コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


歌声に秘めた不死鳥


 音楽の都の湖畔に浮かぶ大型フェリー。これに神聖都学園の合唱部が乗っている。まもなく船上に用意された会場に少年少女たちが集い、合唱コンクールが開催されることになっていた。
 今回の課題曲は『純潔少女の悲嘆を描く内容』と、青春を謳歌する高校生を大いに泣かせるものだった。神聖都学園はこの困難に立ち向かえとばかりに、全校生徒に参加を指示。玲奈の所属するクラスは課題曲のイメージすらまとまらず、ただいたずらに時間を浪費するばかりだった。そんな中、玲奈が成り行きで委員に抜擢される。その場で意地悪な男子から「まとめられなかったら、お前ひとりでビキニになってステージで盆踊りだ」と挑発され、彼女は自分が奮起するためにもあえて要求を飲んだ。
 「音楽コンクールで恥を掻いたら、あたしが踊ればいいんでしょ? いいわよ、踊るわよ!」
 やけくそになったようにも聞こえるセリフを発した玲奈だが、そんな心では美しい音色は生まれない。締め切りに追われる漫画家が発揮する底力で創作意欲を駆り立て、恵まれた楽才から美しくも物悲しい合唱曲を書き上げた。それを聞いた男子諸君も舌を巻く。もし最後までちゃんと歌えれば、誰もの琴線に触れること間違いなし。玲奈も責任の一端を果たし、胸を撫で下ろした。
 これでクラスの士気は上がったが、またしても困難が……なんと担任の先生が倒れてしまったという。なんでも原因不明の発熱らしく、検査も兼ねて長らく休養することになった。またしても混沌の時代を迎えるのかと思いきや、代わりにやってきた音楽教師・響カスミによって事なきを得る。いや、実際にはそれ以上だった。万能な音楽教師であることはみんなの知るところ。カスミの聞き上手なところも幸いし、難曲であるはずの玲奈の曲を見事に歌い上げるまでになった。その評判は瞬く間に広がり、道行く人さえも立ち止まって聞くほどである。
 学内の予選を兼ねた音楽祭では、美しいハーモニーで他のクラスを圧倒。見事、満場一致でコンクールへの出場権を手にする。こうして意気揚々とフェリーに乗り込んだが、玲奈はどうしても気になることがあった。予選で演奏を終えた直後、観客の喝采の中でカスミが人間離れした啼声を響かせたのを目撃したのだ。いくら音楽教師いえども、人間にあの音域は出せない……彼女はその時から胸騒ぎが止まらない。
 「カスミ先生、もしかして……?」
 カスミは生徒たちが緊張しないように気遣ってか、ずっとフェリーで風の当たる通路を散歩している。それを玲奈が尾行した。長い髪をひとつに括ったカスミは、なぜかしきりに喉を触る。霧に煙る湖はまるで疑惑を現しているかのようだ。追跡者の存在も知らずに、カスミは小さい声でつぶやく。
 「ふぅ、人間の音域は窮屈で困る。この私がいつも喉を狭めなくてはならないとは……」
 その声は伸びやかなテノールのように美しいが、その言葉はあまりにも衝撃的。彼女はカスミではない。玲奈の読みどおり、人間ですらないのだ。
 「早く不死鳥を食べて、永遠の美声とやらをいただきたいところだ」
 かすかに響く男声……玲奈はどこから聞こえるのか探ろうと周囲を見渡す。その時、壁に靴を当てた。乾いた「コツ!」っという音が響くと、偽カスミは慌てて元の声に戻す。このまま潜んでいても危険だと判断した玲奈は、ゆっくりと姿を現した。
 「あら、玲奈さん。どうしたのかしら?」
 すっかりカスミになった謎の人物は、玲奈を笑顔で迎えた。
 「カスミ先生、神聖都学園の予選で変な声を出されてましたけど、あれは?」
 「私、みんなが一生懸命に歌っているのを見て、負けたくないって思ったの。だから、ついあの場所で超人的な発声練習をしちゃって……驚かせたかしら。ごめんなさいね」
 かなり苦しい言い訳だが、個性的やら超人的と言われると玲奈にも確認のしようがない。この場は素直に退き、次のチャンスを待つことにした。

