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<東京怪談ノベル(シングル)>


かもめ心と秋の空

『お世話になっただぎゃー』
『それでは、失礼します』
 メイド服やスクール水着を脱いだ緋色の髪、金色の瞳──明らかに人外のものとわかる容姿の娘や、二足歩行の獣達が頭を下げたり、片手を振り振り立ち去っていく。
「……あー…ぅ」
 去っていく異形の者たちの背を小さくなり消えてしまうまでじっと見つめるのは二人の女性。
 一組の母子──三島玲奈と、その母である。
「……どうしよう、おかーさん」
「急いで求人広告よ、と言いたいところだけど」
 ぽつねんと二人残された玲奈は、涙目で母を見上げる。
対する母も心なし涙目であったけれど。
 「困ったわね」と、ため息をついて母親である女性が振り返るとそこには『かもめ水産』の看板がかかった建物が聳えている。

 萌え喫茶『かもめ水産』。
 紆余曲折を経て、玲奈たちがきりもりしていたそこは、回転すしから洋食までしっかり取り揃えてある、バイキング形式のカフェテリアである。
 こだわりの新鮮なネタに、こだわりのシェフの手で作り出された料理は美味でお客の評判も良く、口コミで広がって大人気のスポットだった。
 無論、『萌え』の分かる大きいお兄さんやお姉さんに。
 しかし、「かもめ」を冠した店はどちらかといえば夏のイメージが売りであり、更にいえばこれまで手伝いをしてくれていた妖怪たちは、東京の蒸し暑い熱気を糧にし滞在していたのだ。
「冬場にはちょっと寒々しいメニューばっかだよね」
 大規模な改装が必要だろう、と。
 親子2人の意見は一致したものの、肝心の案が浮かばなかった。
「決っとるがな!」
「……どっから沸いたんですか、綾さん」
 頭を抱える二人の背後にいつの間にやってきたのか、天王寺綾が仁王立ちしていた。
 茶髪のナイスバディーな大金持ちのお嬢様は、非常に強引ぐマイウェイな性格をしてらっしゃる。
 故に、例におよって困惑する玲奈のツッコミは黙殺されてしまう。
「海と言えば冬の日本海や!」
 すっぱりきっぱり言い切って、人差し指をびしっと突きつける綾の後ろに、ざぱ〜ん!と荒磯とド演歌な背景が見えた。
「……あ。なんか、瀟洒な店のイメージが…」
 崩れていく……と呟く玲奈の脳内で、綾の放つオーラの荒波によってかもめ水産の瀟洒な店舗が削り取られガラガラと音を立てて崩れ去っていく幻影が展開されていく。
「ず、頭痛が痛い」
「何言うとんのや。もたもたしとったら冬がきてまうで?」
 額を押さえて苦悶の表情を浮かべる玲奈に綾はカラカラと快活に笑って現実を突きつける。
 確かに秋は逃げ足が速い。
 綾の言うとおり、あっという間に冬が来てしまうだろう。
 母を見れば、困惑顔であったものの、改築費の面からもそれが良いだろうと肯定の頷きを返してきた。
 かくして、玲奈達は改築費の面から『日本海ド演歌風イタ飯屋』を目指すことになったのである。

***

「……原因は何だと思います?」
「さぁ、何やろな」
「秋刀魚みたいに異常気象でしょうか…」
 うーん、と小さく唸った玲奈の髪を潮風が浚う。
 ここは初秋の日本海。
 善は急げと玲奈は、母親に求人募集を任せ、綾と共に日本海へ下見にやってきたのだ。 新鮮で質の良いネタを使えばシェフの腕も相まって、かもめ水産の時のようにヒットを飛ばす事が出来るだろう、と。
──しかし、その期待はあっさりと裏切られることとなった。
 いつもは威勢の良い声が聞こえる朝市も全くといって良いほど活気が無い。
 聞けば今年は不漁続きで、冬の漁獲も期待薄だともっぱらの噂なのだ。
 海に何か異変の原因があるのかもしれない──。
 そんなこんなで、玲奈と綾は地元漁師に話を聞いて原因を探るべく、漁船に乗り込み沖へ向かっているのだ。
「異常気象やったら全国的に不漁てニュースになるやろ」
「それは確かに……」
 玲奈が頷き、口を開いた時だった。
 不意にざばりと水が跳ねる音が響く。
『そこなエルフ娘、わらわの戯れを邪魔立てするな』
「……え?」
 凛とした声が耳朶を打ち、あわてて玲奈たちが視線をそちらへ向けると、波間に半裸の美しい女達が数人漂っていた。
 皆、一様に緑色の、人にあらざる髪と瞳をしていた──そして、
「……人魚」
 蒼い海の底のような細かく美しい鱗に覆われた尾鰭がついていたのだ。
『わらわの邪魔をするな』
 今一度人魚が警告を口にすると、沖で漁をしていた漁船の一つがあっさりと転覆した。「あッ!?」
「こら、何さらす!?」
 驚愕に瞳を瞠る玲奈たちの前で、きゃらきゃらと楽しそうな笑い声をあげる人魚。
 まるで児戯のよう、漁船が次々と転覆していく。
「やめなさいッ!」
『──これは人の傲慢が招いた罰じゃ』
 漁師たちの悲鳴に玲奈が眉尻を吊り上げて人魚を睨み怒鳴るも、当の本人はあっさりと言い切った。
「え?」
『人間どもがむやみに乱獲する為に絶滅しそうじゃ、と。波の乙女であるわらわ達に同胞《海産物》たちが切々と訴えてきおったのじゃ──、わらわ達はその願いを聞き届け、復讐に現れたのじゃ』
 気がつけばなにやら浪花節で訴えかけられていた。
 ほろりと涙を拭うしぐさまで付け加えられると何となく玲奈たちが悪いことをしているように思えてくる始末。
「……い、一旦引き上げましょうか」
「お、おう」
 困惑気味に玲奈が綾を見やると、綾も若干気勢を削がれた様子で同意を示した。

