コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


自由への讃歌







「あそこか」

落ち着いた男の声は、そばにいた仲間にも届いていた。

しかし、彼以外の仲間たちは実に荒っぽく、これから始まるであろう戦いに、
興奮を抑えきれない様子だった。

彼らは“機械の龍”と呼ばれる、

その呼び名の通り、彼らの肉体は鋼で出来ているのだが、
なめらかに、そして力強く体を揺らしながら天を飛ぶ様は、活力に満ちた生命そのもの。

魔法に勝るほどの科学力によって強化された、
人とは異なる生命体―――それが彼らだった。



   ◆   ◆   ◆



「玲奈様、彼奴が、山越えを始めたとの報告が入りました」
「わかった。ご苦労。引き続き奴らを見張れ」
「は」


里の全てが見渡せる城の最上階で、玲奈は空の端にある黒い固まりを見た。
使いが部屋を出たことを確認すると、彼女は深くため息をつき、
ごろりと横になった。

(ったく、どうしろっていうのよ)

三島王朝の現当主である玲奈は、この里を守らなければならない。
この里のように、人と自然と、そして世界との調和を良しとする国・村・里は、
ことごとくあの黒い龍に飲み込まれていった。

次は、三島の番、というわけだ。


この三島を、彼らが狙うことはわかっていた。
戦士の質、魔法と錬金術、また天地の観測技術に優れ、
肥沃な土地から得られる季節ごとの恵み。
山があり海があり川があり、動物が生き…。

まさにエルフの理想の世界を凝縮したような里であった。

しかし、だからこそ超機械文明を発達させた“龍”が狙う。
力によるこの世の統一、支配を望む彼らは、
三島たちのような『前時代的』な土地を食いつぶし、
自分たちの世界こそ至高の世界であると、知らしめなければならないのだ。

(男の支配する世界か…)

玲奈は身を起こして、身を包む長い着物を引きずりながら、
欄干のそばに向かった。

緑あふれる里、人が自由に生きている場所。

ここが外の世界と違うのは、女性が圧倒的に強い、ということだった。
女性が持つ、形に頼らず、本質を見極め、そこに触れる能力―――。
これを極限まで高めた女性が、この里を守護していたのだ。

戦うのも、鉄を打つのも、祈祷を行うのも、魔法を使うのも、
全てが、女性。

一方の男は、実に風流優雅で、繊細…つまり戦いにおいては役に立たない。
彼らは女性を尊重し、支え、見守るものだった。

他国に言わせると、優しい美男と勇ましい美女が住まう里、
などと呼ばれているらしいが。

そんなことを思い耽っている間に、伝令が部屋に滑り込んできた。

「ご当主、奴らが撃ちます、伏せて!」

すぐさま言われた通りに部屋の奥に飛び込み頭を伏せると、
巨大な爆音と振動が里を揺らした。

“龍の咆哮”と呼ばれる電磁砲だ。
それは里の大通りを超えたところにある畑を吹き飛ばした。
家屋ならば、一度に10軒は破壊できたであろうか。


「やってくれるわね、ご挨拶ということかしら…!」




   ◆   ◆   ◆



数百の女軍と三万の龍。
どれほど優れた軍であっても、数が圧倒的に足りなかった。
3日間の戦いのうちに三島は疲弊したが、龍はまるで平気な顔で
川を挟んで重鎮しているのである。

禍々しく、鋭い瞳。
龍は三島の軍に対して、本気を出してはないだろう。
そのことは、里の全員が悟っていた。

咆哮によって抉れた大地が数カ所。
だが、民家に被害はない。
けれど、疲れた兵、傷ついた土地を見るだけで、
民が争いはむなしいと、もう諦めればいいと思うには十分だった。

