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<東京怪談ノベル(シングル)>


今と言う瞬間

 多くの人間たちが集まり、右から左から動くにもやっととも言える郊外型量販店。大抵のものはここで何でも手に入れることが出来る。
 その量販店の制服売り場に一人。先日のキャンプに玲奈と共に参加していた三下が落ち着かない様子で立っていた。
「はぁ〜…」
 情けない声で溜息を一つ吐く三下。
 あの時起きた事件で、玲奈のおかげで命拾いをした。その折り、玲奈が空へ飛翔した際に破けた制服を三下は買いに来ていたのだ。
 助けてもらった命を思えば、これくらい安いものだ。
 だが…、何とも言えないこの雰囲気。この気持ち…。もしかしてこれは何かの罰則だったりするのではないだろうか? だとしたら何の罰則なのだろう…。
 そう心の中で呟きながらズラリと立ち並ぶ制服の前で、何度吐いたか分からない溜息を三下は吐く。
「いらっしゃいませ、お客様。お探しものですか?」
 同じ場所からいつまでも動かない三下に気付き、店員が一人ニコニコと微笑みながら近づいてくる。
「え、いや、あの…制服を探してまして…」
「おや。あなたも娘さんを編入させるんですか?」
「編入?」
「いえ、不登校児などを積極的に受け入れている宗教系一貫校の新学期に合わせて、たくさんの人がいらっしゃるものですから…」
「いや、あの、ちょっと、違うかな…」
 三下は困ったような笑みを浮かべて、店員を受け流した。

「遅い」
 その頃水着姿で三下の帰りを待っていた玲奈は、一人イライラした様子で怪訝そうな表情のまま待っていた。
「何やってるのよ。制服くらいすぐに買ってこれるでしょ」
「ねぇねぇ、彼女。一人?」
 誰に言うでもなくそう呟いていた玲奈のもとに、数人の男たちが声をかけてきた。
 玲奈は特に表情を変えることもなく男たちを振り返ると、彼らはニコニコと愛想笑いを浮かべて立っていた。
「良かったらキャンプに行かない? 実はさ、俺たちここの街にある学校に体験入学に来てるんだけど暇でさ」
「そうそう。ほら、このへん無駄な電気とかないし星も綺麗に見えるはずだし、火を炊いてキャンプでもどうかなって」
 そう言いながら男が手渡してきたのは買ったばかりの浴衣。それを玲奈にくれると言う。
 玲奈はしばし考えたが、三下の不甲斐なさを忘れたいのと、今後の良い情報収集になるのではないかと考え二コリと微笑んだ。
「えぇ。いいわ」
「マジ? ラッキー! じゃ、行こうよ」
 二つ返事で男たちの誘いに乗った玲奈はその場を後にした。
「いや〜、すいません。お待たせしてしまって…って、あれ?」
 量販店から紙袋を抱え、やや憔悴したような顔で出てきた三下は、そこにいるはずの玲奈の姿が見えないことに焦りの色をあらわにした。
 その日の夜。カレーに舌包みを打ちながらぼんやりと見上げた空に光る星を眺めていた玲奈は、思いを巡らせていた。
 あの光は、どれくらい前の光なのだろう。遮るものは何も無い為星々はとても綺麗だった。
 玲奈は男たちに誘われるまま、キャンプファイアーを囲んで歌を歌い、その炎を眺めながら過去を偲んで未来を思った。
 そうだ。過去の事はいい。大切なのはこれからをどう生きるのかと言う事だ。
 その場にいた全員が生きる気力が漲った頃、ここに集まる人間たちのリーダーが一人、声を上げた。
「さぁ、皆。豊穣祈願を願おう。生きる気力に漲ったそのパワーを糧に、天に向かって祈りを捧げるんだ」
 リーダーのその言葉に、玲奈を含め全員が同じように天を仰ぎながら唱和する。すると、その場に溜まっていたパワーが突如怪光が爆発したかのように天に向かい一本の柱を上げた。

「あの星、なんだか変ね…」
 三下と共に連携して玲奈の捜索をしていた玲奈の母は、空を見上げながらそう呟く。その呟きに三下は足を止めた。
「星、ですか? あの…強力な光を未来に位置する地球に当てたらどうなるんですか?」
「過去の光として映るわね。思念も同じ。それが恐らく祈ったり天啓を得たりする習慣の正体なんじゃないかしら」
「それで何が出来るんです?」
「そうね。例えば…投資。市場心理は不安や予感で動くわね」
 そこまで話を聞いた三下と母親はハッとなる。
「敬虔な心を悪用する願望砲…。と、言う事は、玲奈が危ない!」
 そう云うなり、二人は勢い良く走りだした。そして祭壇の中心で、見慣れない浴衣を着た玲奈の姿を見つけ出した。
「三島さん!」
 大声を上げてそう声をかけるも、玲奈は微動だにしない。
 必死になって三下は辺りを見回すと、この団体のリーダー各と思われる男を見つけ、危険を顧みずその男に飛びついた。
「玲奈っ!」
 空に向かい眼力光線を放つか放たないかのごく僅かな瞬間を二人は捉え、母は玲奈の前に飛び出しその体を掴んだ。
「しっかりしなさい! 玲奈! あなた何をしているのか分かっているのっ!」
 母が強い口調でそう叱りつけ、玲奈が着ている呪いの浴衣を乱暴に剥ぎ取ると、玲奈は虚ろながらも正気を取り戻した。
 これで眼力光線を放つ心配はなさそうだ。そう感じ取ると母は三下を振り返る。
「それ、この子の為にあなたが買ってあげたんでしょう? あなたが着せてあげて」
 三下の手に握られていた紙袋を見つめ、母親が微笑みながらそう言うと三下は恥ずかしそうにしながら玲奈の前まで歩み寄ってくる。
「三島さん…。僕は恥かしい思いに耐えて眼前の問題を解決しました。未来とか、過去とか、そういうのじゃなく、貴方も今を見据えて下さい」
 そう言いながらぎこちなく制服を着せていく三下に、玲奈もまた戸惑いながらも頬を赤く染めぷいっと顔を逸らした。
 その様子を見ていた母親は、ニッコリ笑いながらわざと明るく声をかけてくる。
「ほら! 翅はブルマの裾に入れてタイは真直ぐ結ぶ! 玲奈、今の貴女は女子高生なのよ」
「…お母さん…三下さん…。ごめんなさい…。ありがとう」
 危機は免れた。
 そんな三人の回りにいた人間たちも正気を取り戻したのか、わらわらと散っていく。
「さ、帰るわよ」
 母親のその言葉に、三下も玲奈もその場を後にした。