***

「……という訳でですね、人魚達は復讐だと言ってます」
 事の次第を話す玲奈に対して地元漁協の漁師たちは、困惑した様子で顔を見合している。
「そんなこと言ったってなぁ」
「こちとら生活かかってるし、よぉ」
 弱りきった様子でぼやく漁師の中には、幼い子供を抱きかかえた人物の姿もあった。
「でも…このままじゃ警告じゃ済まなくなって、犠牲者が出るかもしれません。幸い人魚達には話も通じ──…」
「通じへんで、あいつらには」
 切々と説得しようと訴えかけていた玲奈の言葉尻を切って綾が口を挟んだ。
「詐欺や!」
「へ?」
 拳を握り締め仁王立ちで怒号を発する綾はどこからどうみても怒り狂っていた。
「ウチとしたことが、あいつら災厄神や!」
「災厄神?」
 災厄神とは、殺人が趣味の厄神のことだ。
 人を欺き、人に仇なし、害なすことを悦びとする彼らに道義なぞ無い。
「とっとと討伐に向かうで、玲奈」
「はい!」
 怒りに燃える綾の声に玲奈はしっかりと頷いた。

***

「さっきは良くもコケにしてくれはったなぁ?」
 再び討伐に向かった先、人魚──もとい災厄神の警告を無視し、網を引く漁船を目にし、姿を現した妖達に向け綾が啖呵を切る。
「……綾さん、なんかその台詞悪役っぽいです」
『ほほほほほ……、わらわの邪魔は誰にもさせぬ』
 綾の怒りを歯牙にもかけない様子の人魚があげる笑い声は、美しいが悪意に満ちていた。
 薄く透き通った水かきの生える掌が覆っていた口元、笑みにつりあがった口には真っ白い歯が──鋭い牙が並んでいた。
『おろかな人間どもめ、わらわの力を思い知るが良い』
 言葉と共に、ざわざわと海面が波打つ。
 それまでと同じように、船を怒涛で包みこみ沈めようというのだ。
「綾さん、浪速パワーを借ります」
 揺れる甲板で玲奈が静かに綾を振り返る。
 こくりと頷き、親指を立てる綾。
「本場水の都の住民を甞めんな」
 ぱんと併せた玲奈の両手から霊力が立ち上り、綾へと向かっていく。
「どっせいッ!!!」
 玲奈から受け取った霊力が綾の体をめぐると、浮世絵ちっくな波が綾の背後からどどーんという書き文字と共に押し寄せてくる。
『な、なんじゃと……!?』
 信じられない光景に流石に度肝を抜かれ驚愕の表情を浮かべた人魚に向け、玲奈は右手を振り上げ集めた力を叩きつけた。
「浪花名物、雷起こし──っ!!」
「ちょっ、玲奈それちゃ…」
 朗々と叫ぶ玲奈に綾が何か言うより早く、一瞬の閃光に続き、ずど──ん!!と激しい雷鳴が周囲に響き、『ぎゃああああぁぁあぁ────ッ!?』という人魚の劈くような悲鳴が空気を引き裂いた。
「……玲奈、浪速名物は雷おこしちゃうで」
「…へ?大阪といえば、たこ焼きとUFOと雷おこしでしょ?」
 数分後、ぷっかりと水面に浮かんで感電死している人魚を視界にとらえながら、なんともいえない沈黙を破って綾が口を開いた。
「…、……、………もうええわ」
こうして、かもめ水産に再び平和が取り戻されたのである。



>FIN<