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<東京怪談ノベル(シングル)>


牙を折る者 第1話

とある人里離れた山中に一軒の豪著な屋敷があった。
日も暮れ、辺りも薄暗くなってきたところ、屋敷の一室に明かりが灯り、しばらくすると水の音が聞こえてきた。

住み込みのメイドの部屋なのだろう、ベッドには制服であろう今日一日着ていたと見れるメイド服が投げられ、白のブラやショーツが丸められてその上に乗っていた。

だが、彼女の今日の仕事がすべて終わったわけではない、昼間、汗をかいてしまったため休みの時間を利用して流しに来ただけであった。だが、メイドとしての仕事の他に、彼女にはもう一つ大事な仕事が残っていた。
この屋敷に来た本来の目的、それを今日、これから終わらせようとしているのだ。
その目的とは‥‥‥

───暗殺───

今シャワーを浴びているメイド、水嶋・琴美(8036)は暗殺という任務を請けてこの屋敷へときた忍者の末裔だった。


「この一ヶ月で奴の行動パターンは完全に把握できましたわ。今夜、あの地下室へ行くはずです」
目を閉じて俯き、頭からシャワーを浴びながら琴美は呟く。
「あちらなら人気もありませんし、誰にも気づかれずに任務を遂行できますわ。長かった任務もやっと終わりにできます」
おのれへの絶対の自信か、失敗はおろか、苦戦することすら琴美の頭には無い。
ふっと目を開き、シャワーを止めてバスタオルを掴む。まだ水の滴る髪を拭きながらシャワー室から出ると、一糸纏わぬ姿のまま静かにクローゼットの前へと歩いてゆく。

生まれたままの姿の琴美の肢体は、暗殺者とは思えぬほど綺麗だった。
肌は透き通るように白く、琴美の一歩ごとに豊かな胸が揺れ、長い黒髪がなびく。異性はもちろん、同性でも見とれてしまうことだろう。

そのままクローゼットの前に立ち、扉を大きく開けると制服であるメイド服が並んでかけられていた。
だが、一つだけかすかに雰囲気の違うメイド服がある。見た目は他のものとなんら違いは無いのだが、端にかけられているそれは、確かに他のとは違っていた。
それは特殊自衛隊が琴美のため、他のメイド服にまぎれて搬入させた、戦闘用特殊素材で作られたメイド服だった。

メイド服に袖を通す前に、先に下着の用意を始める。引き出しの奥から、昼間身に着けていた白とは正反対の色である黒の下着が出てくる。ここに来てから黒の下着を身につけたことは無かったが、これから本来の任務をすることもあり、身を引き締める意味合いもあるのかもしれない。
そしてショーツに脚を通していく。ニーソックスを履いてガーターベルトで止め、張りのある弾力に抵抗されながら豊かな胸を黒のブラに収めていく。下着を見に纏うと、白い肌に黒の下着がよく映えていた。
そうして、いよいよ戦闘用特殊素材で出来たメイド服に袖を通す。ここのメイド服は色っぽいミニスカートのアンジェラブラックで、戦闘とはかけ離れたものだ。だが、琴美にとって任務を遂行するための服など、動きやすければ何でもよかった。確かに、メイド服での任務など初めてのことだったが、動き回るのに支障はなさそうだった。

最後に膝まである編み上げの皮のロングブーツを履くと、見た目は制服を身に着けたメイドそのものであり、ここで働くほかのメイド達となんら違いは無かった。



休憩時間が終わり、琴美は行動を開始する。ターゲットの名は鬼鮫(NPCA018)。事前に彼の容姿も入手してあり、この1ヶ月で彼の行動パターンも把握済みだった。
彼はこの屋敷に住んでいるわけではないが、夜に定期的に訪れてくる。そして、地下に潜り数時間後に去っていく。複数人で来ることもあれば、鬼鮫一人のときもある。
今日は彼が一人で来る日であった。

程なくすると、ガタンとドアを開ける音がした。
「邪魔するぜ〜!」
鬼鮫の大きな声が屋敷の中に響き渡り、近くにいたメイド達があわてて並び、揃って彼に挨拶をする。
「いらっしゃいませ、鬼鮫様。今夜はどういったご用件でございましょうか」
「あ〜あ〜、気にせんでいい。固くならんでいい。今日も何時もの奴じゃ。勝手に上がらせてもらうぜ〜」
屋敷の主人からからも彼について言われているのであろう、メイド達は「かしこまりました」と頭を下げ、その前を鬼鮫が悠々と歩いていく。

「来ましたね」
琴美はそう呟くと、他の誰にも気づかれぬように持ち場を離れ、地下室への道に先回りして近くの部屋に身を隠す。
部屋の入り口から待っていると、鼻歌交じりに鬼鮫が通っていく。
「今日、これから殺されるとも知らずに暢気なものですわね」
鬼鮫が角を曲がったことを確認すると、すぐにその場所へと移動し、先の通路を歩く鬼鮫を見つめる。
近くに他の気配は無い。忍者の末裔である琴美は、足音はもちろん、おのれの気配を完全に消し、周囲の気配を感じ取りながら尾行を続ける。全ては、地下室で奴を仕留めるために。

やがて、鬼鮫が地下への階段へとたどり着き、地下室へ姿を消すと、琴美は両手にグローブを嵌めて後を追う。
ゆっくりとドアを開け、音を立てずに閉じる。鬼鮫が気づいた様子は無い。
そして、不意に琴美は鬼鮫へ声をかける。
「IO2所属のエージェント鬼鮫!貴方の命、ここで貰い受けます。何か言い残すことはあるかしら?」
気づかれぬまま背後から仕留めてしまえば全てが終わっていただろう。だが、己の力に絶対の自信を持ち、鬼鮫を見下していた琴美はそれをしなかった。
「貴様、この屋敷のメイドじゃないな。何処から入って来た!?」
背後からかけられた声で琴美の存在に気づいた鬼鮫が、振り返り彼女の姿を確認し叫ぶ。
「何処から?もちろんそこの入り口からですわ。さぁ、覚悟はよろしいかしら?」
なおも自信たっぷりに挑発を続ける琴美。鬼鮫が激昂し襲いかかろうとしてきた瞬間を狙い、ナイフを片手に跳躍する。メイド服をはためかせミニスカートの中の黒い下着を見え隠れさせつつ、壁を、天井を蹴り、3次元的な動きで鬼鮫を翻弄し、一瞬の隙をついて右腕に痛烈な一撃を与え、そのまま彼の背後へと着地する。
「動きを損なうことは無いと思っていましたが、矢張り少し肩が引っかかりますね。脚は動きやすいのですが、まぁ、いいハンデですわね」
「ぐぁ!き、貴様ぁ・・能力者だな!!ゆるさんぞ、ぶち殺してやる!!」
身に纏っているメイド服を確認しながら言う琴美に対し、右腕を斬られ、血を流す鬼鮫の目が狂気へ変わる。

戦闘は、まだ始まったばかりである