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<東京怪談ノベル(シングル)>


玲奈と三下と歌声と
「何か出る方が面白そうじゃない? 幽霊? 出たら取材よ! ネタになるじゃないの!!」
 月刊アトラス編集部の編集長にそう言われ、三島玲奈(みしま・れいな)は項垂れた。

 事の始まりは編集部の引っ越し。
 手狭になってきた、という事で別の場所を借りる話が浮上した。そこにたまたまやってきた玲奈が物件探しの命を受ける事となった。
 いくつかの物件をまわっては見るが、どこもそれなりの値段がする。
「んー、編集長さんに言われた値段じゃ借りられないなぁ…」
 ポソッと呟きながら、周旋屋と交渉を重ねる。
「もうちょい、格安な物件ってないんですか?」
 訊ねると苦い顔をして、お勧めしかねるんですよ、と小さく呟いた。
「曰く付きの物件とか?」
 聞くと重く頷いた。
「例えば…自殺、とか?」
 玲奈の言葉に更に頷いた。
 隣に組員が住んでいたり、幽霊が出る物件などを紹介して、万が一トラブルが起きた場合、店の信用に傷が付く、と紹介するのを渋っていた。
 仕方なく玲奈は、編集長にそれ相応の物件を借りる為には、もう少しお金を出さないと…という話をしたら、冒頭の言葉を言われたのである。
 ちなみに物件には、夜な夜な悲鳴のような声に苛まれ、投身自殺した女性の霊がらしかった。

「なんでか弱い女の子のあたしが…」
 結局借りる事になった部屋の真ん中で、玲奈は盛大にため息をついた。
「す、すみません…」
 何故か部屋の片隅で膝を抱えて体育座りをしている三下忠雄(みのした・ただお)が小さな声で謝った。
 引っ越し当日まで留守番を頼まれた玲奈であるが、か弱い女子高生が一人で夜硝! と不安を訴え、三下が一緒に留守番をする事になった。
「三下くんなら大丈夫。200%間違いは起きないから! あ、霊障が起きたら勿論レポートあげてね」
 と編集長に言われた。
 確かに三下とどうにかなる事はないと思うが…。
 部屋の中には二人の他に、取材名目で数人の記者が泊まり込んでいた。
 この人達がいるなら、自分は必要ないのでは? と玲奈は思うが、少なからずお金を貰っている現状、口には出さない。
「それにしても遅いね」
 一人、買い出しに行ったきり戻らない記者がいた。
 その玲奈のセリフをきっかけにしたのか、他の記者が口を開いた。
「……なんか、歌声が聞こえませんか…?」
 怯えた風な記者は、身を縮めるようにした呟いた。
 それに玲奈は耳をすませる。
 確かに昔流行ったような歌と、それに入り交じって女性の嗚咽が聞こえてきた。
「…あたし、もう歌えない…」
 歌声が聞こえる、と言った記者が不意に立ち上がり、上記のセリフを漏らした後、ふらふらとベランダにむかって歩き出した。
「あ、あたしって…男じゃないですか!」
 わけのわからない事を言いつつ、玲奈は記者をとめようとすがりつくが、屈強な力で阻止不可能。
「え、電話!?」
 いきなり玲奈の携帯電話が鳴り響く。
 他の人にその人とめて! と言いながら電話に出ると
『熱い…熱い…』
 と喉の奥から絞り出すような苦しそうな声。
 同時にダンダンダンダン!! と扉を連打する音が。
「お、お守りが…」
 他の記者達が各種除霊グッズを駆使するも無効。効く様子は全くない。
「あああ、飛び降りはダメぇぇぇぇぇぇ!」
 ベランダによじ登った記者が、その身を鉄柵の向こうへ投げ出した瞬間、玲奈は翼を広げて両手を伸ばし、記者をその腕に抱え込んだ。
 なんとか部屋の中に戻ると、背後で声が聞こえた。
 その声は同行者の中にはいない声だった。
「まぁ! 最近はこんな愛らしいお嬢さんの時代なのね」
 途端に霊障がおさまった。
 三下に至ってはすでに失神して部屋の中に転がっていた。
 服がすっかり破れ、水着姿になった玲奈の前に、自殺をした女性歌手の霊が現れた。
「え、えと…」
 玲奈が事情を聞けば、この物件は空襲で死んだ両親の実家で、残された彼女は芸能界で頑張ってきたが、咽頭癌で斃れたのだった。
「そんな事が…」
 感情移入したかのように呟く玲奈の姿を見て、女性歌手は小さくため息をついた。
「時代は変わってしまっているのね…」
 自分の姿と見比べると、時代が様変わりしてしまっているのがよくわかる。
 周りの景色も、自分が知っている時代とは全然違う。
 思えば、戦地へと赴いた恋人と結ばれていれば、こんな可愛い娘がいたかもしれない。
 女性歌手は儚げに微笑むと、一枚の紙切れを玲奈に差し出した。
「これは…?」
 受け取り、それを見ると楽譜のようだった。
「私が新しく歌うはずだった曲なの…それをお願いしてもいいかしら?」
 言われて玲奈は供養する事を承諾した。
「ありがとう、可愛らしいお嬢さん。驚かせてしまったお詫びに、全ての霊を一緒に連れて行くわね」」
 ゆっくりと女性歌手の姿が消え、と同時に全ての霊障がおさまった。
「やっと入れた」
 買い出しに行っていた記者が部屋に入ってきて、惨状に目を丸くした。
「何があったんですか?」
 その声に玲奈は力なく笑う。
「全部、今、終わったから、大丈夫…ですよ」