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<東京怪談ノベル(シングル)>


Sister & Demon 2


 そこは静かな廃墟だった。
 区域全体がフェンスと有刺鉄線で囲われ、立ち入り禁止と書かれた朽ちかけた木の看板がかかっている。フェンスが壊れた部分はドラム缶や廃材などでバリケードが作られて、侵入者を拒んでいた。
 その向こうには壊れた建物や瓦礫が見え、寒々しい廃墟が広がっている。立ち入り禁止とわざわざ書かれていなくとも入りたいと思う人などいないような、不気味で荒んだ場所だ。
(ここに、ターゲットの鬼鮫が潜んでいますのね)
 一見人の気配などまったく感じられないが、鬼鮫が1人で潜伏しているのか、あるいは何らかの組織の拠点になっているのかもしれない。
 瑞科はフェンスに手をかけると、すいすいとその上に登り、有刺鉄線などまるで問題ではないようにひらりと飛び越えた。ヴェールが羽のようにふわりと舞う。
 広がる、灰色の景色。元は何か総合施設だったのだろうか。ところどころにコンクリートの廃ビルが点在し、壊れたオブジェのような物もあった。
 瑞科のブーツがじゃりじゃりとガラスの破片やコンクリートのカケラを踏む音以外は、何も聞こえない。風もなく、時が止まっているようにすら思える。
 ターゲットの鬼鮫とは、一体どんな男だろうか。資料によれば、本名は霧嶋徳治というらしい。殺すことを面白いと感じ、悪逆非道な行為を繰り返しているという。
 いや、相手がどんな者であろうが関係はない。自分は今までと同じように、任務を達成するだけだ。そしてそれは、瑞科の実力を持ってすれば難しいことではない。
 教会随一の実力者と呼ばれる彼女は、今回も自らの鮮やかな任務の達成を確信していた。
「……!」
 ネズミや虫すらいないようなその廃墟の中、瑞科はすっと目を細めた。自分以外の誰かが、そこを歩き、この廃墟に潜んでいる形跡がある。そして、薄暗い闇の中にかすかに感じられる、誰かの気配。
 息を潜め、足音をたてぬよう静かに歩いていく。3階建てのビルの入り口に、人影が見えた。
 それはロングコートに身を包み、サングラスをかけた黒髪の男だった。ターゲットの鬼鮫に間違いない。
 瑞科が剣の柄に手をかけたとき、男がこちらを見た。
「誰だ」
 鬼鮫が瑞科の気配に気付く。壊れた階段の影に隠れていたつもりだったが、相手もそこまで間抜けではないということか。
「お初にお目にかかります」
 瑞科が姿を現すと、突然現れたシスター服の女に鬼鮫は少なからず驚いた様子を見せた。
「シスターが、こんな廃墟に何の用だ? とは言っても……ただのシスターには見えないがな」
「おわかりですか」
「当然だ。普通シスターは、そんな得物を持ってはいないだろう」
 そう言って、瑞科の持つ剣を指差す。その鬼鮫の左手にも、長い刀が見えた。
 高い背、がっしりとした体格から感じられる妙な威圧感。サングラス越しに、ギラギラとした殺気を宿した目が瑞科に向けられた。
「俺を殺しに来た、ということか」
 返事の代わりに、瑞科は鞘から剣を抜く。刀身が光を反射し、冷たく輝いた。
「貴方は罪深き人ですわ。その命をもって、罪を償いなさい」
「お前のような女に、俺が殺せると思うのか?」
「ええ。覚悟なさいませ!」
 言うと、瑞科は剣を構えて鬼鮫に斬りかかった。素早く鬼鮫も刀を抜き、瑞科の一振りを受け止める。刀身同士のぶつかり合う音が、廃墟に響いた。
「くっ! 細い腕のわりには力があるな!」
 2度、3度と互いの刃が激しく交差する。力の強い鬼鮫の刀をかわすと、瑞科は軽く後ろに飛んだ。
(この男、出来ますわ……!)