 しかし玲奈に与えられたのは、チャンスではなく大ピンチだった。
 偽カスミが危険を察知したのか追跡を開始。人気のないところで鎌鼬のような攻撃で玲奈に牙を剥く。廊下の隅や階段の踊り場……ひとりになると攻撃が始まる。最初はさほど意に介さなかった玲奈だが、スカートを切られると残念がった。
 「本選で着る一張羅のスカートなのに〜! ま、いっか。制服に短パンやブルマで歌う子もいるみたいだし。衣装が歌うわけじゃないもんね」
 小娘の驚きの小ささに、偽カスミは逆上する。わざと衣類だけを狙ってやったのに、これでは面目丸つぶれ。乙女の柔肌を切り裂かんと本気の鎌鼬を放ち、それが太腿にヒットする。
 「く! こ、これは……!」
 敵の攻撃は激しくなるばかり。玲奈は素早い身のこなしで避けるも、不意打ちで痛めた傷で遠くには逃げられない。そのまま船尾まで追いやられ、不敵な笑みを浮かべるカスミに追い詰められた。
 「ふっふっふ。我が組織のためにご足労いただき、誠に感謝する」
 「……どういうこと?」
 邪悪に歪む顔を晒しながら、偽カスミは雄弁に計画を語る。
 この湖には百年に一度、交響不死鳥なるUMAが再生のために出現するという。純潔少女の悲嘆を背景に、美しい断末魔で死神を呼び、地獄の業火で蘇る……これを達成するために、偽の合唱コンクールが企画されたのだ。歌声さえあれば用はないので、優勝校は神聖都学園になるよう手を打ってあるらしい。
 これを聞いた玲奈は少しだけ悲しい目で偽カスミを見た。
 「あなたに創造することのつらさや美しさを理解できないわ、絶対に」
 「黙れ、小娘ぇ!」
 敵の逆鱗に触れたのか、一気に鎌鼬を放つ。玲奈は一瞬にしてこの技を見破った。これは超音波を棘のように細く鋭くしたもので、いわばメスである。これをなんとか霊障結界で防ぐも、じりじりと後退。背後には不死鳥が生まれ変わるという湖が迫る。このまま押されると危険……両者が勝負どころを見定めようとしたその時、空飛ぶ怪魚が姿を現した!
 「な、なんだ! この怪物は!」
 「あ、あなた、こんなところまで着いてきちゃったの?!」
 玲奈は知っている。その魚が水族館に保護され、自分と友達になった月の珍魚であることを。神聖都学園で合唱の練習に耳を傾けていたのは、何も人間だけではない。音楽と舞踊を理解するこの魚も聞いていたのだ。今日は彼女の応援といったところか。
 すると怪魚は突然、音を奏で始めた。リズムよく動くエラはテノールとバスを、腹はアルト、口はソプラノを奏でる。さらに奇妙な形の尻尾を振ることで、ピアノの調べを再現。あの物悲しさが湖の中を包み込む。
 「この子、歌えるの?」
 「やめろ! 今はまだ早いーーー!」
 敵が叫んだ瞬間、霧がゆっくりと集まっていく。その形はまるで死神のようだ。それを見た偽カスミは慌てて口を押さえるが、もう遅い。死を司る霧が水面に触れると、一瞬にして幻想の炎が広がる。今度はそれが集まり、交響不死鳥へと姿を変えた。赤き翼の一振りは、まるで五線譜を描くかのような優雅さ。伝説の鳥は空高く舞い、ゆっくりと旅立とうとする。
 「おのれ……行くな! 行くんじゃない! 私はお前を捕らえねばならんのだ!」
 「そんなこと、やらせないわ!」
 「邪魔を、するなぁぁぁーーーっ!」
 敵はなりふり構わず、強力な超音波だけで対抗する。玲奈はスカートはおろか服も破られて水着姿になったが、その瞬間に人狼となった。これで相手の得意技を防ぎ、なおかつ有利に立ち回れる。傷を気にすることなく機敏な動きで敵を翻弄しつつ、鋭い爪で確実にダメージを与えた。
 船尾の甲板に追い詰めたことが裏目になるとは、敵は夢にも思わない。鉄柵や手すりも使う三次元のトリッキーな動きでさらなる悲鳴を上げた。
 「ぐはぁ! これ以上は……これ以上は厳しい!」
 そんな醜い叫び声に呼応し、飛び去ろうとする不死鳥は不協和音を奏でる者を祓う輝きを放つ。天罰を思わせる光は、敵の体を瞬時に焼き尽くし、その場から消し去ってしまった。それを見届けると天高く舞い上がり、そのまま空の彼方へと消えてしまう。玲奈と怪魚は、その姿を静かに見守った。


 黒い陰謀はなんとか解決したが、フェリーの中は大騒ぎ。担当の教師は不在でクラスはちっともまとまらず、主催者側も「合唱コンクールを中止する」と発表していた。意地悪ではなく、本気で困り果てる男子たちの前で、すべてを知る玲奈は胸を張って答える。
 「こんな時にこそ、これじゃない!」
 彼女はひとりステージに立ち、混乱する乗員を前にして盆踊りを舞う。幸いにも戦闘の後なので、わざわざビキニ姿になる必要もなかった。
 「アラエッサッサー♪」
 本当にこれで事態が収拾するのだろうか……男子は戸惑い、女子は呆れ、船員はやむを得ず手拍子を打つ。
 ああ、すべてが話せれば問題はないのに。玲奈の奮闘は、むしろここからなのかもしれない。