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<東京怪談ノベル(シングル)>


聖域の記憶


「一体なんだっていうの、よぉーーーっ!」
 三島・玲奈は拡声器のボリュームを最大にして叫んだ。
「うるさい」
 隣ではIO2捜査官捜査官の茂枝・萌が眉間に皺を寄せて耳を塞いでいた。だが、そんなことはお構いなしに、玲奈は叫び続ける。
「早く離れてったら! アタシの玲奈号に何かしたらタダじゃおかないんだからっ!」
 これは警告だ。玲奈号にまとわりつく謎の小舟への。
「いい!? これがIO2戦略創造軍情報将校であるアタシからの最後の警告よっ!」
 玲奈は胸一杯に息を吸い込んだ。萌は耳栓を両耳に押し込んで準備万端。
「――カエレ!」
 少女の叫びは、「(・∀・)」という顔文字さえそこに絡みつけて炸裂した。


 少しだけ時間を遡る。
 自室で玲奈は不機嫌そうに夏休みの宿題に没頭していた。それこそ、夜も寝ないで。
 ――でも、昼寝はするけれど。
「ああもう、やってらんない!」
 問題集を放り投げ、がりがりと頭を掻きむしる。
「来たぞルンルン夏休み♪ ……なんて思ってたのに!」
 そう、思っていたのに。玲奈号はよりによってドック入りだというから、たまったもんじゃない。
「超ツマンナイから宿題してたけど、やっぱりツマンナイ!」
 喚き散らしながら、ラジオのスイッチを入れた。何か気分転換になる曲でもやっているといいけれど。だが、聞こえてきたのは、相次ぐ謎の貨物船事故のニュースだった。
『貨物船は巨大な鈍器のようなもので船体を殴られており――』
「バールかよ!」
 思わずツッコミを入れてしまう。だが、その時はまだ玲奈は何も知らなかった。
 この事故の調査を言い渡されるなんて。
 そして放免されて喜んでいたら、まさか玲奈号が――。


「逝くぜ海原太平ヨー、鴎が呼んでるぜ! とか気取ってたのにっ」
 玲奈は凹んだ舷を見て顔色を変えた。さっきまでは気分も良かったのに。
 そう、あの小舟が来るまでは。
 ボコボコになってしまった船体。あれほど警告したのにやめなかった小舟の連中。しかも、連中は玲奈号に侵入してしまった。
「冗談じゃないわよっ、なんでアタシの船がボコボコにされなきゃなんないっての! 侵入されなきゃなんないっての! ああもう、サイテー。マジ最悪っ! キモイキモイキモイーっ!」
 ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい。
 船体を見上げ、これでもかというほどにギャル語全開で玲奈は喚き散らした。
 それまで耳栓をしていた萌は、溜息混じりにそれを外す。どうやら耳栓をしていて無駄のようだ。
「……ばか」
 思わず言葉を漏らす。玲奈は彼女の低い声にぴくりと反応し、視線を萌へと移した。
 ――こんなにも頭に来ているっていうのに。玲奈号を傷つけられたっていうのに。何が「ばか」よ、何がっ!
 玲奈はその怒りの矛先を萌に向ける。
「絞殺するよ!」
「上等じゃん」
 そして調査そっちのけで、萌との壮絶なバトル――じゃなくて、喧嘩が始まった。


「で、潜入したテロ犯の数は?」
 玲奈の歯形がくっきりとついた腕を手当てしながら、萌が問う。問われた玲奈の腕にもまた、萌の歯形がついていた。どうやら、かなり激しい喧嘩だったようだ。
 玲奈は船内見取図に犯人の目星を記すと、無言で放った。
「何? この聖域って?」
 見取図を確認し、眉を寄せる萌。犯人の印は四つ。そのどれもが「聖域」とされる場所にあった。
「アタシも知らないわ! 機密らしいの」
 首を振る玲奈に、再び溜息を漏らす萌。
「中二病設定臭〜い」
「うっさいわね」
 ぎろり、玲奈が睨み据える。再びバトル勃発かと思いきや、さすがに二人とも腕の歯形が痛むのか、それ以上は何も言わなかった。


