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<東京怪談ノベル(シングル)>


英国の嗜みお教えします!〜銀のケーキ立ては必須アイテム

「ですから!これは必須なんですよっ!!」
カウンター越しに拳を握って力説してくれるうら若き女性にアリスは放心したまま聞き流す。
きれいさっぱり、ものの見事に粉砕された棚に壁。
さらには作ったばかりの品―しかも全て高価な品が無残に破壊された姿を晒している。
あまりを通り過ぎて凄まじく強烈な光景に声も出ず、桜材のテーブルに叩きつけられた紹介状が世の無常ぶりを示しているようで泣きたくなった。

紹介状の差出人は彫金関係の取引で顔見知りになったとある骨董屋。
少々曰くありまくりだが、信用に足る人物―のはずだったのに、どうしてこうなるのだろうと思う。
新しく出した銀細工の調度品が好評を得て、午前中には大きな注文も取り付けられた。
久々に午後のお茶ができるとお気に入りのケーキやスコーンを買って来てゆっくりしようとカウンターを立とうとした途端、店の入り口が何の前触れもなく―吹き飛んだ。
バラバラと崩れ落ちる壁の欠片に新調したばかりのカーペットが埃まみれ。
唖然となるアリスに土煙の向こうから黄金に輝く髪をなびかせて乱入した女性―白夜雪。
「貴方が銀細工職人のアリスさんですのねっ?!急いで銀のケーキ立てを作ってください。でなければ、由緒正しき品格ある英国ハイティーが終焉を迎えてしまいます」
唐突に現れて、いきなり何を言い出すかと問おうとするアリスの前に手にしていた紹介状を叩き付けんばかりに差し出した。
表書きにあった筆記体に覚えがあり―中を読んで、放心した。

―ご迷惑かけて申し訳ない。英国式銀のケーキ立てを作ってください。
つらつらといろんな事が書き綴ってあった紹介状。
要約するとそんなもんだが、だからってなぜ店を破壊?
店が破壊されたら、当分営業できない。営業できなきゃ、赤字経営。
赤字がラインダンスじゃなくて高笑いしながらサンバを踊って、笑顔で営業不振・倒産の鎌を振り下ろしてくれそう、などという強烈なネガティブ思考が馬車馬、否、超高速ステルス機がごとく飛び回る。
彼岸の彼方までぶっ飛んだアリスを無視して女性―雪は恍惚とした表情でなぜここに至ったのかを語り出す。

優雅な午後の昼下がり。
由緒正しき英国生まれたる雪にとっての予定は夕暮れ時のハイティーは欠かせない日課、いや重要事項。
社交界を舞う貴婦人たちは観劇や舞踏会の前にパンケーキやスコーンといった軽い食事で紅茶を楽しみながら頂くのがたしなみ。
この素晴らしき礼儀には雪にとっては絶対的なものであり、世界の真理であり犯し難い伝統。
打ち砕かれることなく連綿と続いていくだろう文化が無残にも壊されていた。
「あ〜それで?何がきっかけで文化破壊だと?」
「そう!分かってくださるのね!!アリスさん」
そんなの知ったことじゃないと、魂飛ばして投げやりに問いかけるアリスのだらりと落ちていた両手を掴んで、雪は自分が目の当たりにした恐ろしくも無残な光景を語り出す。

学園からの帰り道に新しく開店した店。
乙女達は楽しそうに立ち寄り、ソーセージや野菜を挟んだパンケーキを手にして出てくるのだ。
「ごくごくフツーの光景じゃない。何が気に入らないのよ?」
「気に入らない?!!由々しき問題ですわっ!女子水兵ともあろうものが歩きながらパンケーキを食べるなどっ……しかも鷲掴みなんてもってのほかっ!!」
ソーセージや野菜を挟んだパンケーキ……?と考え、それが定番中の定番ファーストフード・ハンバーガーかい!!つか、女子水兵ってアンタ、何時代の人間だよ、と冷静な思考が戻ったアリスの胸によぎったツッコミは届くわけなく、雪は目を吊り上げ、拳を震わせて激昂する。
「麗しき英国文化をなんと思いますのっ!年頃の乙女がそのような振る舞いなどもってもほかっ!!ここは一つ私がお作法を教えて差し上げます!」
だからこそ居候している店主に頼み込み、銀のケーキ立てを造れる職人を紹介してもらったというのだ、と迫る雪にアリスはただ呆れるばかり。
「あのね〜ハンバーガーにケーキ立てって……思いっきり不自然じゃない。というか、それは作法って問題じゃ」
「何を言うのです!銀のケーキ立てはハイティーには必須……それがなくして何がハイティーというのです?ケーキ立てがなくては、あまりに無作法すぎて私……悶死しそうです」
こっちの話などまるっきり聞いていない雪にアリスはがっくりと肩を落とし、カウンターに突っ伏した。
ハイティー、ハイティーと叫んでくれるが、あくまで英国―しかも上流階級が楽しむお茶会であって、放課後の楽しいひと時を楽しむ今どきの女子高生に強制するもんじゃないだろうと思うが聞いてくれそうにないのは確かだ。
この紹介状にも書いてあったが、どうにも粘着質で頑固な性質では話にならない。
―さっさと依頼の品を作り、ふんだく―もとい、店の修理費や壊れた商品の代金分込みで料金を請求した方がいいと判断すると行動は早かった。
「分かったわ。英国式のケーキスタンド、お作りしますわ……完成するまで大人しくしていただきますねっ!!」
有無を言わせぬ勢いで言い切るとアリスは苦笑いを通り越して悟りきったような顔した店員に後を任せ、『赤字経営・絶対阻止』と固く決意し、作業場にあるだけの銀をかき集め、超特急でケーキ立ての制作に取り掛かる。

