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歯車は音を立てて廻る
ガチリ。ガチリ。
歯車と歯車は互いに互いを噛み合い、ゆるゆると廻る。
歯車に差す油の匂いと、滅多に人が来ないせいで溜まった埃と土の匂いが充満した場所に、2人の少女は立っていた。
時計塔の時計盤の裏は、通常の入り口からならば写真部の部室に出る。
しかし、2人の通った道は、「管理者以外立ち入り禁止」と書かれた時計塔の整備士以外誰も入らない入り口である。
時折金属の引っ掻いたような鳴き声が聴こえる。
なるほど。確かにここなら誰も来ないだろう。
「貴方は、どこまで知っていますか?」
少女の1人が口を開いた。
守宮桜華は、どこか悲しげな顔をしていた。
「……海棠さんが2人いる事は知っています。そして、理事長から、片方の海棠さんと会うのを警告されました」
もう1人の少女、皇茉夕良は考えをまとめながら、言った。
その言葉に桜華は反応したようだ。
「小母様……理事長先生は何とおっしゃっていましたか?」
「小母様? ……理事長は秋也さん、音楽科におられる方ですね。秋也さんが音楽をしている時以外には近付かない方が言っておりました。私が理事長館以外で会った海棠さんは、秋也さんではないように思えました。音楽をしていたら、どんなに手が綺麗な方でも指先が硬くなってしまうのに、その方は音楽なんてした事がないほど、綺麗でしたから」
「……そうですか。2人の幼馴染の事は、もう知っていましたか」
茉夕良は桜華をじっと観察した。
桜華は悩んでいるようだった。
言うか言うまいか、言っても大丈夫か。
「守宮先輩、私は誰にも言いません。ですから、先輩が話せる部分だけで構いませんので、話を聞かせて下さい」
「……はい」
茉夕良はできるだけ落ち着いた口調で促すと、桜華は覚悟を決めたように、口を開いた。
「……私の幼馴染は、双子です。兄の方は秋也、弟の方は織也と言います。私と幼馴染2人、そして私の親友だった女の子は、4人でよく遊んでいました」
「えっ……?」
海棠が双子と言うのなら、話は分かる。何故同じ顔で、口調をそっくりに変えたりできるのかは。でも、桜華の親友の女の子と言うのは、初めて聞く話である。
「4年前、私の親友は死にました。私はその場にいなかったので、何で死んだのかは分かりませんし、誰も教えてくれないので未だに知りません。それから、私達はバラバラになりました。秋也はあんなに好きだったバレエを辞めてしまいました。織也は……私も何があったのかは分かりません。でも、学園を理事長に追い出されてしまいました」
「えっ? ちょっと待って下さい。追い出されたって……?」
「……私にも、何故追い出されてしまったのかは分からないんです。元々2人の両親は忙しい人で、理事長が親替わりで育ててきたんですが……」
茉夕良は呆然、とした。
いつも「瀕死の白鳥」を無心で弾き奏でていた秋也。
それは、亡くなった少女へ向けたものだったんだろうか。
彼がバレエをしていたなんて、知らなかった。前に栞が「感謝している」と言っていた事があった。あれは、彼自身が4年前に会った事を引き摺り続けて、自分の殻に閉じ篭ってしまった事を心配していたからだったんだろうか。
あくまで全部推測でしかないのだけど……。
でも気になるのは、栞の方だ。
彼女の行動は読めない。
何で怪盗と共犯だったり、織也を学園から追い出したりした?
「すみません、学園を追い出された事に、心当たりはありませんか?」
「……理事長は、魔女です」
「えっ?」
「あの人自身は自ら魔法を使う事を嫌っていますが、魔法を使わせない魔法を使う事をよくしているようです。私自身は魔法を使えませんし、秋也も魔法を感じ取る位しかできませんが、織也には魔法を使う才能があったようで、小さい頃からよく怒られていました」
「はあ……」
魔法?
いきなり飛び出てきたキーワードに、茉夕良は目をしばたかせた。
でも、考えれば時計塔の細工にも説明がつくような気がした。
時計盤そのものをいじるよりも、魔法を使って怪盗が現れるタイミングで13の数字を出してしまえば早い気がするし、ずっと時計塔の周りを見張っているなら、時計塔に怪盗を見物に来た生徒達を把握できるような気がする。
でも魔法を使う事が嫌いな人が魔法を使わないといけない理由って何なのかしら……。
「4年前、突然織也は転校させられました。理由は私には分かりません。あの頃にはすっかり秋也は塞ぎ込んでしまって話をしてくれませんでしたから。ただ、理事長の怒りようは、織也が小さい頃に魔法を悪用した時のようなひどい怒りようでした」
「え……」
普段穏やかな理事長が怒り狂う。
魔法。悪用。
少女の死亡。転校
怪盗。理事長。共犯。
盗まれた物。
ローズマリー。海棠兄弟の入れ替わり。
ジゼル。ウィリー。
見えない人の声。
茉夕良の中を、情報が駆け巡った。
冷や汗が、ぽたぽたと出てくる。
「皇さん……?」
「……いえ、大丈夫です」
茉夕良の第6感が危険信号を伝えていた。
ああ、何で今まで織也さんといた時、私の中の第6感が身体を壊しそうな程警告を出していたのか、ようやく分かった。
桜華がおろおろとする中、「お話、ありがとうございました」とペコリと頭を下げ、ふらふらと時計塔を後にした。
織也さん、守宮先輩の親友、殺してる。
殺してなくっても、その人が死んだのは、きっと多分……。
あの声は、守宮先輩の親友の声だったんじゃないかしら……?
ちょうど、時計塔が5時を知らせる鐘を鳴らした。
それは、茉夕良の身体を、重く押し潰しそうな音だった。
<了>
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