 貨物船を、そして玲奈号をも傷つけた犯人達は、鬱蒼とした密林をひたすらに進んでいた。
 頭上には木々を繋ぐかのように蔦が網の目状に伸び、小動物や鳥、そして虫達の囁き声がそこかしこから聞こえる。少し歩くだけで噴き出す汗は、今や全身をぐっしょりと濡らしていた。
「本当にここは艦内なんすかね? 世界を覆す秘宝があるって話ですけど、ガセじゃねえんですか?」
 ひとりの男が先頭を歩くボスに愚痴をこぼす。ボスは立ち止まり、ゆるりと部下を振り返った。
「お前、俺が得た情報を信じないのか?」
「だっておかしいじゃないすか、船の中にジャングルがあるなんて」
 部下がそう言い返した瞬間、ボスの後ろに控えていた存在がその喉を震わせた。
 放たれる音波は激しくうねり、部下の間近にあった巨木を一閃する。鈍い音が響けば、それは隣の木をも巻き込んで倒れていった。
「余計なことは言うな。黙れ」
 ボスは一言だけ言うと、再び部下達に背を向けて歩き出す。きぃぃ、と小さな声を上げて、そこに続くのは先程の音波の主――ボスの眷属であるハーピーだ。
 部下達は口を噤み、ボスの背を追う。
 やがて彼等の目に飛び込んできたのは堆くそびえる尖塔と、その足元で待つ少女達――玲奈と萌の姿だった。
「ここは玲奈号中枢の聖域。よく辿り着いたわねって褒めてあげたいけど! 今のアタシはアッタマ来てるんだからっ! 覚悟してよねっ!」
 玲奈はそう言うや否や躊躇なく制服を切り裂き、その背に白き翼を広げた。
 狙うべくは、ハーピー。他の連中はある意味どうだっていい。あの魔物をどうにかしなければ、危険だ。玲奈の本能と経験がそう告げる。
 翼が揺れ、高度五メートルほどで滞空するハーピーとの距離が縮まっていく。そして攻撃に転じようとしたその瞬間、ハーピーの口がぱっくりと開いた。
「――っ、しまった……っ!」
 慌てて防御の態勢を取るが、ハーピーの放つ超音波は容赦なく玲奈を切り裂いていく。髪も、翼も、制服さえも、押し寄せる波に飲み込まれてしまう。
「アイツをやれば……っ!」
 萌はハーピーを操っているであろうボスに目をつけた。地を蹴り、駆ける。ボスを守るべく突進してくる部下達を次々に薙ぎ倒し、高周波振動ブレードを構えてボスの目の前に躍り出た。
 だが――ほんの一瞬だけ、遅かった。
 萌と目があったボスはにやりと笑い、その刹那ハーピーが再び喉を震わせながら急降下し、萌の頭上を掠め飛ぶ。
 波形が、音速を超える。
 壁を、打ち破る。
 そこから生じるのは、重く鈍い衝撃波――。
「飛び去る際に、ドップラー効果で鋭い音をソニックブームに換えるとは!」
 そうか、これで貨物船達を襲撃していたんだ――!
 玲奈は翼を畳み、引力に任せるままに降下する。あの衝撃波に追いつけるとは思わない。けれど、けれど。
 やがて萌と、そして降下する玲奈をも巻き込んで、衝撃波の奏でる音は最大の力を得て彼女達を押し潰す。
「きゃああああぁぁぁぁっ!!」
 萌の悲鳴が響く。ぎりぎりと、全身が嫌な音を立てる。
 浅い呼吸、途切れる鼓動。息絶えてゆく萌に向け、再び口を開くハーピー。
 玲奈は先程の衝撃波で翼をやられながらも必死で体勢を立て直し、萌を自身の身体の影に隠すようにして急上昇、ハーピーの喉元だけを狙って手を伸ばす。
 そして――。


 玲奈はベッドの上で目覚めた。
 どこも、痛くはない。傷さえもついていない。
 だが、覚えている。
 息絶える萌を庇い、この手でハーピーの首を握りしめたこと。
 その瞬間に、自身もハーピーの攻撃を受け――その生命活動を終えたこと。
 相討ちだった。犯人のボスについては、彼女達の戦闘の余波を喰らって倒れた姿を覚えている。
 隣のベッドを見ても、萌はいない。その事実はじわじわと玲奈の心を支配する。
「そうだ、犯人は……」
 ふと気づき、サイドテーブルを見れば、そこには今回の事件に関する報告書が置かれていた。
 ――犯人逮捕。
 そう書き記された報告書には、聖域にあるという宝については触れられていない。犯人達の供述からも、「宝はなかった」とされていた。
 だが、最後の一行にはそれとは矛盾する記述がある。
 ――三島・玲奈、クローンにて再生。その記憶は聖域が抱く。
 玲奈号の聖域に広がる密林、そこに息づく小動物や鳥、そして虫達の意思疎通が玲奈の記憶を保持する情報網、すなわち宝だったのだ。
 つまりは、彼等の意思疎通が擬似的な脳の神経接続をシミュレーションしていたということになる。
 犯人達がこれを知れば、恐らくは頭上に張り巡らされた蔦達をニューロンのように思ったことだろう。
 彼等は「宝」の中にいながら、それに気付かなかった。
「バッカみたい……」
 玲奈は呟く。
 肉体が滅ぼうとも、玲奈の魂は自然ある限り滅びはしない。
 それこそが、宝なのだと――玲奈は密林を、そして萌のことを想う。
 クローンとして再生された腕には、もう彼女の歯形はない。それでも残る、あの喧嘩の記憶。
「今年の夏休みは、長いなぁ……」
 玲奈は報告書を抱き締め、小さな溜息を漏らした。



   了