その護摩が今回の事件を引き起こしているのね。玲奈、願望砲よ! 自省の念を凹面鏡の如く焦点に集め前向きの心と束ねて放つの。それでその護摩を破壊しなさい』
 一連の話を聞いた母がそう言うと、玲奈は一度頷き電話を切った。
 三下にはどこか安全な場所へ避難してもらうよう告げると、玲奈は再び翼をはためかせて空へと舞い上がる。
 そして剣を取り出し、それを高々と抱え上げると念を込め始める。ヒュウヒュウと音を立てて剣の先に気が集まり、それはやがて大きな塊となった。
 玲奈はそれを護摩の方へ向けて思い切り振り下ろす。
「いっけぇえええぇえぇぇぇっ!!」
 バシュウッ! と音を立て、放たれた気は遠くで炊き上げられてる護摩をいとも簡単に破壊することに成功した。
 するとそれまで狂ったように踊っていた人間たちは、その場にバタバタと倒れ気を失った。
「とりあえず今の状況は落ち着いたみたいね…。でも、一体誰が何の目的でこんなことを…?」
 多くの謎を残したまま、その場は落ち着きを見せた。