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<東京怪談ノベル(シングル)>


『Operation.XX-1』

 艶やかな、長い黒髪を揺らして。ヒールの音を響かせ、水嶋・琴美は人気の無い廊下を歩いていた。
 ここは、防衛省の何処かに隠された階段を下った先。紺色のスーツに身を包んだ彼女は、おそらく防衛省の一員なのだろう。その豊かな胸元にはバッジが光る。そのデザインは自衛隊員のつける記章に似ているが、細かいところでどの部隊のものにも当てはまらなかった。
 どことなくミステリアスな雰囲気を漂わせ、琴美は司令室の扉を叩いた。
「お呼びでしょうか」
 中に入ると、デスクに座っていた司令が顔を上げる。琴美を見て不敵に口角を上げると、一枚の文書を差し出した。
「次の任務だ」





 琴美が所属するのは、防衛省に存在する非公式な部署。自衛隊統合機動課と呼ばれるそれは、暗殺や情報収集の特別任務を目的とした部隊である。
 さながら、隠密のような役割。代々忍者として生きてきた家系の琴美にはもってこいだった。
 司令室を出ると、琴美は自室に戻った。一息吐くこともなく、任務に向けて準備を始める。
 まず、地図を広げて目的地を確認する。最短ルートをざっくり割り出し、頭の中で軽くシミュレーション。ひとつ頷くと、地図を置いて服に手をかけた。
 スーツのジャケットを脱ぎ、ハンガーにかける。タイトスカートのジッパーを下ろしながら、思考を巡らせるのはやはり任務についてだった。
 司令室で目を通した文書を思い返す。部外秘のため文書は持ち出さず、すぐに破棄した。とはいえ、その内容は完璧に頭に叩き込んである。
 指令は、敵対する組織に所属する『鬼鮫』の暗殺。International OccultCriminal Investigator Organization――通称IO2という組織。非公開的な組織であるという点に関しては、琴美の属する部隊と同じである。
 『鬼鮫』とはその組織の戦闘員であり、殺戮など残虐非道な所業を行う人物と聞いた。部隊としては、放置しておくことを是としない。従って、排除する。
 考えながら、スカートもジャケットと同じハンガーにかける。続いて黒いガーターストッキングに視線を移し、目を瞬いた。
「あら、伝線しかけていますわね……」
 嫌ね、と小さく呟きながら、ガーターの金具を外す。肌に吸い付くようなストッキングを脱ぎ、こちらは縛ってゴミ箱に捨てた。
 次いで、ブラウスのボタンに手をかける。スーツでかっちりと固めていると細身に見えたが、ブラウスを取り去ると豊満な胸が微かに揺れた。
 『鬼鮫』とはどんな人間だろうか。組織の手に入れた情報から判断するに、そう油断は出来ない相手ではあるだろう。だが逆に、油断さえしなければ勝利を手に出来ると踏んでいた。
―――首を洗って待っていらっしゃい、殺戮者さん。世の厳しさというものを教えて差し上げますわ。
 琴美の見据えるものは、任務の遂行。そして、鬼鮫に殺された者や、その遺族の無念を晴らしてやりたいと思った。
 被害者に、特別な想いを抱いている訳ではない。それでも、そういった者たちを思うと胸が痛む。何をしてやることも出来ないし、下手に身を乗り出すのもお節介だろう。だが、彼女が鬼鮫を討つことが少なくとも彼らの救いになればいい、と思った。
 下着姿となった琴美は、戦闘服を手に取った。闇夜に紛れる、黒い衣服。まず、インナーとスパッツを身につける。伸縮する素材のそれらは肌に密着し、身体のラインをはっきりと浮き立たせた。たわわな胸も、くびれたウエストも、艶かしいヒップラインも。見る者がいないことが惜しまれるような、成熟した肢体だった。
 その上から、短いプリーツスカートを履き、着物のような上着を羽織る。戦闘用に袖を短く仕立てたそれの衿を整え、帯を締めた。更に、膝丈の黒いストッキングの上から、同じくらいの丈があるロングブーツを履く。編み上げ紐をきゅっと縛ると、軽く爪先で床を蹴った。
 着替え終わり、長い黒髪に櫛を通す。おろしていた髪を手ですくい、高い位置に結い上げた。ひとつに纏められた黒髪が、白いうなじの後ろで揺れる。
 それから琴美は椅子に腰を下ろし、太腿にベルトを複数括りつけた。それに、こまめに手入れされているくないを数本セットしていくと、最後にグローブを両手にはめた。
 支度を終えて、立ち上がる。カツリと踵で床を叩き、微かに口元で笑みを浮かべた。
 着物で押さえられているものの、生地を張るほどその存在を主張する大きな胸。プリーツスカートの裾から伸びるしなやかな脚。全身に黒を纏いながら、各所に覗く白い肌。戦闘準備は全て整った。
―――さあ、参りますわよ。
 長い睫毛を伏せ、目を細める。背筋を伸ばし凛とした様で、琴美は敵地へ向けて足を踏み出した。
 進む道の先にあるものを、揺るぎない勝利と確信して。





―――こちら、ですわね。
 息を潜め、物陰から建物を見つめる。すっかり夜の帳が下りており、しんと静まりかえっている。建物からは明かりが漏れていて、人がいることを窺い知れた。
 潜入直前。琴美は胸のふくらみに手を当て、己の状態を確かめる。体調は良い。気持ちは平穏。太腿にはくない。勝つ心意気は、十二分。
 今宵の空は月もなく、幾つか微かに瞬く星のみ。闇の中、琴美は行動を開始した。





《続》