特に男たちは「どうして戦わなければいけないのか」という。

それが龍の軍団に加わり、男性支配の世界を望んでいるものでないことは明らかだった。
彼らは、自分の里の女性が傷つくのを見たくないのだ。

傷ついて、疲れきって帰ってきた妻を見て、
夫がもういいと、行かないでくれと言うということがあちこちで起こった。

徐々に、女性たちの意思が揺らぎ始める。

圧倒的な差、それはすでに感じ取っていたから。



玲奈とて、里の様子を敏感に読み取っていた。
もういやだと、寝返った者がいることも、
戦うことをあきらめた者がいることも知っている。

しかも、この状況で、龍からの使者までやってきた。
最悪というより他はなかった。


龍は男の姿でやってきた。鎧に身を包み、重苦しい雰囲気はそのまま。
三人のうち、二人の龍は、巨人かと見まごうほどの巨体だった。
厳めしい顔で、武器すら持っていないものの、
彼なら素手で何十人もの人間をなぎ倒すことは容易そうに見えた。

しかし、一人は細身の青年だった。
智に富んだ真っ赤な瞳で、玲奈を鋭く観察している。

客殿は門にほど近いところにあり、
玲奈はあえて人払いはしなかった。
庭先から里の民が様子をうかがっているのがわかる。

「三島王朝、現当主、玲奈と申します」

賓客を迎えるような豪勢な服装ではないが、
十分に優雅な着物をまとい、玲奈は言った。

頭は、下げない。

その様子を面白く受け取ったのか、龍の一人は楽しそうに笑った。

「俺が“龍の軍団”の参謀だ。好きに呼ぶがいい、我らに名は必要ない」

玲奈の向かいに腰掛けた参謀は、この里の優男たちと、容姿はそう変わらない。
圧倒的なのはその雰囲気。見た目は細くとも、後ろに立ったままの龍たちのように、
他を圧倒するオーラがあった。

「我らに従え。降伏するならば、命は取らぬ。
 過剰な搾取もせぬ。我らの技術をもって、日々の暮らしを楽にしてやろう。
 そなたの里が、我らが支配権にあることを求める」

挨拶もそこそこに、参謀はずばりと自身の要求を突きつけた。
自分に従え、命は取らない。

その言葉を聞いていた里の者の心が大きく揺らぐのを、
玲奈は感じた。

「世界を機械の治世にしたいと、そうおっしゃるのですか」
「その通りだ」

玲奈の前に、突如陽炎のようなものが映し出された。
そこには全てが自動化された世界が現れる。
これが機械か、と多少感心したのは否めない。
望めば出る湯水、明かりは自在に調節でき、勝手にもの運ぶ台車…。

「不満があるか」

男は問い、映像は消えた。
この男の姿とて、魔術ではなく、機械による変身だろう。
出来ないことは何もないという自信に溢れ、
むしろ三島を助けてやろうとすら思っているようでもある。

里の民は、戦火の状況から脱した先にある機械文明、
今の苦しみから解き放たれる未来に、猛烈な魅力を感じ始めていた。

それほど、濃厚な、期待の混じった空気に包まれたが、
玲奈は悠然と微笑みを浮かべた。

「はい、不満です」

がっくりとため息をついた民が、慌てて口を塞いだ。
もう三島の民は疲れたのだ、勝てない戦に。
機械文明に組してもいい、男に従ってもいい、
それがいけないことなのだろうか。
苦しみがなければ、それだけで十分ではないか…。

けれど当主は容赦のない声でぴしゃりと言った。


「あなた方の世界に、未来はありません」

「ほう」

「あなたは、身の回りのことを全て機械にやらせておられる?」

「そうだ。考えるとこは俺の領分だが、それ以外は任せようと思えば、全て任せられる」


くすくす、と玲奈が笑みを零す。


「それではあなたは、冬の水の冷たさと、春の水のあたたかさをご存じないのですね」


参謀の男は、何を言われたのかわからなかった。
彼らにとって、季節は意味をなさないものだ。
あらゆるものが制御された世界では、春も夏も秋も冬もなく、
快適な気候が延々と繰り返されるだけなのである。

「人が世界に生まれ落ちた日から、人は世界と共にあった。
 春は色とりどりの花々が溢れ、夏は灼熱の太陽の光を浴び、
 秋は自然の恵みを得て、冬は白銀の雪を美しいと感じるのです」