取り残された形になった雪に店員は新しく用意した―わずかに無事だったテーブルとスツールに案内し、仕上がるまでお待ちくださいとお茶を勧めて、掃除に取り掛かる。
手具際良く片付けられていく店内を横目で見ながら、雪は出された紅茶に口をつけー思い切り眉をしかめた。
「出していただいて申し訳ないですけれど……このお茶、ティーバックですね?」
「ええ、それがどうか?」
怪訝な顔をする店員に雪は凍りつきそうな笑みをたたえて、ゆっくりと席をたった。
「ティーバックが悪いわけではないのですよ?ただ、お客人に出すにしてはちょぉぉぉっと冷めた紅茶じゃありませんこと。銀のケーキ立てをお作りできる職人の店でしたらもう少々気をつけていただきたいものですわ」
そう、ティーバックのお茶が悪いわけではない。
ただもう少し温度を確かめてもらいたい。紅茶は英国では至極当然の嗜み。香り・味・温度のバランスが調ってこそ初めてお茶を楽しめるというものなのだ。
さらに言うならば、ハイティーに欠かせない軽食―パンケーキなどが全くないのは無礼極まりない。
いくら急な客であろうとそういったものを欠かすのはいかがなものかと思ってしまう。
「ご無礼致しました、雪様。確かにこれは正式なハイティーではございません。さすがは英国ハイティーにお詳しい方でございます。学園で作法をお教えなさろうとする方でありますわ」
にっこりと笑顔で応対する店員の声は作業場にいたアリスにも妙なくらい涼やかに響き―弱冠、背筋が寒くなる。
「あら、私を試したの?」
「いいえ、そのような意図はございません。片付けも終わりましたので少々出かけてまいります。申し訳ありませんがしばらくお待ちくださいませ」
笑顔一つで頭を下げて作業場に戻ってきた店員の表情を横目で確認してアリスは無言で作業する手を凄まじい速さで動かす。
間違いなく―もう完全に怒っている。店を壊された挙句に文句付けられたら腹も立つ。
そのまま出かけていった店員を見送りながら、しばらく帰ってこないかもな〜と思い、ダクダクと流しながらアリスはわが身の不運を嘆くしかなかった。

テーブルに置かれたそれを見て、雪はうっとりとした表情でため息をこぼす。
鳥籠ほどの大きさで三段に分けられ、鏡よりも美しく磨き上げられた台座。細身であるがしっかりとした作りの支柱の全てに繊細な妖精や天使の姿が彫りこまれている。
さらに手が込んでいるのはそれらを囲むようにつるバラの蔦を思わせる銀があしらわれていた。
「ご依頼どおり『英国ハイティー専用』のケーキ立てです。どうでしょう?お気に召しましたでしょうか」
「ええ、素晴らしい出来ですわ。これなら格式高い英国ハイティーの伝統が守られます」
弱冠こめかみに青筋浮かべて微笑むアリスに雪はこれまた最上の笑みを浮かべて応じると、提示された請求額を全額一括で支払うと軽い足取りで店を後にした。
明日から早速お作法同好会を設立して、この文化を広めようと意気揚々と去っていく雪の姿を見送りながら、戻ってきた店員にしか届かない声でアリスはぼそりとつぶやいた。
「英国『ハイ』ティー専用だからね。そんじょそこらの物は置く事はできないようにしてあるから、まともに使えるか……楽しみね」
あれだけ凝り性なんだから心配はないだろうと思いながら、アリスはさっさと閉店の札をかけるのだった。

FIN