 見掛け倒しではない。この身のこなし、武器の扱い方……確かな実力がある。それに、こんな剣筋は見たことがない。資料には我流の剣術の使い手とあったが、鬼鮫の攻撃は次の手が読みにくく、厄介だった。
 しかも鬼鮫はジーンキャリア、魔物の遺伝子を投与しその能力を得た者だ。その力はまさしく人外のもので、刀を剣で受け止めると手がしびれるほどだった。
 しかしそれくらいでうろたえる瑞科ではない。瑞科の武器はこの剣だけではないのだ。
 再び剣を振りかざして鬼鮫に立ち向かう。
「たあっ!」
 耳に痛い音と共に剣と刀がぶつかりあった。
 瑞科は刀を巧みにかわしながら、右へ左へと走り回って鬼鮫を翻弄する。鬼鮫は確かに力はあるが、スピードは瑞科の方が上だ。ヴェールが翻り、鬼鮫は刀を振り回す。
 一見それは、互角の戦いのようにも見えた。だがしかし、瑞科は手ごたえを感じていた。鬼鮫の刀は瑞科にほとんど傷をつけていないが、瑞科の剣は鬼鮫に何度も傷を与えている。この戦いは、瑞科の優勢だ。
「小賢しいっ!」
 鬼鮫が憎らしそうに斬りかかり、すいと瑞科はその攻撃をよける。鬼鮫の刀が瑞科の横を薙ぎ、瑞科のヴェールの端が少し切れた。
 それを見た瑞科は目を細めて数歩後ろに飛び退くと、隠し持っていた投げナイフを鬼鮫に向かって投げつけた。
「ふん!」
 左足を狙ったそれは、鬼鮫の刀に阻まれる。素早いが直線的な攻撃に、この程度か、と鬼鮫が鼻を鳴らしたときだ。瑞科の右手に光が宿った。
「なっ?!」
 そのまま、瑞科の手から電撃が放たれる。
「はっ!!」
 その名の通り、光の速さでいかずちが走り、鬼鮫の身体に刺さる。
「貴様っ、能力が……!!」
 鬼鮫がそう気付いたときには遅かった。電撃が鬼鮫の身体に伝わり、思うように動けないその一瞬を狙って、瑞科が剣を構えて走りこんでいた。
「やああっ!!」
 剣が鬼鮫の内蔵を貫く感覚が、瑞科の手に伝わる。
「ぐあああ!!」
 苦しげな声と共に鬼鮫がその場に倒れこんだ。瑞科は剣を抜き、もう一度鬼鮫に突き立ててとどめを刺す。任務に躊躇や迷いなどない。
 深々と剣は鬼鮫に刺さり、瑞科は勝利を確信した。鬼鮫の身体は床に伏し、動かなくなった。
 瑞科は軽く息をつくと、剣を抜いて血を払う。先程までの激しい攻防の音が嘘だったように、灰色の廃墟は再び静かになった。
「これで任務は完了、ですわね」
 剣を鞘に戻し、呟く。ヴェールの端を斬られてしまったのが、悔しいといえば悔しかった。それでも大した怪我もなく任務を達成したのだ、良しとしよう。
 そう思って、瑞科は廃墟を出ようと歩き出した。その瞬間。
「っ?!?!」
 わき腹に信じられないくらい強烈な打撃を食らい、瑞科は地に叩きつけられた。
「う、く、ううあっ!!」
 痛みのあまり、瑞科は無様にのた打ち回った。全身に痛みが駆け巡る。何をされたのか、理解出来ない。血反吐を吐きながら必死に瑞科が顔を上げると、そこにはさっきとどめを刺したはずの鬼鮫が立っていた。
「な、ま、まさか……」
 さっきのことは夢だったのか? いや、確かに剣を突き刺したはずだ。もし急所をはずれていたとしても、内蔵を貫かれて平気で立っていられるはずがない。一体、なぜ。
「俺がジーン・キャリアだというのは知っていたか? 俺はトロールの再生能力を得ている」
 鬼鮫がジーン・キャリアだというのは資料にあったが、その能力までは知らなかった。教会はそのことを調べきれていなかったのだ。
 咳き込み、よろめきながらも瑞科は何とか立ち上がる。
(再生、能力? では、さっきのあの大怪我も再生したというのですか?!)
 瑞科の目の前にいる男は、不気味な目で彼女を見下ろした。