「……」

この話を聞いていた民たちが、しんと押し黙った。

「参謀殿、あなた方が世界の支配を求めるなら、それも構わない。
 けれど私は、誰かの支配下にあるのではなく、自由にこの世界を生きたいのです」

「我らを拒絶するか」

「相容れないだけです。もしも、この世の支配が、全てを機械することならば、
 あなた方はいつの日にか滅びる。
 機械とは、人の自由を奪うものだと、私は感じました。
 あなたは自分の手で水を汲むことも、着物を縫うことも、
 食物を育てることも出来ないのでしょう。
 つまり、あなた方は壊すことは出来ても、生み出すことは出来ないのです」

「それが困ることなのか」

「いいえ、困らないことでしょう。
 今まではできていたことが、できなくなっただけ」

男は深紅の目をきらめかせて、玲奈を見据えた。

「あくまで、屈することはないか」

「私は血と肉を持ち、いつか土に還ることを望む者のです。
 鉄によって生かされ、錆びていくことはできない」

参謀が立ち上がると、玲奈もまた立ち上がった。
機械仕掛けの鎧の男と、人が縫い上げた着物をまとう女が
しばし見つめ合う。

機会と自然。
どちらが良いかは、その人の生き方次第。
いつかは融合する二つかもしれない。
あるいはどちらかが滅びるかもしれない。

だが、玲奈は選んだのだ。


「あんたたちみたいな堅物に、自由を奪われてたまるもんですか」


参謀は驚いたように目を見張ったが、
面白そうな笑みを浮かべ、身を翻した。

「いいだろう。容赦はしないがな」




静まり返った客殿の中で、それぞれが様々な思いを巡らせていた。
機械文明の一端を目にし、その便利さを知った。
命は保証されるという。楽な暮らしが出来るという。
強い意志を持つ女兵たちも、心が揺れたのは確かだ。

だが、玲奈の言葉によって、機械文明に加わることにためらいを感じるようになった。


「ねえ、機械の龍が支配する世界になったら、花は育てられないの?
 わたしの名前は…いらなくなっちゃうの?」


一人の少女が呟いた。



   ◆   ◆   ◆



龍との対話はあっという間に里に広まった。
玲奈は実のところ、

(半分くらいは向こうにいっちゃうんじゃないかしらねぇ…)

などと考えていたのだが、その予想はきれいに裏切られていた。
ほとんどの者が里に残ることを誓ったが、問題は兵力。

すでに三島の陣は疲弊し尽くし、戦いを続けるのは不可能だ。
玲奈とて、このまま何十年も戦い続けるつもりはない。

ひとまずは、この戦を集結させれば、手の打ちようはあるのだった。

(そう、できないことじゃないわ…。ただ、今はその時間がないのよね。
 兵に活力を与えられれば、奴らをしのぐことはできないことじゃない)

「玲奈様?いかがされましたか、外は危のうございます。お下がりを」

聞こえない振りをして里を見下ろすと、ふとあの少女が目についた。
名前はいらなくなるのかと、そう言った少女だ。


側に控えていた女兵は、ふくれあがる玲奈の霊力を感じ、息をのんだ。
突如、玲奈を中心に強い風が巻き上がる。

色の違う瞳を閉じ、柔らかな長い髪を風に遊ばせながら、玲奈は唇を開いた。




 あなたの名を 私が呼ぼう
 
 花はあなたのためにほころび
 鳥はあなたのために歌う

 世界のすべてが あなたを産みだし
 母なる世界が あなたを包んだ

 人の子よ 大地の子よ

 風のように 己のままに

 あなたの名を呼ぶ わたしのために
 大地とともに 生きてゆくことを祈ろう



鈴のような、透明な声が里中に響き渡った。
明らかに、周囲の空気が変わる。

(さぁ、呼び起こすの…!)

玲奈は白い手をかざし、力の限りで天に祈った。
呼び起こされるのは、人々の心だけではなく、大きな力が
玲奈を中心に集まり始めていた―――。